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【もうすぐ完結】裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
新たな旅路

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78 最後の学び


颯人side


 腕の中でうとうとし出した愛おしい人を抱き抱えて……金木犀の小径を抜ける。

 広大な島の土地、この先にある花畑から先は一種類の花しか植えていない。

鬼一と隠し神との思い出の花、クサノオウだ。


 本来クサノオウは薬効成分だけ見れば優秀だが、本質は人を害する。ケシの花が祖先にある故、扱いは難しい。しかし皮膚の疾患、内臓の疾患への薬として古くは用いられた。

 『クサノオウ』は『草の王』と書く。人の命を助け、同時に奪う力を持つ草花の中の王なのだ。


 初めての任務で咲かせた薬草は、真幸を具現化したようなものだった。当時は毒の成分は抜けていたが、代々命を受け継がれたクサノオウは元の毒を取り戻している。本質が変わらないと言う証明だろう。



 

 誰も彼もを癒し、絆しては世の(くさ)を取り除く。だが、その尊い姿に心酔したもの達は中毒を起こし……本人の知り得ぬところで動き出してしまう。

 そこから生まれる悲しみや苦しみが、崇拝する女神自身を苦しめるとは知らずにそうしてしまうのだ。


 〝女神の為に〟と願っていてもそう上手くはいかぬ現実に焦れ、触れられぬ偶像に身を焦がす。

他人にとって毒にも薬にもなり得る真幸は、風に揺られる草々のように触れたものを掬い上げ、その実自分の幸福を求めてはこなかった。



  

 ――真幸の幸せは、我が握っていたのだ。いつ想いを自覚したのかと尋ねれば、きっかけは最近だが『今思えば最初に会った時からだった』などと答えられたら……もうどうにもならなかった。初心(うぶ)な娘をここまで疲弊させたのは自分のせいに他ならない。


 心が通じた相手が触れる事も、重なり合うことの悦びも知らずにいた真幸は本当に穢れを一切持たぬ美しさだった。触れて良いものかと悩むほどに。

 

 だが……真幸は我だけに求める。彼女の優しく甘やかな毒に散っていった者達を思い、ただ一人でこの魂を独占することを心苦しく思いもした。


 伏見をはじめとする様々な人、神、今や精霊にも愛されたが、真幸が欲しいと願ったのは我だけだ。

 それは二度と覆すことはできない。この世がどうなろうと、誰が死のうと生きようと、我は我の花だけを愛する。

 我は、真幸の毒を最初に飲んだのだ。




「真幸、ついたぞ」

「ん……ごめん、寝てた」

「其方が気に病むことは無い。休ませてやりたかったが、時が来た。見晴らしの一番いい場所で、天に近い花畑から鬼一を葬ろう」

 

「うん。わあぁ……すごい……!こんなに沢山花が……」

「あぁ、美しいだろう」


 小径の緑が途切れ、日の入り時の海が視界に広がる。橙、黄色、そして夜の闇を引き連れた静かな夕暮れがそこにあった。

 風がさやかに花を揺らし、夕陽の輝きを宿した海が光り輝き、交錯する黄金は花々をより色鮮やかに染めていく。



「崖の上だけじゃなくて、下にもクサノオウがあんなに……いや、あっちにも、そっちにも……」

「あぁ。ここ一帯はどこから見てもこの花が咲き誇っている。其方から生まれたクサノオウはここを永遠(とわ)に輝かせるだろう」




 一面の黄金色に囲まれて、その美しさに言葉を失った真幸の脇からイナンナが現れた。……相変わらず肌の見える服装だが、正式な衣装で来てくれたのだ。文句は言うまい。


「こないだまで戦争してたのが嘘みたいだねー、てか良くこんなに植えたね!スゲー」

「あぁ、日々を重ねる毎に一株ずつ増やしたのだ」

 

「なるほど、颯人っちのラブが積み重なった年月分か。良かったね、真幸を連れてこられて」

「うむ」

 

「なぁ、イナンナは俺達がここにくるのを手伝う為にあんな戦支度してたのか?」 

「半分正解、半分不正解。アタシは戦で敵をぶちのめせるならそれでも良かったよ。真幸を失いたくないから戦うの」


「俺のこと大好きだな?」

「うん」

「…………今日は随分素直だけど、どしたの?」

 

「ちょっと、うん。……颯人っちの奥さんになっても、ウチらはズっ友だよね?マジ卍だよね?

