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【もうすぐ完結】裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
新たな旅路

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81 言問ひ


白石side



「じゃぁ説明会を始めますよ!お茶をもらってない方はいますかー?足を崩して楽にされてくださいね、話は長くなりますから」

「伏見さんが、芦屋さん以外に気遣いをしている……」

「星野さん、あれはあかん。天変地異の前触れや」

 

「失礼な。お菓子は説明会終わった後お配りしますからね、質問は説明の後にお願いいたします♪」

「ほんま何なん……機嫌が良すぎて怖いんやが」

「ゾクッとしますね」



 現時刻 8:30。俺たちは高天原の葦原復活作業を終えて、芦屋の自宅に呼び戻された。だが……明らかにおかしい。

家があったはずの場所は焦土になり、木の焼けた匂いに包まれているんだが。これはどう言うことだ?海もないし、見渡す限りの広い大地が広がっている。

 


 

「あ……この風景、これって春日山原始林ではありませんか?」

「清音もそう思うか?あの寄り集まった木が目印だ、間違いねぇよ。

 家を大勢に見せないよう幻覚を使ったか、もしくは原始林と土地を共鳴させたか……それは別として、伏見のご機嫌具合は確かに怖い」


「異様にニコニコしてますもんね。芦屋さんが戻られたから、だけではなさそうです」

「あんだけ怪我しててゴキゲンとか明らかにおかしい。しかも、あいつ手足が作り物になってるよな。常世の使者とやり合ってああなったのか」

 

「そのようですよ、先ほどそう仰ってましたし。相当激しい戦いをされたんですね……」




 ご機嫌な伏見はどこから調達したのか、義手と義足を両手両足にはめている。怪我をしてるのは姫巫女の咲陽も同じだがあいつは軽症だ。

 そして、姫巫女の横で魂捕縛の赤縄に巻かれてる白塗りのおっさんは誰なんだ?紅まで塗ってて、泣いてるから化粧が溶けてる……正直気持ち悪いんだが。腕にも足にも禍々しい呪術の紋様があるし、おまけに気絶した浄真まで転がってる。

 

 清音の言う通り、伏見はかなりの怪我だったんだろう。既に治癒済みだが手足がなくなっちまうほど激しい戦いをやったなんて急に言われても……受け止めきれん。

 簀巻きの化粧おっさんは怪我したままだ。とすると、犯人が簀巻き野郎で『常世の使者』と言うことになるよな?





「はい!ではご注目!こちらは『役小角(えんのおづの)』さんです!常世の使者で、今まで散々暴れ回ってくれた犯人ですよ!下手人の顔をよく覚えておいて下さい!」

「…………下手人扱いか、使者なのに」

「あなたがやった事は犯罪ですから、間違いありません」

「ケッ」

 

 

「こ、こいつが犯人ですと!?」

 

「人神様……は、ご無事なのですよね?あの、あまりにもお姿が変わられていて……」



 

 みんな目を白黒させてるぞ。日本の神様達で偉そうな奴らばかりが集まり、諸外国の神も来てるようだ。全員が芦屋と颯人さんの変わり果てた姿に驚いている。

 俺も、清音も初めて見た時は驚いた。芦屋は微笑みをたたえていて、穏やかなままだが颯人さんに抱えられっぱなしだ。恐らく、足を痛めているんだ。


 それに……黒いハチマキみたいな布を巻いて、目隠ししている。二人とも頬が白く、生気がない。

 芦屋は目隠しがレースで上下黒色の巫女服、颯人さんは元々最初から持っていた着物姿だ。織り目からして同じものだとわかるが、装飾を全部とっぱらってる。


 芦屋も、颯人さんも髪を短く切りそろえて……長い目隠しの布が風に揺れてる。全身が黒色に包まれていて、まるで葬式のような服装なんだ。

 傍に控えたイナンナも、ギリシャ神話の時の神クロノス、カイロスも全く同じ様相だから異様な雰囲気だぜ。 




 

「人神様は預言の声の制約があるためあまり喋れません。時を渡り、この星の未来をご覧になられたため代償として視力を失いました。更に、ご自身ではもう歩けません」

 

「なっ……」

「白石さん、お静かに。伏見さんのお話を最後まで聞きましょう」



 チラリと伏見から飛んできた視線を受け、目線を逸らす。


 ……視力を失っただと?未来を見てきただと?



