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【完結】裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
新たな旅路

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82 現状把握


白石side


「では、まず順を追って説明します。かなり踏み込んだ内容になりますので、外部秘です。先刻も伝えなかったお話しになりますので」 

「おい」

 

「各自メモを取っても構いませんが、2日後には処分してくださいね。現世には残せませんから」

「おいって」

 

「何ですか白石、スルーしたんですから空気を読んでください。時間が惜しいんですよ。

 これから神社庁、真神陰陽寮、諸外国の神々へのご説明、と様々な面談があります。まず杉風事務所との面談から始めますが、明日のスケジュールもいっぱいなんですから」


「頼むからちっと待て。……とりあえずそこで呑気に茶を飲んでるお前ら。芦屋に攻撃したりしねぇよな?」




 現時刻 11:30。一同が芦屋の家のダイニングテーブルについて茶を啜っている。俺達杉風事務所の人員、依代をそれに持つ神々、浄真、戦神イナンナ、時の神クロノス、カイロス、陽向と天照、ニニギノミコト、役小角、天帝に少昊までいる。

 中華の奴らは俺の言葉に身をすくめ、下を向く。が……お前もだよ!クソ野郎。堂々としてんじゃねぇ!!



 

「役小角。俺はお前に言ってるんだ」

「ワシは力を封じられている」

「……本当か?」


「そんなに警戒しなくても本当に大丈夫ですよ、彼は芦屋さんにボコボコにされてますから。捕縛縄は飾りみたいなものです。呪術の全てを奪われているので天帝、他中華一派には傀儡の術は効果がありませんし、何もできません。

 鮮やかでしたねぇ、あのパンチ」


「伏見、はよう始めよ。本当に時が惜しいのだ」

「おっと……すみません」


 颯人さんに言われて伏見が頷く。芦屋は物理で行ったのか?珍しいな。伏見があんだけやられたのは役小角だったらしいし、仕方ないかもしれんが。グーで行った本人は相変わらずすやすや寝てるが、颯人さんが聞いてりゃ問題ないって感じなんだな。




「今回の一連の事件は『常世の使者』が中華の天帝一家を傀儡として使い、起こしたものでした。日本国内に混乱を起こし、ヒトガミ様の心を乱して近衛の僕たちを廃し、国護結界を緩め、我らの女神を攫って行く予定だったそうです」

 

「…………クソ野郎が……」

「ほんまやな、腹立つわ」

「ぶっ殺して差し上げたいわねぇ」

「飛鳥さん落ち着いてください、あなたが出るまでもありませんよ、私が」

 

「はいはい、そう皆さんで凄まないでやってください。彼は元々陰陽師の始祖であり、呪術を作り出した方ですから適任だったのでしょう。本人のやり過ぎ感は否めないですが……僕もこのザマですし」

 

「そうよねー、私はよく知ってるけど、コイツは倫理観がないのよ」

「飛鳥は飛鳥時代……ややこしいな。昔やり合ったんよな」

「えぇ、そうよ。お陰様で私の神格は微妙なまま固定されたわ」


 


 仲間内で一番剣呑な目つきをしている飛鳥は、鈴村に手を握られていなければ役小角に飛びかかりそうだ。

 飛鳥時代に役小角と事代主神(コトシロヌシノカミ)……飛鳥はやり合った過去がある。お互い騙し騙されをやって全面的に仲が悪いはずだ。

そのせいで飛鳥自身が妙な伝説を持ってるが、真実は不明なままだな。


 どっちが悪かったかは……まぁ、これは追求しても無駄だろう。飛鳥本人もそれをわかっているから手出しせずにいる。腕の筋肉の膨張具合を見ると一発くらいくれてやりたいって思っているようだが、鈴村に抑えられちゃ何にもできねぇな。



  

「役小角は今まで様々な手出しを我々にしては失敗に終わり、常世側から『いい加減にしろ』と言われて強行作戦に出た……そして鬼一の担当事件で勝負に出ました。原始林に住まう神々を龍神跋難陀(ばつなんだ)の血で汚して荒神にし、奈良の聖域を穢していたのです」

 