 アタシ……ちょっと怖い。颯人っちと真幸の結びつきは、本当に綺麗だから近づいちゃいけない気がしてる」




 傍で俯いた戦女神はいつになく小さい声でつぶやく。真幸を花畑に下ろしてやると、二人は静かに抱き合った。


「イナンナは俺の親友だ。ずっと仲良くしてくれたら嬉しいな。遠慮なんか今までしなかっただろ。そのままでいてくれ」

「うん……うん」

 

「常世にも一緒に行くか?」

「えへへ……先に言われちった。でもそれは考え中。未来がどうなるかわかんないし、二人の邪魔したくないもん。

 伏見とか、他にも連れてくでしょ?てか……結局この星に残らないの?」

 

「俺は大切な人が暮らすこの星から離れはしない。みんなを護りたい気持ちも変わらない。だから、常世にも行くんだ」


「……ワケわかんないんですけどー。預言の声を手に入れて何か知った?」

「うん、検証は必要だけどね。イナンナと、時の神様に『もう無理』って言うまで協力してもらうよ」

 

「そっか、わかった。アタシもそれで判断する」





 ――真幸は、我と共に未来を少し先まで視ることが出来る。件の声を手に入れ、我の炎の中で火の翼を得て、伝説に残るだろう能力の全てを得た。

 だから……常世の国に行くと決めた。現世に所在を置き続ければ、その影響は計り知れない。

 

 だが、この星に残ることも諦めていない。どちらにも存在し、どちらにも居場所を置く。その奇跡のような方法を思いついたのだ。

 最善であり、最悪かもしれないそれは口には出せぬ。これを委ねる本人にも伝えぬままになるのだから。





「さて……鬼一さんを(おく)ろう」

「あぁ、イナンナ……勾玉を」

「はい、どーぞ。鬼一は綺麗な色だね、こんな色になるのはきっと真幸に出会ったからだよ」


「ん……そうだと嬉しいな」



 イナンナから渡された勾玉は七色の光を弾きながら、その中に燃ゆる真紅を灯した。真幸に染められた魂は、この色を変えることはないだろう。

 また戻ってくるための道標として残したのだろうが、このままでは分霊されて生まれてくる。魂の欠片を送ってやらねばまた酷い目に遭うだろう。

 

 辛い生まれはもう二度と経験させたくない……親に愛され、当たり前の幸せを持った鬼一と今度こそ出会いたいのだ。




 崖の淵に立ち、真幸は両手で勾玉を持って中空に差し出す。原始林の中でも謳った鎮魂歌に誘われて、勾玉に込められた色が花として姿を現した。

 

 あぁ……鬼一の花は、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)だったのか。花言葉は情熱、独立、再会、あきらめ、悲しい思い出、想うはあなたひとり、また会う日を楽しみに――あきらめには『真実、悟り』と言う言葉も含まれる。


 鬼一らしい花だ。秋の花とは妬けるな。真幸はこの国の象徴である秋の心を持つのだから。




「鬼一さん、忘れ物を届けるよ。生まれ変わったらちゃんと見つけてあげるから、魂は元に戻してね。

 ……もう、どこも痛くない?どこも、辛くない?

