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【もうすぐ完結】裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
過去と未来の狭間

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77 秘密の花苑


真幸side

 

「すまぬな、苦労をかける」

「いいよ、気にすんなし。アタシも自然の力にはどうにもなんなかったからさぁ。でもよかったね、やっと×××(ピー)できたぢゃん!」


「い、いや……それはその、」

「え?何その反応、合意だったっしょ?アタシちゃんと聞いてたかんね!じゃなきゃ止めてたし!」

 

「イナンナ……真幸は我の炎に灼かれていたのだ。身を守るためにそうしたのではないか」

「………………は?」




 瞼を閉じたまま、お布団に寝っ転がって話が終わるの待ってるんだ。すぐ近くで颯人とイナンナが年齢制限ギリギリラインの話をしている。

 他にも耳に聞こえてくるのは穏やかな波音と、風が木々を揺らす音。窓が開放されているみたいで優しい風が前髪をくすぐっている。空気がすごく暖かい。


 まだ花の咲く季節じゃないのに、芳しい匂いが窓の外から運ばれてくる。ここは現世じゃなさそうだ。

寝転んだお布団は柔らかいコットンで包まれてて肌触りがとっても気持ちいいけど、何だか現実感がない気がする。


 

 イナンナの言葉に自主規制が入るのは……どう言う仕様なんだろう。

 隠り世が現在地として、誰が作ったんだ?なんとなく南の島の気配がしてるけど、沖縄のシャーマンが噛んでるのだろうか?


 颯人はバーサーカーから無事元に戻れた様だ。いつもの低くて艶やかな優しい声がしている。……俺は、ちゃんと鎮められたんだな。

 

 そして、颯人が気弱になってるからイナンナはブチギレたっぽい。

体がぴくりとも動かないし……突っ込む気力はないから、引き続き様子を見よう。




「あんさー、一回聞きたかったんだけど。颯人っち、いつからそんな気弱になったの?真幸に対してだけめっちゃマイナス思考じゃんね?ちゃんと言われたっしょ『全部やる』って」

「……うむ」

 

「じゃーわかるでしょ?真幸は間違いなくちゃんと颯人っちの事が好きだって。なんならもう一回戦して確かめな!」


「あれは、我にまで無理やり体を開かれた。我は賤しき男どもと同じことをしたのではないか」

「してねーっつの。…………真幸のことが大切になりすぎてんね。それとも、自分に自信無くなっちゃったの?」

 

「そんな物はとうになくした。毎度我が守りきれず、今こうして其方達に匿ってもらっているだろう」


 


「ハァー……。そもそもこの隠り世はアンタがずっとずっと昔から用意してきたんでしょ?

 それこそ、好きになった当時に作り始めたんじゃん?そんで沖縄行った時にシャーマンのばあちゃん一族に手伝ってもらって、防人(さきもり)まで備えてる。

 颯人っちが作ったここがなければ、真幸は回復できなかったよ」

 

「だが、我が傷をつけたのだ。骨まで燃やし、指先は炭になっていた。どれだけの痛みを与えたのか……」


「まぁ、痛いだろね。颯人っちが荒御魂(あらみたま)に支配されて生まれた炎は、真幸に向かう熱情そのものだった。痛みって言うなら別の方がそうだったっていいそうだけどね?神の体ではハジメテだったしー。

 でも、間違いなく喜びの痛みだよ」

「…………ぬ、うむ」

 

「でも、あの火は骨まで燃やしても命が宿った髪は一本も燃やさなかった。眷属もみんな無事だし、赤黒も件も真幸と一体化された。女神としては最上級の進化っしょ?守りたい人と一つになれたんだから、眷属の二柱は幸せに間違いないぢゃん」


 イナンナの言葉にハッとして目を瞑る。体の中にいるなら呼びかけても応えるはずが、返答がない。ただ鈴の音と、いつも耳元で聞こえていたしゃらしゃらした簪のような音が聞こえただけだ。

 一体化……そうか。俺の一部になったから姿が見えないのか……。


 

  

「これから先、小さき眷属たちに触れられないことを真幸は悲しく思うだろう」


「それはそうだろね、赤黒も件も触れないもん。でも、これは本人たちが最初から望んでいたことでしょ?

