『唐草三五郎《カラクサ サンゴロウ》』
『唐草三五郎』
―彼は呼ばれる、忘れられた涙の温もりへ…
―1.起―
唐草三五郎は泥棒です。それはそれは怖い泥棒です。
三五郎の盗むものは決まっています。お金や宝石というものではなくて、その人だけの宝物……いつもあるので、宝物であることを忘れてしまっている“大切なもの”。
三五郎の名前があまり知られていないころ、人々はのんきに言っていました。
「おかしな泥棒がいるものだね」
「大切なものが分かるのなら、一度盗んでもらいたいものだわ」などと。
世界一の大金持ち、リッチェストさんも、そんなのんきな人の一人でした。リッチェストさんは、頬をぷるぷる震わせながら言いました。
「ほほー、忘れてしまっている宝物とな。それはやっぱりお金かの。たくさんありすぎて、どこの銀行にどれだけあるかもよく知らない」
そんなリッチェストさん…ある朝のことです。
いつものように服を着て、上着のポケットに手を入れ、時計のゼンマイをぐりぐりと回す…はずでした。
でも時計はなく、かわりにあったのは唐草模様の小さなカード。黒い墨で文字が書いてありました。
「あなたのお宝、ちょうだいしました。唐草三五郎」
「ああ……」
リッチェストさんは、ひい爺様からもらった懐中時計を盗まれてしまったのです。
子どものころにおねだりして、ひい爺様が無理をして買ってくれた、世界でたった一つの懐中時計…。
カチリ……リッチェストさんの頭の中で時間が止まりました。ぽっかりと心にあいた穴に、風が、ピューと吹きつけます。
子どものころから、いつもポケットにあった懐中時計。あるのが当たり前で、大切ということをすっかり忘れていました。
ひい爺様の温もりをもった懐中時計……リッチェストさんは必死に探しました。
お金に糸目をつけず、世界中の探偵はもちろんのこと、仕事をしていない普通の人や、泥棒さえも雇って探してもらいました。
でも、いつまでたっても良い知らせは届きませんでした。
山のようにあったお金は、あれよあれよという間に減っていき、やがてすべてなくなってしまいました。
リッチェストさんに残ったのは、立派なお屋敷の横に広がる牧場の端にある、小さな家だけとなりました。
この事件から、唐草三五郎の名前は世界中に知れ渡りました。
「忘れてしまっている宝物、いったいどうすりゃ守れるんだ」
「気付いた時には遅すぎる。大切なものは戻らない」
だれもが三五郎を恐れるようになりました。
―2.承―
さて、日本のとある小さな島に、モエちゃんという女の子がおりました。
マシュマロパイが大好きなモエちゃんは、ある重大な秘密を知っていました。
それは…みなしごの赤ん坊のモエちゃんを引き取ってくれた、優しい父さんの“もう一つの名前”。
お手伝いさんが休みの日に、こっそり父さんの部屋を探検していた時のことです。
机の下にもぐりこみ、ふと上を見れば、おかしな箱が隠されていました。
開けてみると、ゾロゾロリ……ニュースでおなじみの唐草模様の小さなカードがたくさん出てきました。
「父さんの名前は、倉坂五郎さん……でも、もう一つの名前は、唐草三五郎……」
モエちゃんには、どうしても知りたいことがありました。
ある日、島の岸辺にある郵便受けに、手紙を入れました。
「からくささんごろうさんへ あなたは じぶんからは なにを ぬすむの? 小さな女の子より」
次の日から、父さんは部屋に閉じこもりました。
「うーむ、わからない……」
うなり声が、ドアの向こうから聞こえてきます。
モエちゃんは心配になりました。
「お父さんは大切なものがわからないんだ。このままでは病気になってしまう……」
モエちゃんは手紙をもう一枚書きました。
「からくささんごろうさんへ もういいです。じぶんの宝物をぬすむなんて かんがえないでください。 もういちどの小さな女の子より」
そっとドアの下から滑り込ませました。
けれど、うなり声は消えません。それどころか、どんどん声は弱くなっていくようです。
「私、なんてことしてしまったの。まさかこんなことになるなんて……」
モエちゃんは決めました。