今度は俺が釣りを教えてあげる。刀の使い方と、術の使い方も。

 それからお料理もね。魚が捌けるようになっても、味付けできないのはちょっと困るだろ?」



 曼珠沙華は瀟洒(しょうしゃ)な花弁を揺らし、夕陽に溶けていく。イナンナは首を垂れて両手を胸の前で組み、自分の国の言葉で彼に祝福を与えた。

我も、そうしよう。


 胸の前で合掌し、瞼を閉じる。

 すまぬな、鬼一……其方を守れなかった。真幸を守ってくれたこと、心から礼を言う。

 初めて出会ったあの日、乱暴にしてしまったことは忘れておらぬ。

次に会ったら再び刃を交えよう。今度は、お前を傷つけるためでなく……自身を守る術を教える為に。


 


 曼珠沙華が空に溶けて、鬼一の不器用な苦笑いが見えたような気がした。この世を去った者は、問いかけても返答できぬ。

 それは……とても寂しい事だ。


 

「鬼一さんの大好きなご飯を、月命日にちゃんと供えてあげるから。お盆はヤトに乗って、ホノカグツチと、イケハヤワケノミコトと一緒に迎えに行く。

 き……いちさんの、顔が見たい。声が聞きたい…………頭を撫でて欲しい。寂しいよ、鬼一さん……。俺の誕生日に逝くなんて酷いよ……っ、く……う……」


 

 泣き崩れた真幸を抱きしめ、頬をすり寄せる。どちらの涙かわからぬ雫がお互いを濡らし、溜息をこぼした。

 大切な仲間であり、友人の鬼一を(うしな)った哀しみが胸の中に広がる。この痛みは、涙の雫が海を成すまで癒えぬだろう。



 命の危機がわかってから、鬼一は何度となく我に告げた。『真幸を大切にしてくれ』『できなかったらあの世から〝見てるし、聞いてるし、文句を言います〟』と。

 何かあるたびに『俺は見てない、聞いてない』と、言っていたあれが……そんな発展をするとは思わなんだ。

 

 茨城の遠征から優しく見守ってくれていた鬼一は、現世から去ってもきっと、同じようにしてくれる。


 二人できつく抱きしめ合い、大切な仲間を失った女神の叫びを、ただ……受け止めた。


 ━━━━━━



  

「嫌だね、そんなことに協力しないよ」

「オレもヤダ。あんたらハネムーンしに来たんじゃねーの?マジで勘弁して。

 苦しむ姿を見る為に来たんじゃないんですけど?」

 

「そーそー、あんた達が散々イチャイチャするのが見られるって言うから、イナンナに呼ばれて来たのに」

「今から帰ってもいいんだぜ?現世に戻った時巻き戻しはできねーけど」


「そんなこと言わずに頼むよ。てか、イチャイチャがそんなに見たいのか?」

 

「「見たい」」

「ええぇ……」


 


 花苑に夜がやってきた。邸宅の中で我らは時の神である『クロノス』『カイロス』と面している。綾乃が作った膳を食し、宵の寛ぎを始めたところで真幸はある提案をした。


 

「時を駆け、幾つもの未来の枝葉を視る為に力を貸せと言っただけだ。お前達に迷惑はかけぬ」

 

「颯人サン、未来を視るってのは不文律を侵すんだ。視た奴には代償が必要になる」

「そーそー、俺たちみたいに目が見えなくなるぞ。ま、神力があるから問題ないけどさ」

 

「視界ゼロとは言わないが、綺麗な色ははっきり見えない。現世の物はホログラフィーみたいに見える。黒い中に電子光線だけで作られてるんだぜ?

