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【完結】裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
最後の事件簿

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93/109

93 黒百合


清音side


「ここは空気が汚いなぁ。場も乱れてるし、すごく邪悪な気配で満ち満ちてるよ」

「そういう奴らの巣窟だからな。まずは浄化からやろうぜ」


「うん。……あー、おじさんそこどいてすごく邪魔だから。兄ちゃん、盛り塩じゃ足りないと思うけどどうする?」

 

「あぁ、出雲の砂を持ってる。それを使おう」

「え、なんで持ってるの?」


「なんでもいいだろ。早くしろ」




 悠人君を秩父に再び呼びつけ、私たちは場の浄化を始めた。邪険にされている西東は居所なさげに体を縮こめて、悠人君に部屋の隅へと追いやられている。


 西東の娘さんが受けている呪い自体は恨みの集合体で、根源が複数ある。

だから一気に祓う事はできず形代に少しずつ移していく必要があった。

 陰陽術で祓えば蓄積された呪いの力は……これを放った人たちに返ってしまう。呪詛返しは何百倍もに膨れ上がるのが常で、本人を殺すだけではなく周囲の人をも殺してしまう。


 正直なことを言えばそれでもいい気はしている。人を呪わば穴二つ。いくら理不尽な思いをしても、人に対して害をなそうとしたならばそれ相応の罰を受けるべきだ。




「出雲大社の砂はいつ採取したもの?」

「……今年」

「へーぇ?兄ちゃんは可愛いなぁ、恋愛成就のお守り作ったんだ?」

 

「るっせぇな、口閉じてやれ」

「ハイハイ」


 悠人君と直人さんは二人で砂を小さなお皿に守り、盛り塩のようにしてお部屋に置いている。

……恋愛成就のお守り、ですか?そういえば颯人様がそんなこと言っていましたね。

 クシナダヒメから教わった恋愛のお守りは、出雲大社・素鵞社(そがのやしろ)からいただく御砂を使う。颯人様曰く『とてもとても効果がある』らしい。

素鵞社は颯人様の社なんですけど、本神にも効くんですねぇ。


  

 チラッと私の顔を確認した彼は、苦々しい表情を浮かべて戻ってくる。私の手から累ちゃんを受け取り、頭の上に乗せて目を逸らした。何それ可愛い。

 

「恋愛成就のお守りなんて、持ってたんですか?」

「……あぁ」

 

「必要だったんですね?」

「そうだよ。颯人さんとクシナダヒメの折り紙つきだからな」

 

「ふふ」


 少しだけ朱が刺した頰をツンツンつつくと、眉間に深い皺が刻まれる。これは彼が最大限照れた時に表す表情だ。

直人さんが恋愛を成就させたい相手は、私しかいない。神様が縋るほどのお守りを……もしかしたら毎年作って持っていたのかもしれない。そう思うと胸の内があたたかくなる。




「クソ、ニヤニヤしやがって。始めるぞ」

「はい」

「悠人、まずは清祓(せいばつ)からだ。大祓祝詞で行こう」

「了解」




 兄弟二人が窓際に立ち、ウロウロしている西東を外に追い出して風を部屋の中に入れる。

 すっかり春めいた暖かな風はやや焦げ臭い。精霊の力は自然の力を使うから、山火事の後で少し心配だけれど……どうにかなるだろう。悠人君の清め祓いは仲間内でも星野さんに匹敵するほどの能力だから。


 

「「 ──(かけ)まくも(かしこ)き 伊邪那岐大神(いざなぎのおほかみ)  筑紫(つくし)日向(ひむか)の橘の 小戸(をど)阿波岐原(あはぎはら)に    御禊(みそぎ)(はら)(たまひ)し時に ()()せる  祓戸(はらへど)大神等(おほかみたち)  (もろもろ)禍事(まがごと)・罪穢れ有らむをば  祓へ給ひ清め給へと(まを)す事を聞し()せと (かしこ)(かしこ)(まを)す──」」



 

