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【もうすぐ完結】裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
新たな旅路

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86 八紘為宇


白石side


「おはようございます!」

「はよ。清音、声を抑えろ。頭が痛い……」

「昨日も徹夜ですか?ダメですよ、ここから私たちが主役なんですから」

「メタ発言やめろ。主役はお前だけだ」



 清音は早朝から気合十分だ。夜はきちんと寝て朝練もしっかりこなし、現役の芦屋までは行かないものの複数の祝詞を唱えるようになっていた。

 短い期間だが、清音は間違いなく成長を見せている。


 俺とは――違って。





「シャキッとしてください。今日は正式な式典ですからね?」

「まぁな、身内だけだが」

 

「その方がいいですよ。超常の事に関してはいずれ人間たちは記憶がなくなり、不思議な力の恩寵も覚えていられません。

 神継でさえ、この世の理の『修正力』の影響を受けて全部を忘れる人がいるでしょう」


「神継や神職はそうならないと信じたい。アイツのことも忘れちまうなんて寂しすぎるだろ。()()を忘れるなんてあっていいわけない」

 

「…………そう、ですね」




 スーツの前ボタンを外して、清音は苦笑いを浮かべる。実家から持ってきていたらしい刀を腰から下げているのが見えた。そうだな、武器を持つんだから、そのボタンは二度と止められなくなるだろう。

 

 廊下の奥にある鏡の前で佇み、並んだ俺達の姿を眺めた。


 清音はなんだかキラキラシャッキリしてるが、俺はクマがひでぇし背負ってる空気がウザいくらい重い。

こんな顔で見送りたくねぇ。




「清音……化粧道具貸してくれんか」

「あ、大丈夫ですよ。私がそのひどい顔をなんとかして差し上げます」

「え?何とかって?」


「治癒の術をマスターしました。こっち向いてください。ちょっとしゃがんでもらえます?」

「…………マジか」




 清音の両手を差し出され、そこに自分の顔を下げる。柔らかい感触に包まれて、思わず目を閉じた。


「白石さん。永遠のお別れでないとしても、私はまだ未熟です。預言は預言であり、未確定要素です」

 

「あぁ……そうだな」

 

「後悔を、残さないでください。あなたが大切に大切にしてきた女神へ、きちんと言葉を伝えるべきです。

 口の中に全部溜めて飲み下しても、お腹壊すだけですよ」

 

「…………」




 瞼の内側に熱を感じ、慌てて開く。今日は泣きたくねぇ。

 あの時死ぬはずだった俺と弟の未来を作ってくれて、そばに居させてくれた芦屋を笑顔で送り出したい。それしかできねぇから。


 俺の好きな人は今目の前で眉を下げてるが、そっくりな顔をしたアイツは……ずっと大切な人だった。


 芦屋が無くした色を、清音の目の中に見つけて視界が歪む。暖かな手のひらは頬をゆっくり撫でて、額をくっつけてきた。

 堪えきれなかった感情を噛み砕き、飲み込む。腹が壊れたって別に構わねぇ。


 