 あんた達の愛した物は、避難所のここでしか愛でられないぞ」


「それでも良い、と言っているのだ。我らが生まれた星を守るに目の代償くらいくれてやる」

「ここには全部の色があるから惜しくはないよ。現世の綺麗な姿は心の中に残る。大丈夫だ」




 真幸と二人で見つめあい、微笑みを交わす。生まれ故郷を守る為ならば、多少の犠牲は仕方ない。互いを失いさえしなければ、後の事はどうとでもなると我らは結論づけた。

 この先の未来は今視えるだけで数百の枝がある。その中には、星が滅ぶものもあった。


 それを回避する為には……全ての可能性を知っていなければならない。

『護る』と決めたのならそれを最後までやり遂げる。互いの身も心もを得た我らは、失うものなどなくなったのだ。




「チッ……クソ。どうしてそーなるんだ?さっさと常世にいって、幸せになりゃいいだろ。あそこは別に地獄でもなんでもねぇ。意思が奪われるってのは防げるんだから、そのやり方を聞けよ!」

「喜怒哀楽を欠如させた奴がどうなるかわかるだろ?あそこも不穏なんだよ、だから真幸が欲しいんだ」

 

「へぇ?じゃああっちにいっても忙しいのかな。やる事があるなら楽しみだな」

「二度と怪我はさせぬ」

 

「俺は颯人と夫婦だから、二人の幸せが最優先だよ。自分の身を捧げるのは、これが最後だ」

「うむ」


 

 二人で額を合わせ、鼻を擦り合う。何もかもを曝け出して、お互いの全てを知る夫婦(めおと)となったのだ。今後はずうっと一緒にいられる。今までももちろんそうだったが、明確に違った関係になった。

 幸せで、幸せで仕方ない。後に残る者へ始末をつけてやれば、思う存分真幸を愛でても心は痛まぬ。


 これ以上ない幸せをかみ締めていると、綾乃から大きなため息が落ちた。





「あーあー、見てらんないねぇ!真幸は前よりも酷い病気さぁ!私もあんたが犠牲になるのは嫌だけどさぁ……たしかに、この先を守れるのは二人だけさぁ」

 

「綾乃おばぁ、目を守る呪があったでしょう?私らで何とかできないかねぇ?」

「無理よぉ。未来視だけならまだしも、時の流れに介入して出来事を引っ掻き回すなんて、聞いたこともないよ!

 おばあも大人しく常世に行って欲しいさぁ。綾子もそう思うでしょう!」

 

「そうねぇ、ようやくくっついたんだからそうして欲しいさぁ」



 死後、ニライカナイからやってきた二人の防人は不満げに茶を啜る。現世での年ではなく、若返っているから娘姿なのだ。中身が変わらぬ故『違和感がもの凄い』と真幸の談だが、我もそう思う。

 


「この世の未来には綾乃さんと綾子さんの子孫もいるんだぞ?心配でしょ?」

「あの子達なら問題ないさぁ!」

 

「おばぁ、私の代以降はだいぶ力が弱くなっているよ。あんまり胸張ってそうも言えないさぁ」

「………………」


 大きなため息がそこかしこで落ち、真幸はテーブルに頬杖をつく。悩む神々を見て、満面の笑みだ。



 

「何笑ってんだよ、真幸」

「そうだぞ、真剣に悩んでるってのに」

 

「んふ、みんな俺の事大好きだな」

 

「……わかってんなら、未来を体験するなんてやめてくれよ」

「そーだそーだ。常世に行くなら肉体を捨てて魂だけになるけど、今は生きてるんだから。痛い思いをわざわざするな」


「二人ともありがとう。俺はみんなにも沢山の愛をもらってるけど……応えられるのは颯人にだけだ。みんなには形の違うものしかあげられない。

 愛が何なのか、教えた人達を諦めたら常世に行って後悔しちゃうよ」


  

「アンタは最初から全部を愛してただろ。その形が様々あったって、切ないほどの綺麗な想いをくれたのはアンタだった。だから愛されただけだ、誰も教えちゃいない。そうしたのは颯人だけだ」

 

「うーん……そうだなぁ。颯人が教えてくれたものを自分の中に持てたから、俺はみんなと繋がれたのかな。

 俺が差し出す手に颯人の暖かさがあったから、みんなが応えてくれたんだと思うよ」


 

