1話:非日常
この世界線では『九龍城砦』がまだ解体されていません
他にも所々時空が歪められていますが、ファンタジーなのでご容赦ください
私の人生は謂わばどん底スタートだ。生まれて、少しだけ才能を確認した後すぐ田舎の方に捨てられた。最初の予定は死亡だった。その田舎では食べ物など相当探さないとない程で、人も少ない場所だ。私は何日も何も食べていない状態で生活した。もうその時点で死んでもおかしくないというのに、私は今まだ生きている。理由は分からない。ただ、誰かが私に何かをしていたような気がするという薄い記憶はある。
私の過ごす場所が『スラム街』と呼ばれていると知ったのは、私が7歳になった頃だった。それまではまだ違法なものはなく、窃盗なども起こっているとは全くもって知らなかった。スラム街と呼ばれていると知った日から皆が堰を切ったように犯罪を悪気もなくやり始めたようにも思えた。
育ちの悪さにより私はずっと言葉が話せず、運動も出来ず、盗みも出来ないといったこういう場所じゃ生き残れない人に育った。カニバリストから逃げることはあったが、私から追いかけることはなかった。あまりものを適当に貰ったりして過ごすこともあった。
そんな最悪のスタートを切った私の人生だが、10歳になったくらいの頃に新参者、というか新しい捨て子が来た彼女は当時5歳で、捨てられるタイミングが遅かったからか、『日本語』が話せた。彼女は私の顔を見て、『同郷者』と言った。意味は分からないけど、なんとなくお揃いと言われている気がして嬉しかった。
私がその子、想斬魅凪と会った時の出来事はまぁ忘れることはないだろう。
急にどこからともなく子供が走ってきて、私にくっついた。意味がわからなくて引き剥がそうとした。だがその小さな子供が走ってきた方向からこの場所では珍しい『ガタイのいい男性』が走ってこちらに向かってきているのが見えた。私は咄嗟に子供を突き飛ばして前に出てしまい、ガタイのいい男と相対することになってしまった。
ガタイのいい男の言った言葉は確かこうだ。
「そいつは俺の餌だからこっちに寄越せ」
ガタイのいい男は私達2人を脅迫したつもりだったのだろうが、残念ながら私に日本語英語などの言語は通じない。よって少女を守って殴られることしかできなかった。
「退け!」
ゴスッと鈍い音を立てながら私の頭を殴った。その言葉の意味は分からなかったけど、なんとなく首を振って否定した。きっと全ていい意味ではないと分かっていたから。
相手の逆鱗に触れてしまい、私は永遠に切られ殴られを続けた。あまりにもしぶとかった私を見てガタイのいい男は諦め、別の場所へと向かって行った。
それが私と彼女、魅凪との出会いだった。魅凪は言葉の分からない私に『ありがとう』と言って泣きついた。意味がわからなかった私はぎゅっと抱きついて魅凪が泣き止むのを待った。
泣き止んだ途端先ほどの『ありがとう』をもう一度言い、別のよくわからない言葉を小さく呟いた。
私が魅凪と出会ってから5年が経ち、私達の過ごしたスラム街から離れることを決めた。15歳になった今でも日本語の発音は出来ず、私はただ魅凪の言葉を理解することができるだけだった。向かう先は日本、つまり魅凪の母国だ。どうやっていくかは…わからない。ただ進むしかないと思っている。
まず私達がいるのは『中華人民共和国』という国の『九龍城砦』と呼ばれている場所だと知った。ちなみにこの地名を覚えたのは他でもない魅凪だ。自慢できることではないが、私は全く覚えられなかった。
魅凪と違って私は拙い喋り方しか出来ない。なんせ何も学んでいなかったから。魅凪が対話をし、私が武力を振るう。なんとも言えない関係性のまま5年の時を共に過ごした。
「中国語って難しいね、貴方なんて日本語ですら拙いのに」
「うん、そーだね」
「…日本語教えて5年は経ってるのにおかしいなぁ……」
魅凪がぼそりと独り言を言う。私も日本語くらい話せるようになりたいよ。けどこの頭じゃ無理な訳で、ただ日本への行き方を知ってそうな人に声をかけるくらいしか出来ない。
でも正直中国語の方が話しやすい。
「あ、あの…」
「什么?」