「私も探すのを手伝ってあげる。きっと、あそこにあるに違いないわ…一度だけ連れて行ってもらった、山の洞窟の中にある秘密の部屋に」
・
・
その秘密の部屋で、父さんは微笑みながら蝋燭に火をともしました。
すると、小さな炎に照らされて、ガラスケースに収められた様々な品が、美しく浮かび上がりました。どれもが大切に守られているようで、まるで宝箱の中の宝石のように光っていました。
炎がゆれるたびに、それぞれの影もそっとゆれて “ここにいるよ“ と語っているよう…誰かとの再会を待っているかのように、少し寂しそうにも見えました。
「ここは何の部屋? まるで博物館みたい」
モエちゃんがたずねると、父さんは答えてくれました。
「ここは僕の宝物置き場。むかし事故で家族がいなくなって、心が空っぽになってしまったことがあった。そんな時に母さんの言葉を思い出したんだ。“いたずらをしたら、宝物は洞窟に飛んで行ってしまいますよ”ってね。
僕はずっといたずら好きだった。だから、ここに来れば何かあるかと思って来てみたけれど、何もなかった。それであれこれ考えてね…ふふ、いろいろ持ってくるようになったんだ。おかげでうまくいってるみたいだ。空っぽだった心に、だんだん何かが入りはじめたんだ」
・
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…あのガラスケースに入っていたのは、きっとよその人の宝物。人から盗んできたものだけど…あの中に、父さんの宝物になったものがあるのだわ…
「まっててね、お父さん!」
モエちゃんはドアの向こうの父さんに力強く言いました。
―3.転―
モエちゃんは、カメラと懐中電灯を持って家を出ました。カメラを持ってきたのは、ガラスケースの中にあるものを写真に撮って、父さんに見せてあげようと思ったからです。
モエちゃんは、島をぐるりと回って、山を登っていきました。茂みをかき分け、かき分けて…ようやく、山の中にぽっかりと口を開いた洞窟にたどり着きました。
「光をのばして、どうかわたしを連れて行って……お父さんの宝物のところへ」
持ってきた懐中電灯に、しっかりお願いしてから、中へ入りました。
洞窟の中は、のっぺりごつごつ…広くなったり、狭くなったり…ずっと奥へ続いていました。 道が分かれているところでは、広い方へ進みました。
懐中電灯に照らされた暗い道…
岩かべの黒い影が、すぅーっ…すぅーっと踊るように流れます。ととっ…ことっ…見えない誰かが追いかけてくるように小石が転がります。
まるで、魔物に頬をぺろりと舐められているように、冷たく湿った風がまとわります。
…こわくない…こわくない…
モエちゃんは前を見て歩き続けました。
てくてく……とぼとぼ…… てくてく……とぼとぼ……
いったい、どれだけ歩いたことでしょう。
だけど、いくら歩いても、秘密の部屋にはたどり着けませんでした。やがて、懐中電灯は電池が切れ、あたりは真っ暗になりました。自分の手さえ、どこにあるのかわかりません。
モエちゃんは、洞窟の中で迷い、進むことも戻ることもできなくなってしまったのです。
「わたし、お父さんの宝物探し、手伝うことができなかった…」
シーンと静まり返った暗闇に、ぽつん! 涙が落ちる音が響きました。
その時です。
ピカリ――! 眩しい光がさしこみました。
「唐草三五郎、参上。忘れていた大切な宝物…そうれ、盗むぞ!」
聞き覚えのある低い声が響きました。と思ったら、モエちゃんはふわりと高く抱き上げられていました。
気がついたら、家の中のベッドの上…。隣で父さんが、ぐうぐういびきをかいて寝ていました。
「むにゃむにゃ……僕のお宝をぬすんだのは誰? はいはい、それはわしです……んー、あれれれれ……」
時々、楽しそうに寝言を言っています。
モエちゃんは温かいもので胸がいっぱいになりました。真っ暗な洞窟の中で落とした涙が、どこかでそっと光ったような気がしました。
「もう、三五郎さんったら……私を盗んでどうするの?」
少し恥ずかしくなって、寝ている父さんのおでこをピタピタと叩きました。
