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裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
新たな旅路

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79 綱渡り


伏見side


「――現状進展なし、と」

 

「せやな。真神陰陽寮のバックボーンだった政治家達は手のひらを返しとる。伏見家と縁故の左近家だけが味方のままや」

「左近殿は単独で良く抑えてくれて居ます。真子、神継達はどうしていますか」


「誰に何を言われずとも寮で修行してはるわ。『何事が起こるとも信念変わらず』の決意表明書状が私のデスクに山盛りなんよ。

 芦屋さんが作った規律を徹底してたし、ちゃーんと教えたとおりに育っとる。どこの組織よりも一つ心なのは当時から変わらんよ。なんも心配せんでええ」

「……そうですか……」




 現時刻――0:00。芦屋さんと颯人様、そしてイナンナ殿が姿を消してから数日が経過。僕たちは今、さまざまな問題を目の前に掲げられて打つ手もなく……息を顰めて自宅に引きこもっている。


 この状況が懐かしい、と思うのはきっと皆もそうだろう。蚊帳の外にいた星野は別として、蘆屋道満との対峙前にわずかな期間こうして引きこもっていた過去が我々にはあった。



 あの時と違うのは、僕たちは新しく切り開くべき道が見つからない事。そして、芦屋さんがいらっしゃらない事。

仲間の鬼一が……二度と戻らぬ存在になった事。 

 芦屋さんを失ったと勘違いした颯人様は荒神になり、春日山原始林全土を燃やし尽くした。天帝一派、中務一派も含めて。


 少昊殿が生き残っていたため自国の神々が常世の傀儡となっていた事……そして天帝を失ったことを報告しに戻ったが、これは国際問題に発展するだろう。

 いくら自衛のためとはいえ、他国の最頂点の神を日本の神が殺してしまったのだから。



 

 しかも、颯人様が荒神になった瞬間、わずか数分で全てを燃やし尽くした強烈な炎を、大勢の人間が目にしてしまった。我々が守り果せたのは現地の人々だけで、お二人の情報を守れなかったのだ。

 当時の様子はあらゆるネットワークに晒され、悪意の権化になりつつある。人智を超えた力を目の当たりにし、畏怖が拡がった。

 

『こんな力に頼っていてはいけない』

『国の安寧を乱した、蘆屋道満の息子が今度こそ我が国を支配しようとしている』

『危険な神を排除すべきだ』


 ――と……テレビをつければ、今までのうのうと超常に守られてきた人間達が口汚く女神を罵っている。 

 彼の方が命をかけて守ってきた300余年を、穢らわしい言葉で語るなど許したくは無い。だが、数が多すぎる。


 神々を祀った各地の神社が迫害を受け始め、苦情の電話から直接直談判に来る者がいて、しまいには暴力沙汰にまでなってしまった。

 ネットで仕入れたマイナス感情を発しているのは……今まで何もしてこなかった者達だけだ。




 僕は、憎しみと後悔の海に沈んでいる。颯人様のいう通り、彼の方を隠して仕舞えば良かったのだ。

 その美しい(たなどころ)が、麗しいお顔が、清廉潔白な志が、決死の覚悟が……勝手に何も知らない者に騙られている。


 そんな悪意を見ても僕が正気に溜まって居られるのは、芦屋さんに預かった神々の勾玉があるから。

 

 彼女は颯人様、赤黒(あぐろ)、件だけを従えて荒神になった颯人様をあっという間に鎮めて姿を消した。

 どこを探しても行方がわからず、常世に行ってしまったのかと疑ったが……こうして目の前に常世の使者の一人が在るのだから、それだけはないはずだ。




「伏見は死にそうな顔しとるのう。真幸は無事じゃ。魚彦もそう言ったじゃろ?」

「……っ、はあああぁーーーーーっ………………姫巫女殿、何故ここにいらっしゃるんです?常世の使者は?」



 かちゃ、と腕を形作る木材を鳴らして彼女は頬杖をつく。僕から奪った瞳で僕を見て、愉しげに微笑んだ。


「あ奴らは撒いて来た。真幸の決断を待ちたいからのう。妾は敵ではないぞ」

 