 

 伏見の解説が続くが、俺の耳はその声を拾わなくなる。煩わしい耳鳴りと自分の鼓動だけが響く中、芦屋と目が合った……ような気がする。目隠ししてるからわからん。こんな事今まで一度もなかったのに。

 リンゴみたいに真っ赤だった唇は薄桃色になり、存在感の儚さが増してしまっている。


 駆け寄って、手を握って、生きているのか確かめたくなるほどに。


 


 俺の顔を見て芦屋は微笑み『大丈夫だよ』と唇の動きで伝えてくる。

颯人さんに頬を撫でられて見つめ合い、二人は自然に鼻をすり寄せた。


「は、はわわ……可愛い……」

「なるほど、ようやくくっついたんだな。そんで、二人でクロノスとカイロスを仲介して未来を見てきた。その結果見出した最善の策を講じようってわけか」


 芦屋は頷き、颯人さんの胸元に寄り添って寝息を立て出した。起きてられないほど消耗しちまったんだとわかって、心臓が縮こまったような心地になる。


 芦屋の目はもう取り戻せないのか……未来を散々見て来て、その上で時の神に頼んでまでこの時代に戻ったなら回復する術はないだろう。

 隣に立つ月読の顔をみれば、それは明らかだった。正直、俺自身もかなりのショックを受けてる。



 

「真幸くんの可愛い目がもう見えないなんて、信じたくない。足まで動かないなんて受け入れられない」

「…………」

 

「僕がもっと時間操作の術が自由に使えていたら。僕が、もっと」

「やめろ、月読。その言葉は俺にとっても凶器だ。過ぎたことを言っても何にもならねぇだろ。

 俺たちは結局、鬼一すら守れなかった。それが現実だ」

 

「そう、だね」

 

 月読は肩を落とし、原始林に残された木の壁の内側に入っていく。

さわさわと木の葉が擦れる音がアイツの泣き声を隠してくれているようだ。

 

 俺は、世界の音が戻ってきても耳鳴りが治らない。血の巡りが良すぎて頭の中に嵐のような音が絶えず聞こえている。




「あの木は結局芦屋を守ったんだな。片方の手足を失ったはずが、生えてるし」

「そうなりますね、しかも木立の中は聖域になっているようです。アチャ達はあそこから出てきません」

 

「龍は本来聖域に居る存在だからな。龍涎香(りゅうえんこう)で誘い出し、術を使って……陰陽師の始祖である『役小角』に痛めつけられてたんだ」

 

「お仕置きしてやろうと思ってましたが、もう済んでいるようですね」

「芦屋が動くたびに怯えて泣いてるところを見ると、ボコボコにやられたんだろう……ん?」




 寝転がっていた浄真が目を覚まし、慌てた様子で辺りを見渡している。颯人さんに手招きされて、泣きながら芦屋の顔を覗き込んだ。ボロボロの姿で抱きついて、アイツも大泣きしてらぁ……。

しかも瘴気が出てるじゃねぇか、荒神にでもなったか?伏見とやり合ったのならあの怪我も納得だが。


 どちらにしても、俺は……俺たちは蚊帳の外だ。何もできなかった現実に打ちのめされそうだが、残念ながらその資格すらない。




「と言うことで、これからここにいる皆さんは各々ヒトガミ様と共に常世に行くか否かを選んでいただきます。

 締め切りは二日後の日昇時間まで。その日は二十四節気(にじゅうしせっき)の『啓蟄(けいちつ)の日』です」


「…………」

「白石、ステイ」

「わーってるよ!!!」 


 

 クソッ、伏見のやつ……。


 啓蟄の日というのは、寒さが弱まり虫達が動き出す日。つまり、春の訪れと四季の始まりを示す。

 人間はぼんやりしたり、季節の変わり目で体調を崩す人も多くなる日だが……確かに新しい旅立ちには良いだろう。

 

 しかし、こんなにたくさんの神を連れてくって……どうやって?