 死んで生まれ変わるなんて考えられないほど一緒にいたい子達は願いがかなった。魚彦が聞いたら羨ましがるよ」

 

「……そうだな、我もそうして仕舞えばよかったのだろうか」


「ハァーーーーもう、凹んだ男ってめんどくさい。真幸、起きてるっしょ。あとは任せたからね!」


「…………っ、」

「はいはい」


 


 観念した俺は布団の上で瞼を開けて、ぱちぱちと瞬く。ものすごい速さで近くにやってきた颯人は枕元に座って手を伸ばし、俺の鼻先でその動きを止めた。

 ぼやけた視界の中でも躊躇っているのがわかる。真っ黒な瞳に涙を浮かべ、今にもこぼれ落ちそうだ。


「颯人」

「……」

「どうして触ってくれないの?いつもみたいにしてよ」

「…………」

「んもぉ」


 固まったままの手のひらを引っ張って、自分の頬に当てる。緊張して強張った大きな手には汗が滲んで、指先まで冷たくなっていた。反対側の手も引っ張って自分の顔を挟む。再び瞼を閉じて、思わず笑ってしまった。


「くっ、ふふ。酷い顔してる」

「ぬぅ……笑うでない。体は、おかしくないか。その、」

「わかんない」

「む……」


「颯人が触って、確かめて」

「…………」


 じっと瞳を見つめていると、昏く染まった闇の中にようやく俺が映し出された。揺れる虹彩の中で瞳孔がじわじわと開いていく。

 颯人の目がキラキラして見えるのはこのせいなのか……好きな人を見ると瞳孔が開くって聞いたことがあるんだ。


 どこまでも深い黒に輝きが宿って、颯人の体温が上がっていく。頰から離れた手が布団を捲り、再びガチっと固まった。





「ふ、服を……着よう」 

「やだ」

「??そうか……」

「抱っこしないの?」

「うぅ……」

 

 掛け布団の上からむぎゅっと抱きつかれて、今度こそ大きな声で笑ってしまう。トラウマの解消で散々俺に触ってたのに……今更何してんのさ。




「何がおかしいのだ。我は自我が崩壊しかけているのだぞ」

「さっき完全崩壊してバーサーカーしてただろ。はーおかしい。ちゃんと颯人に『いいよ』って言ったのに、信じられないの?」


「其方は、鬼一を亡くしたばかりで身体の回復に力を使った。我の炎に灼かれて命の危機を脱していなかった」

「俺はあのまま炭になっても構わなかったけど?」

 

「……真幸」

「怒らないで。颯人になら何をされても構わないって思っただけ」 

「…………」

 

「何でだろうなぁ、たった二つの音が口にできないんだ。胸の中から溢れるほど『颯人への気持ち』があるって自覚できてるのに。

 俺が言えば、きっと喜んでくれるってわかってるのに……ごめんね」


 自分が発した小さなため息で颯人の髪が揺れる。彼が瞬き、涙の滴をまつ毛に纏わせた。

 すごく綺麗だ。好きだって自覚してから、颯人は前よりイケメンに見える。むしろ後光を背負ってるぞ。恋する力って、こう言うものなのかもしれない。


 

 