「確かに、奈良は神社仏閣の宝庫ですから国護結界の繋が沢山ありますし、重要拠点ですね。

 京都は伏見さんのご実家があるおかげで盤石ですが、奈良に所縁のある者がいませんでしたから抜け穴といえばそうかもしれません」

 

「はい、星野の言う通りです。逆に言えば奈良は太古の昔からある神社仏閣が多く、熟練している神職が多かった。僕たちが手出しをする必要性が低かったんですが……そこを突かれました。神社を守っても原始林の広大な土地はすべて統括出来はしませんから。

 ですが、今回芦屋さんによって原始林の中に聖域がもたらされた……あれで主要な国護結界の繋は揺るがないものとなりました。これは常世も、この国も望むべき結末の一つです」



 伏見の言葉に鈴村が手を挙げる。伏見が頷くと飛鳥まで驚いた顔になってら。

仲間内だから一つ一つ確認しながら進める気でいるのか……珍しいな。




「え、質問してええのん?」

「僕たち全員が一緒にいられる時間は残りわずかですから。最後くらい和気藹々といきましょう、どうぞ」


「ほな……その口ぶりって、私らが現世に残るってわかってんのん?」

「えぇ。鈴村は役小角がいる常世にはいかないでしょう?飛鳥殿と二柱で残ると思っていましたので、役割を考えてありますよ」


「流石ねぇ。颯人、これは真幸にまだ伝えないでね。私たち自身で話したいの」

「わかった」




 颯人さんが迷いなくうなづき、清音がびっくりした顔になった。

 だが……うん。長年付き合ってきた奴はみんな納得してる。役小角がいるからって理由だけでそうしたとは思っていない。芦屋が現世から去るなら、代替が居なきゃならない。それを支えていくつもりで居るんだろう。


 ――芦屋のために。




「もうここまできたら常世側がどうしたかったかより、今後真幸が常世に行くとしての話前提で行こうや。

 里見八犬伝を絡めたんは、おそらく清音ちゃんが必要やったから。万物に通じる龍を巻き込んだのは、日本だけの話やのうてこの星全体に関わる話やから。せやろ?」


「はい、鈴村の言う通りですよ。真実の眼は精度が上がりましたね」

「まぁな……もう長年使(つこ)てきたし。私らは未来じゃなく物事の本質が視えるけど、それは直近に限られる。

 真幸が視たような物は、視えん……やから視力を失う事はないけど」


「いい事ですよ、これからも精進してください。では……現世の現状の整理、および今後についてを伝えます」



 

 伏見がこほん、と咳払いして分厚い書類の束をぺらりとめくる。相変わらず幸せそうな顔をしながら。


「現世では颯人様の荒神落ちが正確に世間に伝わっています。さらに、神々の頂点が実質天照殿ではなく芦屋さんだと知られました。

 これは中務側の計略によりなされた物です。そして、芦屋さんの(まぶい)返しの術に応えなかったため中務は完全崩壊の一途を辿りました」


 

「芦屋さんの今後を聞いて絶望しましたか?結局のところ女神への信奉だけで動いていたのですよね、彼らは」

 

「はい。後は……星野、あなたのお兄様が地獄へ堕ちた彼らと対話されたのが原因です。

 芦屋さんの真意が地獄側でも広められました。これは星野の兄、蘆屋道満、安倍晴明によって明かされて正しい意図がきちんと伝わっています」


「ご先祖様が役に立ったんですか?よーーーーうやくですね?」

「アリス……晴明殿は道満との対峙後に芦屋さんの心に入って彼女を支えてくれましたよ。幼馴染との訣別も彼によってされています」

 

「あー、幼馴染の彼は超常になって蘇りそうですけど、その頃には芦屋さんはもう居ませんよね?」



 

「そうですね、すれ違いになるでしょう。ですが、今後も彼とは縁を切りません。芦屋さんに連なる縁は後世まで繋ぎます。

 細々した話は任せる者に全てお話ししますから、その辺りは後で。――次は現世の人間界に於いての話です」


 伏見が手のひらを掲げ、そこに狐火を生み出す。青白くゆらめいたそれは、ほの灯の中に見覚えのある人物を浮かび上がらせた。


 