「俺たち、ここで暮らそう」

「はい」

「家は、人が住まなくなったらあっという間に朽ちる。ここを無くしたくない……アイツが帰る場所を守りたい」


「はい、そうしましょう。悠人くんも一緒ですか?」

「やだよ。クシナダヒメがついてくるだろ?それに、邪魔されたくねーし」


「ふふ……わかりました」




 柔らかい手のひらから沁みてくる霊力は、俺の体を癒して疲れを溶かしてくれる。

 心の中まで綺麗に洗われたような気分になって、清音の瞳を見つめた。


「行こう……旅立ちだ」

「はい」



 ━━━━━━


「白石さん!遅いですよ、早く来てください」

「倉橋お前……その服どうしたんだ」



 玄関を潜ると、黒い着物姿の倉橋がやってきた。芦屋と颯人さんを真似たのだと一目でわかる。神職が着ている筈の白衣と袴は真っ黒に染められていた。


「これから、特級神職は全身白ではなく黒になります。ささやかな抵抗ですよ!世の中へのね」

「そりゃいいな。お前さんは芦屋の神社を守るんだろ?」


「はい、真子さんを筆頭に僕と妻の皐月だけですが……僕たちの子もきっと、継いでくれます」

「へぇ?今まで『もう子供は作らない』って言ってたのに」

「鈴村さんも仰ってましたが、大切な人との別れは辛いんです。今回が一番辛いですけど」


「顔ボロボロだもんな」

「えぇ、えぇ。たとえ一時(ひととき)の別れだとしても、再びお会いできるのがいつになるのかわかりませんし。戻られたとして……お姿を見るのはもっと、いつになるのかわかりません。

 芦屋さんを顕現できるなんて本当に可能なのか、疑問に思うほどお強くなられてしまったので」

 

「はぁ……まぁそうだな。稀有な神を現世から追い出すのは人間だ。愚かだと思っちゃいたが、ここまでとは思わなかった」

 

「否定すべきでしょうがしませんよ。僕は人間のためには働きませんから。

 二度と赦す気にはなれませんね」




 倉橋の暗く染まった瞳は、登り出した朝日の光を抱えてもハイライトを灯さない。そうだな、俺たちは唯一の女神を奪われるんだ。

 最低限は維持してやってもいいが、その先はしらねぇよ。人間の選んだ選択肢の中で苦しめ。……なんて思っちまう。





「まったく、男性陣はどうしてこう後ろ向きなんです?真幸さんが戻られた時この世が焦土と化していたら悲しみますよ?」

「世の中に干渉出来ねぇんだから、どうせ最低限しか助けられん。そこから先は人間で何とかしてもらおう。

 それはこの国が選んだ未来だ」


「そうですねぇ、国防に関わる事項に『手を出さない』なんて誓約書を書かされたんですから。真神陰陽寮の最後があんな形になるなんて、誰も思っていませんでした」



 カラフルな砂利を踏み、海岸へ辿り着く。異様な雰囲気としか言いようがない、黒づくめの集団がそこにいる。

 真神陰陽寮と神社庁からやってきた奴ら、俺たちの仲間と超常たちは全員黒服だ。

 清音のシャツもいつの間にか黒くなっているから、黒づくめの集団だな。


 笑顔の芦屋と颯人さん以外全員沈鬱な表情を浮かべている。いや、伏見も笑顔だ、それから……浄真も。洋装なのは清音だけだ。





「はいはい、ようやく全員揃いましたよ伏見」

「ありがとうございます浄真殿。では始めましょう。颯人様、お願いします」


「あぁ。これより『一時のお別れ会』をはじめよう。船に乗り、移動するぞ」

 

「移動?ここから行くんじゃないんスか?」

「そうだ。真神陰陽寮で保持していた始まりの地は、元の場所に戻された。我らはそこからゆく」

 

「そっか……」



 颯人さんの笑顔を受け止め、目隠しの中の瞳の色を思い浮かべる。曇天が割れている場所から天使の梯子がかかり、会場へ光が落ちて幻想的な景色だ。

 暖かい海風は春を告げて、すでにそこらじゅうに花びらが舞っている。昨日みたいに今日も花だらけになるんだな。


 


 芦屋が彼の腕の中で手を掲げ、天空を指差す。すうっと地面へそれを下ろすと、そこから葉っぱが芽を出した。海の波に触れた瞬間、それが蔓を伸ばして大きな船を模っていく。


「……ガガイモのツルか」

「そうですね。ハート型の葉っぱがかわいいです」

「この葉っぱの神紋が刻まれた、魚彦の治療院も手入れしてやらねぇと」

 

「使えばいいんですよ、病院として」 


「人間以外になら、賛成だ」

「…………白石さん……」



 清音のため息を聞きながら、ガガイモのツルが織り上げた大きな船へと乗り込む。黄緑の生えたてほやほやのツルは幾重にも織り込まれ、足で踏むと柔らかい。

 魚彦が生まれて最初に乗っただろう船は、思っていたよりも優しい感触だ。


 


