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【もうすぐ完結】裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
足跡に咲く花

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98 足り得ない命


清音side


「……っ」

 

 瞼を開けた瞬間、身体中が悲鳴を上げる。目と唇がヒリヒリしてるし、筋肉が動くたびにズキズキする。

 特に痛いのは何故かお尻のお肉と、腰だ。いや……何故かじゃない、理由は分かっているんですけど。


 お風呂に入って、2人でお揃いの真っ白なパジャマに着替えて。明るいうちに私たちはベッドに入った。

次に意識があったのは窓辺に佇み、夕日に照らされる直人さんだ。珍しく鼻歌を歌いながら夕陽を眺めて微笑んでいた。


 その次に覚えているのは、彼の瞳が月光を宿していた事。……それだけ。これ以上思い出すと顔から火が出そうだからやめておきます。

 直人さんがあんな人だったなんて、初めて知った。確かに狼で間違いありませんでした。




 このコテージには時計がない。スマートフォンも、腕時計も電子機器もないから時間がわからない。唯一ざっくりとした時を教えてくれるのは、私が小さな頃から持っている壊れかけの懐中時計だけだった。

 それも、服を剥ぎ取られてからどこにあるかわからない。今着ているのは薄いシュミーズだけなんですけど。心許なくてそわそわしてしまう。

 


 

 窓のカーテンは記憶にある限りレースのふわふわした物だったはずなのに、今は暗幕を垂らしたように光を遮って部屋の中は真っ暗だった。


 体を必死で起こし、骨の軋みを手で押さえながら立ち上がる。細かく震える足を叱咤してカーテンを避けると……辺りは静かな青に染まっている。


「え゛っ!?早朝……?けほっ」


 ほとんど声にならない自分の喉を押さえて、床にへたり込む。……一体どれだけの時間お布団の中にいたの。信じられない……。




「――」 

「――――」


 ふと、話し声が聞こえた。直人さんと、月読さんの声だ。私が眠っている間に内緒話ですか?


 床を這ってどうにかベッドによじ登り、耳に手を当てて集音性を上げる。

 私の耳は以前よりも音を正確に捉えた。直人さんの依代になって、彼と契りを交わしたからだと思うけれど。

 

 神と同一になるという事は、神様の所有物になるという事。血肉を分かち合い、魂を分かち合う事になって……体の細胞が全部新しくなったかのような感覚だ。





「――結論としては、今のままじゃ清音ちゃんは神に足り得ない」

「…………マジでダメか」

 

「ダメだね。僕単独で審判できるほど根本が捻じ曲がってる。清音ちゃんは直人しか愛せないし赦せない。

 僕が直人を傷つけたら迷いなく首をちょんぎられるよ。神になったら荒御魂が顕われて、(まが、)ツ神になっちゃう。バランスが悪くて上下MAXレベルしかない極端なタイプだから」


「……そうか……」


 


 カタリ、と机に手のひらが置かれる音。あれは、私が直人さんにはめた指輪が木に触れた音だ。

思わずニヤけてしまうけど、話の内容はなんだか不穏な感じがする。


 直人さんがこの島に来たのは、私の能力値変化を促すためだった。人間から神様へと召し上げられた直人さんには寿命がない。悠久の時を共に過ごすため、目覚めた力で現世を守るため、他にもいろいろあるとは思うけれど、目的の全容は把握していない。

 

 私はそれを知らなくても、知っていても彼を受け入れる気でいた。ただ、あの人が私だけを好きでいてさえくれればいいから。


 でも……神様になれないって話ですよね、今の。それはとても困る事態だ。今のままではずっと一緒にいられない。人間の寿命は神様には届かないから。


 私自身の性根のせいだとしたら、どうすればいいのだろう。




「今のところ能力の開花が伴っても身体機能に異常なし、神力をちっと多めにくれてやれば間に合う。急ぐ事はないだろ?これからやる儀式の方が問題だぜ」

 

「直人に何の懸念もなければ僕も頷けるけど。依代になれって言ったのは、解呪目的もあるでしょ」

「あぁ、依代と契約すれば清音の血肉を分け与えてもらえるからな。傷が広がるのは、防いでくれてるぜ。アイツに呪いの耐久があるのは証明された」


 

「でも、解呪には至らなかった。傷が広がらなくても滲入(しんにゅう)は防げないよ。清音ちゃんが神になれないままで、直人が神力サポートをし続けるなら……遠からず死ぬ事になる」

 

「その場合、あとどんくらい生きられる?」


「それもこの後の儀式に関わるから明言できない。君達が喚ぼうとしてる魂がどんな存在か分かってるよね。

 あの子を降ろすとしたら、儀式自体にどれだけの負荷がかかるかわからない。清音ちゃんには受け止めきれないよ」

「……手詰まりってわけか」


「うん。その呪いがなかったとしても微妙なラインだけど。直人が万全じゃない、清音ちゃんも神に足り得ない。

 これじゃ自殺するようなもんだってわかるでしょ」





 心臓の鼓動を深呼吸で抑えて、ベッドに横たわる。……呪い、って。西東が彼を傷つけた時、呪いをもたらしたという事か。あの人間のせいで直人さんの寿命が縮む、私のせいでそれが加速するって事?


