94 紅の証明
清音side
「えっ!!また卵!?」
「何でだ……」
「コレで卵が二個かぁ。阿那娑達多も徳叉迦も卵になってんのがまた意味ありげだね」
「そうだな。預言の意味を正しく知って、コトを起こすには卵を孵さなきゃならんだろう。
全く……やることが増えたな」
現時刻14:30 白石山のほとんど頂上に近い場所、岩の洞窟の中でようやく龍の気配を感じたと思ったら...また卵になってるんですが????何が起きてますか??
つるんとした卵は洞窟の壁面にふわふわ浮いていて、突いてもうんともすんとも返事が返ってこない。そして。
「珠がありません」
「あぁ、そうだな。犬士の珠がねぇ」
直人さんと目を合わせ、ため息をつく。なんだか今回は人間が手を加えたせいで余計に面倒な事態になっている。
手に入るはずの『悌』の珠がないんです。
直前で手に入れた『孝』の珠が私の体の中から震えを発している……と言うことは、存在はしているはずで壊されているわけではない。隠されたと考えるのが妥当だろう。
若草色の卵になった阿那娑達多は存在が象徴する大意として……清涼・無熱・徳が高い・人を潤すと言う意味がある。
それを紐解くと、正しい判断・大局からみた結論・宇宙の法に則った解釈だ。
徳叉迦の大意は、大多舌・毒視・怒りで人の命がつきる。訳して自己再生、新しい始まり、急変、突発……明らかに私たちの最後の仕上げといった具合の言葉が並んでいる。
悠人君が橙色の卵を抱え、背後に立ち尽くした西東をに目線を移した。私たちもそれに倣って振り向く。
「で、そろそろ吐いたらどうだ?お前、俺たちをここまで誘き寄せて何がしたい?」
「…………」
洞窟の入り口から光が差し込み、彼の顔に昏い影を落としている。先ほどまで汗をかいていたはずの彼は、直人さんの問いかけにニタリと醜い笑いを浮かべた。
「珠はお前が持ってんのか?」
「えぇ、あれはとてもいいものですよ。人の心を操ることができるのですから。ほかのもぜひ手に入れたいものです」
「へぇ?今までの珠もそうだとしたら、依代のパワーアップに繋がってたりすんのかな」
「そう言う実感はありませんけどね」
「元々持ってる物が多すぎてよく見えないよねぇ。最後の珠を手に入れれば開花しそうだと思ったんだけど、なんか違う気もするし」
「私もそう思ってたんですが、上手く行きませんね。残り二柱の龍神は眠ってますし、すぐには無理ではありませんか?」
「急いでどうにかなる問題じゃねえだろ?……あぁ、報告が来た」
直人さんはスマートフォンを取り出し、スピーカーにして音量を上げる。そこから聞こえてきたのは軽快な声……久しぶりにお聞きしますね、この声は。
『醸しちゃいますよー!!!』
「うん、名前言うなよ。もうそれでいいから、首尾は?」
「はいー、それがですねぇ、調査したところ……」
勝手に緊張している西東をよそに、私たちは腕を組んでリラックスしている。
どうせ何か企んでいるだろうとは思ってましたよ?でも、入り口にあった結界の機動装置も、超常対策の力場を作る装置もすでに破壊済です。設置した本人は気づいていないみたいだけど。
加茂社長がくれた雑談の時間は『もう一度危険がないか確認しろ』というメッセージだ。直人さんが身動ぎせずあちこちをさぐっている気配がする。……残念ながらここには珠がないのは確実みたいです。
それにしても、犬士の珠に何がしかの効能があったなんて知らなかった。手に入れるたびに飲むハメになっているからお腹の中でたまに「からん」とガラス玉のぶつかり合うような音がしている。質量も容量もないのにとても不思議な気分だ。さて、加茂社長の世間話が終わったみたいですね。ここからが本番です。