 全員が船に乗り込んだ後、沈黙が降りる。倉橋はすでに泣き出して、周りにいる超常たちも釣られている。皐が眉毛をハの字に下げ『しっかりしなさい!』と小言を呟いた。

 

 やがて空から白い粒が落ちてきた。

 ――雪だ。空は濃い灰色の雲を連ねてそこからたくさんの雪が降ってくる。

 暖かい春の空気を通って柔らかくなった氷は、頬に冷たい感触を残し呆気なく溶けていく。

 




「雪は兄上が降らせているのですか?」

「吾ではない。……この国が降らせている。言うことを聞きやしないのだ」

 

「ならば仕方ありませんね」


 天照は苦笑いで颯人さんに応え、芦屋が袖を振る。降り頻る雪は結界に阻まれて船を濡らすのをやめ、花の風が船を持ち上げた。



 船は、空を進んでいく。風を切る抵抗感も、感触も感じないままゆるゆると飛んで……海原から地上へと渡り、天空を漕いでいく。


 船底に無数に結びつけられた鈴たちが揺れて、シャンシャン音を奏でていた。




「サンタさんみたいじゃないですか?」

「随分季節外れだな」

 

「たいして変わりませんよ!……こんなにたくさんの方を乗せて軽々と飛ぶなんて、本当にすごいです」

 

「あぁ、そうだな……」



 上昇が止まってすぐ、颯人さんが立ち上がり、超常たちから神力と勾玉を受け取りはじめた。全てを手渡した彼らは瞼を閉じて眠りにつき、芦屋が守りの結界をつけてそれぞれの居場所へ送っているようだ。


 


「トメさん」

「真幸。これで別れではない、ババは『さようなら』とは言わんぞ」

 

「うん。またね、トメさん。帰って来たら、最初にもらった葡萄酒が飲みたいな」

 

「あぁ、作ってやろう。新酒はすぐに出せんから、古いもんから飲ましてやる」

「眠らないで作っててくれてもいいんだけど?」


「……無理じゃ、すまんの。お前さんが居ない世の中など見たくはない。

 天照大神が岩戸にお隠れになった時と同じじゃよ、太陽は隠れずともババたちの大切な光は彼方へ旅に行く。

 寂しくて、死んでしまいそうじゃ」

 

「それは良くないな。……じゃあ、また会える時まで、おやすみなさい。俺の大切なおばあちゃん」

 

「おやすみ、ババの愛する孫娘。おまえさんの帰りをずうっと待っとるよ」

「うん。素敵なお土産を持ってくるからね、きっとすごく喜んでくれるはずだ」


「そりゃ楽しみじゃのう」


  


 震えるシワシワの手をとって、芦屋が口付ける。涙を一粒こぼしたトメさんは目を瞑り、小さく呟く。

 

「はよう、帰ってきておくれ。待っとるからな、ババはずっとずっと待っとるから」

「うん……うん」

 

 泣きそうな顔になった女神はトメさんの体を浮かせて、船から地上へと送る。雲に飲まれて降りて行く先には香取神宮の羽田とオオクニヌシが手を振っていた。



「トメさんの様子も、時々見に行かなきゃな」

「はい」

 

「ぐしっ、ぐし……チーン!」

「…………」

「ズビッ……私も眠りたいです」 

「少昊、ウルセェ」




 なぜか俺の傍で中華の奴らが泣いている。全員黒の道服を着て、目が真っ赤だ。傀儡で操られていたとは言え迷家の件を俺は許す気はないからな。

 

 冷たい視線を送ると、彼は涙を拭って気まずそうに目を細めた。


 

「あなたたちの術式を完成させるのに私達が必要ですよ」

「そうかもな。保管してあるランドセルに土下座するなら、ちったぁ態度を改めてやる」

 

「あっ……そう言うことですか……。もちろんそうさせてください……」

「わかったんなら大人しくしてろ」



 