そして、連れていってしまったらどうなっちまうんだ。芦屋がいなくなったら、国護結界は維持できるのか?



 

 全ての疑問を飲み込み、口を噤むしかない。目の色を変えて説明を聞く神々、ピンと張りつめた空気をよそに……どこからか黒蝶が飛んで来た。

ヒラヒラ舞いながらそいつは芦屋の鼻先に溜まり、(はね)をはためかせている。


 それに気づいた芦屋が目覚め、小さな笑い声を上げて……なるほど、視力が失われても〝視えてる〟ってわけか。説明を聞いていた奴らも優しい眼差しでその様子を見つめている。


 イナンナが芦屋の頬を突き、顔が緩む。アイツも何だか印象が変わったな……戦場で見せていた怒りは微塵も見えない。


 



「さてさて颯人っち、座標固定完了したよ。原始林と完全同期してるからここで術をかければ万事オッケー⭐︎」

 

「ご苦労だった。さて、我らも始めるとするか」

「うん。イナンナ、ありがとう」

「応よ!」


  

「では……白石、清音と杉風の人員は供をせよ。残りの神々はしっかり説明を聞くように。伏見、無理をするでないぞ」


「はいっ!!はぁ、はぁ……それで、皆さんは八百万の神々から選抜された戦士です。常世は桃源郷にあらず。覚悟を持って……ゲホッ」

「伏見、そろそろ脳内麻薬(アドレナリン)が切れるっしょ?替わったげる」

 

「イヤです、僕の役目ですから!イナンナ殿には渡しません!ゲホッ、ゲホッ!」

「その気持ち、わからんくもないけどー……あぁもう!取り敢えず座んな。見てられないっつーの」



 

 アドレナリン作用だけで動いているだろう伏見はゼェゼェ言い出してるが、大丈夫なのかあれは。苦笑いになったイナンナと神々に見送られ、俺たちは焦土の中に唯一残された聖域へと足を踏み入れる。

木の壁の間を潜り、地面に爪先が触れた瞬間柔らかい草の感触が伝わってきた。

 


「靴、脱ぐか。なんか……踏みつけるのがイヤだな」

「そうしましょう。こんなに綺麗なんですもの」




 聖域に入った全員が裸足になって足を下ろし、瑞々しい草木の香りに包まれて歩く。焦土に囲まれたここは爆心地だろうに……命がある。

 燦々と降り注ぐ太陽の光、暖かい空気、地面に茂った草の中には花も咲いている。

木の肌にはびっしりと苔が生い茂り、潤って雫をこぼしていた。


 すげー……綺麗だ……。聖域の名に相応しく、澄んだ空気に満ちていて何もかもが美しい。言葉にならないほどに全てが澄み切っている。




「あ。そこにしよう」

「おぉ、ここにもクサノオウか。其方にはこの花がついて回るな」

 

「うん。隠し神が俺のこと守ってくれてるような気がする。今更だけど」

「きっと、そうだろう。あの子の魂は花達に受け継がれたのだ」




 芦屋と颯人さんが聖域の中心に一輪咲いたクサノオウを見つけ、そこに腰を下ろした。俺たちは花を取り囲んで同じように座る。清音の眷属になった龍神達も集まった。


 鈴村も星野も、ずっと黙ったままのアリスも、浄真が芦屋にくっついてるのを気にしてるな。瘴気は無くなったし、問題はなさそうだが。


 