「現世の混乱については不文律による修正がなされます。が、国護結界の維持にはそれに影響されない正しい記憶を持った人間が必要です。

 そのため、真神陰陽寮立ち上げの際お世話になった左近家に『記憶』を託します」

『……かしこまりました』


 火の中の男は、真神陰陽寮はじまりの時から世話になっている政治家の末裔だ。上にも下にも存在せず、政界を裏から操ってもう何百年になるやら。俺たちとは多く関わらなかったが、こいつの一族家宝は芦屋から貰ったサインだと言う。

 彼は白髪の混じった髪を撫で付け、スーツ姿でぺこりと頭を下げた。


「左近さん、すみませんが芦屋さんは休憩中です。夜中にお電話を繋ぎますから勘弁してくださいね」

 

『いえ、勅命とあらばお顔を拝さずとも承ります。平安時代から受け継いだ因習を解いてくださった、人神様のご恩を私達左近家は忘れません。誰が忘れても正しい歴史を受け継ぎます』



 真面目な顔でそう言った左近は涙を堪え、俯く。左近は公家の一族で遥か昔から政治に関わってきている。陰陽師の名家と同じような因習があったんだ。

世継ぎをたくさん産ませて優秀な奴以外道具にするって言う……それを陰陽師名家の革命と共に、綺麗にされたんだったな。




「真神陰陽寮はどうなるんや?」

 

『真神陰陽寮の方達は最後の神継として神々を支えていく役割……要するに神社庁に登録されて、依代を務めた者達が御祭神をお守りします。既存の神社に配されるか、もしくは新しい神社が立つ事になるでしょう』

「左近の言う通り現世には神社が残されますが、今後『超常の顕現』は成されません。日本の神々は全て、芦屋さんに勾玉を預けたままにするとの総意になりました。神継は、全員依代から外れます」


『日本は蘆屋道満の作った中務によって超常を現世に顕されましたが、中務によってそれを失うことになりました。

 神々は後世も変わらず加護はしてくださるそうですが、大っぴらに力を顕す事はできません。昔の日本に戻るだけの事ですから……何が起きても、それを望んだ人間の自業自得です』

 

「国防に関してはどうにもなりませんが、自衛隊の陰陽師たちは秘匿された存在として存在するそうです。現世に残る者たちとの連携……よろしく頼みますよ」

『万事、抜かりなく承ります』




 左近の顔は陰鬱だ。単純に芦屋を失う悲しみもあるだろうが、国益に繋がる損失がでかいのもある。国防に関わる全てはア芦屋の存在が前提だったから。勾玉を差し出した超常達は誰も返せとは言わなかった。日本は不思議な力の恩恵を、表立って受ける事がなくなる。

 

 政治界の影のフィクサーでもそれを止められなかったのか、もしくはわざと止めなかったのか。

 

 不文律に触れそうな物は全て取っ払うか、隠すって方向になったんだな。

大いなるものの修正力〟ってのがどこまで早く浸透するかはわからんが……芦屋が居なくなった事を伝えれば、人間たちの不満や不安は払拭されるって判断か。


 頭を下げたままの左近が炎の揺らぎに消えていく。影で動いていた人の中で悔しい思いをしているのは、この人だけかもしれん。


 

 


「この話を前提に、芦屋さんが勾玉を持たない神々が居ますね?そう、僕たち杉風事務所のメンバーが依代を務める神々です」

 

「俺はまだ貰ってねぇけどな」

「預けてるでしょ?そのうち返してもらうから。僕の永遠の想い人は直人じゃないし」

「このやろ、まだそんなこと言ってやがる」

 

 俺の横に座った月読とコソコソやり合ってると、伏見に笑われた。あっ……やべ、清音がいる事を忘れてた。


 反対隣の本人は難しい顔をしてメモをガリガリとってるからそれどころじゃなさそうだ。記憶は限界まで戻ってるから、聞いてても問題は無さそうだけどな。


 

「勾玉を飲んだのは星野、アリス、鈴村……それから鬼一です。僕は芦屋さんに渡しました」

「ほー……俺のは、渡せねぇな」

 

