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裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
足跡に咲く花

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97/99

97 満ちる盃


清音side


「腹は一杯だよな?喉乾いてないか?」

「だ、ダイジョブです」

「何でそんなガチガチなんだ。手ェ寄越せ」

「へ?何でですか?」

「繋ぎたいからに決まってるだろ」




 げ、現時刻12:30 私達は早めの昼を終えたばかり。月読さんは意味ありげな笑顔のままで姿を消し、私の中にいる龍たちに目隠しをしてくれたらしい。

 ……あの、それってどう言う事ですか?いやいや、さっき言ってたことは冗談ですよね?そして直人さんの攻撃力が高い。



 白い砂浜を歩き、やがて海岸線に停められたボートへ辿り着く。白にペイントされた船の中には大きなボストンバッグが一つ。……え?ピクニックですか?


 はてなマークを浮かべたまま直人さんを見つめると、彼は柔らかい笑みを浮かべて私の手を取る。しっかり握りしめた後、自分の口元へ引き寄せて唇が指先に触れた。


「なっ、なな……」

「お前の手、小さいな。可愛い」

「…………ッ!?」

「ふ、真っ赤だぞ」



 

 空いた方の手で頰を撫でられて、体が完全に固まってしまう。彼の笑みは深まるばかりで、どうしたらいいかわからない。


「いいよ、そのままでいろ。俺が連れてってやる。2人だけの楽園にな」

「……ひぃ」

 

「悲鳴まで上げることはないだろ。嫌か?」

 

「イヤジャ、ナイデスケド」

「そうだよな。わかっていても聞きたくなるんだ、ごめん」

「………………くっ」



 身がもたない……どうして突然こんな事に??

 余裕綽々な彼のお洋服は、今日上下とも白だ。以前沖縄に来た時もそうだった。

直人さんが耳にプルメリアを差して、私が花冠を頭に乗せたあの日あの時の服装で今、向き合っている。



  

 彼がしたい事は何となくわかっているけど……この前まで『婚前交渉はうんぬん』って言ってたのに!


 固まったままの私を抱き上げ、彼は耳元で「ちゃんと掴まれ」と囁いて……船へと連れて行く。穏やかな波間に漕ぎ出したボートは私たちを乗せて、海の最中へと動き出す。


 手漕ぎのボートはゆらゆらと揺れながら進み、前方に小さな島が見えてくる。沖縄は多方向に小さな離島があって、そこに宿があったりカフェがあったりして。最近はそうやって遊ぶ人たちも多いと聞いていた。

 もしかして、純粋にデートってことですか?




「そんな顔して、何が言いたいかわかるぞ。だが、敢えてそのままにしておこう」

「どう言う意味ですか!」

 

「本当に知りたいなら教えるけど、そうしたらお前動けなくなるぞ?しばらくはただのデートにしてやるから、気楽にしてろ」

 

「………………うぅっ」




 顔が熱い!!はぁ…………。


 ギコギコと船を漕ぐ音がやけに鮮明に聞こえる。船の操舵を続ける彼を見ていると、直人さんが遠くから私を見ているような感覚に陥った。

 

 潮風に長い髪は優しく揺れて、水面から反射した陽光が柔らかい光が降り注ぐ。

綺麗な人だな、カッコいいなと思うと同時に突然、寂寥感が湧き()でた。

 

 今世で彼と最初に出会った時……私は同じ寂しさを感じていた。彼が見ていたのは今の私ではなくて、生まれ変わる前の私だったから。

前世からずっと愛してくれていたのだ、と今では思うけど〝無為〟な不安をずっと感じていた。


 直人さんが欲しかった人は、私ではなかったのだと。



 

 彼が見ている未来(さき)と、私が見ている未来(さき)の範囲は全く違う。


 先を見通す力を持つのは、今までの経験則が絡んでいて。彼が思いつくものが、私なんかには思いもよらないとわかっている。

 私自身は直人さんだけが唯一なんだと理解してしまった以上、自分で足を踏み出して隣に立たなきゃいけない。未熟者でも、手を伸ばした先で何もつかめなくても、そうしたいから。


 彼はここよりずっと高い場所から物を見定めているから、釣り合わない次元から必死で追い付かなければならない人だけど。


 それでも、今彼が見つめ続けているのは私だ。だからこそ、必死で背伸びして見せる。




「なぁ、どこ見てんだよ。2人っきりでもよそ見するのか?」

 

「はっ……」


 気づいた時には彼の目線は間近に迫り、ガラス玉のような瞳が私自身を映し出していた。

揺れる船の上でも自在に動けるこの人は、武術をやった人ならわかるけど、びっくりするほどの体幹を持っているのだ。

 大きな手は熱を孕み、触れるたびその体温を私に移してくる。

ぼーっと彼を眺めていると、今度は唇が唇に触れた。


「俺だけ見てろ」

「ぐぅ……」


「いい鳴き声だな」

 

