鉄マニうさぎ
今日は素通りするつもりだった。
しゅっしゅっしゅ、ぽー!
「いいねいいねー中央線さいこーう」
「……何してんの」
素通りしようとしたわたしをものの見事に足止めした音の正体に、わたしはげんなりした。
電車だ、うさぎがついに個室を飛び出し、トイレの床に電車を走らせている。
「何って中央線」
「いや、わかんないし」
「わかるっしょ!中央線はオレンジでしょ!」
中央線がオレンジだろうが山手線がグリーンだろうがどうでもいい。
問題は、ついにうさぎが個室を飛び出したことだ。
今まではまだ個室でおとなしく携帯でテレビ程度だった。
まだいい。
いや、決してよくはないが、まだよかったような気がする。
拳銃と黒ずくめのおっさんのことはなかったことにしようと思う。
「中央線が120周年なんだよね!」
分厚い時刻表片手に、もう片手にレールを持って、うきうきしながらうさぎは語る。
「ちなみに常磐線は50周年ね。いやーこれからの発展が楽しみだなー」
「乗らないし」
「これだから若いもんはね!わかってないなー!」
しゅっしゅっと軽快に走る電車模型を半ば呆然と眺めるわたしに「だから皆よく間違えるけど常磐線各駅と千代田線は全くの別物だから」とか何とか、聞いてもいない解説を始めるうさぎ。
どうでもいい筈なのに、常磐線各駅と千代田線の違いに、少しだけ、目から鱗な自分がいやだった。
「常磐線各駅はJR!千代田線は東京メトロ!おーけー田中さん!?」
「……へえ」
思わず応えた自分が、やっぱり少しだけいやだった。
「それで中央線は120周年なわけだけど中央線沿いのキヨスクで記念メダルが、」
くるりと踵を返す。
足早にトイレを出たなら、先生とばったり会った。
「あら田中さん、まだいたの」
しゅっしゅっしゅ、ぽー!
「中央線が120周年らしいですよ」
ついに個室を飛び出したうさぎは確かにトイレで電車を走らせているが、先生はトイレにうさぎはいないと言っていた。
「田中さん?」
「さようなら先生」
しゅっしゅっしゅ、ぽー!
軽快な電車の音は、確かにトイレから聞こえていた。
※2009年時点での話。
昔書いたものを移転しています。