世界を救っても、望みを叶えてはくれないようで。
お世話になっております。
たくさんの方に読んで頂き、多くの評価を頂き、本当に嬉しく思っています。
こちらは『世界を救えば、望みをひとつ叶えてくれるそうなので。』の続編となります。
さらに『世界が救われたせいで、望みを叶えるしかなくなったので。』の続編でもあるかと思います。
もしよろしければ、先に上記2つを覗いていただけますと幸いです。
世界を救えば~:https://ncode.syosetu.com/n8548mn/
世界が救われたせいで~:https://ncode.syosetu.com/n7543mo/
……嗚呼、どうして。
勇者イザークだった青年は——ただのイザークは、断頭台で項垂れる。
ついさっきまで、凱旋パレードの真っ最中だった。それなのに。
国王は俺に、魔王を倒せば何でも願いを叶えてやると約束してくれた。
だからこそ、俺は麗しのエリザベート姫を娶ると決めていた。
彼女を娶ることで、いずれは国王になる……そう決めていた。
しかし、今の状況はなんだ?
凱旋パレードなんてものはとうに消え失せ、今や死を待つばかり。
目の前には泣き叫んで暴れた末に首を落とされた、哀れな聖女サマの首が転がっている。
——俺も今から、ああなる。
「ッ、嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! やめろーっ!!」
抵抗しようが、鈍い刃は首を目掛けて落ちてくる。
激痛を感じた後、イザークの世界は黒く染まった。
○
「はっ!?」
質素な宿のベッドで、イザークは目を覚ます。
彼は真っ先に首周りを確認し、安堵した。
「良かった、繋がってる……」
心臓が爆ぜる。
冷や汗が、止まらなかった。
首を切り落とされる夢を見た。
だが、どうしてそうなったのかが思い出せない。
それが思い出せない代わりに覚えているのが、凱旋パレードのことだ——あれは、事実だ。それなのに。
ベッドに立て掛けていた剣を手に取り、イザークは外に出る。
この世界は、今まで自分が生きてきた世界と似通っている。
……それなのに、魔王は生きている。
ならば魔王さえ殺せば元の世界に帰れるかもしれないし、それが無理でも再び讃えられることは間違いない。
幸いにも、戦う力までは失っていなかった。だから本気を出して頑張ればどうにかなるかもしれない、とイザークは思う。
不思議と彼は一部の人々に認知されていた。例えば、宿の主人は彼の顔と名前を憶えていたし、すれ違う人間には声を掛けられた。
一方のイザークも、声を掛けてくる人間を知っていたし、向かうべき街の場所も覚えていた。
それでも不思議と、彼の中の『元いた世界と今いる世界は違う』という認識だけは揺らがなかった。
イザークは魔物を倒しながら、城下町へと向かう。
どうしてか、魔物を売り捌ける場所、冒険者ギルドの場所も分かっていたからだ。
適当に倒してきた魔物の中には強く、厄介でしかない魔物も混ざっていた。
それもあって、イザークはギルドの人間だけでなく、周囲の人々にも感謝された。
それだけで、本当に気持ちが良かった。金もたくさん手に入る。
ならば魔王を倒せば、間違いなくもっと良い気分になれる。
それでもイザークは考えてしまうのだ——面倒臭い、と。
イザークにとっては未来のための世界救済よりも、今ある富や名声の方が大事だ。
どうしても魔王討伐は目立つ。密かに挑むような真似はできないし、それで大事なものが得られるとは思えない。ならば必然的に、魔王討伐を宣言する必要がある。
それで成功するなら最高だが、失敗しようものならすべてを失うだろう。
ハイリスクハイリターン、そんなところだ。
だからこそイザークは、討伐パーティの一員として戦えれば良いと考えた。
成功すれば堂々と「自分たちの功績だ」と言えるし、失敗してもパーティのリーダーにすべての責任を擦りつけて逃げればいい。
もしくは討伐軍の類が現れてくれれば、魔王軍は勝手に弱る。
そこに自分が乗り込んで行って魔王を叩けば、多数の目撃証言を得た上で英雄となれるだろう。
——要するにイザークは、自分が『第一号』になるのは嫌だったのだ。
そんな彼の耳に、ひとりの女の声が届いた。
「私は聖女です! どなたか、どなたか魔王討伐のために、ご協力を!」
彼女は祈るように両手を組んで、声高に叫んでいる。
だが、誰も彼女に耳を貸さない。
当たり前だ。薄汚れた服を着た小娘の戯言に、構う必要などない。
イザークも、自称聖女の横を通り過ぎようとしていた。
「い、イザーク!?」
自称聖女が、こちらを見て叫んだ。
……当然、知り合いではない。では何故、彼女は俺の名前を知っているのか。
「な……っ!?」