「ややこしいな……鶏が先か、卵が先かみてぇな話すんなよ」

「どっちが先でもいいよ。常世にはそんなに沢山連れていけない。視力を失っても、元の姿のまま見える人がいるはずだ。その人を連れて行くなら、この世の不文律は侵さなくなるだろうし」


「この世の超常をなくすのか?」

「そう、俺たちがやるべき後始末ってのがそれかなって。親父が始めたから今こうなってるんだもん」 

「ほーん?方舟でも作ってみんな連れてくってか」


「そうだ。今後、常世の使者は現世に訪れぬようにする。しからば今回の旅路に巻き込み、この世の不文律を排除せねばならぬ。

 世を創りし者がいつまでも介入するとは不作法であろう?生きる者に行方を任せるのが作法だ。まぁ、我らは旅に出ても干渉するが」

 

「そんなコト許されるのかよ。まさか、常世の住人を絆すとか?そんな事……」




 イナンナは真幸の手をそっと握り、微笑む。女神二柱は決意のこもった眼差しを交わす。


「アレがあるもんね?まだ使ってないから有効っしょ」

「お、イナンナは気づいたか?そうなんだよ、俺が最初にもらったものだ。こんなふうに役立てるとは思わなかったが。

 体を取り替える時にもきっちり引き継がれてるからね。その為に体は諦めたんだよ」


「……其方、我に綺麗な体で抱かれたいからだと言っていなかったか」

 

「そ、それもそうだけど!脳みそを引き継ぐから体は諦めなきゃだったの!仕方ないでしょ!」

「其方の過去(きず)に触れたかったと言った。我は人でもなく神でもない、女でも男でもない真幸の身体も愛していた」 


「全部覚えててくれてるなら、そこから心に繋がってる。俺の奥底に触れるのは颯人だけなんだから、いいでしょ?」

「ふむ……?それならば……良いか」




 クロノスとカイロスが手を取り合い、仮面を外し頬を赤らめた。

狐面など一体何処から調達したのだ。


 この者達は希臘(ギリシャ)神話の出身だろうに、日本被れだな。金髪碧眼の二柱は幼子のように瞳を輝かせていた。


「そう言うのもっと下さい」

「最高。推しが幸せなのが一番いい」

「アンタ達、気持ちはわかるけど、師匠にウズメたんにしたのは間違ってるっしょ……」



 ――なるほど、ウズメの差金か。なるほど。


 



「とりあえずは未来視の正しい使い方から一緒に検証したいな」

「まだいいって言ってねーし」

 

「……見たいんでしょ?俺が颯人とイチャイチャするの」

「「見たい」」


「んじゃ、よろしく頼みます。俺が現世で習う最後の術だ。二人は俺の最後の師匠なんだから手加減なしで教えてね」


「「……なんかイイ」」

「やれやれ、ウズメたんの罪は深いね」


 イナンナの呟きに綾乃、綾子も深く頷くのだった。



 ━━━━━━




「颯人、星を見ませんか」

「あぁ……そうしよう」


 夜半が過ぎた。明日から時渡りの授業が始まる。我らは複数の視線を感じつつも、二人きりの時間を楽しむことにした。


「みんなも一緒に見ればいいのに」

「放っておけ。あれらにはここでいつでも会える」

「そうだね。常世にはここから行くの?」

「いや、それは使者による。父と母が渡ったと閻魔から通達があった。どこから渡ったかはわからぬそうだ」

 

「そっか……本来なら誰にも挨拶しないで召されるんだね」

「あぁ」


 


 真幸を膝に抱え、縁側で夜空を見上げる。人の灯す光が一切ないここは、星々と月の輝きだけが宿っている。


「月の兄は……どうするのだ」

「本神に任せるよ。俺は絆を手放すつもりは無いってもう伝えたし。

 天照と月読は今後についても全部わかってる気がするんだよね……颯人もそうでしょ?俺が知らないことを知ってたし」

「そうだな、曲がりなりにも始祖に近い神なのだからなんとなしに頭に浮かぶことはある」

 