『さて。肝心のご報告ですが、弊社で西東組を壊滅・上部組織の組合を全て制圧しました』
「――なっ!?」
「西東、ちっと黙ってろ。じゃあ残党の掃除が必要だよな、産廃業者のほうは?」
『星明神様と地元の議員により、そちらも制圧完了しています』
「了解、お疲れさん。また後でな」
ピッ、と音がして通話が切れる。先ほどよりも顔に落とした影を濃くし、西東は再び額に汗を浮かべはじめた。
この事件は当初『産業廃棄物業者』が急増して悪さをしていると言うことだった。
対人間だったから調査に手間はかかったけれど、山が燃えたことで却って解決への道筋がはっきりしたんですよ。バカな人ですね。
冷や汗を書いて考えをめぐらせていた西東はなにか思いついたようにハッとした。
「あ、ハッタリか……?」
「確認してみりゃいいだろ?電話してみな」
「…………」
西東は言われるままに電話をかけだした。本当にお馬鹿さんですねぇ。
目が逸らされた瞬間に悠人君を西東の組織へと転移し、私達は自分の体に結界を張り巡らせる。ここにないならあの家にあるんでしょうから。
珠さえ手に入ればこの人には用がありませんね。
でも、さっきからすごく嫌な匂いがしてるんです。この匂いは……油断すれば何かしら良くないことが起きる時に嗅ぐ匂いだ。右手を刀に触れ、累ちゃんを肩に乗せる。
(キュイ)
(アチャはダメ。ここにはまだ、生き物がいるでしょう。さっきの鹿さんもいます。レーザーは禁止です)
(キュウ……)
胸の内から語りかけてきたアチャをいなし、直人さんの目線を受け取る。
彼は(ここでやり合うのは得策じゃねぇな)と唇で語った。
そうですね。私の獲物は長物ですし狭い洞窟では思い切り振れない。直人さんの笛も、反響して音が打ち消しあってしまう。
西東は誰かの指示で動いているのだろうか。本当に調べ物をしていないのだろうか。私たちの武器に関して知識を得ていないのだろうか。疑問に感じる状況だけれど、まさかと言う気持ちが結論を出させてくれない。
電話をかけている様子からは特別なものは何も感じない。ただの人間である以上、こちらとしては陰陽術で打ちのめすわけにはいかないのが唯一の難点だ。
カシャン、とスマートフォンが落ちる音がした。西東は膝から崩れて蹲る。直人さんの携帯には「珠発見」の文字があった。
地面にうずくまったまま震えている西東を横目に私たちはゆっくりと近づき、その傍を通る。
出口に向かって後退していくと、背中側から足音が聞こえる。
「!?……えっ」
「なんでお前……ここにいる?」
洞窟の出口を振り返って……そこにいたのは。ピンクのふわふわなお部屋の中で眠っていた少女だ。こんな山中に一体どうして。
少女は虚な目のまま洞窟の中に歩いて行き、パジャマ姿で奥に進む。
やがて彼女を抱いた西東が立ち上がり、ニヤリと嗤った。
「珠は見つかりましたか?」
「…………」
「見つかったでしょう?アレは偽物ですよ。あなた達を家に入れるのに、まさか本物を裸のまま置いておくわけがありません」
コツ、コツ、と革靴の音が響き近寄ってくる影。鼻をつくツンとした腐敗臭が漂っている。呪いの匂い……こんな匂いを封じていたのかと驚いてしまう。
「白石直人さん、驚いている様ですねぇ?もう一つ……私の顔を良く見て、思い出すことはありませんか?」
「……」
暗闇の中で光る二つの瞳。何かをかき混ぜるような、悍ましい水温が聞こえる。何を、しているの?