咄嗟にイザークは剣を抜き、不自然でない程度まで声を張り上げた。
「お前は何者だ!? 何故、俺の名前を知っている!!」
声を張り上げた理由は、目の前の女が『本当に聖女である』可能性が出てきたためだ。
その場合、自分は『聖女に見定められた選ばれし存在』だと主張する必要があるだろう——要するに、目撃者を増やすべきだ。
仮に違ったとしても、変な女に絡まれた不憫な男として映るだけだ。
剣まで抜いたこの状況で、周囲の人々に本当は知り合いだと思われることはあるまい。
女は、目を丸くしたまま叫ぶ。
「私は、あなたの力を信じています。どうか、どうか私に力を貸してください。この私が、あなたを頼っているのです!」
「この私が?」
女が、不自然な言葉を発した。
イザークは怪訝そうに眉をひそめる。
「あっ、その……私、というよりは『神』が、ですね……」
「まるで、自分が神の言葉を授かった存在だと言いたいようだな?」
周囲の人々が、ざわめき始めた。
イザークのことを知っている人間がやって来たのかもしれない。
イザークなら、本当に神に選ばれていてもおかしくはない——そんなことを、誰かが言ったのかもしれない。
それはそれで、良いかもしれない。
ゆえに、イザークは女に声を掛ける。
「本当に自分が聖女だって言うなら、こんなところで叫んでないで教会に行くべきだ。証明してくれるだろうし、魔王討伐に行くって言うなら誰かしら手配してくれるだろう」
「嫌です! 教会は、嫌なのです……あそこに行けば、最終的に私は処刑されてしまう。奴らは私を見せしめに磔にして、そのまま殺すのです……この私がやめて、苦しいと叫んでも、やめてくれないのです」
「聖女サマが? なら、王城はどうだ? 聖女の力がホンモノなら助けてくれるだろう」
「王城も駄目です! この私を魔女だと決めつけて、焼き殺すような場所に行きたくない……っ」
一体何を言っているのだろうか。
まるで『そこに行けば何が起こるか』を理解していると言わんばかりの口ぶりに、イザークはただただ眉をひそめる。
奇妙な女だ。
本来は構うべきではないのだろう。
だが、教会にも王城にも本気で怯えている姿を見ていると、出まかせを言っているようには思えなかった。
それならば、ひとつだけ試しても良いと思えることがイザークにはあった。
「自分が聖女だって言うなら、この場でそれを証明しろ。根拠を出せ。それすらできずに叫んでいるわけじゃないだろう?」
そうだそうだ、とヤジが飛んでくる。
面白い。これはどちらに転んだとて、自分のためになりそうだ。
イザークは目の前の聖女とやらの動きを見守る。
「……」
すると彼女は両手を横に広げ、静かに目を閉じた。
——瞬間。今まで感じたことのない暖かな波動が、辺りに広がっていった。
「お……?」
どこかで切ってしまったらしく、腕には地味にひりひりと痛む傷があった。それが、いつの間にか塞がっている。
そしてどこかから、どよめきが湧き起こった。重傷を負っていた人間が混ざっていたのかもしれない。
聖女は、イザークに対してにこりと笑いかける。
「私がここまでやったのです。これで、信じて頂けますか?」
綺麗な女だが、どこか人を見下したような態度が気に入らない。
だが、彼女は本当に『聖女』なのかもしれない。イザークは、にやりと笑った。
「ああ、信じよう」
「ありがとうございます! それならば、私に忠誠を誓ってください」
「……は?」
忠誠を誓え。
妙に高飛車な女だ。
「あら? 私があなたを見定めてやったのですよ?」
それでも、この態度を崩さない。
ならば、あえて付いて行くのもアリかもしれない。
そう考えたイザークは剣をおさめ、口を開いた。
「口ぶりは妙に気に入らないが、面白い。俺はどうすれば良いんだ?」
「まあ! 置かれた立場をよく分かっているのですね! では、さっそく魔王城に。道筋はよく分かっています!」
いきなり、行くのか。
呆れてしまったが、この聖女とやらの力は本物で、今の俺なら何故か「行けるかもしれない」という気持ちがある。
イザークは肩をすくめて、彼女に大金貨を投げた。
「その前に、装備くらいはちゃんとしてこい。それだけあれば一式揃うはずだ。俺はここで待っている」
周囲の人間が、俺を見ている。
きっと、変な女に金を分け与える心優しい人間だと思ったことだろう。
魔王討伐に成功すれば勇者だと、失敗しても変な女に騙された被害者だと思われるはずだ。
……だからこそ、危なくなったら適当に逃げれば良い。
渡された大金貨を握りしめた女に向かって、イザークは叫ぶ。
「おい! 名前! お前の名前を教えろ!」
いつまでも『お前』と呼び続けるのは印象が悪い。
イザークの声掛けに、女は答えた。