「勾玉を飲んだ者はそれぞれ自身の勾玉の行き先が決まっています。星野は元奥様の生まれ変わり、鈴村は飛鳥殿と交わしていますし。鬼一は芦屋さんにヒノカグツチ、イケハヤワケノミコトの勾玉を託されました。……アリスはマガツヒノカミと交わすんです?」


 アリスは最近ちっとも口を開かねぇな。俯いたまま、首を振っている。マガツヒノカミは横でしょんぼりしてるが……ううむ。




「まぁ、その辺りはご本人にお任せします。詳しいお話は芦屋さんとされてください。

 あなた達は超常を持てる最後の者となります。重々力の扱いに気をつけてください」

「今後も勾玉を持つ方たちは、現世に残すと言う事ですよね?」



 清音がメモ用紙から目線を上げた。伏見に向ける視線は、やや鋭さを含んでいる。

 そうだよな……清音の役割についてはまだ言及してねぇし。俺たちが常世に行くかどうかも不明のままだ。何もわからんのはイラっとするんだよ。



「常世に行く者についてはすでに決定しています。芦屋さんが視ていらした、未来の枝葉を確定的する一因子となるので覆せません。

 それぞれ皆さんと個別にお話ししていく形になりますから、今は」

 

「わかりました。……芦屋さんの現状は、聞かせていただけるのですか?」


「清音さんが知りたいのは、芦屋さんの今後も含めてですか?」

「はい」




 伏見は書類の束を机において、椅子に座り直す。冷め切った茶を啜り、ほのかに微笑んだ。


「全てをここでお話しする事はできませんが……姫巫女殿の役割と共にお話ししましょうか。

 現状芦屋さんが負っているものは、この先の一生で全て背負っていくものになります。魂に生じた負荷なのです。

 ヒトガミ様はこの星のために声と、目と足を捧げました。その身に万能の力を宿したのも同じ理由で……手放すのは国護結界のみですね」

 

「目も足も、治らないんですか」

 

「はい。これは時の管理者によって課された罰です。クロノス、カイロスは時を操る力を持ち、ギリシャ神話の神々が現役の頃にだいぶヤンチャしたんですよ。  

 彼らと同じように、いえ……それよりももっと……芦屋さんは視るだけでなく渦中に身を置いて実験を繰り返したそうですから。それで視力を失いました。足も同じ原理です」


  

「そうですか。………役小角さん。あなた達はなんなんですか?結局芦屋さんをいいように使おうとしていませんか。

 彼女が望んだ事だとして、常世が桃源郷でないのなら、芦屋さんを消費されないとも限らない。

 ――何様のつもりなんですか?」


「何様とは?現世でも同じだろ。常世では怪我はしないし争いもない。こちらよりはマシだ」

 

「は?貴方が起こした一連の事件がなければヒトガミ様は大きな怪我もなく、何も失わずに済みましたけど?

 争いがなくても同じようないざこざがあるんでしょう。便利道具として使いたいだけじゃないんですか?ボロ雑巾のように使い捨てるつもりとか?」

 

「そういう、わけでは」

 

「ないって言い切れるんですか?私の目を見て言ってください」


 


 あれ……清音の顔、マジだ。本気で怒ってる。言葉の語尾に霊力が滲み、久しぶりに顕現した八房が体を使って足を抑えている。

 テーブルの上でキツく握りしめられた手は僅かに震え、頬が赤らんできた。

 

「清音?落ち着けって、その話はまだわからんだろ、芦屋に聞かなきゃ……」

 

「白石さんはなぜ落ち着いてるんですか?歩けない、目が見えないって簡単に言いますがね!!

 芦屋さんは、どんな時でも訪れた場所の景色を愛おしそうに眺めていた。ご本人はいつだって『大切な人のために』って言いますけど、芦屋さん自身がこの国が好きなんです。風を受ける木々が撓み、木漏れ日の光を受けて優しく笑っていた……。だから……だから……」



「……あぁ、言いたいことはわかる。俺も同じ気持ちだ」

 

「そうですよね!?……り、理不尽な立場にいつでも立たされて、そこから自分で幸せを見出しているだけで、苦労するのは結局変わらない。いつまでも、どこでも、芦屋さん自身が苦悩するのが大前提なんですけど。……ふざけるな、って思ってます」

 

「…………」



 

「颯人様と結ばれたからってなんなんです?そんなので全部誤魔化されたりしない。お子さんを作りたいって話はどうなるんですか。どうして誰も抵抗しないんですか?