「ふふ、颯人のお陰でもうすぐ隠居できるからそれもなくなるかな?のんびり出来るといいな」

「そう、なるといいが……」




 顎を摘んで思い悩んでいると、蕩けるような笑みが見上げてくる。あまりの美しさに何も考えられなくなった。

 

 真幸の花弁は完全に開かれたのだ。月の清らかな光の中で、ほのかに頬を赤く染め瞼が閉じられる。

 吸い寄せられるように唇を重ねると、潤んだ瞳から雫が溢れた。


 

「何故泣く……?苦しみがあるなら、其方の口から教えてくれ」

「どうして、俺はちゃんと言えないのかなぁって思って。涙は颯人の事を考えてると勝手に出てきちゃうんだ」

 

「言葉は要らぬと言っただろう。唇を許されているのだから、これは我にとって大変満足に足る事実だ」

「……でも、す……す、……うんむ」


「預言の力が関与しているのか?まさか……冷める未来があるのか」

「あるワケないだろ。颯人の他にこう言う事をおねだりしないよ」

 

「そうか、強請っているのか。愛いな」



 

「ん……ふふ。キスって、不思議だよね。唇がくっつくだけでどうしてこんなに幸せな気持ちになるんだろう。

 身体の端っこまであったかくて、優しい気持ちになる。他に何もいらないって思うんだ」

「…………」


「颯人のキスって思っていたよりずっと優しいから、沢山したくなっちゃう。ずーっとくっついていたいけど、颯人の顔が見られないのは困るな。かっこいい顔を見てたい。

 しつこくてごめん……イヤだったらちゃんと言ってね」

「…………」


「触る時もずっと優しいし。すごく、あの、アレも上手だと思う。あんな風になっちゃったのも初めてだったし。

 好きな人が触るってすごいよ。電気が走ったみたいになって、頭のなかがポワポワして、キスと同じで何度してもどんどん足りなくなる」

 

「……真幸、その辺で止めてくれ。我は想いが通じたばかりなのだ。刺激の強い言葉ばかり言われたら、心臓が口から出るぞ」




 真幸はきょとんとした顔になったが、一言『好き』と言われるよりも更に攻撃力が高いとわかっていないようだ。顔が熱い……勝手に上がる体温に気づき、腕の中で最愛の人が胸に触れる。


「颯人の心臓さん、出てきたら困るからそこに居てくれ。俺は、颯人じゃなきゃダメなんだ。

 俺だけの颯人だから、君も大切なんだけど……沢山働かせてごめんな」

「くっ」

 

「しー、颯人は静かにして。心臓さんと話してるんだから。よく言っておかないと、口から飛び出ちゃうんだろ?」

「…………ぬぅ」

 

「んふふ。羽をくれたのは君だと思う。すごく嬉しいよ、俺の体にあるのは大切な赤黒と、件と、颯人だけだ。

 背中は君だけに預けたからね、ずっと元気でいて……んむっ?」




 耐えきれなくなって、真幸の唇を塞ぐ。下唇を食み、自分の熱をそこへ入れた。

 細い肩が跳ねて、おずおずと両腕が首に回される。お互いにいつまでも離れられず、頭に霧がかかる。


 限界を迎えて名残惜しく離れると……息の荒くなった女神は妖艶に微笑んだ。


 

「お布団に行きたい」

「ん……」

 

「颯人と二人で朝焼けが見たいんだ。今日は寝かせないけど、いい?」

「くっ!!」




 乱暴に彼女を持ち上げ、何も考えられぬまま寝室の障子をそっと閉めた。誰が聞いているかなど頭の中からすっかり抜け切っている。


 始まりの夜は、揺蕩う熱い波間に溶けて行く。闇の中で愛おしい人を求め、応えがある事にただ溺れるしか無くなった。

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