 沈黙した少昊から離れ、腰を下ろす。魚彦たち眷属は芦屋の体の中で溶けた小さな勾玉を再び差し出し、一柱ずつ額を合わせて神力を渡しているようだ。


 和やかなムードで優しい雰囲気を漂わせているが、俺は口の中が苦くなった。


  

 ――正直な話、俺たちがこのあと動くのは相当苦労することになる。


 鈴村夫婦と星野は元の家には住まず、高天原の遣いとして日本中を駆けずり回る予定だ。

 眠りについた超常、起きたままの奴らも管理しなければならないから……今までよりも忙しくなる。真神陰陽寮のやっていた事も全部のしかかってくるからな。


  

 日本の神々も全員芦屋に勾玉を渡しているから、今までのような力は振るえない。眠らなくても眠っているようなものだ。


 そう……俺と清音だけで芦屋を取り戻す手段を構築しなきゃならないんだ。

 

 中華の奴らが必要なのは、確かにそうだろうな。与えられた預言で何をすればいいかふんわりとわかっているものの、それが実行できるかなんて保証がない。

誰に助けてもらえるわけでもない。


 本当に俺たちだけで、すべてやらなきゃならないんだ。


 



「そろそろ目的地に着くよ。下降するから皆んな手すりに捕まってくれ」

 

 眷属の神力を難なく身のうちに取り込んだ芦屋は船を降下させて、やがて都会の街並みが眼下に見えてきた。

 


 船が地上に近づくにつれ雪の粒達が砕けて雫となり、陽の光を反射して黄金色の光を纏う。

 キラキラ輝く光の中で微笑み合う神々達は……見た目だけなら幸せそうに見えた。




 ガガイモの船を降り、薄緑色のゴツゴツした鉄橋……松尾芭蕉の『矢立初めの地』である千住大橋を渡っていく。

 車がひっきりなしに通り、人々も歩いているが俺たちを目に止めることはない。

芦屋がいつの間にか目眩しの術をかけていたようだ。




「さて、じゃあここでやりますよー」

「はい、まずは清音さん、白石からです」


「はい」

「……こんなとこで?神社でやらんのか?素戔嗚尊神社でやるのかと思ってた」

「白石、ここは大切な場所ですよ。あなた達に伝えるべき事がここにあるんです」



 千住大橋の南側、橋を渡り切ってもうすぐ素戔嗚尊神社があるってのに途中で立ち止まる。道路の端っこに避けて、意味ありげに言う伏見を見つめた。

 ……こいつまで目隠ししてら……。そう言う決まりでもあるのか、常世にいく一員は全員目隠しをしている。






「まずは、清音さん。あなたは今日から一人前の神継だ。今までの歴史の中で使われていた神継ではなく、新しい意味での言葉で……最後の神継だよ」

 

「は、はい」


 芦屋が清音に黒いネクタイを巻いてやっている。最後の神継か……一人前の証としてもらうネクタイは、艶やかな絹の光沢を持っていた。


 芦屋のネクタイだな、あれは。自宅にあったものと同じで他の元神継達のものとは質が違う。初期の少数精鋭だった裏公務員だけが持っている、特級品だ。



「おめでとう、って言っていいかわからないけど……うん。よく似合ってる」

 

「ありがとうございます」

「それから、これも君に渡しておく」





 芦屋が中空に手を差し伸べると、そこに光が集まって……大身槍が姿を表す。刃の先まで漆黒に染まり、鈴がついている。石突をトン、と地面につくと涼やかな鈴の音が鳴り響く。


「この国の後継とし、清音さんに天沼矛を渡します」

「……はぇ……は、はい」


「これも必要な道具だから、勝手に身体の中に収納される。触ってみて」

「……」



 恐る恐る天沼矛に手を伸ばすと、指先が触れた瞬間に矛が掻き消える。驚きっぱなしの清音は俺の顔を仰ぎ見て、ゴクリと喉を鳴らした。

 



「うん、これでよし。つぎは……」

「ま、待ってください」

 