 私は悔しいです。振り返るなと言われても、芦屋さんが失った全てのものが口惜しく、ずっと忘れられません。私が彼女の立場なら」

 

「もうやめとけ。芦屋は諦めたわけじゃねぇよ。その話は本人としてやれ。使者だってそこはわかってやれねぇだろ。

 これは、芦屋が決めた事だ。お前が抱えているものは、ずっと俺たちが抱えていた不安や不満だ。

 でもな……芦屋にとって、それは本当に大した事じゃなかったんだよ。

――それこそ、ここが好きだったから」


「……っ」

 


 清音の肩を抱き寄せると、胸元に雫がホロリとこぼれる。涙の中には熱がこもっていた。……あぁ……清音は、芦屋の愛をちゃんと引き継いでるんだな。

芦屋の帰れない家を思って、その寂しさに胸を痛めてくれてるんだ。



 

「常世に行くことが良い事だなんて私は思わないです。芦屋さんは、ここに居たかった……誰も知らないとは言わせません。

 どうして、何もかもを理解してしまうんですか?納得してしまうんですか……どうして誰も、芦屋さんの本当の声を聞かないんですか」

 

「聞いてるよ。だからこそ、言えないんだ。芦屋は……そう言う奴だろ」


「私は黙りませんからね!本人が納得していたって『悔しいね』って、一緒に泣きたいんですから。…………一生懸命やって来たのに、自分の全部を使ってみんなを守って来たのに。なんで嫌いになれるの?なんで憎しみを抱けるの……私は、絶対に誰も許さない」

 

「うん……」




 みんなが言いたいだろう事を口にしてしまった清音を抱きしめて、頬を擦り寄せる。目を閉じたままの芦屋がふと笑みを浮かべたような気がした。



「――清音さんの言葉は届いていますよ、きっと。あなたと芦屋さんはつながっています。

 ……最後の話をしてもいいですか?」

「あぁ」


 泣きじゃくる清音の背中を叩きながら、眠り続ける芦屋を見つめる。俺が言いたい事を清音が全部言ってしまったもんだから、落ち着いちまった。

 心の中の海には波紋ひとつもなく、薙いだ鏡面のような水面が広がっていくのを感じている。


 俺は、俺たちはきっと常世に連れて行かれない。芦屋と一緒に居られないんだ。それをわかっているから、清音はこうして泣くんだな。





「では、最後に姫巫女・咲陽さんの事についてです。僕は、役小角に会う前に彼女に言われた通りの状況にならざるを得ません。

 ……咲陽さんは、国護結界の礎として人柱になるために黄泉の国から連れ戻されました」



 静寂の中、咲陽に視線が集まる。正直な事を言えば、最初からわかっていた。木偶に命を宿すなんて生贄以外に目的なんかないんだよ。陰陽師の常識だからな。

 本人は、ずっと笑顔のままだ。何もかもを知っているのに、こいつは出会った時からずっと笑っていた。




「ま、結果的にどうなるかは未知じゃの。真幸が妾を地下に埋めたままになんぞ許さんじゃろ」

「…………う、埋められるんですか!?」

 

「清音、お主は可愛いのう。陰陽師の何もかもを知らぬままそこまで育ったか、まるで真幸の生き写しじゃ。

 じゃからこそ、清音が選ばれた。妾と、其方は一対の存在じゃ。真幸の隠の部分を妾が、陽の部分を其方が請け負うのじゃ。全部抱えていたヒトガミに代わりうる者は今後現れない。真幸が抱えたものはあまりにも大きい、それ故に人柱が、仲間の内臓が必要とされたんじゃ」

 

「…………」


「妾は自分自身を差し出す事になる。前世もそうじゃが、そう言う運命を背負いがちなんじゃろな。

 清音は現世で大事な役割があるからの。現世に生きて、白石と共にその仕事をしてもらう事になるのう」

 