「私は……マリアンヌ。すぐに戻ってきますから、しばらく待っていてください」
駆けだしたマリアンヌ、とやらの背を見送る。
イザークは周囲の人間から掛けられる心配や茶化し、尊敬の声を適当にあしらいながら、彼女が戻ってくるのを待っていた。
〇
道のりは案外楽だった。
正直、わざわざ仲間を連れていく必要はなかったのではないかと思うほどにマリアンヌには力があった。
「なあ、マリアンヌ。本当に俺は必要だったのか?」
「必要です! 誰かがいなければ、私は魔王にいたぶられるだけです。ああ、おぞましい……」
そう言って、マリアンヌは肩を抱く。
相変わらず妙に具体性のある話をする女だなと、イザークは小首を傾げた。
普通なら物資補給が必要だろうに、道中の街に寄らずに進もうとしたことを言及すれば「この街には盗賊がいて、捕まれば嬲られてしまう」と言い、また別の街では「力のある女は問答無用で火炙りにされる」と言う。
そしてようやく寄った村では、マリアンヌはろくに休まず早朝に旅立とうと言い出した。マリアンヌ曰く「のんびりしていては魔王の手先がやってきて手足を切り落とされてしまう」と——彼女の発言は本気で意味が分からなかったが、特に問題が起こらないのは彼女が語る話が合っているからなのかもしれないとイザークは放置していた。
……強いて言えば、彼女が妙に目立つのが気に入らなかった。
まるで自分自身が女神であるかのように振る舞う彼女だが、道中で「私を称えなさい」と言いながら人を救うことがあった。
鼻につくような言い回ししかしないが、それでも彼女の力は本物だ。だからこそ、最近は先回りするような形で彼女の話が届いていることがあった——魔王討伐に行く、美しい聖女様がいる、と。
「……そろそろ、潮時かね」
称えられるのは、聖女だけ。
それが、心底不愉快だった。
心底気に入らなかった。
——自分が目立たなければ何の意味もない、と思っていた。
ゆえに、魔王城に行く前日。
イザークは眠っているマリアンヌを置き去りにして街を発った。
彼女が勝つか負けるかはどうでも良い。
勝てばマリアンヌを片づけて手柄を横取りすれば良いし、負ければ弱った魔王を不意打ちで潰せば良いだけだ。
汚い手段だろうと、最終的に自分が名声を手にできれば、それで良い。
イザークはほくそ笑む。
そうして彼は、
——魔王と通じて聖女を裏切った人間として、断頭台へと送られた。
〇
真っ白な、何もない空間。
麻里香、という名の女神は軽蔑しきった眼差しで世界を見下ろした。
「へえ? それで私のこと、裏切り続けたんだ?」
事の発端は、聖女マリアンヌが自暴自棄になって教会にも王城にも行かずに街中で叫び始めたことだ。
そうなるのは、分かる。あれだけ何度も処刑されていれば、権力者の元に行くのは嫌になるだろう……最も、そもそも「権力者に頭を下げる」という行為を未だに嫌悪する彼女にも相当に非があると思うが。
その結果、マリアンヌは自分が聖女だと訴え続けるだけの変質者になってしまった。
ただ叫んでいるだけでは誰も相手にしないし、遠巻きにされ続けるだけだ。
ハッキリ言って、時間の無駄だ。そのうち保安部隊が来るだろうが、どうせ釈放されて叫んで捕まって、の繰り返しになるだけなのが目に見えている。
——そこで麻里香は、イザークの存在を思い出した。
彼には、何度も裏切られた。
今回のように魔王城直前で行方をくらましたり、魔王の手先に麻里香の居場所を売ったり、嘘の情報を流して孤立させたり。
……何度、彼の行動によって涙を流しただろうか。
彼の裏切りの理由は、聖女を差し置いて自分が目立ちたいから。
正直そんなところだろうと思ってはいたが、心底馬鹿馬鹿しいと思った。
ゆえに、麻里香はその場で呟く。
「ねえ、イザーク。裏切らずに最後までマリアンヌのために働いたら、元の世界に帰してあげる。生きても死んでも、五体満足で帰してあげる」
返事はない。
させるつもりもない。
そもそも彼に、タイムリープ前の記憶を鮮明に残すつもりはない。
「安心して? ちゃんと凱旋パレード真っ最中のタイミングに帰してあげるから」
幸せの最高潮。
その瞬間の彼を引き抜いてきたことは素直に申し訳ないと思う。
だからこそイザークにはちゃんと力を与えたし、逃げ道も与えた。それどころか『断頭台で処刑される夢』というある種のヒントも与えた——死んだ聖女の首を見て「彼女を守らなければならない」という発想に至れば良いだけの話だ。
タイムリープ前の記憶を鮮明に残す気はないが、積み重なれば仄かな違和感と微かな義務感くらいは残るだろう。あとは、彼次第だ。
「まあ、それができるまでには相当に時間が掛かると思うけど」
ゆえに、彼にはあえて言わない。
「残念です。あなたは、死んでしまったようですね」
……と。