「清音、いいから」

「でも……真幸さんに何か、伝えなくていいんですか?しばらくお会いできないんですよ?」 



「…………」

 

 口を閉じたまま芦屋の顔を眺めて、ため息をつく。芦屋自身は俺がどんな気持ちでいるのか、本当は何を言いたいのかわかってる。

 だから、聞いてくれない。覆せない決定事項はこいつが目指す未来の礎だ。


 黙りこくる俺を見かねて清音が芦屋を引っ張り、俺の手と彼女の手を結ばせる。

 生えた指先から暖かさが伝わって、また泣きそうになった。



 


「……白石、ちゃんとご飯を食べてちゃんと眠ってね。俺はずっと待ってるから」

「うん」

 

「自暴自棄になっちゃダメだよ。清音さんがいるんだから」

「……うん」

「告白大会は見せてくれないんだ?」

「…………うん」




 俯いたままの俺の頰が撫でられて、花の香りが身を包み込んでくる。

唇を噛んで瞼を閉じると、柔らかい感触に抱かれた。


「辛い思いばっかりさせて、ごめんな」

「してない」

 

「そうかな、いつもこっそり泣いてただろ」

「見てたのかよ」

 

「うん。白石が今までどんなふうに悲しさや寂しさを閉じ込めてきたのか知ってる。

 雨の中でただひたすら歩いて、靴の中が血だらけになっても……あてのないゴールへ向かっていたことも。

 俺の仲間になってから、誰よりも遅く寝て、誰よりも早く起きて一生懸命頑張っていたことも」


「……お前の方が寝てないだろ。常世に行ったら、ちゃんと寝ろ。お前こそ飯食えよな、じゃなきゃ……」

 

「うん。それはまだ颯人に言ってないんだ。内緒にしてね」

「常世で産めるのか?」

 

「わかんないけど、どうにかする。俺たちには秘密の場所があるから」

 

「え?産むって、颯人様に内緒って…………!!!????」


 


 隣にいた清音が飛び上がり、二人で『しー』と人差し指を立てる。そう、芦屋は腹の中に命を抱えてる。

 だから、俺は必ず現世に戻してやりたいんだ。本当は常世に行ってほしくない。こんな身体で行かせるなんて思ってもいなかった。


「っお、おお、おめでとうございます!?」

「ありがとう。赤ちゃんが二人に会える日を楽しみにしてるって」

 

「まじかよ、もう喋れるのか?スゲーな」

「うん。颯人もそのうち気づくだろうけど、時渡(ときわたり)ですごい無茶したからさぁ。怒られるのが嫌なんだ」


「お前一人の体じゃないんだから、無茶はやめろよ。俺が助けてやれないだろ?伏見じゃ心配だ」

 

「ふふ、肝に銘じます」


 芦屋の笑顔を眺め、ようやく人心地ついた。いつもより少し高めの体温は二人分だ。芦屋は何もかもを捨てずに、諦めずに……自分の中にも未来を宿している。

 

 もう、落ち込んでる場合じゃねぇな。




「後が(つか)えてるだろ。俺はもういい。またな、芦屋」

「うん、またね」




 身を離し、傍に避けて巫女服姿でやってきた咲陽が遣す目線を受け止める。あぁ……伏見は両目をやったのか。だから目隠ししてたんだ。

 鳶色の瞳は長いまつげに縁取られ、俺の情けない顔を映し出している。

口の端を上げて姫巫女の肩を叩き、芦屋の方へと押し出してやった。




「真幸」

「咲陽」


 二人は名を呼び合い、瞳で語り合う。芦屋の目からこぼれそうな涙はやがて引っ込み、微笑みへと変わった。


「真幸に借りた刀を返しておこう」

「ううん、これは清音さんに渡してあげて。その代わり、咲陽にはこれを」

「……勾玉?はっ!?これは……」 


「俺と、颯人の勾玉だ。俺達の魂を君に預ける。……いつか迎えに行った時、咲陽が素直に地中から出てきてくれるように」

「あー、やはりバレバレじゃったか。妾が『人柱を代わってやろう』と思っていたことに気づいたのじゃな」

 