 二つの声はそっくりな響きを持って大祓祝詞を謳いだす。私はその言霊が体に触れた瞬間、迫り上がってきた涙に唇を噛み締めた。

 言葉の区切り、イントネーションは元々の神道のルールに則っているけれど。言葉尻の余韻や音程の複雑さは真幸さんが教えたやり方だ。

私自身の祝詞も全てが彼女によって形作られている。


 あの方の、優しい指先が自分に触れた気がして切なくなってしまう。高天原にも、現世のどこにもお二人はもういない。

 

 呼びかければ笑顔で応え、いつでも優しく包み込んでくれた真幸さんは私の憧れだった。

人間らしい全てを抱えていて、どうしてあんなに綺麗でいられたのか……私にはまだ何もわかっていない。


 なぜ私に後を託してくれたのかも、信じてくれたのかもわからない。私自身の心のうちなんて丸見えだっただろうに。

私と同じ気持ちを抱えているのか、直人さんも悠人君も二人とも涙を目尻に浮かばせていた。



 

(清音、頼む)

「はい」


 祓いを終えた直人さんはもう一度累ちゃんを手渡してくる。腰に佩いた刀を抜き、見事な刃紋の美しさに改めてごくりと生唾を飲みのこむ。

この刀は真幸さんが長年使ってきたものだ。彼女神器として玉鋼を生み、それを刀として颯人様とともに持っていた。


 一振りはそのまま颯人様がお持ちになり、もう一振りは咲陽さんに渡された。

彼女と直人さんが人柱になったから、そんな大層な刀を結局私が借り受けている。持つべき人は違うと思うけれど、今はとにかくこれを使って祓いの術効果を倍増させてもらいます。

 

 刀身に累ちゃんがふわりと舞い降りて、精霊の反応が周囲で一斉にはじまる。

ほわほわと金色の光がお庭にある木々や空から集まり、お部屋の四隅に置かれた砂からもたくさん生まれた。


 


「累ちゃん、これを形代にしてください」

「はーい、閉じ込めればいいんだよね?」

「はい、お願いします」

「うん!」


 毛玉姿の累ちゃんが元気な返事をくれる。彼女の毛がふわりと逆立ち、精霊の光が集刀身に染み込んでいく。

 私は呪いを封じる形代として、直人さんからもらった蛍石を示した。ここに封殺すれば、私自身が呪いを術として使用することができる。緊急時には役に立つだろう。



 刀身にふうっと吐息を吐くと、白い色に変わる。切先で傷つけないように少女の額に近づけ、少しずつ精霊の力を移していく。

 細く、細く絞ったその力は、加減を間違えればこの子は呪いの力ではなく精霊から齎された祝福によって死ぬだろう。体のうちに罪の痕跡である業や黒い思惑があれば、ゾンビが癒しの力に殺されるのと同じ作用が起きる。


 でも、大丈夫。この子はとっても綺麗で純粋な心の持ち主だ。


 私が注ぐ力の全ては反発することなく体に染み渡り、満遍なく広がっていく。

呪術でもなく、神の力を借りた祓いでないやり方は精霊の力を借りることで可能なんです。

私自身は心のうちに巣食う闇のせいで精霊に愛されれることないけれど、累ちゃんが導いてくれる。そして、体の中にいるアチャをはじめとした龍神がそれを操り、ヒトガミ様の刀が上手くコントロールしてくれるから。


 


(清音、呪いが出てくるぞ。ふんばれ)

「はい」

「3……2……1、目を閉じろ!」

「!!」



 少女の口が開き、そこから黒、紫、赤と色を変えながら霧が現れる。荒神の瘴気よりも汚い色ですね。

 瞼を閉じて、背筋を伸ばし、両足を踏ん張った。首元の蛍石を目掛けて穢らわしいものがやってくる。


 身体中の皮膚が粟立ち、足の裏からゾワゾワと悪寒が立ち上る。

ずるり、と何かが石に入り込むのを感じた瞬間……私のネックレスにあるもう一つの鉱石、ダイヤモンドが震えた。




 背後で即座に柏手が打たれ、直人さんの結界が広がっていく。呪いが拡散しないようにしっかりと空間を固定して、私の体を覆い尽くしていく。

ちょっと、くすぐったい。


「……ふふ」

 