「浄真……そろそろ離れろって」

「ぐずっ、ひっく。うるさいですよ、白石」

「これから何かするんだろ。お前さんも常世に行くなら少しくらいいいじゃねぇか、芦屋の邪魔すんな」


「いいよ、大丈夫。真さんはまだ怪我があるんだから、横になっててね」

「はい……はい」




 小さな声で返事を返した浄真の頭を膝に乗せ、芦屋が頭を撫でてやると寝息が聞こえてくる。幸せそうな面しやがって。


「じゃあ……これから春日山原始林の復活と颯人の炎で亡くなってしまった命を蘇らせる」

「……マジかよ」

 

「マジだよ、白石。俺だけの力だとちょっと心許ない。杉風事務所のみんなと、それから……俺の眷属だった神様達にもお手伝いをお願いしたい。この国のお偉いさん達にバレないようにやりたいんだ。結界で隠してくれ」



 その言葉に、魚彦が眉を顰めた。確かに、『眷属()()()』ってのは引っかかる言い回しだな。



 

「どういう意味じゃ」

「魚彦、伏見さんが言った日までには時間があるだろ?これからちゃんと、一柱ずつお話しするよ。だから、まずはここを元通りにしよう」

 

「……わかった」


「魚彦とは別の話で、ちっといいか。芦屋……現世の現状をどこまで把握してる?」

「全部わかってるよ」

「全部、って」


「俺と颯人が指名手配されていること、神々や神社、超常達が迫害を受けていること。真神陰陽寮のみんなは庁舎に軟禁されている事、それから日本の人達から……俺達が嫌われてしまっているだろう事もわかってる」

 

「…………」

 

「元に戻したからって、許されるとは思っていない。俺が関わったものは全て整理して行くよ。

 現代の日本が思うままに……でも、あいにく自分を差し出す気はないから」



 


 目隠しの中に隠された瞳がきらりと輝いて、全身が震えた。


――芦屋は初めて〝自分を犠牲にしない〟って言った。

颯人さんがそうしてくれたのか?涙が出そうになるのを堪えて、震える口を開く。


  

「お前……変わったな。見た目も、中身も」


「ふふ、そうだろ?俺は颯人を手に入れてしまったから前よりも欲張りなんだ。嫌われちゃったのは悲しいけど仕方ない。

 でも、それなら違う方法でこの国を守るよ。大切な人や神様を全員連れて行くわけじゃない。俺が大切だと思う命のために、常世に行っても現世に残り続けるから」


「…………」




 『そんな事、一体どうやって?』と口を開きそうになるが、噛み締めてその言葉を飲み下す。

 未来を見てきたってのは、どこまでだ?いくつかの可能性を辿っただけじゃないだろ。

 

 時の流れにガッツリ干渉して、足まで動かなくなっちまったんだ。チラッと見えた足首には(まじな)いの紋が見える。

あれは、明確な不文律を侵した……ルール違反をしちまった罰だ。時の干渉にはデカい代償を払わなきゃならない。

 月読が時間操作術を好き勝手出来ねぇのは、これを受けると二度と解除できないからだった。


  


「なーぁ、その格好はどういう事なんよ。颯人様も目が見えないのに歩いてるんは、気配でわかるんか?何で目隠ししてはるん?」

 

「えーと、見た目が怖いのは百も承知なんだけどさ。目は見えてるから心配しないで。妃菜と飛鳥の真実の眼と同じような感じかな」

 

「我らが見えているのは一定の色と線のみだ。黒と、白と、赤の世界だな。そなた達の顔色まではわからぬ。目を隠すのは……少々障りがある故だ」


 


 重い沈黙が辺りを包み、みんなが暗い顔をしている。二人は目隠しを取り、瞳を晒した。

 

 目の中に……二人は七色を灯している。陽の光や木漏れ日の影に色を変え、その色を鮮やかに映し出す。

色を失ったのに、全部を持ってんのか。


 

「ちょっと気持ち悪いだろ?目がピカピカするんだよ。暗闇でも光るんだ」

 