「じゃあ僕の目を返してください」

「其方はもうすぐ必要なくなるのじゃ。後でもう片方も貰い受ける」

 

「なんなんですか、まったく!どういう意味なんですか!」




 腹の底から湧き上がる怒りに任せて乱暴に立ち上がると、咲陽さんは頬杖をついたまま……窓の外を眺める。

遠い眼差しの中には、寂しさが宿っているように見えた。


「そのうち伏見は妾に泣いて謝る事になる。いきり立つでない、体力・気力の消費は抑えておくべきじゃよ。今はな」

「……」

 

「真子もじゃ、そう睨むな。妃菜の反応を見たじゃろう?妾が信じられぬのなら彼女を信じよ。

 仲間内で連れて行けるのは伏見(弟)だけじゃから、あのように落ち込むのも仕方あるまいな」

 

「…………連れて、行くだって?」




 咲陽殿の話を耳にして、複雑そうな顔でやって来たのは白石だ。彼はもうずっと……少し前から陰惨な気配を纏って居た。それこそ、荒神にでも落ちそうだ。


「咲陽は全部わかってんのか」

「うむ、確信はないがの。この話はヒトガミから聞くべきじゃから妾は話せぬ」


「しのごの言わずに話せよ。俺はもう限界だ。クソみたいな話ばかり聞いて、我慢ならねぇ。

 元々嫌いだった人間がもっと嫌いになった。この世を滅ぼすってんなら俺がやってやる」

「白石」


「伏見、お前だって同じだろ?!あんな、流されるまま芦屋を悪くいう口なんか存在しなきゃいい。この世の人間全員消してやったら静かになる!!」

 

「落ち着きなさい。あなたは今、怒りに身をまかせすぎです。芦屋さんがいらしたら悲しみますよ」

「……ちく、しょう……!」



 ダイニングテーブルに自分の額を思い切り叩きつけ、パタパタと雫が溢れる音が聞こえる。白石は、僕よりもずっと追い詰められている。

 ソファーに座ったまま瞳を閉じた清音さんは、鈴村と同じく顔色ひとつ変えずに佇んでいた。

 星野は向かいで青い顔をしているが、止めてこない。彼のように穏やかな気性の神でも思うところがあるのでしょうね。




「芦屋は、ただ護りたかっただけだ。颯人さんだってそうだった。

 常世の奴らが来てから全部おかしくなったんだ……」

「そうじゃの。それが目的なのじゃ。この世の不文律の塊であるあの二柱を常世に連れて行かねばならぬ。世論操作もそのためじゃ」


「クソッタレだらけじゃねーか。世迷言に惑わされやがって。芦屋に生かされた命を、俺が全部刈り取ってやる。恩知らずは皆殺しでいい」





 あまりに鋭い言葉に躊躇っていると、清音さんが音もなく立ち上がる。そのまま俯いた白石の腕を引っ張って立たせた。

 

「直人さん」

「…………」

「こっち向いてください」

「直人」

「待て……お前、いつの間に俺の名前を……」



 凛々しく眉を持ち上げ、清音さんは瞳を大きく開き、息を吸う。……イヤな予感がする。



 

「いつまでそうやって拗ねてるんですか?芦屋さんを守れなかったから?」

「……」

 

「颯人様を抑えることもできませんでしたね。鬼一さんも逝ってしまった。

 でも、右腕である伏見さんはいち早く立ち直って颯人様の炎が広がるのを防ぎましたよ。星野さんも、鈴村さんも、アリスさんも、真神陰陽寮の方達もそれを手伝いました」


「……俺だけ、役立たずだったな」

「違います。あなたは懐に私を抱えて居た。私は嵩張るアチャに乗ってましたから。龍神ごと保護するのは大変だったでしょう、颯人様はとてもお強いのですから」

「何が言いたいんだよ。俺は、芦屋の気配がこの世になくなって完全に動転してる。

 散々『常世に行けばいい、こんな世の中に消費されたくない』なんて言っておいて……いざ居なくなったらこのザマだ。お前も頑張った、なんて慰めを聞きたくねぇ」


「あなたこそ、何が言いたいんですか?」

 

「俺なんか必要ない。変化の術でも使って、芦屋の代わりに罰を受けりゃこの悪口はおさまるか?