 とんでもない爆弾を抱えさせられて、私はただ唸るしかなくなってしまった。



 ━━━━━━

 

「寝心地はいかがですかお嬢さん」

「…………」

 

「あれ……マジで寝てねぇよな?」

「寝られませんよ!?な、何故こうなったと言わざるを得ませんが!?」


「何故って、お前と俺が恋人で両思いだからだろ?本当に誰にも邪魔されたくないから離島に来たんだし。

 少しでも離れたくないからこうしてる。逃さねぇぞ」

 

「……っ、く、うぅ……」

 


 両手で顔を隠しながら、私は彼の膝の上に座っています……。何故ですか。


 離島は小さなコテージと小さな砂浜があり、あたり一面は青い海に囲まれたこれまた小さな島だ。建物も砂浜も白くて、どこもかしこも真っ白白で目がしぱしぱするんですが。

 荷物を置いて、砂浜で日向ぼっこをしようと言われて。ビーチパラソルの下で謎のリクライニングソファーに座っているが、私は当たり前のように抱えられている。

  


 

 時折私の座布団になった人が背後から髪の毛を弄んできたり、耳元でやたらしっとり囁いてくるからからそろそろ臨界点を突破しそうなんです。

何が起きてるのかさっぱりわからない。


 お腹の上で組まれた手は私の手も握り込み、完全に彼の腕の中に閉じ込められている。顔が見えない分、声が醸し出すピンク色に頭がおかしくなりそうだ。


「なんで突然こんなイチャイチャしだすんですか」

「毎朝いちゃついてるだろ。何を今更」

「ぬ、う……」

 

「俺はいつもくっつきたいと思ってるよ、お前に先を越されてるだけだ。

こういう時間が欲しかった……ずっと」

「うぅ……うぅ……」



 

 こんなに素直にされてしまうとどうしていいのか本当にわからない。私はついに限界を超えて思考を手放した。

 突然大人しくなったから怪訝に思ったのか、直人さんが肩に顔を乗せてこちらを覗き込む。

顔を逸らすと、指先が顎を捉えて逃がしてもらえない。向き合った瞬間のいたずらっ子みたいな顔がとても憎らしいです。ときめくんですけど。


 パラソルの淡い影に彼が濃い影を作り、鼻先に何度もキスが落ちてくる。

ただでさえずっとうるさい心臓は、本当に悲鳴を上げ出した。



  

「も、許してください……」

「やだ。お前は嫌がってないってわかってる。

 そんなに体に力を入れるな、俺しか見てないんだからリラックスしてくれよ」

「直人さんのキャラがおかしいからですよ!」

 

「そーか。自分でもびっくりしてるが、やりたいようにやってるだけだ。清音が可愛すぎるのが悪い」


「っア゛ーーーー!!!!もう!無理です!そんな急に受け止めきれない!離してー!?」

「うぉっ!?落ち着け!……イテテ」


「あっ、ご、ごめんなさい。あなたが怪我人だと忘れてました!!」

「暴れ馬のせいで傷が開いた」

 

「アワワ、アワワ!ちょ、見せてください。お腹ですよね?」

 

「あぁ、イテッ。もう少し優しくしてくれ」



 大暴れをした次の瞬間に彼の傷を思い出し、ワイシャツの裾を捲ってお腹を出した。ガーゼはきれいなままで特に血は染みてない。

 騙されたのだと知って、頬を膨らませる。彼は罠にかかった哀れな獣を再び腕の中に閉じ込めた。

こんなの、完全にバカップルじゃないですか。なんなんですか、まったく。




 2人で口を閉じて、同じ青空を眺める。雲は薄く、風に流れて蒼に消えていく。

 ゆるい風に起こされる小さな波音が心の中を鎮めて穏やかにしてくれる。

背中から伝わる体温が、鼓動が愛おしい。いつか彼が言っていた『休める場所』に私がなれたらいいのに。そしたら、本当にずっと一緒にいられる。



「お前は本当に頭の中がずっとうるせーな」

「覗かないでもらえますか」

 

「正確に言えば覗いてるわけじゃない。颯人さんが芦屋の頭の中を、考えを読めた原理がわかった」

「えっ!?そうなんですか?颯人さんは頭の中を見ていたわけではないんです?」

 

「そうだ。心が同一化すれば何もかもが伝わってくる。前に……お前が熱を出しただろ?その時俺が抱きしめたら体調が落ち着いたんだが、それと同じ原理だ。想い合う人の奇跡ってやつだよ。こんな風になれるなんて幸せだな」

 

「………………は、い」

 

「お前だってそのうちこうなるぞ?人間のままならぼんやり感じることも、神になれば全部の輪郭がわかる。

 ここにある波や、風や、落っこちそうなほど深く青い空がお前の心を占めていて……。その中に俺がいる」


「はい」

「お前も俺の中でずっと光を灯している。薄汚れた仕事をしても、悔しくてどうしようもない日も、自分に絶望してもまた立ち上がれる力をくれるんだ」


「……」

「目を瞑ってくれるか」

「は、はい」


 


 2人で座った椅子が軋み、音を立てる。私の手をとった彼は顔の前でひらひらと手をかざしているのを感じた。

 ちゃんと目を閉じてますけど!


