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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
夏の道筋
102/138

幼き少女と共に見上げる景色は

「全く、お前らが途中でトンズラするから事後処理が大変だったぞ」

「そら、悪いことしたな」

「全く悪びれもせずにそんなことを言うな」

 運転席からの睨みを受けて、僕は肩を竦めて見せた。ただし、拳は飛んでこない。運転中だからか。

 ハンドルを握る友人はギアを軽くチェンジしながら、外の光景に視線をやる。

「ま、そういう訳で、お前に軽く出頭してもらうだけで話が済んだだけでも良しとしてくれ。ここではっきりさせない限り、葉桜の立場も不安になるからな」

 葉桜の庇護者は、山本中将だったが、僕の軍法違反で責任を取らされて権威が失墜している。

 故に、ここ数か月の葉桜の立場は危うかったともいえる。緋月が頑張ってくれたのだろう。

「……悪かった、な」

「いつもそれぐらい実感を込めて謝ってくれればいいんだが、まぁ、無茶は言わん。今回もお前の嫁から許可を取るのも大変だったのだろう?」

「はは、それは……まぁ」

 あの戦闘後、一旦、安全な場所に帰れたのに、もう一度の出頭要請に一番反対したのは、もちろん、ミルクであった。

 もう一度兵器を持ち出しかねないミルクを藍鉄と二人がかりで宥めて、緋月にも誓書を送ってもらってようやく僕は東国連合に出頭することができた。

 根掘り葉掘り尋問され、そして峰岸さんの遺品であるUSEメモリーも没収されたが、緋月が手を回してくれて、いろいろと不問となった部分も多かったので助かった。

 そして、緋月によって今、寺社連合へ送られている真っ最中だ。

「……今、お互い、憔悴している状況だ。東国連合は軍を温存できたが、攻める先端となり得る要塞を失った。西国は国力が衰退、統治者も失った。両国は国力の立て直しを要求されるだろう。寺社連合は一人勝ち、だろうな」

 緋月はハンドルに顎を載せながらアクセルを踏み込み、一瞥を僕にくれて軽く笑った。

「お前の予想通り、か?」

「いや……さすがにここまでは、な」

「上官にも会えなかったし、今はそれどころでもなかったからか?」

 そういえば、東国連合に再び赴いたが、上官に会うことは適わなかった。どうやら、何者かの襲撃によって負傷し、今はデリケートな環境になっているらしい。

 聞き出したいこともあったのだが……恐らく、あの人は真実に近い人間だ。だからこそ、もう会えないのかもしれない。

 僕がそう予感しながら、視線を外に向けて応える。

「それもあるが……まぁ、結構行き当たりばったりだよ」

「だろうな。お前は何だかんだで行き当たりばったりなことをしていることが多い。が、そのくせ、良い方向へと結末が転がっていく。お前は未来が見えているんじゃないのか、って思うときがあるよ」