 思わず笑ってしまい、慌てて口元を引き締めた。これじゃ色ボケって言われてしまいますね、伏見さんに。

瞳を閉じたまま全ての呪いを吸収しきり、私は刀を鞘に収めた。



 ━━━━━━



「はいはい、休む間もなく龍神回収ですよー」

「お前は残ってもよかったんだがな」

 

「やだよ、あんな変な家で待つのなんて。塀と門がダサいし、変な人ばっかりいるんだもん」

「それは同意だな。中に入れば高級車じゃなくて軽車だらけだしな」

 

「本当にね、あーヤダヤダあんな組織には二度と関わりたくないね」





 現時刻 13:00。 少女の祓いを終えて、現在地は秩父山中です。焼けこげた草木を踏みながら歩く。……かなり、きつめの登山ですね。


 山の名前は和名倉山(わなくらやま)、別名……白石山(しろいしやま)。なんでしょうねぇ、この嫌な感じの偶然は。

 結局西東から聞き出せたのは龍神の居所だけ。そして、秩父で有名な神社三社は全て隠されている。何故そこにいないんです??なんでこんな山の中にいるんです???



「ぜー、はー、ぜー、はー」

 

「西東、お前体力ねぇな」

「本当だね、男のくせに」

「情けないですねぇ」


「どうして、みなさん……はぁ、息も切らさずにいられるんですか?」

「俺も弟も神だし、鍛えてる。山登りなんか屁でもねーよ」




 西東は一人汗みどろになっていた。仕方ありませんね、あなたはただの人間なんですから。

 

 結局黒幕についてはわからないままだ。この人が役立たずなばかりに。


 私達は龍神を見つけた後、さらに格上の組織に行かなくてはならなくなった。そんなことしてる暇なんかないけれど仕方ない。そこが黒幕の仲介をしていて、西東は何も知らないというのだから。

 

 真子さんからの連絡でしばらく術の使用許可されたし、転移してさっさと〝そしかい〟すればいいです。ええ。




「さて、龍神はどこですか?」

「この辺りに名も無き小さな社があったはずです。そこは隠されていないのですが……もしかしたら燃えてしまったかも……」

「馬鹿タレ、神がいるなら燃えねぇはずだ。社の特徴は?」


「杉の木でできた、うちの車庫くらいの大きさです」

「鳥居は?」

「あったような、なかったような」

「はぁ……仕方ねぇ」




 埒の明かない微妙な記憶を辿るより、神力を辿った方が早いと判断した直人さんは、ポケットから鎖に繋がれた金属を取り出した。銀色に光るそれはダウジングの道具だ。

 円錐型の金属をぶら下げて鎖を持ち上げるとゆらゆらと動き出す。


「……こっちだ」




 直人さんを先頭に歩き出し、結局は頂上を目指す羽目になったようだ。西東は「まだ歩くのか」とうんざりした顔つきになった。記憶が定かでないのは構成員に管理を任せたからだろう。

 こっちがうんざりだと言いたいんですが。

解呪の対価としては微妙な情報しか得ていない。腹立たしいったらありゃしない。


 不満を抱えたまましばらく道なき道を進むと、突然一頭の鹿が姿を現した。大きな鹿は立派なツノが片方欠けてしまっている。毛も山火事で焼けたのか、ほとんどが黒くなっていた。




「よぉ、山の主だな。道案内してくれるのか?」

「……」

「頼む」


 鹿ははぺこりと頭を下げ、私たちを伴って歩き出す。やがて現れた洞窟の前で立ち止まり、もう一度頭を下げた。

 大きな岩山のど真ん中に穴が開き、中から水の滴る音が聞こえている。

その音は恐ろしいほど澄んでいて、水琴窟のような透明な響きを奏でていた。


「あの、鹿さんを治療してあげたいです」

「そうしよう。俺は中を探ってくる」

 