「俺は、神の端くれだ。お前もいつかそうなる。

 でも……そうなってほしくないって願望もある。なんでかっていうと、お前は芦屋に似ているがあいつよりもめんどくさい奴だからだ」

「えっ、シンプルに悪口」

 

「あぁ、悪口だ。お前の世界には俺しかいないだろ?人当たりが良くて、今世では家族愛にも恵まれて、まぁ……仕事にも恵まれた。給料は安くても汚い仕事をしてこなかった」


「はい」


「だが、俺といるってことは……昨日みたいに罪もない人を殺すこともある。そして、神ってのは魂がはっきりと二つに分かれちまう……荒御魂と和御魂に。

 善と悪、白と黒、それらが混じっているのが人間でありその愚かさが美しいと感じるもんだ。でも、お前はそうじゃない。少昊が言った通り……足りないんだ」

 



 左手の薬指にするすると嵌っていく輪を感じる。直人さんのお話が脳に溶けて、染みていく。

 私は優しい声に導かれて瞼を開いた。


「お前に足りないものは『赦し』だ。荒ぶる魂を鎮められるのは、詰まるところ自分自身だろ?

 でも、それはきっと清音にはできない。俺のことが大切で、心から愛してくれているから」

 

「はい」

 

「俺と契約してくれ。勾玉はやれねぇが、他はやる。お前が俺の依代になって……お互いを半分こしよう。苛烈な気性も、俺だけに執着してくれるお前も全部手放したくない。

 俺たちは常世に行けるほどの徳を積んでいないし、たくさんの業を背負っている。芦屋みたいになれないから、ここを……現世を保たなきゃ一緒に居られないんだ」

 

「はい」



  

「いいんだな?結婚式は挙げられないだろうから、今日がその代わりだぞ。呼びたい人達はほとんど居なくなっちまったからな」

 

「構いません。直人さんが言うならそうします。現世なんてどうでもいいですが、あなたがそう望むなら全部を叶えて見せましょう」

「……本当にお前は芦屋に似てる。そういうところが特に」


「うーん……でも、彼女は赦せる心をお持ちでしたよ。私はあなた以外を受け入れられません」

「そうだな。だが……あいつがそうなったのはどうしてだと思う?なぜ、何もかもを赦し、愛し、護り抜いてきたのかわかるか?」


「………………」

 

「颯人さんが、ここを愛していたからだ。人の中に降りた素戔嗚(スサノオ)は人を愛していた。

 この国の季節を、人の気性を、愚かさを愛していると知ったからそうしたんだよ。芦屋の全ての源は颯人さんだった。彼への想いが全てで、原動力で、生きる意味だったんだ」




 あぁ、と言葉にならない感嘆のため息が落ちる。そう、その通りだと思う。

真幸さんだって人間だったんだもの、自分の未熟さに苦しんで、沢山の人に傷つけられてきた。それでもひたむきに何かを愛し、慈しみ、大切に護ってきたのは颯人様のためだったんだ。


 彼女は愛故に聖人たる証を胸に宿していた。



「私にもそうなって欲しいと言うことですね?」

「うん、そうだよ。元々愛想がいいから簡単にできるようになる。腹の中では真っ黒なことを考えていても、表面でキラキラできるだろ?」

「はい」


「……風が出てきたな、コテージの中に入ろう」



 

 こくりとうなづいた私の手を引き、彼は小さな建物の中に入る。昼下がりの微睡はやがて暗雲に暗く染まり、スコールがやってきた。

 

 激しい雨が海をたたき、空気が冷たく湿っていく。玄関のドアを閉めて、私は自分の指にある銀の輪を見つめた。そこには胸元にある透明な石と同じものが嵌め込まれている。


 直人さんは振り返り、私を抱きしめた。体の熱は、今まで知らなかった温度になっているとようやく気づく。体が木のドアに押し付けられて、全部を理解した私は瞼を閉じる。

 

 雨の音だけが広がる小さな巣の中で、私たちは新しい階段を登るのだ。



 


「芦屋の神器の勾玉は『お嬢』が黄泉の国に持ち去った。俺を縛るものはもう何もないんだ。

 この命は、全部お前にやる。だから、お前の全部も俺にくれるか」

 

 掠れた小さな声に頷き、お互いの震える体を抱きしめ合う。

同じ熱を放ち始めたことの喜びに幸せを噛み締め、私は口端を上げた。

 



 




 


 

  

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