「未来を視て来たんだから知ってるよ。咲陽は何回も俺の代わりに人柱になろうとしてたからね。

 そんなの嫌だから、こうして保険をかけさせてもらう」



  

「……はぁ……やれやれじゃのう。罪を(すす)ぐつもりでいたのに」

「咲陽の罪じゃない。それを問うのは俺たちが常世でやるべき事だから」


「深層心理でそうでなかったとは言えぬよ。妾は真幸の代わりと言う『唯一無二の地位』を得られる。皆に愛された女神の心に間違いなく刻まれるじゃろ?」

 

「元から刻まれてるだろ。咲陽は大切な親友で、姉だから」

「姉ならば妹を守りたくなるのが当然じゃ」


「むむ……むぅ」

 

「姉の言うことを聞いておくれ。おまえさん達の魂である勾玉を受け取るんじゃから、納得して欲しい。

 ……これは妾が持っていた方が安全じゃな。現世にホイホイ置いておけん」


「うん。どんなに離れた場所にいても、勾玉が俺たちに言葉を伝えてくれる。寂しくなったら俺たちの勾玉を握って」

「わかった」




 そんな重要なものこそ()()()()やりとりすんな!と叫びたくなるのを我慢した。二柱分の勾玉か、あったなそう言えばそんなもの。鬼一が持ってた。


 勾玉の首飾りが咲陽の首にかけられる。髪の毛を切った後に渡すことを思いついたのか、紐の部分は玉が繋がれていた。勾玉の色は透明でオーロラのように七色を弾き、美しいプリズムを作り出している。


 人柱の交代には『もう一人の芦屋』の納得が必要だ。あの勾玉は役に立つだろう。




「俺の分身を呼ぶかい?今話してもいいんじゃないか?」

「いや、呼んだら交代の儀式になってしまうじゃろ?それを見るのは良くない」

 

「…………」

「儀式を見たら、真幸は悲しい気持ちに囚われる。常世に召し上げられるなら幸せのひと時を味わって欲しい。この子のためにも」



 咲陽が腹を撫でて、芦屋が俯く。颯人さんがハッとして駆け寄り、彼女を問い詰めている。……もうバレたか。


 もう一度神々に囲まれてわちゃわちゃされてる。タックルするなよ。

ヒヤヒヤしながらその光景を眺めていると、清音がぶつぶつ言い出した。 





「……魂の保険、形代の勾玉……」

「清音?どうしたぶつぶつ言って」

「なんでもありません。あの、後でお話しします」

「おう……なんなんだ……」


 


「やれやれ……これだから真幸は。存在自体がいれぎゅらぁの塊のようだ」

「うっさいな、あっちに行ってから言おうと思ってたの。もう時間がないから進めるよ!」



 芦屋は目の前にある石碑をポン、と叩き笑顔になった。そこには『八紘一宇』と刻まれている。戦後に作られて、数が少なくなった貴重な石碑だな。




「みんなにはこの言葉を忘れないで欲しい。これは日本書紀の記述を略した「八紘為宇(はちこういう)」だ。意味は「八紘(あめのした)(おお)いて(いえ)となす」……「世の中を一つの家のようにすること」って意味だよ」

「この世に住まう皆が家族のように暮らして欲しい。本来の意味は世界平和だが、其方達は我らの意志を継ぐものとして……喧嘩をせぬようにな」


「…………チッ」

「白石さんが舌打ちしてます!」

「少昊……お前覚えておけよ」

「ひゃっ!?怖……」




 走って逃げていく少昊をひと睨みして、俺たちは全員芦屋と颯人さんに向き直る。

 魚彦が最初に膝をつき、そこから波紋が広がるように全員が膝をついて頭を下げた。


 人のために、世のために尽くした神へ敬意を表して静かに祈る。



 

――どうか、俺たちの唯一の女神の行先が幸せでありますように、と。




 


 


 

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