―4.結―
次の日から、世界中で驚きと喜びの声が聞こえ始めました。
唐草三五郎に盗まれていた宝物が、次々と戻り始めたのです。
あのリッチェストさんは、戻ってきた懐中時計に何度もキスをして、大切に首にかけました。小さな家での貧しい暮らしになってしまいましたが、牧場の馬の世話をしたり、畑を耕したり、ご自慢の時計を近所の子どもたちに見せびらかしたり……その顔は、前よりもずっと幸せそうでした。
いつのまにか、唐草三五郎はいなくなっていました。
自分で自分の宝物を盗んでしまったのが運の尽き……頭がこんがらかって、泥棒ではなくなってしまったのです。
もしかしたら、もう心は空っぽではないことに気づいて、宝物を盗む必要がなくなったのかもしれませんが…。
そして、モエちゃんは……
ある朝、目を覚ますと、部屋の中の様子ががらりと変わっていました。
自分が寝ていたのは、小人が寝るような小さなベッド。窓にはピンク色のかわいいカーテンがひかれ、壁には、どこかで見たことのある赤ん坊の写真がかけられています。
これまでの大きなベッド、古びた薄暗い部屋とは大違いです。いつも聞こえていた波の音も聞こえません。代わりに聞こえるのは、ぶんぶんと走る車の音……まるでにぎやかな町の中のようです。
「いったい、ここは……」
柔らかい毛布から起き上がったところへ、ドアを開けて女の人が入ってきました。
モエちゃんを見るなり、目玉を白黒、顔を青くしたり赤くしたり……しまいに大泣きして叫びました。
「あなた……あの子が帰ってきたわ!」
なんということ……モエちゃんも、盗まれた宝物のひとつだったのです。
お母さんと本当のお父さんは、仕事に夢中になり、赤ん坊だったモエちゃんをおばあちゃんの家にあずけっぱなしにしていました。安心しきって、大切ということをすっかり忘れていたのです。
そこに、唐草三五郎がやってきたのでした。
「父さん……父さん……三五郎さん……!」
ああ、モエちゃんの二人のお父さん……どちらも大切なお父さん……。
お母さんと本当のお父さんに抱きしめられながら、モエちゃんはずっと泣き続けました。
―ありがとう、ぼくのすてきな宝物。君との出会い、過ごした日々が、わしのすてきな宝物 唐草三五郎―
床に落ちていた唐草模様の小さなカード。 滲んだ墨で文字が書いてありました。
―5.余―
時というものは、誰にも止められることなく流れていきます。
月が地球をまわり、地球が太陽をまわるたびに、ひとつの思い出は少しずつ色を薄め、かわりに、新しく鮮やかな思い出が生まれていきます。
中には、心にしっかりと刻まれている思い出があるかもしれません。
それがすてきなものなら、きれいな額に入れて飾ってあげるのもいいかもしれません。
バスケットに入れて、ピクニックに連れていってあげるのもいいかもしれません。
もちろん、そっと胸にしまっておくのが一番なのかもしれませんが……
さてさて、ここは、とある日本の小さな島。最近、不思議なお店ができて評判を呼んでいます。誰がやっているのかはわかりませんが、きちんと広告にのっています。
― 心のお宝発掘屋 あなたの大切な宝物、忘れてしまったらこちらへどうぞ。きっと探してさしあげます。電話番号は、41《ヨイ》#-3568-552《ココニ》#
ある日、一人の若い記者が、このお店の取材にやってきました。とてもきれいな女の人です。
島の風は、”おかえりなさい”と言っているように、優しくそよいでいます。
「連絡をしていたものですが、ご主人はおられますか」
女の人がお店のドアをノックして、声をかけました。
「はいはい、わしがここの主人です」
出てきたのは、優しそうなおじいさん…。歳はとっていますが、とても元気そう。背中はぴしっとのびていて、こそっと人の家に忍び込むことだってできそうです。
「お話を聞かせてくださいな」
「えーはい、どうぞ。さて、何からお話ししましょうか」
二人がついたテーブルの上、藤で編まれたカゴの中には、女の人が大好きだったマシュマロパイが、山ほどに積まれていました。
終わり




