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【もうすぐ完結】裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
足跡に咲く花

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95/105

95 駆け落ち


白石side


「はぁ……」

「白石さん、匂いますよ」

「やっぱわかるか?どーしたもんかな、コレ」

 

 現時刻 0:00 西東の上の組織をぶっ潰し、本日の任務完了だ。海に飛び込んで禊をしたが血の匂いが取れやしない。清音を皐に任せ、組織掃討の相棒を買って出てくれた倉橋とようやく帰投できた。


 2人してずぶ濡れだが、血まみれよりはマシだ。それに……ここの海は芦屋をはじめとした仲間の神々が祀られる社がある。もはや聖域と言ってイイほど綺麗だからな。

 それでも、人の匂いはなかなか消えねぇんだ。それが内容物であるなら尚のことそうなる。




「私が言っているのは血の匂いではありません。あなた、そんなしつこい呪いを一体どこで受けたんです?」

「ほぉ、わかるか」

 

「わからぬとお思いですか。私とてそこまで未熟ではありません。あなたより一応先輩ですよ?犯人は西東ですね」

 

「あぁ、そうだ」

「そして傷も治っていない。治癒術が及ばないという事は、貴方にとってピンチであると言うことです」




 倉橋が髪をかきあげ、長い髪を結び直して睨むように俺に視線を投げかける。西東が死の一瞬前にナイフで刺した、脇腹がズキリと重い痛みを生む。


「呪具による呪いだったな。組織の中には黒幕はいなかった。……なぁ、俺たちの敵は誰だと思う?」

「話を逸らさないでください。解呪は?」

 

「逸らしちゃあねぇよ。同じ話だ」




 ハッとした倉橋は俯き、わずかな思案ののち唇を噛んだ。

あぁ、お前は勘がいい。真神陰陽寮を実質的に任されてたし、今も神社庁で主たる働きをしている。それは察する能力が抜群に優れているから。そして、その身に宿した颯人さんの娘、スセリビメが居たからな。


 俺は、芦屋がどうしてこの世をあんなに愛したのかがわかった。清音と通じ合ってはじめて、理解できた。

 

 ……あいつは、俺たちの女神は……。


 口の中でその答えをつぶやいた瞬間、腹の痛みが増した。そうだな、お前には不釣り合いな言葉だろう。自分が愛した子を盾にするような野郎には。





「はー、結構痛ぇな……」

「それはそうでしょう。白石さんが太刀打ちできないということは、この呪いが強大な力で施されたということですね」

 

「うん、そうだ。それが人を操って居る。俺の勘は当たってると思うぜ。

 産廃の奴らを動かしたのは、国の上層部で確定だな」


「政府を操る、ですか」

「あぁ。コレ、証拠として一応取っておけ」



 爪で弾き、証拠品を倉橋に投げ渡す。受け取ってブツを確認したその目は大きく見開かれた。


「警笛?」

「あぁ、それも銀の笛だ。聞いたことがあるか?公安警察の任を受けたものとして渡される〝モノ〟がそれだって」

 

「では、本丸は警察ですか?」

「いいや、国を動かす奴ら全体に毒が回って居ると見ていい。抵抗しても無駄だ」


「そうだとしてですよ……目的がわかりません。それに、」

「そーだな、俺も清音も人殺しの罪で捕まるんじゃねーか?とりあえずはな。

 人間達に目的は存在しない。黒幕のやった事は『欲望の増加術』……いや、そもそも術だのなんだのはもう及ばないだろう。そんな括りじゃねぇ奴が相手だ」




 銀の警笛を握りしめた倉橋は、瞳に闇を宿して眉を顰めている。

今や黒幕の手に染まった奴らは国中に居るだろう。俺たちを捕まえてどうにかするのが目的じゃない。


 黒幕の目的は、世界の破滅ってとこか?龍神に聞いてみるのもいいかもしれんな、そいつに繋がってるだろうから。





「まずは状況把握からです。私が潔めますから、白石さんはその間少しでも情報共有してください。せめて、私にだけでも」

「手紙は残してやるぜ?芦屋みてぇに」

 