「じゃ、僕は見張りだね」

「頼んだぜ」




 洞窟の中に入っていく直人さんを見送り、私は道案内してくれた鹿さんに触れる。……ゴワゴワした毛並みを撫でると『グゥ』と小さな鳴き声が聞こえた。


「ごめんね、痛い思いをさせて」

「可哀想に、立派なツノが台無しだね」

「神の御遣(みつか)いでしょうか?」

 

「そうみたいだね、この子だけじゃなく他にもいたはずだけど……」

「…………」



 私と悠人君の視線は、西東に注がれた。この人のせいで他の鹿さんが死んでしまった可能性は高い。


 私は自分の霊力を爪先に集める。鹿の体をゆっくりと撫で、その毛並みと共に火傷や逃げ惑った時に受けた傷を少しずつ癒していく。

 真っ黒な瞳がじっと私の目を見つめている。まるで、真幸さんの目の色みたいに綺麗な黒は優しく潤んでいた。




「痛みがあるでしょうに、我慢できていい子ですね」

「グゥ」

 

「ふふ、お返事できるんですか?かわいいですねぇ。しばらくご飯に困るでしょうから……あなたたちの避難先を用意できるように、然るべきところにお願いしておきます。ご安心くださいね」


 鹿さんの角を撫でると、頬をすり寄せられる。復活した硬い毛は艶々の茶色で、滑らかな手触りだ。


 西東は元の姿を取り戻した鹿を唖然として眺め、額の汗を拭った。




「あ、あなた達は一体何なんですか?」

「え、知らないで手出ししたんですか?」

 

「知っていたつもりでした。ですが、娘の病気を治して……さらに様々な術を使い、鹿とまで話せるんですか」

 

「別に話せはしませんよ。勘です、勘」

「…………」


  

「西東さんはさぁ、記憶がないから知らないんだろうね。この世にはこういう不思議なものが溢れてたんだ、つい最近までは。

 どうせ僕たちがここを去れば全部忘れるよ。組織の貯金額は消えてるけど、それについてもなぜか考えることもない」


「聞いても無駄ということですか。白石さんは本当に神様で、あなたもそうなんですね?」

「僕は神だけど、彼女は人間だよ。まだね」

「えぇ、最近早く登仙してしまいたいと思っています。人であることが本当に嫌になりつつありますから」




 沈黙してしまった二人の顔を眺め、自らも自覚できるような皮肉な笑いを浮かべる。

私もすっかり人間嫌いですよ、こんなに可愛い子を怪我させただなんて。最低です。




「おーい、龍が中にいるのは確実だ。とりあえず入ってみよーぜ。お前を呼んでる」

「はい!」



 やがて洞窟から戻ってきた直人さんが姿を現した。鹿はもう一度私に頬をすり寄せた後、膝を折って直人さんにかしづく。恭しく下げられた角に触れ、彼は穏やかに微笑んだ。


「お役目、ご苦労だった。お前達はちゃんと保護してやる。他の奴らを招集しておいてくれるか?もうすぐ責任者が来るから、言うこと聞くんだぞ。

 細い目をしたこえー顔のスーツ姿の人が目印だ。ここは必ず復活させてやる」

 

「グゥ」



 直人さんの祝福を受けた鹿は悠々と立ち上がり、のしのし歩いて去っていく。

私が言ったことは、彼がすでに手配してくれていたようだ。




(近隣の神社から人手を集めて、動物達を近県の山に移動させる。今のままじゃ可哀想だ)

(はい!)

 

(兄ちゃん達は後があるんだから僕がやるよ。まったく、お人好し……いや、人じゃないな、何て言えばいいんだろう)


(やさしー神様でいいだろ。さっさといくぞ)



 私はにやける口端を押さえず彼に駆け寄り、手を握る。少しだけ冷たい指が絡んで、彼の顔にも笑顔が浮かぶ。

それを見ていると、たまらなく幸せな気持ちになった。




 ――この時、どうしてもっと警戒心を抱いておかなかったのだろう。

 

 どうしてもっと、人の性を理解していなかったのだろう。どうして……あの家に生けられた黒い花の意味を考えなかったのだろう。


 油断していたのは私だけだった。


 そう思う羽目になるとは知らず……私はウキウキしながら洞窟へと足を踏み入れた。

 

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