 耐えられねぇんだよ、一生懸命やってきた奴があんなふうに言われるのが」

 

「この世から退場したいんですか?」

「そうだ」




 清音さんの肩に止まって居たアチャが慌てて羽ばたき、飛んでいく。彼女は力一杯手を振り上げ……あー、あー……グーはやめた方が……ああぁ……。


 小さな拳は思いっきり白石の頰を殴り、彼は姿勢を崩してテーブルの下に転がった。




「グーはあかんよ、清音ちゃん。グーは。後が大変やで」

「妾もそう思う。痛そうじゃのう」

「咲陽さんはややこしくなるから黙っててください」



「…………痛ぇな」

「そうでしょうね?思いっきりやりましたから」

「…………」

「立ちなさい。直人」




 白石の胸ぐらを掴み、彼を立たせた清音さんは冷静な表情のまま。しかし、目の中には燃え盛る炎が見えた。

 それは光り輝く紅い焔で、彼女はまだ……何もかもに希望を持っているかのように思える。


 

「あなたが生きることを諦めるなんて許しません」

「…………」

「どんなに腐って居ても、芦屋さんが認めた左腕が全てを諦めるなんて許しませんから」


「俺、は」

「私はきっとこの先で必要な人間なんです。咲陽さんもそうです。あなたがそうしたのは本能かもしれませんが、私を守ることで芦屋さんを守ったんですよ。私が死んだらきっと計画はおじゃんですから。ね、咲陽さん」


「あぁ、そうじゃ」




 姫巫女殿は視線を清音さんに向けて、長い髪を背中に放る。そして、芦屋さんにそっくりな柔らかい声で笑った。


「ふふ、流石に血を引く者は違うのう。妾が欠けても、清音が欠けてもこの先は拓けぬ」

 

「私はなんとなくそう思ってるだけです。あなたみたいに全部がわかってません。……あっ、直人さん鼻血が」

「…………痛ぇと思った。口の中も血だらけだ」

「ひゃっ!?真っ赤!!」



 慌てた清音さんはテーブルの上にあるティッシュを白石の鼻に突っ込んだ。余計に痛がってますけど……大丈夫なのか。乱暴というより慌ててるんでしょうね。振りかぶって思いっきり殴った張本人なんですけど。



 

「ごめんなさい……ちょっと力が強かったですね」

「ちょっと????」

 

「ええと、ええと……あなたが正気になればいいなって。荒神に落ちかけてましたよ?」

「そりゃお気遣いどうも。確かに目は覚めたが、芦屋みたいに優しくしてくれりゃいいのに」

 

「そ、そそそう言うのはあ、後であの……ごめんなさい」

「………………え?」




 真っ赤になった彼女を眺め、白石が初めて僕に目線を合わせてくる。

『こいつ、記憶が戻ってんじゃね?』と言う問いは無視します。勝手にやってください。


「さて、僕では魚彦殿達を顕現するのは不可能です。保持しているだけで精一杯ですからね。白石の錯乱ぶりで目が覚めました。

 一旦世間のことは忘れます。咲陽さん」

「うん?」


「あなたは芦屋さんがどこにいるか知ってますか?」

「否じゃ。颯人が作った箱庭にいることは定かじゃな。あそこはこの世とあの世の境目であり、常世に最も近いし癒しの泉があると聞いた。

 防人がおってのう。シャーマン一族の中でもヒトガミと最も縁が深かった二人がよく隠している」

「シャーマン……まさか、沖縄の?」


「そうじゃよ。閻魔に直談判し、輪廻を諦めると確約して二柱の避難所である庭を守ると決めた……妾と同じじゃな」 

「それはどう言う……いえ、そこが重要ではない。芦屋さんはこのまま常世に行かれるのですか?」


「それも否と確約しよう。真幸は全てを放り出すような(さが)ではない。

 あれはこの世を守り続ける。妾とは違う方法で」

 