「気持ち悪くなんかねぇ。綺麗だ」

「私もそう思います。あの……聖域の中でも、色は見えませんか?」


 清音の問いかけに二人は頷き、ついに暉人が泣き出した。大粒の涙をこぼして袂を握りしめている。

 

「俺たちが差し出すものは、これで全部だよ。もう何も犠牲にしたりしない。暉人、泣かないで」 

「本当にそうなのか?真幸は、人身御供になるんじゃねぇよな?」

 

「うん。その話も後でちゃんとするから。やるべきことを全部やってしまおう。残りの時間を有効活用しないと」



 

 芦屋を抱えた颯人さんはクサノオウの花を摘んで差し出す。黄色い小さな花を両手で包み込むと、さっきの蝶が指先に止まった。


「今日は羽を出さないよ?」

「仲間に見せてやらぬのか?」

「えぇ……やだよ、恥ずかしいもん」 

()いな」


「何が始まったんだ」

「イチャイチャです」

「はぁ……とても良いです。私はようやくこれが見られるんですね」

「星野さんやないけどホンマにな」

「推しカップルのいちゃつきを見られるのは良いけど、羽って何?真幸は羽を生やしたの?」


 


 飛鳥の問いに苦笑いを返した芦屋は顎先を摘んで、小首をかしげた。いや、うん、颯人さんじゃないけど何なんだその可愛さ。やべーな。


「白石さん」

「えっ……怖っ。お前、何だよそんな顔して」

「いえ別に、何だかよくない気配がしたもので」

「な、何なんだよくない気配って」


「浮気は良くないやんな」

「ホントよねー」

「白石さん、私は……浮気絶許ですよ」


「星野まで何なんだよ!浮気じゃねぇ!ていうか、まだ清音とは何の話もしてねぇからな!」




 ふーん、と全員からジト目を受ける。仕方ねぇだろ、芦屋の顔が好きなんだ俺は。清音もそっくりなんだからいいじゃねぇか。

 

「清音さんと白石も話し合う時間が必要みたいだから、羽使ってサクッと済ませよっか」

「そうしよう」



 眠ったままの浄真を魚彦が引き受け、颯人さんが立ち上がる。

蝶が黄金の鱗粉を振り撒きながら飛び回り二人の背中に回った瞬間、大きな布を広げたような『バサリ』と言う音がする。

 

 芦屋の背中に……颯人さんが荒神堕ちした時の炎が生えた。それはゆらめく火だったが、徐々に大きな翼を形取る。

 

 赤黒い翼かよ!堕天使かっての。

しかし、でかいな。背の高い颯人さんに抱えられてるのに、閉じた羽は足元に触れている。……と言うかあの色は。



 

「白石!厨二っぽいとか言わないで!」

「まだ誰も何も言ってねぇよ」

 

「我の天使(あまつか)いは美しいだろう?体に刻まれた我の炎がこのように現れるのだ。簪の代わりだな……これで力が解放される」

 

「うっし!お披露目も済んだところだし、ここを元に戻そう。颯人」

「応」


 


 赤い翼が大きく広がり、芦屋が瞬く。羽が風を生み、あたり一面に七色の光の粒が降り注ぐ。

 

 寄り添った二人がそっと手を合わせると、柏手を打ったた時のような潔めの効果が顕現した。

 清浄な気配の広がりと共に光の粒が収束し、木の枝が作り出した網目状の屋根を一気に突き抜けて行く。


 天空の一点を刺した光が炸裂して、次々に空から光が降り注ぐ。

すると、聖域の外からポコポコと音がし始めた。木の壁に駆け寄って聖域の外を眺めると、焦土一面が植物の芽で埋め尽くされていた。


 仲間達が一斉に柏手を叩き、原始林を覆うように結界を張り巡らせる。……こんなもんか。

 


 

「はぁー。アレ、やらないとだよね?」

「うむ」

「…………はぁ……しかたない。颯人、手加減してね……」

「応」


 何だ……?羽をしまった芦屋がしかめ面をしている。対して颯人さんはやけにニコニコしてるぞ。


 