 緋月は鼻を鳴らして視線を前方へと向ける。寺社連合まではもう、近い。

 服部神社の社が次第に見えてきていた。あそこで寺社連合の迎えが来ているはずであった。

「……私もついていってみようかな。寺社連合に」

「止めておけ。ミルクに殺される」

「冗談だ。ただ……」

 不意に、緋月は寂しそうな視線で目の前の社を見つめながら囁いた。

「私も、何もとらわれずに過ごしたい……と、思うときはあるよ」

 僕はその横顔を眺める。どこか毎日に退屈したような、何かを求めるような、物憂げな横顔。

 彼女もまた、僕たちとは別の考え方でこの暮らしに辟易としているのだろう。

 僕は肩を竦めて声をかけた。

「ま、全て終わってから考えることだな。できる範囲なら、僕だって協力してやる」

「言ったな? 協力させてやるぞ? くそっ」

 緋月は悔しそうにハンドルを叩いた。だが、その目は笑っている。

 どこかその空気を心地よく思っていると、緋月はギアを変えながら車の速度を下げていっていた。

「ここまでで良いな? 別に神社の中まで送っても良いんだが、正直、殺気を感じる」

 言われてみて、感じてみればなるほど、どこからか不穏な気配がする。

 直接向けられている訳ではないが、緋月からするとひしひしとそれを感じ取っているのだろう。全く、軍人は敏感なものだ。

 そこまで考えて、僕は思わず自嘲の笑みを浮かべた。

 つまりは、結構軍人離れしてきてしまったということだな。

 僕がシートベルトを外すと同時に、緋月は車を止めてポケットから何かを取り出した。

「返す。二人で見ておけ」

 無造作に投げられたそれを片手で掴んで眉を顰めた。形からいって、それはUSBメモリー。

 てっきり帰ってこないかと思ったが。

 僕は軽く礼を言いながらそれを懐にしまうと、緋月に視線を注ぐ。彼女は慣れ親しんだ様子で屈託もなく僕に笑みを返した。

「ま、緋月も暇になったら来いよ。歓迎する」

「ふ、機会があれば、だな。それじゃ、何かあれば連絡する」

「おう」

 緋月は笑いながら手を振る。僕は軽く手を振りかえしながらドアを開けて外へと出た。

 目の前にそびえるのは、変わらず大きな石段であった。

 懐かしい、その石段を踏みしめるように、進んでいく。


「にーさま」


 そして、石段を登り切った、その先には。


 巫女装束の彼女が、小さくはにかんで待っていた。


「にーさまぁ、遅かったぁ……」

「いやいや、悪かったって」

「でも、でもぉ、すぐ済むって言ったのにぃ」

「いや、さすがにそんなすぐは……」

「にーさまぁ?」

「……悪かった」

 すりすりと目を細めて胸板に頭を擦りつけている少女の身体を軽くあやすように抱きしめる。

 すでにそこは車の中。自動運転で目的地まで向かうそれの中で、誰の人の目がないことを良いことに、ミルクは僕に遠慮なく甘えてきていた。

 お互いに支え合うこと、そして自分の家について何となく悟ってきた僕たち。

 それからミルクは昔のように二人きりのときは甘えを見せてくれるようになったのだ。

「にーさま?」

 正直、そう呼ばれるのはくすぐったいところがあるが、それでも心地よい響きだ。

 ミルクが顔を近づけてくるので、軽くついばむようにキスしてやりながら、ふと懐に入っていたUSBメモリーを思い出して取り出した。

「ミルク、何か媒体はあるか?」

「ん……あるにはあるけど、それは?」

 ミルクは僕の膝に乗った状態でそれを取り上げる。そして僕から答えを聞かないまま、どこからかノートパソコンを取り出して接続した。

 しっかりと僕の膝の上に座りなおして、キーボードをたたき始める。瞬間、ミルクの目がどこか険しくなった。

「……にーさまぁ? 何これ。エロゲがすごく入っているんだけど……」

「え」

 そういえば、峰岸さんは確か、ゲーマーだった気も……。

 でも何でそんなのが入っている訳!?

 ちょ、何の罠?

「……じょーだん。そんなに焦らないで。兄様。エロゲにカモフラージュされた隠しデータね。ふぅん? 神野あけみ、って人のUSBなの? 東国連合が予め検閲を通したみたいね。大体解析されている……」

 思わず焦っていた僕を余所に、ミルクは小さく吹き出しつつも、すぐに目を通して解説した。

 しかし……かんの? かみの? あけみか。

 峰岸さんのUSEではないのか、はたまた?

 僕が内心小首をかしげていると、ミルクはキーボードをたたきながら小さくつぶやく。

「東国の侵攻履歴ね。五月に侵攻……うん? 何か違和感がある気もするけど……あとで調べないとね。それよりも一番容量の大きいファイルは……動画?」

「開いてみるか」

 僕の言葉に、ミルクは小さく頷くとその動画ファイルを開いて見せた。

 そしてディスプレイに映されたのは……親父の姿であった。


『……うむ、そうか。……聞こえるか? 葵。零だ』

 親父はやや憔悴したような、痩せこけた顔を無理やりに笑わせて言葉を紡いでいた。

『今は、一月……天変地異の少し後になるな。今は日本が再軍備化され、対外勢力に対している状況下だ。しかし、武器を持った者がこの国にいるのは、間違いだ。恐らく、近いうちに内乱が起こるのではないか、と予感している。つまり、このビデオレターは、私が殺されたあと、葵、ないしはその保護者に対して、溝口葵の持つ価値について警告するものだ。よく、聞くように』

 親父はそこで言葉を切ると、軽く咳き込んでからカメラを見つめて言葉をつづけた。

『まず、溝口家について……溝口家は、私の祖父、真次に一人の女が好意を寄せたところから始まる。その女の名前は〈カミノユウ〉。神様の〈神〉に野原の〈野〉、示す編に右と買いて〈祐〉。神野祐だ。彼女が異才を持つ人間だった、ないしはその女と祖父の出会いが異才を生んだ、というのが私の友人の私見だ。根拠はない』