「……いやですよ、あんなの。もう二度と経験したくありません。

 颯人様を亡くされる前に書いた、芦屋さんの置き手紙。それを持ち続けた伏見さんの気持ちなど、理解したくありません。あんな……」


「そうだな。『助けてなんて言わない、肉一片になっても守ってやるから』なんて遺書、二度と見たくねぇよな」




 倉橋はジャケットを脱ぎ、背筋を伸ばして柏手を叩く。そして、俺に向かって祝詞を謳ってくれる。スセリビメが顕現され、彼女は俺の傷を癒そうと指先を差し出す。


 暖かい手のひらに傷が包まれて、神力が注がれる。大量に流れ込む力は甘い白檀の香りが含まれていた。

 

 懐かしく、優しく、切ない香り……。


 夜空を仰ぐと曇天から滴が落ちる。天照が降らしてくれているみたいだ。雨の禊とはありがたい。


 仕方ねぇな、俺がこんなザマだ。保険をかけておくべきだろう。

最悪な事態を迎えても未来が迎えられるように、倉橋に今わかる事を全て話すしかない。




 黒幕は誰なのか。

 目的はなんなのか。

 今後予測される動きとして、俺たちは追われる身になるだろうと言うこと。

 俺たちが暮らすこの棲家の座標は誰にも手が届かないだろうけれど……それでも、ここが脅かされるのはごめんだ。万が一見つかって、芦屋が大切にしていた埴生の宿が、清らかな海と社が。

 

 俺と清音が受け継ぎ、たった数日だったが……一緒に眠ったこの家が。


 俺たちの思い出がたくさん詰まったここが害されるなんて想像したくもない。




 祝詞が終わっても、スセリが手を離さない。こめかみから流れる汗が顎から滴り、ポツッと落ちる。彼女の手を握り、自分の体から離してそっと撫でた。

 

「すまん。無駄に力を使わせた」 

「……お役に立てずでしたわね。義母のようにはいかぬものです」


「そうか、スセリにとってはアイツ……母親になるのか」

「えぇ、真幸はすでにたくさんの子を持っています。この国のすべての命は、あまねくあの方の守護を受けている。安らかなゆりかごの中で、平和に生きてきたのです」


「そうだな、そのハズだ。それをずっと見せつけられてきた奴はみんな惚れちまうんだろう。超常がみんなそうなら……」

「『そんなバカな』と言い切れませんね。龍神が姿を現した。そして、それを依代にした清音さんは彼女の血を引いて居る。

黒幕は、この世を泡沫に還そうと言うのでしょうか」

 

「…………」



「やぁやぁ、そろそろ出番のようですね?」

「――少昊?お前どこ行ってたんだよ」




 俺と倉橋の沈黙に割り込んできた少昊は、背中に大荷物を抱えてる。サンタクロースかお前は。

まぁ、いつの間にかあの家に入り浸ってたからな。こいつの姿が見えねぇから皐に留守を任せたが……何か察していたのか。




「ええ、察してますよ」

「おぉ?読心できねぇようにしてるハズなんだがな」

「いいえ、見えますよ。あなたが受けた呪いは成就しています。今はもうロクな結界を保てていませんからね」

 

「そうか」



 少昊が背中の袋から銀色のかんざしを取り出し、差し出した。繊細で優美な飾りには蘭、竹、梅、菊があしらわれてる。

これは四君子(しくんし)だな、中国では吉祥文様として刻まれてるものだ。


「白石さんに差し上げます。清音さんには茉莉花(ジャスミン)のかんざしを差お渡ししました。魔除、呪いの抑えになります」

 

「ほう?ありがたくいただくよ。……匂いも消えるか?」

「一応は消えるハズですが、鼻のいい清音さんに通じるかは不明です。

 ジャスミンの花言葉を調べて、しかめ面をしてましたねぇ」


「〝幸せ、優しさ〟だったか?」

「ええ。私はこう言ってお渡ししました。『あなたに欠けている、今後必要なモノだ』と」



 

「…………そうか?あいつ優しいだろ?」

 

