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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
秋の道筋
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裏切りと秋風のロンド―2

「簡易検査は異常だ。別室で待機せよ」

「へいへい。こっちだ。葵」

 検査員を軽くあしらって、空也は僕の肩を掴んでさっさと移動を始める。その後ろを小走りで紅葉が追随してくる。空也は通路を歩きながら僕の肩を離して苦笑する。

「悪かったな。弄繰り回すような真似をして。まぁ、国の命令なんだ」

「分かっている。けど、何でMRIやCTまで撮る必要があるんだ?」

「知らねえ。全く、お国の考えることなんて分からないさ」

 空也と僕は移動中にかなり仲良くなった。どうも、空也はあまり愛国心というのはないが、家族を大切に思う人間であるようだった。時折見せる、真摯な眼差しがその証だ。

 それに好感が素直に持てた。あまり、西国の人間だからと警戒しない方が良いのかもしれない。

 そう、ありのままを、見なければ……。

「ん?」

 不意に袖が引っ張られる感触がして、振り返ると何故か紅葉が僕の服の袖を掴んでいた。何か視線を逸らしながらで、用がある訳でもなさそうだが……。

「トイレ、か?」

 僕の問いにふるふると首を振る紅葉。だが、掴んだ袖は離さない。はて?

 すると、空也がばつの悪そうな顔をして頬を掻きつつ言う。

「あー……うん、紅葉、悪かった。葵、そのまま行こうぜ」

「お、おう……?」

 僕は疑問符を残しながらも空也について進んでいく。紅葉は特にその場に留まったりせず、ただ袖を掴んで黙って僕についてきた。

 空也は通路を歩き、階段を上がって、一室に僕を案内した。

 ソファーやテーブル、簡易ベッドなどが置かれた軽い休憩室のような部屋だ。暖炉やじゅうたんもあり、なかなか居心地がよさそうに見える。

 そのソファーに腰を下ろしながら、空也はテーブルを挟んだ反対側のソファーを手で示して座るよう促す。頷いて、僕がその席に腰を下ろすと、袖を掴んでいた紅葉も僕の隣に腰を下ろした。

 リードに繋がれた従順な子犬のような感じ。僕は不思議に思っていると、空也はニヤニヤと笑いながら紅葉に声をかける。

「いっそのこと、首輪でも作って、リードを葵に持ってもらえば」

 ばすんっ!

「……っぶねえな! 今、普通に頭狙って撃っただろ!」

「……ふん」

 そっぽを向く紅葉は無言でベレッタをしまう。

 何この子怖いんだけど。

 頭を傾けて銃弾を辛うじてかわした空也は引きつり笑いを浮かべながら、僕を見て言う。

「ほれ、葵も怖がってんじゃねえか。嫌われるぞ」

 その途端、びくっと肩を跳ねさせて紅葉は僕の顔を恐る恐る上目づかいで見つめる。先ほどから紅葉は子犬のようだ。まるで嫌われるのを恐れているかのように。

 何この子可愛いんだけど。

 僕がにやつきたくなるのを必死にこらえていると、空也はやれやれと肩を竦めてみせた。と、ふと思い出したように、彼は真摯なものに表情を変えて言う。

「そうだ、葵の持っていたライフルだけど、検査が終わったから返すことになる。M24SWSとバレットM82、ベレッタ二丁。違いないな?」

「ああ、それだ。しかし、人質に銃を持たせていいのか?」

 僕が不審に思ってそう切り返すと、彼は苦笑交じりに答えた。

「まぁ……正直な話、見張りたちは歓迎していないぜ。けど、俺は葵が理由なしに裏切るとも思えないし、上の人間も武器を持たせていいと言っている。だったら、俺は返すぜ?」

 絶対、今後必要になってくるし、と付け加えながら空也は説明する。その一言がどうも引っ掛かるが、ベレッタはともかく、二つのライフルはもはや僕の身体の一部だ。返してもらった方がいい。

「じゃあ、お言葉に甘えて。今返してもらえるか?」

「おうとも」

 空也が端末を取り出して何やら操作する。そうしてしばらくすると、部屋に一人の男が入ってきて、ガンケースを突き出した。空也はそれを受け取ってテーブルに載せると、丁寧な手つきでそれを開けて僕に見せる。

 そこにあったのは、間違いなく僕のライフルだ。

 傷跡も間違いない。

 バレットM82を取り上げると、そのグリップを掴んで確かめる。銃身の刻まれた微かな傷は、自分の手にしっくり馴染む。思わず、安堵の息が漏れた。

「少しは安心したか?」

「そら……まぁ、な」

 空也は僕の言葉にニヤリと笑うと、構えとけ、と小さくつぶやいた。

 え、と聞き返す前に僕の耳が異常を感知して武器を構える。紅葉もわずかに腰を浮かせて腰の柳葉刀に手を走らせる。

 聞こえてきたのは激しい足音。重い、だがリズムのある。

 武道のやっている人間……!


「チェストおおおおおおッ!」


 刹那、扉をぶち破って何者かが部屋に躍り込んできた。咄嗟に、叫び声に呼応して刀を避ける構えをしたが、突き出されたのは拳。

 避けられない!

 僕は敢えてそれを腹で受け止めると、背後に飛んで衝撃を逃がし、同時にバレットを突き出して引き金を引こうとする。が、拳の主はその銃口から逃れながら蹴りを鋭く放つ。

「させない」

 そこで割り込んでくれたのは、蒼い髪の少女だ。身体を割り込ませると同時に、柳葉刀を舞わす。

 それを嫌って飛び退いた、その先には。

「はぁい、お父様、動かないでね」「乱暴なのは、好きじゃないんだ」

 僕と空也の銃口だ。

 拳を振りかざしていた男は、嘆息しながら拳を収めてちらりと僕を見やった。

 髭面の大柄な男だ。

「……良い、銃だな。バレットか」

「ええ、独自の改良を施しており。飛距離はやや落ちていますが」

「六千五百フィートちょい、ですかね」

「……ふむ」

 大柄の男は目を細めると同時に、空也と僕は銃口を下げた。そして、空也はやれやれと肩を竦めながら、指でその男を指して告げた。

「ごめんな、葵。この人は、俺の父親で、紅葉の義父である」


「秋風、透水だ。娘はやらんぞ」


 大柄の男がくわっと目を見開くと腕を大きく振り上げるのであった。

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