「戻られると言う解釈でいいんですね?」

「そうじゃ」




 僕はその言葉を聞き、ようやく腹の底に力が入った。芦屋さんは戻ってくる……その事実だけがあればいい。


「真子、真神陰陽寮と各地の主要神社を繋ぎ民衆からの被害を受けている神社達を隠しましょう」

「せやな、このままやと国護結界にも影響が出る。妃菜ちゃんと飛鳥さん、手伝(てつど)うてくれる?」

「はいな」

「えぇ、すぐに行けるわ」


「星野には伏見家の隠密を預けます、民衆を動かしているリーダー格を見つけてください。神社を壊し、昔の中務のような不貞の輩を抑えるように」

「は!?は、はい」

 

「大丈夫ですよ、隠密の長は鬼一の弟子ですから。よく(たすけ)てくれます」 

「…………はい、」



 星野は俯いて静かに頷きを返す。我々もまだ彼が失われた事実を受け止めきれずにいる。哀しむのは後ですよ。今はまだその時じゃない。鬼一ならきっとそう言うでしょう。




「アリス、どこにいますか?」

(高天原なうですよー。真幸さんが燃やした葦原の修復が滞ってて、諸外国の神が押し寄せてるんです。天照さんが顕現できればいいんですけどねー)

 

「すみませんが無理です。そのままあなたは陽向と共に海外の神を抑えてください」

(うぇ……応援要請したいんですけど)


「では白石と清音さんに頼みましょう」

(よろしくでーす)



「伏見……お前はどこに行くんだ」

「ようやく正気になった白石は清音さんをしっかり守ってください。僕は、咲陽さんと常世の使者に会ってきます」

 

「嫌味が戻って来たな。……でも、マジか?危ねぇだろソレ」

 

「死にはしませんよ、体内に芦屋さんが持つべき眷属の勾玉を抱えてますからね。あなたは清音さんを守ることだけを考えてください」

「無事で居てくれよな。俺は、お前さんにもまだ恩を返してねぇ。鬼一にも返さないままだった」

 

「ふ、なるほど。あなたはもう鬼一を亡くしたことを受け止めてるんですね。

 大丈夫ですよ、僕は……芦屋さんが戻ると言うなら何でもやってみせます」


「おう、じゃあ後でな」




 皆が四方へ転移し、僕は咲陽さんを見つめる。彼女の手を握って震える唇で言霊を発した。


「僕を、使者の元へ連れて行ってください」

「言霊にせんでもよい。ううむ……あれらは乱暴じゃよ?妾にも手をあげるからの。伏見の目が手に入ってから身を守れるようになったが、奴らには心がない」

 

「はっ、上等ですよ。返り討ちにしてやる」

「損な役回りを、仲間にも教えぬのじゃのう?真幸と颯人の準備が整うまで常世の使者は留めねばならぬ。妾の意思を汲み取るとは、さすが真幸の〝あずかり〟じゃ」

「ええ、もちろんです。僕が傷付けば僕の女神の慈悲をいただけますから、他の者にこの役目は渡しません」



 立ち上がった彼女の手を強く握り、瞳を閉じる。咲陽さんの転移術は……座標を定める仕草は、泣きたくなるほど芦屋さんにそっくりなやり方だ。

 あの方がどう決心するのか、まだわからないけれど。時間を稼いで少しでも……この国を護りたいと願った、意思こそを守りたい。

 

 誰がどんな汚い言葉で罵ろうと、彼女の心は、やってきた事は、何一つ穢されることはないのだから。




「僕はいつ、あなたに泣いて謝る事になりますか?どのくらい時間を稼げば、彼の方の期待に添えますか?」

 

「くっふふ、もうすぐじゃよ。骨がないようで太い芯を持っているのじゃな、真幸の右腕は。……半日も待てば良いじゃろう。全てを知った女神が準備を終えるまで持ち堪えよ」

「わかりました。そう思っていただけるよう、踏ん張ります」


「あぁ。共に真幸を待とう」



 暗闇の中で胸にある勾玉を握りしめる。芦屋さんがくださった神器の勾玉は……暖かく、鼓動をしっかりと伝えてくれていた。

 

 

 

 

 

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