 手のひらを握りしめて、瞑目する。

 私のバカ。何で気づかなかったの。確かにずっと変な匂いがしていたけど『ケガに塗った薬の匂いだ』と言われて、呑気にしていた自分が憎い。

 

 昨日の朝『朝飯を買ってきてくれ』って言われて、逃亡中なのにいいのかな?なんて思ってはいた。

 もし……その間に綾香さんに解呪の打診をしていたのだとしたら。そして、呪いに関しては右に出るものはいない〝琉球の神官〟でも手が出せない物だったとしたら。





「気性の問題は長い時間をかけて矯正できるはずだけど、あの子真幸くんの特性を引き継ぎすぎてるんだよ。自浄能力が高い人は忠告も受け付けてくれないから、絶対性格は変わらない」

「はは、そうだな。芦屋はそういうところ頑固だった。清音も同じだが、さらに頭が硬い。真面目すぎるんだ」


「死に関しての考え方もそうだよ。少昊が言った通り、初めて人を殺した衝撃をその晩には自分の中で昇華してしまっていた」

「うん、俺を守るためにやっちまった事だからな。正義が正義足りえる場合、アイツはさっさと切り替えちまうだろう。元々スイッチするのは早いから」



「……まったく、惚気られてる気しかしないんだけど。直人ってそう言う人なんだ?」

 

「そうだな、好きな人に対しては悪口が言えない。『うちの妻なんて』って男特有のクソみたいな謙遜なんか出来ねぇ。

 可愛いし、綺麗だし、何もかもが愛おしい。幼い頃のサイコパス具合もようやく知れた。サイコーだったぜ」

 

「……過去を見たの?サイコパスって?」




「颯人さんもよくやってただろ?過去を見て惚れ直したって言ってたから、俺もやってみたんだ」

「うわぁ……良い趣味とは言えないけど。でもそうだね、根元を知らなきゃ対処も出来ない」


「そう言う事だ。んー……結局対処はわかんねぇけどさ。アイツ、小さい頃から浮いた存在だったみたいだ。

 ランドセル背負って、毎日しょんぼりしながら帰ってた」

 

「お友達が少なかったって事?」

 

「あぁ。子供の思考じゃねぇんだよ。実家の教育もそうだが、今の時代には成長が早すぎる。同級生でわかってくれる奴はいなかっただろうな」


「ふむ……例えば?」



 

「清音は、死に立ち会うことが多かった。寿命が近い生き物が勝手に寄ってくるんだ、救いを求めて。

 そこは血のせいだろうな……本人は気づいてなかったが、社会人になるまでは精霊が常にそばにいた」

 

「純粋な命で、サイコパスなの?」

 

「人間の定義するサイコパスってのは自分が理解できねぇ感情論での話だろ。狂ってるわけじゃなく本当に純粋なだけなんだよ。

 捨てられた命に出会い、目の前で死なれることが本当に多くてな。最後に優しい人と触れ合いたいって思う動物がアホほど寄ってくる。アイツはきちんと埋葬して成仏を祈ってきた。だから『葬儀』の大切さを知っていたんだ」





 過去を……見たの?私の記憶に潜ったと言うこと?惚れ直すって……そんな事、あるはず無いのに。


 私は小さい時『おかしな子』として同級生達に距離を置かれていた。幼稚園から小、中、高と友人は1人もいなかった。

 ニコニコしていれば最初は仲良くしてくれるけど、ある特異点に辿り着くと奇異の目で見られる。

どこにも惚れられる要素なんかないのに。




「小学校3年生の話だ。アイツが交通事故に遭った小動物を拾って、血まみれのまま心臓マッサージしたがダメだった。

 運悪く仲良くなり始めた友達と一緒に帰ってる途中でな……血だらけになるのも厭わず抱え上げて、傷だらけで苦しむ生き物をマッサージしただろ?その子はビビって泣いてたぜ」

 

「それは仕方ないでしょう?説明すればわかってくれるんじゃない?」


「まぁそこまではな。でも、死の直後に清音は埋葬の準備を始めた。一心不乱に地面を掘って、埋めようとした。

 それをみたガキンチョは『何で埋めちゃうの!?かわいそうだよ!』ってな」

 

「あぁ……そうか。確かにその歳の子は埋葬なんてきちんと理解してないから」


「理解してたとしても、死体を抱きしめて泣くくらいはした方がいいとは思うぜ。でも、清音は泣かなかった。アイツは早く天上に送ってやりたい一心でそうしたのに、邪魔されてキレたんだ」

 

「………………」



  

