裏切りと秋風のロンド―3
「義父様?」
「い、いづづづづ!?」
勢いよく腕を振り上げたまでは良かった。しかし、次の瞬間、透水は顔を歪めて悲鳴を上げていた。
視線を移せば、その腕を掴んで背中で極めている無表情の紅葉の顔があった。
いや、何となく嬉しそうで、でもむくれている気がするのは……。
「私が誰が選ぼうが勝手」
「だ、だが、神野からお前のことを引き受け……っ!?」
「お父さんは関係ない」
「そこまでだ、紅葉。お兄ちゃんも心配なんだからな」
そこで空也が冗談めかして割り込んでいく。しかし。
「義兄様も邪魔する?」
「ちょ、またベレッタが出るか!?」
片手で紅葉は腕を極めたまま、拳銃を抜いて空也の額に向けている。なんというか、多彩な女の子だ。
何だかんだで家族に会えてうれしいんだろう。
僕はそう納得しながら、とりあえず紅葉のベレッタに手をかけて取り上げる。
「あ、葵……」
「こーら。紅葉、仮にも兄に銃を向けちゃ駄目だろう? はい、腕も離して」
「う、うん……」
紅葉は大人しく一つ頷くと、ぱっと腕を離して銃を懐に仕舞い込む。僕はそれを確認してから、どこか呆けたような顔ぶれの義父兄に声をかけた。
「で、透水殿?」
「あ、ああ……な、なぁ、空也。この葵という男、何者だ?」
「さぁ……ただ、とんでもなく食えない男だってことは……」
食えない男で悪かったな。
僕が無言で空也を睨むと、彼は言葉を切って苦笑いを僕に向けた。そして、自分の父親に視線を向けると、おお、と何か思い出したように声を上げて透水は深く頷いた。
「それでだ、葵殿。キミには西国の首都に向かって貰う。第一首都〈神戸〉に。そこには我々の最高司令官がいる……尋問を、受けることとなるだろう」
「……最高、司令官」
「……平田、信行と言えば、分かるか?」
やはり、あいつか。
思わず奥歯をかみしめる僕に、透水はなだめるように声をかける。
「キミの過去に何があったかは、知らない。だが、心の整理はつけておいて欲しい。まっとうな、尋問にしてほしいからな」
「さすがに、上のやることだ。俺たちなんて口出しできない。自分の身は、自分で守れよ」
空也が付け加えるように言う。つまり、尋問がいつ拷問に化けてもおかしくない、ということらしい。
しかし、おかしな話だ。
僕は少し苦笑しながら二人に訊ねる。
「お二人は、見知って間もない僕を守ってくれるんですか?」
「そりゃ、紅葉が信頼している男だ。それぐらいは、な」
「葵殿は信じておらんが、紅葉は信じられる。それだけだ」
二人はなんててこともなさそうに肩を竦めてみせる。
いい人たちだ。お互いがお互いを信用できる、パートナーたちなんだな。
良い家族に恵まれているんだな、と僕は紅葉に笑いかけると、彼女は少し嬉しそうにこくんと頷いて見せた。
☆
「空也、それで、葵殿のことだが」
葵の部屋を後にした親子は、部屋を出るなりその青年について話題に出した。
青年は小さく頷いて、父親に報告する。
「紅葉が信頼するのも無理はない、フェアな人間なんだと思う。つい昨日まで敵だとしても、すぐに友人になれるような、そんな男、かな?」
「そんな男が大佐に向かってそんな害意を持つというのが信じられんが……いろんな意味で不思議な人間だな」
透水は低い声で唸りながら静かに歩いていく。その脇を空也は歩きながら小首を傾げる。
「紅葉が、あんなになついていたこと、とか?」
「まぁ……それに至っては、そこまで不審ではないが……お前、気づかなかったか?」
「何に?」
「彼の狙撃範囲」
「大体、二キロ弱、だったかな? でも、親父もそれぐらい撃てなかったっけ?」
空也は気楽そうに言うが、透水は髭面を険しくしかめて低い声で唸った。
「撃てなくはない。だが、外れる」
「へ? でも親父って八割がた当てるって……」
「あれは観測手がいるからだ」
狙撃手という兵士は、観測手を随行して任務を行う。
観測手は熟練のスナイパーがこなし、単独では困難な、長距離射撃における射弾の観測と修正を担当する。射撃指示や、角度計算など、細かいことを行う。それがいてこそ、遠距離の狙撃が可能なのだ。
それを一人でやっている、葵とはいったい……?
薄気味悪く振り返る空也。その空也に重ねるように透水が声をかける。
「それに、何故、溝口葵は悪目立ちしている? そんな優秀な狙撃手がいると知れていたら、マークし続けてカウンタースナイプするのが定石だ」
「た、確かに……」
そもそも、狙撃手というのは専門の訓練を受けた、斥候としても優秀な兵士である。隠密行動を行い、危険度の高い敵を排除する存在で、極端に影が薄い、はずなのだ。
それどころか報告に寄れば、溝口葵は前線に立って逃げも隠れもせずに狙撃している。
何故、無事でいられるのだ……!?
「本国が、CTやMRIを取りたがるのもわかるな」
口元に笑みを浮かべながら、透水は廊下を歩いていく。その後を続きながらも、空也は少し不気味に思いつつ、背後を振り返るのであった。
☆
「先輩、救援部隊の編成はまだ終わらないんですか!? もうすでに葵が西国に本格的にわたってしまいます!」
真冬が焦りを隠せずに部屋をうろうろする。常に戦闘装備がなされ、緋月が常に睨みつけていなければ、すぐに飛び出してしまいそうだ。
「焦るな、真冬。今、停戦協定を結んだ状態だ。迂闊には手を出せん」
「で、でも……!」
「これは葵の選んだことだ、分かっているだろう。葵にも策がある」
緋月は言い聞かせるようにゆっくりと告げる。真冬はそれでもいらいらとした様子でベレッタを抜き、意味もなく弾倉を抜きかえる。
「その策って……何なんですか! 一体!」
「分からん。紅葉にしか打ち明けておらんのだろう。だから落ち着いて、自分のできることをするのだ」
(そう、だよな? 葵……)
葵は自分たちを見捨てない。そう判断し、待つしかないのだ……。
ぎり、と緋月はたまらずに歯噛みする。
待つことしかできない自分が、憎たらしい。二人の心はじりじりと焦燥を抱えていた。
「緋月! 真冬!」
不意に扉が開き、亜麻色の髪の少女が転がり込んできた。真冬はぱっとそちらに顔を向け、緋月は腰を上げる。葉桜は息を切らしながら紙切れを持って告げる。
「ほ、本国から伝令……! これを受けて、ミルクさんも、動いている……から……」
「か、貸せ!」
緋月は珍しく焦った様子で葉桜から紙をひったくり、目を通す。そして愕然とした。
真冬はその顔を見て、緋月に詰め寄りながら声を荒げた。
「せ、先輩、何なんですか!?」
「暗殺……だ」
「はい?」
緋月は力なく虚ろな目で真冬を見やりながら、抜け落ちたかのように言葉を漏らした。
「葵の、暗殺命令が出た……」
ハヤブサです。
ストックはあるのに、なかなか更新する暇が見つかりません……。
やはり、予約を使わずにその時間にやるのがハヤブサクオリティですからね。
感想を書いていただければ、もしかしたら、すぐに更新するかも……。
いや、贅沢を言っていられませんね。時間を見つけて更新していきましょう。