わずかな血の匂いを感じて思わず刀を抜くも、直人さんは首を振って私を背に隠してしまう。
彼の顔からは表情が抜け落ち、今までの経験則が背筋に冷たい汗を這わせる。
とても……よくない事態です。
「私は祖先が坊主でしてね、自宅は寺の跡地です。庭が綺麗だったでしょう?三百年よりも前からずっとあそこにあるのですよ」
「なるほど、俺の調査不足ってわけか」
「アハハハハ!!三文芝居はおやめください。
あなたは――知っていたはずだ。あなたに陰陽術を教えた師の、子孫が私であると。生花にいけられた花を見て、全てを察していたはずです。私の見立て通りですね」
「…………」
直人さんの顔が曇り、静かに首を垂れて俯く。狂った様に笑い続ける西東の声が耳を突き、不快感が身体中に広がっていく。
「あのお花は何か意味があったんですか?直人さん」
「生けられていたのは黒百合の花だ。花言葉は……『復讐』だよ」
━━━━━━
ほた、ほたと液体の滴る音がする。洞窟の中から近づく……よくないものから私たちは距離をとり、後退る。
やがて陽光の中に現れたそれは、火災を免れた草花の咲く大地を赤く紅く染めて……穢らわしい呪いの渦を染み込ませた。
西東の腕に抱かれた少女は笑顔のまま口が裂け、やけに大きな宝玉を咥えている。瞳の奥の色は澄んでいて、真っ直ぐに私たちを見つめていた。
「私の愛するお嬢は、呪いによって先日亡くなりました。
ですが、この珠によって生き返った。飲み込んでいる物が大きいからか、力のせいかはわかりませんが吐き出すたびにこうして口が裂けてしまう。
そして、何の原因かはわかりませんがそれで皮膚が爛れてしまうんです」
「犬士の珠は犬士以外が使えばそうなる。もしくは、里見家の血統にしか使用を許されていない。
……もう、やめてやれ。魂ががんじがらめになってるぞ」
「やめるとは??珠をよこせとでも言うんですか?私の先祖を屠っておいて、今更偽善を成そうと言うのですか?」
「お前の先祖は罪もない人を散々嬲り殺して、その後埋めて……そこから生まれた呪いを利用してたんだぞ?殺したのが組織の奴らだとしても、やっていたことは死者への冒涜だ」
「悪い事をしたら罰を受けろと。では、あなたも罰を受けるべきですね」
歪んだ笑みを浮かべ、少女の口から珠を抜き取り……血まみれのそれが掲げられる。
小さな呻き声の中に「痛い」と言う声が混じっていた。
「魂がここにある以上、お嬢は死んでいませんよね?会話ができなくても、何も食べられなくても、私の事をわかってくれる」
「死ぬに死ねないだけだ。苦しんでいるのは間違いない。黄泉の国に安らぎを残してきちまってるからな。
反魂が下手だから未完の魂だ。このままじゃ遅かれ早かれ死ぬぞ」
「それを解決するのがあなたと言う訳ですよ。聞きましたよ、あなたは人から神になったのだと。不老不死なのだと。
勾玉をよこせ。お前の命があれば、この子は完全になれる」
私は思わず眉間を揉み、吐き気を流すように長く息を吐き出した。馬鹿馬鹿しい……西東は、碌でもない呪術を使う輩に騙されている。
反魂は真幸さんでさえ、思うままには使わない。鬼一さんのような安らかな死を迎えた人を呼び戻すことは許されないんですよ。
春日の杜や颯人様の炎で燃えた天帝たちが呼び戻せたのは、予め彼女が保険をかけて護っていたからなんです。
黄泉の国に行った魂を無理やり喚び戻し、珠の力で生きながらえさせるなんて。
死者が無理やり喚ばれてしまえば、現世と黄泉の国の境界線で裂けて抜け落ち、魂が欠けたまま現世へと戻る。
そんな風にならない様にするためには、ものすごい時間と労力がいるんです。真幸さんの御百度参りはそのためだったんですから。
かの蘆屋道満だって不十分な蘇りしか出来てない。それを、この世にいる人間の一陰陽師ができる筈などないのに。
ひゅー、ひゅー、とか細い吐息が聞こえる。少女の瞳は涙を浮かべ、それでも笑顔を保っていた。まるで、そうしなければならないと定められているかの様に。
「勾玉をやったらその子を解放して、珠を返してくれるのか」
「……えぇ、そうしましょう。私はすでにあなた達によって全てを失いましたから。お嬢さえいればいい、ほかには何もいらない」
「わかった」
俯いたまま頷いた直人さんは、首に下がった真幸さんの勾玉を引きちぎって差し出す。
――彼は、とんでもない賭け事をしようとしている。
あの勾玉は確かに命を止めるためのものだ。でも、使用できるのは真幸さんが認めた仲間だけのはず。
それを知った西東は直人さんを殺そうとするだろう。そして、直人さんの勾玉は今咲陽さんと共に国護結界につながっている。
もし……ここで彼の身体が失われたら、魂の所在が不明になってしまう。そこから先の知識が私には無い。
颯人様が300年前に蘆屋道満に殺された時と同じようになるとしたら……ううん。そんな事起こさせはしないけれど。
全てのものには反作用がある。薬が薬効をもたらすと共に毒の作用をもたらすのと同じ様に。毒を持つ生き物が美しい姿形を持つ様に。
あの神器が反作用を起こしたら?