「…能告诉我去、日本的路吗?」
「えっ貴方喋れて…」
魅凪が私の使った中国語に驚きながらも、話が進んだ。
「那样的话跟我来就好了」
「谢谢」
私と同年代くらいの人で、とても会話がスムーズにすすんだ。ついてこいと言われたのでついていくことにした。信用できるかどうかはあんまり分からないけど同年代ならきっと大丈夫だろうという根拠のないことを考えながら彼女について行った。
彼女は移動しながら私達に自己紹介をした。名前は実夢華というらしく、随分と昔に飛び級した研究者とのこと。魅凪が日本語を話すと夢華は魅凪に合わせて日本語を話し始めた。知り合いに言語研究者がいて、それで覚えたらしい。
「君達の名前は?」
「私は想斬魅凪…だけど…」
「だけど?」
魅凪が気まずそうにこちらを見た。そういえば名乗ったことなかったな。多分ないから仕方ないんだけどさ。
「わたし、なまえ、わかんない」
「あぁ、なるほどそういうことか」
拙い日本語で伝えると分かってくれたようで、呼び名を考えてくれた。考えてくれている間も右に曲がり、細道を抜け、今度は左に曲がり…を繰り返していた。
「なら勝手に名前をつけさせてもらおうか、そうだね…今日から君は壊鸝煓だ」
「かいり、ひばな…?」
「そうだよ、君は壊鸝煓、これから沢山のことを知っていく子だよ」
夢華は諭すようにそう言いながら曲がり角を曲がった。一体どれくらい遠くにいくつもりなのだろうか。
私が初めての自分の名前を噛み締めていると夢華は不意に足を止めた。到着したらしい。ついた場所は田舎のような場所で、魅凪がよく言っていた学校に似通った施設だった。施設の入り口に立つと夢華は顔に緑色の光を当てられ、人差し指を少しへこんだ場所にくっつけた。ポーンと明るい音が鳴り、その直後厳重な扉が開かれた。
またその先にあった何かに夢華が話しかけた。
「实梦华研究所长、带来了客人」
なんとなく読み取れたが、意味がわかった訳でもない。私と魅凪は訳が分からないまま中に入れられた。夢華は施設の最奥の部屋に着くと、首にかけられていたカードをドアに翳した。ピッと軽快な音が鳴り、すぐに開いた。
「ここで少し待っていてくれ」
その場所に私達を入れると、夢華はドアを閉めてどこかに行ってしまった。部屋を見渡してみると棚に大量の瓶や本がずらりと並べてあった。他にも机にはよく分からない図面が描かれた紙があったり、眼鏡もどきが置いてあったりした。勝手に観察していると夢華が戻ってきた。
「さて、君達は日本に行きたいんだったね」
「うん、日本いく」
「日本に帰りたい!」
「そうかそうか、じゃあ日本に連れていくことを条件に、私の実験に付き合ってくれないか?」
実験とやらに付き合えば私達を日本に送ってくれるらしい。ならば乗らない手はない。
「私はやる!」
「わたしも」
夢華は笑顔で「ありがとう」と言うと部屋の引き出しから色々取り出した。即決された実験への参加、なんの実験かは分からないけど、きっと危なくないと信じることにした。
夢華は研究室のとても広い場所に移動し、私達を真ん中に立たせた。
「それじゃあ始めようか、きっと伝わらないだろうけど内容を説明するよ」
夢華は私達の横で注射器で緑谷色の液体を吸い上げたり、紙…みたいなのを用意しながら私達に説明した。
「まず私の行っている実験は『人類能力発現実験』というものだ。この液体には宇宙にしか存在しない物質も含まれている。理論が正しければ君達は晴れて人外になるんだ。きっとこの世界の誰よりも強くなれるだろうね」
説明の半分、いや8割は理解できなかったが、魅凪は理解したようで、ほんの少し怯えていた。魅凪を先に使うようで、私は魅凪を夢華と共にガラス越しにみることになった。
夢華が魅凪の腕に管を取り付け、私のいるガラス張りの場所まで戻ってくると、注射器を器械に刺して注入した。
「大丈夫、すぐ終わるさ、必ずしもそうなるとは限らないんだからね…それじゃあ魅凪、頑張って」
夢華は私の横で黄色と黒の縞々模様に囲われたボタンにつけられた透明のカバーを外して、そのボタンを押した。