「――もの思へば 沢のほたるも わが身より あくがれいづる 玉かとぞみる」

 

「は?」

「ちょ、直人!静かにして!!」

「お、おう。月読は急に元気になったな……」



 

 いきなり何かが始まったんだが、こりゃ和歌じゃないのか。どこかで見たことがある……何かの資料で……。


「真幸くんが真っ赤になってる、可愛い」

「あれは何なんだ?何が始まったんだよ」

 

「直人も本を持ってたでしょ?神祇歌(じんぎか)だよ。神様に向けて作られた和歌だ」

「……それにしちゃ随分恋愛系だな。『恋に悩む自分の心が蛍になって飛び回ってますわー』って感じじゃねぇか」

 

「超訳やめて。まぁそうだけど。これは多分、二人はもう妻問いの和歌を交わしているんだ。自分たちの力を引き出すためにやってるんだよ」


 

「はあぁ??……何だそれ、ロマンチストか?あっ!そうだ、これは伊勢神宮に納められた神歌(しんか)だろ。梁塵秘抄(りょうじんひしょう)に記された、和泉式部(いずみしきぶ)の歌だ」

「うん。もう祝詞は使えないんだよ。あれは、神に願う言葉だろ?願いを伝える対象が、お互いしかいないからあの儀式が必要なんだ」


「………………なる、ほど」




 真っ赤になった芦屋をひとしきり眺めた颯人さんは「おく山にたぎりて落つる滝つ瀬の 玉散るばかりものな思ひそ」とつぶやいた。滝の水みたいに、恋で魂を散らしてんじゃねーぞって意味だが……。


(かぐわ)しき 花は我が為 (まぶい)散らすは許さずと」


 

「――!?うおっ!?な、何だ!?」

 

 返歌に追い打ちがかけられた瞬間、真っ赤になった芦屋から四方八方にレーザー光線が走る。当たっても何ともないが、あちこちに飛んでった光が着地した地点に『ドカーン!』と音を立てて巨木が立つ。

 す、すげーな?神力爆発か?ここまで来ると驚きより笑いが出てくるな。

 


 

 

「始まりが恋歌とは、とても良い()りだ」

 

「うぅ……颯人、本当に恥ずかしいから手加減して!」

 

「歌をきっかけとして、其方への想いをこうして口にすれば神力が溢れるのだ。我が手加減できると思うか?早う次を謳ってくれ」

「うーーー……」


  

「まだ、やるのか」

「春日山原始林が復活するまで続けるんじゃない?さっきので六分の一くらいは復活したよ」

 

「絶句」

「久しぶりに聞いたな、それ」


 


「っはー……ちはやぶる 加茂の(やしろ)の姫小松、萬代(ばんだい)までに色は変わらじ 」

永久(とこしえ)にうつろわぬ色  そは掌中に……我が姫小松」


「ちょっと!おかしいでしょ、これは神社に捧げた歌だぞ!」

「解釈は人による。其方の言いたい事は分かっている。姫小松のように想いの色が変わらぬのなら、我の(たなごころ)に囲っておきたい。誰にも渡さぬ」

「くっ……ぬ……ぐぎぎ……」


 

「何も言えねぇ」

「はぁ……いいなぁ。羨ましいなぁ……はぁ」

 

「月読、ため息やめてくれ。感染るだろ」

「みーんな同じ反応だもん、いいでしょ。清音ちゃんもだよ、頑張ってね」

 

「流石にこれは無理だ」

「僕得意だよ?和歌。教えて欲しいならいつでも扱いてあげるよ」

 

「………………」


 

 

 次々と謳われる神歌と、その返しに一寸も迷わず答え続ける颯人さんのとんでもなく甘い歌が、あたり一面の空気をピンク色に変える。

 

 俺たちは木の壁に頬杖をつき……轟音を立てては復活していく原始林を眺めるしかなくなった。


  


 



 

 



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