「俺と……?」



 「そうじゃ」と呟いて頷いた咲陽。人柱ってのは、生きたまま埋められるのが定石だ。それを知っていて、なぜ笑っていられるんだ……。

 芦屋が何か解決方法を持っていたとして、それを信じていたっ……て陽だまりのようにあたたかく笑う、彼女の心は計り知れない。




「咲陽さんはそれでいいんですか?生まれ変わりを待っていたのに。人柱は……」

「うむ、生まれ変わりはできぬじゃろうな。地面の下で眠り続ける事になろう。後々真幸が助けてくれるとしても、一度は潜らねばならん」

 

「…………」


「のう、清音。自分の幸せがどこにあるか人それぞれじゃ。

 妾は真幸に出会えなければ何も知らぬまま死んでいたじゃろうし、妾が遺した者は苦労をしたじゃろう。現実として、妾が死んだ後妾の村は何度も崩壊しかけた。

 真幸は、それを救った。妾が命を賭して守ったものを全部後世に残してくれた。妾自身の伝説まで立てて、鬼一が綺麗な本にして残してくれたのじゃ」


 

「そういや……鬼一はその本だけずっと自分で作ってたな。和紙を貼って、ちゃんとした本を毎年たくさん奥多摩に寄贈していた。今は『灯火の郷』として栄えているあの場所へ」

 

「うむ。神格化されておらぬ妾を神のように敬い『咲陽』と言う名を、妾がやった事を残してくれたのじゃよ。

 その恩返しができるなら何でもしよう。真幸の子に生まれ変わったたなら、同じ事になっておったじゃろうしな」


「……ぼ、僕も」

「陽向はダメじゃ。お前には違う役割がある」




 そわそわしていた陽向がようやく口を開くと、咲陽に一刀両断されてしまった。本人はしょげてるが……おそらく、こいつも現世に残されるだろう。夫婦になった元最高神の天照と共に、隠れる神々を統括する奴が必要だ。

 

 咲陽が言った内容は、芦屋からも清音に伝えられるだろうな。俺が一緒に聞けるんならいいが……預言ってのは本当に難しいからな細かい事は伝えられないんだ。覚悟をしておかなきゃならないか。




「事のすべては真幸から聞くことになる。匂わせてしもうたのは勘弁しておくれ。妾も覚悟が決まったのは、鈴村の内臓が取り込まれてからじゃ。

 ……すまぬな、返してやれず」

 

「『ええで』とは言えんけど。このままいけば私らも子供は作れん。それならしゃーなしや。

 神様やし、(うけい)で作れるしなー」

 

「そうね、あなたが望むならそうするわ」

「真幸の子が産まれたら、私も欲しいな♡旦那様♡」

「ええ、そうしましょう♡陽向みたいに可愛い子が生まれるわね、きっと♡」





 あー……陽向は何にも言えなくなっちまったな。鈴村と飛鳥の言葉に苦虫を噛み潰したような顔をしているが、あれを解消してやれるのは芦屋だけだ。


 子供……か。芦屋は多くの謎を残したままだ。常世で何をしようとしてるのか。常世に行くと決めてもまだ、現世を守ると断言している。あっちに行ってもこっちに残るって確証を得ている。

 常世に行くと普通は『意識が奪われて全部の命が統合される』って言われていたが……役小角を見てるとそうでもないのかもしれん。ただ、現世には戻れないはずなんだよな。


 それを解決する鍵が咲陽と、清音ってことか。……マジでどう言う意味なんだかわからん。


 鈴村が陽向を封じたのを見て伏見が苦笑いになった。こめかみを抑え、眉根が寄る。




「はー……僕も流石に疲れました。清音さん、難しい顔をしてても解決はしませんよ。不文律を正そうとしていた常世が『国護結界の維持』を考慮したのは、蘆屋道満と立ち向かった事……さらに遥か昔から存在した事が由来です。

 日本の平和が保たれなかったら、芦屋さんが常世に渡ることはありませんから、逆に都合がいいのでしょう」

 