「悲しむ事自体が悪いことではないし、本人もそう言う感情は確実に持ってる。世の中を早く知ってしまった現実の上で、救えなかった命を誰よりも悔しい気持ちで見ていただろう。

 埋めてやれば魂は救われる。死を確定してやって、魂や想いをあの世に導けるのが埋葬だ。最期にしてやれることなんてそれしかないだろ?」


「うん」

 

「『うめてあげれば、この子は土に溶けて植物達の栄養になれる。そしたら花が咲いて、他の命のために死んだことが意味を持つ。

 心は草のうえで跳ね、風に乗って空を飛び、どこまでも自由になれる』って言ってた」

 

「小学生の言うことじゃないよ……」


「そうだな、でも……清音の根源はそこだ。人間に対しての浅はかな感情理論への辟易、本当の意味での救いの不理解。要するに人間が未熟であるが故の、解釈の不一致に苦しんでいたんだ。

 だから、誰も好きじゃなかった」




「でも、かもかも⭐️かんぱにぃに就職したのは?」

「そうしなければならないよう、身の回りを護っていた超常に導かれたんだ。清音を本当に理解できる人に囲まれるように」

 

「それって……」


「芦屋の意図を汲んでるのもあるな。本人が途中で介入してきただろ?清音の運命は芦屋によって矯正された。

 アイツの純粋さをサイコパスに仕上げたのは里見家、神々の血、超常達だ。優しさを持っていても理解できない奴らの中では、神に近すぎる」

  

「なるほどね……」

 

「清音は人になりきれない。このままじゃ神にもなり得ない。……どうしてやれば良いんだか見当もつかねぇ。

 大意を知る者は小物には理解できん。アイツが居るステージは最初から国を守る奴らや、俺たちと同じ場所だったんだ」



 

「人間には理解できないでしょ、それ。真幸くんに護られてきた事すらきちんと理解できていないのにさ。

 これからその人たちの為に、命をかけなきゃならないんだよ?達成出来る気がしないんだけど」


「いや、清音はやり遂げる。事実としてオレが生きていく場所があるなら、死力を尽くして守ろうとするだろう。芦屋みたいにな」

「はぁ………………結局惚気られた」


「すまんな。……ん?ヤベ、清音のやつ起きてるぞ」

「エッ」




 ガタガタと音がして、スリッパの足音が近づいてくる。私は必死に腕を動かし、お布団の中にくるまって体を丸めた。

 今、見せられる顔じゃないから。


「……清音」

「ひっく、ひっく……」

「ごめん」


「な、にに、対しての……けほっ」

「喉枯れてんだろ?水飲むか?」

「やです」

「……痛めたら困るだろ。ほら、飲ませてやるから出てこい」


「………………」

「清音」




 ベッドの片方が沈み、彼が掛け布団を退けてしまった。両手で顔を隠してもあっという間に暴かれてしまう。

 私が直人さんのすることに、ひとつとして拒否なんか出来ないから。


「逃げ癖ついてねぇか?」

「だれの、せい?」

 

「俺のせいだな、しつこくしてごめん。清音が可愛くて、歯止めが効かなかったんだ」


「うぅ、うぅ!」

「……ごめん」



 呪いはどうなるんですか、とか。何故隠してたんですか、とか……これからどうしたらいいんですか、とか。


 どうしてそんな風に『私ならできる』って言えるんですか?とか。


 たくさん聞きたいことがあるのに何も言葉にならない。

 困った笑顔の彼は私を抱き寄せて、背中を叩いてくれる。

胸の中がぎゅっとつかまれたような気持ちになって、抑えきれないものが勝手に口から滑り落ちた。


 

 

「すき……好きです。直人さん」

「俺もだ」

「死なないで、ください」

「うん」

「約束して」

「うん、約束する」


「…………離れたくない、死にたくない。もうあなたがいない世界なんて無理です」

「うん、それも同じだ。俺だって無理だよ。清音がいてくれるなら、他のことはどうだって良い」




 小さな頷きは私の切なる願いを受け止めて、ふわふわした優しい気持ちをくれる。

 首や頸にふれた唇は吐息をこぼし、ささやかな呟きをくれた。


「お前が心配するようなことには絶対ならないし、しない。

 俺たちはきっとそうできる。大丈夫だ、もうやり方は固まってるから」

 

「ほ、ほんとですか?」

 

「あぁ、今までやってきたことのおさらいだ。俺としては博打に近いが、芦屋のやり方は失敗した試しがない。

 そして、お前も失敗なんかしない」

 

「…………」




「お前は勘がいいからな。初めてだったのにあんなに上手にできただろ?」

「なっ……せ、せ、セクハラですよ!」

「いいだろ別に。……もう一回おさらいしよーぜ?俺は、まだ足りないんだ」


「な、なっ!?直人さ……むぐ!」




 彼の指によって持ち上げられた顎が震え、重なる唇の熱に眩暈が起きる。

月読さんがドアを閉めてくれた……パタン、と言う音だけが耳に残った。

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