「ええ、しかし対象がかなり限定的です。あの子はあなた以外に興味はありません。

 武士(もののふ)の魂を持っているので情け容赦がないのでしょう。人を初めて殺した日に、ぐっすり眠れてるんですよ?」


「度胸があるってだけじゃないか」

「ふふ、はぐらかすということはあなた自身も彼女の特性は理解しているのでしょう。私は白石さんも大変気に入りました。

 ヒトガミ様の側近は本当に多才で豊かで、面白い人材ばかり。本国に連れて帰りたいくらいですよ」




 でかい袋を背負い直した彼は胸の位置で手を組み、正式な礼をとる。そうか、帰るのか。


「ここから先の盤面は、あなた達の決断一つで全てが決定する。

 行方を見守るしかないしがない神は、これにてお暇を申し上げる」

 

「……手伝ってくれて助かった。九歌を教えてくれたんだってな。今までありがとう」


 ふ、と微笑んだ彼は頷き背を向ける。片手をヒラヒラさせながら海に向かい、ジワリとその姿を溶かして消えていく。


「あぁ、そうそう。〝その時〟が来たらお手伝い申し上げます。そのかんざしを折ってください」

 

「わかった。またな」

「えぇ……また」




 少昊の姿が見えなくなり、倉橋が苦い顔をしながら近づいてくる。

俺はポケットを漁り、電子機器を取り出して全てを手渡した。

 スマートフォン、時計、GPS、それから緊急信号を発するためのベルトバックルも。


 電子機器は逃亡に不向きだ。居場所を知られてしまう。




「ここは、私と皐がお守り申し上げます」

 

「うん、お前なら守り切れる。颯人さんの残してくれた出雲の御砂が黒くなったら替えてくれ」

「はい。予備も十分ありますから問題ありませんし、心得ていますよ。高天原へ行かれますか?」


「いや、ダメだ。あそこは龍神が荒ぶっちまう。もともと住まいを分けてるのは相性が悪いんだ。未成熟な卵を二つ抱えていける場所じゃねぇし、それこそ現世が滅びるぜ?」

 

「…………」

 

「倉橋がそんな顔する必要はない。俺の呪いは問題ないし、清音は必ず目的を達する。『少しだけ時間が欲しい』って真子に伝えてくれ」

「はい。確かに承りました」



 

 陰鬱な雰囲気を醸し出した倉橋の肩をたたき、俺は笑顔を浮かべた。痛みで軋む体の悲鳴がなるべく聞こえないように。ポーカーフェイスは得意だから、今の状態でも清音以外には通じるだろう。


「こんな見送りを、私はあと何度繰り返すのでしょう。たくさんの人を、神を見送り、大切な方々は私の手で守って差し上げられない。

逃避行をお助けすることもできません」

 

「お前にはお前の役がある。何にも絶望する必要なんかねぇだろ?

 ヒトガミの眷属をよろしく頼む。累も置いていく」


「しかし!」

「累はお前達を守ってくれる。逃げるなら数は極小にすべきだろ?何かあればあいつなら一っ飛びだ。無理はしない」

 

「…………わかりました」



 ようやく倉橋からもゴーサインが出て、家の玄関から清音が出てきた。昨日の晩に清めたスーツを着て、しっぶい表情を掲げてやってくる。傍についてきてくれてる皐がびっくりしてるじゃねーか。




「すげー顔してるな」

「ぷぅ....」

「里見家の姫様はご不満か?」


「だって、どうして私たちが逃げなきゃならないんですか!正当防衛です!あなたが怪我までしたのに!」

 

「まぁなぁ、正常な状態ならそれも通る理屈だが今は無理だ。

 真子から連絡があった。警察の奴らが俺たちを探してる……急ごう」 



 

 不満を爆発させてる清音の頬を撫でる。膨らんだほおを突くとわずかに空気が漏れて、無理に笑う必要がなくなった。

 俺の心中の嵐を収めるのは、いつだって彼女なんだな。


 柔らかな雨は段々と雨足をおさめ、やがて降り止んだ。

風に雲が流れ、黒の海と夜空は星影を瞬かせ始めている。



 ――さて、まずは南にでもいくか。試さなきゃいけないことが山盛りだ。

不安そうに揺れる清音の瞳から目を逸らさず、心の奥底から想いを込めて名を呼ぶ。

 俺が生涯をかけてたった1人、待ち続けた人の名を。


 

「清音、行こう。駆け落ちだ」

「は、はい!」

  



 


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