 根拠はないとは無責任な。僕が思わず呆れてしまうが、親父はお構いなしに言葉を続ける。

『その異才には葵も年を取るにつれて知っていくと思う。敢えて言わないのは、その才を悪用されかねないからだ。まぁ、実際、大したことはないんだが。問題は、葵の血筋、それの方が問題だ。率直に言うぞ、葵』

 そこで一つ親父は一呼吸置くと、真摯な眼でその言葉を言い切った。


『小夜は、天皇家の人間だ。彼女の兄、秋人は天皇陛下であられる』


「……ッ!?」

 ミルクが驚きに息を呑む。だが、ある程度予測できていた僕は落ち着いて深呼吸した。

 寺社連合に来てから知ったが、上官は小夜母さんの兄であるということ。そして、その上官……秋人は勅命を出せる人間なのだ。

 勅命と言えば、天皇しか出せない。どうして身分を隠して、僕の上官というフリをしていたかは謎ではあるが、身内としてごたごたから守りたかったのであれば、筋は通る。

「つまり僕は」


『葵は、天皇家の血を継ぐ。立国者として祭り上げるには、十分な血筋だ』


 親父はそこまできっぱりと言い切ると、真摯な眼で告げる。

『このビデオレターがどこでどういうルートで渡るかは分からない。だが、義兄、陛下にはお前の庇護を頼んである。お前のやりたい形で、お前を守りながら進めるだろう。それがどんな結末になるかは分からない。だが、十分に警戒しろ。どこのだれがお前の身柄を狙うか分からない。だが、お前は友を信じ、突き進めばいい……もし、これが葵の保護者に渡ったのであれば……葵のことをよろしく頼む。彼は、僕の自慢の、息子だ……』

 親父はそこで深々と頭を下げる。そこで映像は止まっていた。

 ミルクはしばらくその画面を見て黙り込んでいたが、一つ息をついて僕を見上げた。

「にーさまが天皇の血を引いていても、寺社連合がしっかりと守るから……安心して」

「ああ……頼む」

 僕の身を真っ先に案じてくれる。その気持ちを温かく思いながらミルクの身体をそっと抱きしめる。

 ミルクはくすぐったそうに笑みを見せていたが、ふと何かに気づいたようにキーボードに触れた。

「まだ一個、動画ファイルがあるよ……これは、記録が古い。あたしが生まれてから三年後ぐらい、かな」

「見てみよう」

「うん」

 ミルクは一つ頷いてキーボードをたたく。すると出てきたのは、また親父であった。

 思わずげんなりするが、その親父の顔はどこかつやつやしていて、ふっくらとしている。まだ健康的な頃のようだ。そして、その傍らにいるのは……。

「お母……さん?」

 百合、おばさんだ。

 二人は幸せそうに笑い合いながら、言葉を連ねる。


『葵、海松久、元気にしているか?』

『いつこれを見るかは分からないが、多分、これを見るのは二人が仲良くしている頃、かな?』

「仲良くしているよ、母さん」

 ミルクが懐かしそうに目を細め、小さく囁く。ミルクの頭に手を載せて、僕も内心で親父にあいさつした。

 おかげさまでいろいろと面倒に巻き込まれているけど、な。

『突然だがな、二人とも、落ち着いて聞いてほしいんだが』

 親父がそう切り出す。画面の中の二人はどこか幸せそうににやにやしている。

 まるで、孫の顔が見られる、みたいな……。

『二人は従兄妹として育てられたと思うが……そら嘘だ』

「……は?」

「え?」

 思わずとぼけた声を出してしまう僕たち。その一方で二人はニヤニヤしながら言葉を吐きだした。


『実はな、葵とミルクは兄妹なんだ。ミルクは、僕と百合の子供』


『驚いた? 葵? あたしのこと、お母さんって呼んでもいいよ?』

 百合……母さんは、嬉しそうに笑う。そして、親父に甘えるようにしな垂れかかった。親父は母さんの肩を抱きながら、少し苦笑して見せる。

『お前たちを従兄妹同士として育てるのは、わけがあって、だな? いや、まぁ、直感なんだが……。どうも、この二人は将来一緒になるんじゃないか、と思って、だな?』

『昔から、お兄ちゃん……あ、お父さんのことね? 彼もなかなか身分に拘るクセがあるし、ミルクが押し切れればいいんだけど、それでも一応、近親相姦だから葵が嫌がるだろうな、って思って』