「芦屋が作ったものを正式に継承できる奴は、いないんだな」 

「白石の言う通りです。ヒトガミ様が作ったのでなければ継承できたかもしれません。ただし、ここまでの効力はなかったでしょう。

 この国に他国から渡る人たちが日本の生活に感化されて、国にとって〝良い人〟になってしまうような事はありませんでしたよ、きっと。……ただ……」


「劣化は起こりうる」

 

「えぇ。咲陽さんを核としても、まだ芦屋さんの支えていた結界には及びません。最低限は保証して差し上げるんですから、人間達にはそれで納得してもらいましょう。

 人神様のやった事を忘れさせはしませんよ。例えこの国が焦土に成り果てたとしても、守って下さった真実だけは遺します。他のことは知りません」




 伏見の眼差しは真っ直ぐに芦屋に向けられている。目隠しをしたままの俺たちの女神は、ずうっと昔から手の届かないところで戦っていた。

 こうして仲間内でもあらためてその現実を思い知ったのは、居なくなっちまうって決まってからだなんて。


 

「ワシらは、どうなるのじゃろうな」

「そうだよなぁ……颯人もなんも教えてくれねーし。勾玉も返されて、俺たちは振られた気分だぜ」

 

「すん、すん……」

「じーさん、泣くなよ……」



 魚彦と暉人が小さい声で呟き、ククノチが泣いている。芦屋と眷属の契りを交わしたはずの奴らはみんな気落ちしてるようだ。

 月読一人がニヤリと嗤い、頬杖をついた。

 

「僕の気持ちがようやくわかっていただけましたか、魚彦殿?」

「チッ……お主は復讐でもしたつもりか」

 

「そう取ってもらってもいいけどー?僕の心をうまーく操作して、生き殺しにしてくれたのは魚彦殿だろ」

 

「わかっておったのか」

「えぇ、もちろん。僕だってそこまでバカでも純情でもないよ」

 


 

 ううむ……月読は芦屋に一服持って攫おうとしてたからなぁ。遠ざけても同じ事になっただろうし、俺は魚彦の判断を支持するぜ。

 そばにおいて、身動きが取れねぇようにするのが得策だ。月読の恋はどんなに捻じ曲がっても行き先は変わらない。天照みたいに新しい恋路を拓くこともしない。

 しつこいヤンデレだからな。


「予約、取り消すか」

「ちょ、直人!?それはそれ、これはこれでしょ!?」

「予約ってなんですか?」


「「……」」

「またそうやって口を噤むんですね。いいですよ、後でこってり絞り上げます」


 怖い……清音に睨まれて、俺たちは口を閉じる。清音と俺の子を月読が予約してるとか言えねぇし、まだそうなるかなんてわからんし。いや、俺が清音とくっつくのは諦めないが。


 


「あー、あのー、雰囲気がおかしいのでぶった斬りますけど。結局眷属の皆さんは繋がりが切れてるんですか?」

 

「アリス、ナイス切り込みじゃ。いや……我らの勾玉は長き年を経て真幸の体に吸収されている。元の大きさの半分ほどは失われた」


「赤黒さんと、件さんのように?首のあざと耳たぶの印がそうなんですよね?もう二度と、姿を表せないって……」

 

「あぁ、そうじゃの。依代の方が力が強ければそうなるのじゃ。心身が溶け合い、一つになれる。……ええのう、ワシもそうしておけばよかった」

「本当にな、結局依代がいない時代になるなら大っぴらには出歩けねぇし。コソコソするくらいなら真幸と一緒になりたかったぜ」



「すまぬな……我が真幸と(ちぎ)ってしまったが故だ。この体の中には、もう誰も入れぬ。我だけが許されている」





 颯人さん……ギリギリの発言だぞ、それ。ま、まぁそうだろうな?三百余年恋心を持て余してたんだから大爆発しただろう。それは、俺もすごくわかる。

 芦屋も颯人さんといちゃつくのを拒否したりしてねーし、自然にくっついてるし。歩けなくなったとしても羽がありゃ自立可能だろうにずっと抱かれたままだ。


 幸せそうに……している。





「我らは全てを分かち合った。時を渡るうちに全知全能に近くはなっただろう。

 眷属達を再び中に入れるには容量が足りぬし、これ以上増えぬのだ。我が全てを満たしてしまった」

 