生唾を飲み込み、私は鈍銀の勾玉が渡されるのを見守る。直人さんの顔には悲哀が浮かび、西東ではなく少女に視線が注がれていた。
少女は微笑むのをやめ、直人さんの瞳を見つめて……こくりと頷く。
そうか、彼女は生きることを望んでなどいないんだ。
少女が神器の勾玉を飲み下した瞬間、西東が腕を振り上げる。
陽光を弾いたその光が目に映った瞬間、私は刀を振るった。
「――やっちまったか……」
「っ……は、はぁ……はぁ……」
どさり、と重い音がして、つい先ほどまで生きていた男の首がゴロリと転がる。大量の飛沫が上がり、私の髪に、顔に、服に降り注ぐ。
そしてどう、と音を立てて人だったモノが横倒しになった。
勾玉を飲んだ少女は西東によって盾にされ、共に真っ二つにしてしまった。手応えはあったけれど、こんな……こんな一度に2人を斬ってしまうなんて……。
自分の体が、自分のものではない様に感じる。指先から冷たいものが這い上がる。
自分の手に握られた刀がカタカタと音を出し始め、それを慌てて反対の手で抑えた。
私、人を……殺したの?
「ごめん。俺のせいだ」
「…………」
「清音、刀を離せ。強く握りすぎだ」
背中に伝わってくる暖かさを感じて、心のうちに大きな波が起きたのを感じる。波はゆらゆらと魂を揺らし、いろんな感情が浮かんでは消えていく。
優しい声を発している、直人さんの顔を見るのが怖い。
「わ、わた、し」
「うん」
「汚れてる……から」
「大丈夫だ、お前自身は穢れていない」
逞しい腕に無理やり引き寄せられて、血まみれのまま抱きしめられた。足の裏から立ち上る悪寒が胃を突き上げ、中にあったものを全て吐き出させようとしている。
刀を取り落とし、口を押さえると濃厚な血の匂いがした。
「吐いていい。こう言う時は我慢しても良くない」
「うっぐ……」
「膝を落とせ。鼻に入ると痛いだろ?……俺がやってやる」
首を振って拒否を示すと、直人さんは私の膝を折って傅かせ、自分の膝の上に胸を固定した。背中をさすりながら口腔内に指が差し込まれる。
「――げほっ、ゲホッ!!」
「鼻から息をしろ。口から吸うと喉が詰まる」
「っは、ゲホッ……」
お腹の底から突き上がる衝動を幾度も繰り返し、体内の何もかもが吐き出されていく。肩の上に乗った累ちゃんが「ごめんね」と呟く声が聞こえた。
「わたしが、反応しちゃった。清音を動かした……ごめんなさい」
「累が謝る必要ないだろ。俺がちゃんと対策しておくべきだったんだ。イテテ……」
「は、あっ!直人さん!!あなた、刺されたんじゃないんですか!?」
ひとしきり吐いたらかえって楽になり、私は咄嗟に起き上がる。頭の上で『ゴン』と鈍い音がして……目の前に顎を摩りながらしかめ面の直人さんが見えた。
ごめんなさい。私の石頭をぶつけてしまいました。
「顎のほうが痛ぇ。ナイフが刺さっちゃいるが、何ともねぇよ。こんなの痕にすらならない」
「…………き、傷はどこ?お腹ですか?」
「ああ、腹だがなんともない。内臓に達する前に切っちまったからな。
潔斎をしてから帰ろう。2人を黄泉に送る」
「……はい」
「はぁ...これだから嫌いなんだよ、こう言う組織の奴らは。愛してると吐いた舌の根が乾かないうちにその愛が嘘だと証明してくる」
「この子を盾にしたんですよね……?」
「あぁ。素人がやった咄嗟の反応にしては素早かったが、刀の切れ味が良すぎたな」
「…………」
「少し休もう。酷ぇ顔してる」
私は呆然としたまま頷き、彼の優しい指先が頬を撫でるのに任せた。
首元に寄り添ったふわふわの累ちゃんがふるりと震え、瞑目する。
この事件の悲惨な結末が確定してしまった。少女も、西東も……殺してしまったのだ、と目前の紅が証明していた。




