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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
秋の道筋
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裏切りと秋風のロンド―5

 ベレッタを構えたまま、対峙する真冬はため息を軽くついてみせた。

「貴方がお出迎えとはね。てっきり、葵が感づいてきてくれるかと思ったけど。やっぱり、あのバカにそれを要求するのは難しかったかしら?」

「葵は今、寝ている」

 紅葉は顔色一つも変えず、静かに言葉を返すと、彼女はそう、と呟いてわずかに殺気を強くさせる。

 静かな殺気が格納庫に満ちる中、真冬は銀髪をさっと払いながら目を細めて告げる。

「最終勧告よ。……葵を返しなさい。貴方のせいで、私達がどれだけ迷惑被っているか」

「それはそっちの都合。停戦まで結んだのに」

 紅葉は片眉を吊り上げて小さく返すと、真冬はかっと眦を吊り上げて噛み付かんばかりに吼えた。

「貴方たちのせいよ! 葵に反逆罪が着せられて、彼を暗殺するように任務がおりたの! 庇護者の中将にも嫌疑がかかって権威は失墜! 保護をなくした葉桜は今大ピンチなのに!」

「責任転嫁はなはだしい」

 紅葉はそう言い返す。その顔は無表情であったが、内心はひどく驚いていた。

(葵を暗殺? 何故? どうして?)

 一軍人の功績によって停戦まで持ち込めたのだ。それはある意味、褒められる業績である。

 しかし、そうではないというのは、中将が失墜したということで伺える。つまり、東国は戦争を続けたかったのだ。

 そして、葵を暗殺しようとする……それは一軍人に対して、やる始末方法ではない。

 そうまでする必要があるということは……。

(葵に、価値があるということ)

 何らかの情報を持っているか、それとも肉体自体に価値があるのか。確かに、あの抜群の射撃センスは惜しいが、殺すほどではないだろう。むしろ、停戦した現状であるのならば、必要ない才能だ。

(でも、その葵を求めるだけの価値が何か、は、真冬は知らない)

 ならば、尋問するまでもなく、彼女を排除するしかない。

 紅葉は静かにそう決断すると、その目を細めて真冬のベレッタに集中する。

 それに気づいて、彼女も静かに殺気を高めながら告げる。

「同じ部屋で暮らした誼で、もう一度だけ訊ねてあげるわ。葵を、渡す気はないのね?」

「もちろん」

「残念」

 その言葉と同時に、発砲音が響き渡った。銃口に集中していたため、紅葉は軽く身を反らすことで、それをかわすと鋭く腰からベレッタを抜き放って、引き金を絞り込む。

 一気に三つ銃弾をばらまいたが、真冬は物陰に隠れてそれをかわし、素早く弾倉を入れ替えて物陰から飛び出した。

 破裂音とマズルフラッシュが格納庫内で響き渡る。

 今度は紅葉が物陰に隠れる番であった。近くのケースに銃弾がめり込んでいく。その間に、真冬はナイフを抜きながらベレッタを構えて紅葉に駆け寄る。

 させじと紅葉は物陰から飛び出しながら距離を取り、ベレッタの弾倉をすぐさま入れ替える。

 その隙にナイフで真冬は紅葉に強襲する。紅葉は柳葉刀を引き抜くとそれで切り結ぶ。

 鍔迫り合いに持ち込む。真冬はそれを嫌って発砲して距離を取ろうとするが、紅葉のベレッタがそれを絡めて防ぐ。

 ちっ、と真冬は小さく舌打ちしながら力を込めつつ吐き捨てる。

「さすがエージェントね……! だけど、近距離戦闘なら、負けないッ!」

 そして、持ち前の膂力でじりじりと紅葉を圧倒していく。だが、紅葉の顔に焦りはない。

 冷静に、ただ小さく笑って見せた。

「そう、真冬には近距離では負けるかもしれない……。でもッ!」

 刹那、紅葉はわずかに身体の力を抜いた。軽く手首の力を。

 その結果、真冬は込めた力でほんのわずかに重心がぶれることとなった。さらに、その一瞬を突いて銃を持つ腕で彼女の身体をまた、ほんのわずかにズレさせる。

 その二つの組み合わせでわずかに浮いた身体へ、すかさず懐へ身体を割り込ませる。

「な……!?」

 真冬が目を見開いて拳銃を構えながら距離を取ろうとする。

(させないっ!」

 紅葉は息を大きく吐き出すと同時に強く一歩踏み込んで、距離を殺す。そして拳銃を持つ腕の肘を少女のみぞおちに叩き込んだ。

「かは……っ!?」

 たまらず空気を吐き出す真冬。だが、その眼は死んでいない。

 不意に漲った殺気に紅葉は咄嗟に地を蹴って距離を取ると、首筋に鋭い痛みが走った。

「なるほど、そういうことね……」

 口元から唾液を漏らしながらも、荒く息をついて逆手にナイフを構えている。

(咄嗟に手首に隠したナイフで強襲してきた……さすが、ね)

 紅葉はすぐに悟りながら小さく笑みを浮かべて頷いた。

「至近距離戦なら、私の方が、秀でている」

「……それは認めてあげるわ。でも……侮らない方がいいわよ」

 真冬はナイフを順手に構えて腰を落とす。だが、その息はひどく荒い。

 それも当然。紅葉の肘鉄は完璧に真冬の肋骨を三本持って行っていたからだ。これ以上の戦闘は、不利でしかない。

(でも実際は、私の方が不利……!)

 紅葉は歯噛みすると同時に、両手を腰にやった。左手で拳銃を掴み、右手でフックを掴む。

 そして抜き打ちで発砲すると同時に、背後の階段へ一気に後退。そこの手すりにフックを引っかけた。

「くっ!? 何を……!」

 銃弾を避けながら、真冬は大きくその場で踏み込む。

 刹那、二人の身体を凄まじい突風が襲い掛かった。真冬はたまらず体勢を崩してナイフを手近な荷物に突き刺す。その背後は、大きくハッチが開け放たれ、気圧の差で風が噴き出ていた。

 紅葉が狙ったのは非常開閉装置。銃弾がそこを抉り、作動させていた。

「く、そ……っ!?」

 真冬がナイフを軸に安定させようとするが、そのナイフが次の瞬間、ばちんと火花を散らして弾けた。

「さようなら、真冬」

 紅葉はそう呟きながら構えたベレッタの引き金を、さらに引く。

 その銃弾は真冬の足元をすくい、完全に真冬の足掛かりを喪失させていた。

「く、そおおおおおおおおおおおお!」

 彼女の悲痛な叫び声と同時に、彼女の身体は外へと持ってかれていった。

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