「ハァーー……勾玉を渡すくらいは、許してくれるじゃろうか」

「あぁ、それは断らぬだろう。そなた達ならば身につける何かにしてやっても良い」

「……わかった」



「はい!じゃあ、とりあえずはここまでとしましょう。今日の夜までに一通り手続きを済ませなければなりませんので。お供には僕がいきます。警護に……白石、清音さんを指名しましょう」

「えっ……それは構わんが、こいつらどーすんだ?」


「中華の方達は役小角の術による中毒症状があります。魚彦殿に治療をお願いします。浄真殿が手伝ってくれますから」

 

「心得た」

「はいはい。魚彦殿、ご指導のほどお願いいたします」

「あぁ、そうしよう」


「私らとアリスはちょっと用事があるんやけど、席外してもええ?」

「……え?用事?」

 

「そうなのよ!アリス!ちょっとだけだからいい?」

「嫌だと言っても連れていくでしょう。わかりました」



 

「なんだか不穏ですが突っ込みませんよ、面倒なので。自宅の警護は全面的に芦屋さんの眷属にお任せしましょう。イナンナ殿もいますしね。

 とりあえずお昼にしましょうか。たまには僕が……」

「っとぉー!?わ、私がご飯当番ですから!!ええ、伏見さんは座っててください!!」


「星野は律儀ですね?当番ももうすぐなくなりますが、まぁいいでしょう。手伝いますよ」

「い、いやぁ、ええと……」

 

「伏見さんのご飯美味しくないから嫌です。私が手伝います」

「ああああ!アリスさん!?毒舌絶好調ですね??」


「くっ……容赦がありませんね……僕だって自覚してるのに。味覚が変わってるってわかってますよ」

「へー、自覚あったんですか。容赦なんかしませんよ。一人で常世行きをキメた伏見さんには私の気持ちなんて何にもわからないんですからね!ふんっ!

 さぁ星野さん!いなり寿司を作りましょう!山ほど!!」

 

「え、えぇ……ハイ」

「酷い……」

 

「いや、伏見さんはそのニコニコ顔どうにかしてください。私にも響いてますからね。ふんっ」

「うっ……星野まで態度がキツい……」



  

 星野と二人でキッチンに消えていったアリスは泣きそうな顔をしている。あれは……どうなんだ。伏見がいなくなることも悲しいんじゃねぇか?んで、本人はついて行きてぇんだよな??

 だが、常世は妖怪が行けるんだっけか??


「ちっと調べ物してきていいか、伏見。自宅から持ってくるだけだからすぐだ」

「昼食までは自由時間にしましょう。どうぞ」

 

「私もいいですか?白石さんのお家にある資料を拝見したいので」




 心臓が飛び跳ねる事言われたぞ。こいつ、マジで記憶が戻ってる。


「な、なんの資料だ?」

九歌(きゅうか)についての資料です」

「中国の楚辞(そじ)の事だよな?確かに揃ってるが」

「はい。屈原(くつげん)著作の、神と人との恋を祭祀として描いた物語の事です」

「あれか……わかった。んじゃ行ってくるぜ」


「はい、あぁ転移術を使っても構いませんよ。お別れになるでしょうから弟君もお連れください」

「おう」



 

 まんじりともせず、羽織を肩にかけて立ち上がる。清音はしかめ面のまま後をついてきて、俺の袖を握った。


「……手、繋ぐか?」

「はい」

 

「えっ、あ、うん」

「自分で言って動揺しないでもらえますか?『直人さん』」

 

「ゔっ」


「私たちもまだ、ちゃんとお話ししてませんから多くは聞きません。芦屋さんとお話しするまでは頭の中から追いやってます。……ごめんなさい」

「お前が謝ることじゃねぇだろ。俺こそごめんな、不安にさせて」



 振り返って清音の顔を覗き込むと、少しだけ笑顔が浮かんだ。飛び跳ねる心臓を抑え、俺は自宅への転移術をかけた。

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