魅凪は目から涙を静かに溢しながら受け入れた。そんなに怖いものなのか?管から液体が中に入るだけだろうに。なんて私は楽観視していた。魅凪は突如として地面に倒れ、呻きはじめた。私はその豹変ぶりに驚いて、逃げそうになってしまった。魅凪の周りには青色の炎にも人魂にも似た何かが飛び回り、大爆発を起こした。その蒼炎も数分もすればすぐに消え、魅凪が中から出てきたが、地面に伏せていた。魅凪の整えられていなかった長髪は知らぬ間にストレートになっていて、長さも短く肩あたりになっていた。色も黒から青のインナーカラーの入った不思議な色合いに。服装は依然変わらないが、魅凪自身が驚く程に変化を遂げていた。
夢華が魅凪を広い部屋から私のいるガラス張りのところに連れてきて、管を外したり別の服を持ってきて着させたりして起きるのを待った。
「…ん、なにこれ…」
「君の実験は成功したよ、協力ありがとうね。ふむ……この反応では種族自体がネクロマンサーになると…」
魅凪の身だしなみを一通り整え終えたところで丁度魅凪が目を覚ました。魅凪に椅子に座って待っているようにと告げた後、私を広間に連れてきて、腕に管をつけられた。
「さて、次は煓の番だ」
そんな言葉を残して魅凪の下へと戻って行った。
歯の根が合わない程の恐ろしさに呻き声を上げながら腕に力を入れる。抵抗も虚しく腕に緑色の液体が流し込まれた。
「ぁ…っ」
頭痛、倦怠感、視界の歪みが一気にやってきた。手がどんどん白色になっていくのが見えた。もうそこから先は覚えていない。
「ひ、煓…!」
先程初めてつけられた名前を呼びながら私は煓が実験台になるのを見守っていた。最初の方は耐えていたけど煓の『形』が変わり始める頃にはもう煓は意識を落としていた。これは私にされた実験の薬とは種類が違う。煓は数秒もすれば白色の巨体な竜…にも似た何かに変化した。
周りには引き出しが虚空から生えていて、一体何が起こっているのか分からない。瞳孔は縦、部屋につめつめに入った体の全長は50メートルと言ったところ。そしてまた数分もすれば元の体に戻った。戻ったが、見た目は少し違った。白髪ボブから銀髪セミロングになり、手前に出てきてる引き出し?のおかげで見えないけど、全裸。私の時とは違って管が既に手から抜けていて、抜けた箇所から血が出ていた。
夢華は少し気まずそうな顔で服を持って煓に着せた。これ私も全裸だったのかな、後で煓に聞いておこう。夢華が煓を私のいるところまで運んできて容態を見てから煓の身だしなみを整えていた。
「…?」
目を開けると体が元に戻っていた。体を起こして周りを見ると、身だしなみを整えられた魅凪と、実験器具を片付ける夢華の姿があった。私は一体どうなったんだろうか、という至極当然の疑問を浮かべながら魅凪の方へと歩いて行った。
「あ、起きたんだ、私より随分と長かったね〜」
「そんなに……寝てた…?」
「ああ、煓は魅凪の時と違って1時間くらい寝ていたよ、きっと身体への負荷が凄まじかったんだろうね」
そんなに寝ていたのならさぞ変化もすごかったのだろう。
「成功?」
「勿論、この実験も成功だよ。協力してくれてありがとう2人とも!約束通り日本に連れて行こうじゃないか」
「やった」
実験のせいで青息吐息な魅凪が静かに喜んだ。
「さて、その前に君たちの体の変化を伝えよう」
そう言って夢華は紙を取り出した。名前、種族変化、能力、状態が書かれているようだけど私には読めない。言葉で話すのが限界だ。魅凪も読めないようで鹿爪らしい顔になった。斯く言う私も口を噤んでいる。
「?どうしたんだ?2人とも」
「読み方、分からない」
「私も平仮名なら読めるけど…それ以外はわかんない…」
「そうか、君達は何処で育った?」
「こーゆーじょーさい」
「…?あぁ、九龍城砦か、それなら読み書きが出来ないのも納得だ。それなら少し待っていてくれ、言語学者を呼ぶからね」
それだけ言って夢華は出て行ってしまった。言語学者、一体どんな人なのだろうか。
なんて思っていたが、夢華が戻ってきたのは翌朝だった。
煓の言う「夢華は顔に緑の光を当てられ」はただの顔認証で、「人差し指を少しへこんだ場所にくっつけた」は指紋認証です。