『それで、従兄妹同士として育てることにした。異論は認めない』

「さすがお父さんとお母さん。にーさまのこと、よく分かっている」

「そう、かぁ……?」

 ミルクが感心したように唸る中、僕は思わず小首をかしげる。

 画面の中の二人は仲睦まじげに笑い合いながら、僕たちに向けて言葉を紡ぐ。

『実際問題、二人が兄妹だとしても何の問題はない。大事なのは、二人の心構えだ』

『もしヘタレそうだったら、叱ってやりなさい、ミルク』

『葵も、ぐいぐい攻めるんだ。男らしく、な』

『もし何かあっても、家族やお友達は、二人の味方だからね』

『期待しているぞー。二人ともー』


 言いたいことだけ散々言うと、動画は停止した。

 ふむ、とミルクは一つ頷いてノートパソコンを小脇に退けてから、百八十度回転して僕に向かい合う。首に腕をからめ、じっと僕の瞳を見つめて小首を傾げる。

「何か問題は?」

「ないな」

「だよね」

 にこっと笑みを浮かべるミルク。そして、彼女は夢中で唇を押し付けてくる。

 そうだ、大事なのは心構え。僕はそう思いながら唇を重ね合わせて答える。


 一度は逃げたこともあった。

 全てを投げ出したこともあった。

 それは間違いであったとは、言い難い。

 それでも、やはり二人で向き合っていく道の方が格段と楽しいのだ。


「……って、おい、ミルク!?」

 物思いから少し現実に戻ると、少女は上気した顔で僕の首筋に舌を這わせながら、胸元をはだけていく。熱い吐息がかかり、潤んだ瞳で僕を見つめる。

「にーさまぁ……我慢、できないよ……」

 甘酸っぱい吐息に、僕の理性がじりじりと擦り切れていくのがわかる。

 しかし、視線を向ければ、そこにはもう高天原が近いのだ。出迎えに来ている藍鉄の姿が見える。

「もう、近いぞ」

「うん……」

「藍鉄も、いるぞ?」

「う、うん……でも……」

「したい?」

 こくん、と従順に頷くミルクに僕は思わず苦笑交じりにキスをする。


 そう、大事なのは心構え。

 心構えさえすれば、何でも怖くない。

 僕とミルクには強い絆もあるから。

 溝口の血という絆、兄妹という絆。そして。


「僕たちは、恋人だからな」

「ずっと、一緒だよ。一緒に、夏祭り、行こうね?」

「浴衣姿、楽しみにしているぞ」

「はりきっちゃうね」


 恋人だから。


 僕たちは楽しく笑い合うと、唇を重ね合わせ、さらに深く繋がっていった。

ハヤブサです。


一年一か月。

ミルクに費やした時間、です。

正直、真冬や葉桜が可愛すぎて、ミルクをどう書くかすっごく悩んだのが原因ですね。結果論的には、まぁまぁ、ミルクと葵の関係性を書けたかな、と。

こ、これで満足していただけるでしょうか……(戦々恐々)


と、とにかくですね、葵くんが血筋について、皆様薄々気づいていたでしょうが、書くことができました。

徐々に真相へ近づきあるこの物語、ですが。


この作品、書き始めてから二年経つんですよね。未熟時代から書いているので、なかなかに初期はぼろが出ている。

というか、共通ルートで短すぎた。感想でもご指摘いただきましたね。

ということで、今暫しは次ルートを考察しながら、割り込み投稿していこうと思います。アドバイスとか、こういうシーンがいいな、とか挟んでいただけると嬉しいです。


ちなみに、これが上手く書けた暁には、このシナリオでゲーム化なんぞ、とも考えています。今、自分の身近にいる友人たちは、なかなか才気あふれます故。


それは追々、報告するとして。

正直、上手くいくかは分かりませんものね。まずは完結させるのが最優先。


いかがでしたでしょうか?

真冬、葉桜、ミルク。三つのルートがすでに終えました。

まず不可能なことばっかりやっておりますが、楽しんでいただければ幸いです。

また、今回で初めてお読みになられて、ミルクルートから読まれた方は別のルートもお読みいただければ幸いです。

もし、少しでも面白かった、続きが読みたいと思っていただけたのならば、一言だけでも、感想を下さいませ。


喝っ! こんなんじゃだめだ、この腑抜けめ、顔を洗って出直せぃ!

という方はもしよろしければお手数ですが、どの点がだめだめなのかご指摘下さいませ。精進致します。


それらを糧に、また次の未来、否、別の未来へと書いていきます。


さて……時間をさかのぼりましょう。

あの決断のそのときへと。

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