宿舎の喧噪―3
◆◇◆
微動だにしない葵がピクリと動いたのは、丁度、日が地平線にさしかかろうとしているときであった。
「……真冬」
ぽつりという呟きに私は集中力を乱さずに静かに訊ねた。
「何?」
「少し警戒」
「何、私が警戒していないみたいじゃない……」
少し拗ねた口調で言うが、葵が少し苦笑いを浮かべて目をゆっくりと開ける。
「微かに、音がした。東の方向……だと思う」
東……ね。
僅かにそちらに顔を傾ける。
ふと、そちらからふわりと風が吹いた。
それに私と葵は同時に顔を顰める。
微かではあるが、硝煙と血の臭いが漂った。この硝煙は、この基地で使っている物ではない。
葵は素早く立ち上がると、抱えていたライフル銃をそちらの方向に構える。暗視用スコープに取り替えずにただじっと覗き込む。
私も自分の愛銃で覗き込む。
暗くなった視界は影の動きを捕らえにくい。
だが、私達の目は鷹やフクロウよりも鋭い。
「……いた」
「うん」
遥か遠くに影を認知する。わずかな動きだったが、見逃さなかった。
「動きだと……三人ぐらい?」
「そうだね、哨戒部隊かな? また」
「それにしては遠い気もするけど……」
葵はライフルをそちらに向ける。先程、抱えていた銃ではなく、バレットM82……対物用の銃だ。
「どうするの?」
「とりあえず、追っ払うか……なんか居座り始めたし」
「あ……本当だ」
岩に隠れた場所に何やら機械を組み立て始めている。派手な動きやカチャカチャという金属音までするので筒抜けであった。
「真冬、初弾は僕が。畳みかけを頼む」
「命じないで。私の好きなようにやる」
「一応、僕が上司だぞ」
「……合わせてあげるから」
「上等」
口少ない言い合い。それだけで意思の疎通は可能になる。すぐさま、葵は引き金を引いた。
夕闇に輝く閃光。それと同時に金属の塊が宙を駆ける。
暫くして、ゴッという鈍い音、そして微かな悲鳴と破壊音が響いた。
スコープを覗きながら私は思わず舌を巻いた。
葵は岩の形状を把握し、連中が構えている手前の岩を破壊する。それによって生じた跳弾、そして弾けた岩の破片で組み立てていた機械まで破壊しているのだ。末恐ろしい。
そして間髪入れず、岩が砕けて姿が丸見えになった連中に対して、私が掃射をかける。
その間に葵はM24SWSに銃を持ち替えて精密射撃を行う。
また連中を生け捕ろうと息巻いている様子だ。
私も合わせて退路を断つように銃を撃って葵を援護する。
連中は逃げまどった挙げ句、その場で岩に隠れてやり過ごそうとしている。すぐに葵がバレットに持ち替えようと手を伸ばす。
が、次の瞬間、眩い閃光が走って私達の目を焼いた。
「くっ……!」
暗視用スコープで覗いていた私は直接光を受けて思わず銃を取り落とした。
そして目を押さえると同時に、爆裂音が響き渡る。
「くっ、自害したか……大丈夫か、真冬!」
葵が慌てた声を上げて私の近くにしゃがみ込む……音がした。
軽く目を開けるが、さっきの閃光が目に焼き付いて焦点を合わせることが出来ない。葵の顔も視認できない。
「だ、大丈夫よ……」
「そんな訳あるか。見せてみろ……」
私の肩に手が置かれた、と思うと頬に優しく手が添えられて顔を持ち上げさせられた。
その温かな感触に、思わず赤面する。そして顔を振って手を振り払った。
「触らないで。大丈夫だから……」
「大丈夫な訳ない。焦点が合っていないんだから……目を焼かれたか。葉桜に処置して貰わないと……悪い、持ち上げするぞ」
先程から軍事用語が混ざっている。割と焦っているようだ。
そりゃ……死なれちゃったもんね。
私が自嘲するように笑っていると、不意に足払いされてふわりと身体が浮かんだ。
それが地面に叩きつけられる、その前に優しく膝の下と背中に手が添えられて持ち上げられる。
そして、間近には、葵の吐息と独特の香辛料と硝煙の、香り。
「え……あ……?」
「動くなよ。軍人だけどそんなに力はないから」
状況から察するに……。
私は冷静に状況を分析する。絶対後悔するのは見え見えなのだが、それでも分析してしまう。
両手で私は抱えられていて……でも背負っている訳ではなくて、正面だから……。
お姫様、だっこ?
「~~~~~~~~っ!」
「お、おいっ! 真冬!? どうした!?」
羞恥の余り、頭がオーバーヒートしてしまったのは言うまでもない。