「髪の毛から煤の匂いがする。お風呂に入りたいな」

「あ、あぁ……そうしよう。温泉がある。高天原とは違うが、よく似た泉質でな。イナンナは『天神の湯より若返る』と言っていた」


「そうなの?じゃあ連れてって。体が動かないんだ。お布団で簀巻きにしないでね」

「……ぬ……うむ」




 目を瞑った颯人は自分の羽織で俺を包んで抱き上げる。颯人の羽織からも木の焼けた香ばしい匂いがしている。

 やはり、春日の杜は燃えたようだ。現世に戻ったらすぐに復興できるだろうけど。そのために、俺は木の一本一本にまで結界を張ったんだから。


「伏見さんは勾玉預かってくれたかな」

「うむ、受け取った後は必死で維持しているようだ。神ゴムは身につけていられず、其方の神社本宮に安置されている」

 

「ありゃ……そっか。でも伏見さんなら大丈夫だよね。あの人は常世にも連れていきたいんだ。勾玉の維持で少しは修行になる?」

「あぁ、なるだろう。それから、鬼一も本神の勾玉を遺した。あれが生まれ変わった時に苦難があろうと、其方への道標としたかったのだ」

「俺の神器があるから問題ないだろうに……勾玉はどこにあるの?」

 

「遺された思念が隠り世に影響する故、イナンナに預けてある。ここには、クサノオウの花畑もある。後ほど御魂送りをしてやろう」

「うん」



 颯人に抱き抱えられて歩く庭は、自宅のように小さくはないけど造りがよく似てる。

 紫竹のささらがくり抜かれて、向こう側には海が見える。お家の周りには竹林ができていて、庭の切れ目からその奥に行く道が見えた。湧き水が石の盆に留まり、苔が生えて鹿おどしがついている。

 白い砂の敷かれた庭のそこかしこにはお花達が咲いていた。颯人の性格からしてかっこいい感じの木が植ってると思ったけど、何だか可愛いお庭だな。




「このお庭は颯人が作ったの?」

「うむ」

「かわいいね、お花だらけだ。季節関係なく咲いてるんだね」

「あぁ。其方に関わる花を揃えた」


 梔子、紫の芍薬、ハマナス、ラベンダー……多種多様な花達がよく和風庭園に合わせられたな。ちょっと感動してしまうぞ。


  

「よくみたら外に椿が沢山ある……白檀の木に、沈丁花……本当に花だらけだ」

「風呂のそばにもある。庭から小径(こみち)も引いて、そこにも草花や木がそれぞれ植っているのだ」

 

「…………颯人ってこんなにロマンチストだったの?」 

 

「其方を思っていると花ばかりが目についた。仕方あるまい、其方は我の花なのだから」

「んふ……んふふ」




 柔らかく笑みを浮かべた颯人がゆっくり歩を進めていくと、木の衝立も何もついてないお庭の片隅に突然湯気が見える……露天風呂かぁ。

檜の湯船にたっぷり流れる温泉は硫黄の匂いがあまりしない。白く濁ってるから高天原と同じ種類の源泉なのかな。

 ウッドデッキにカゴが置いてあるけど、衣服の収納は指パッチンで一瞬だ。抱っこされたまま颯人を見上げると、喉仏が『こくり』と動くのが見えた。


「なんか緊張してる?生唾飲むほど?」

「……その、」

「一緒に入ろう」

「う、うむ」


 

 体を包んでくれた羽織も颯人が着てる着物も指パッチンでしまって、浴場の手前にある椅子に下ろされた。

 こんなに明るいと、ちょっと恥ずかしいな……なんて思ってたらハンドタオルを手渡された。素直に隠すべきところは隠しておこう。

 

 陽の光がキラキラ輝くお湯を体にかけると、ほわほわ暖かい湯気が自分の肌からも上がった。少しぬるめだけどしっかりあったかい、すべすべしっとりぬるぬる系のお湯だ。天神の湯よりも硫黄が少ないから美肌の湯ってやつだな。

 茨城に行った時に、鬼一さんと入った温泉にも似ている。


 お風呂の脇に植えられているのは桜だ。老木で、太く堅牢な枝には(こぼ)れんばかりの桜が咲いている。お風呂の中にもたくさん花びらが浮いていて、白にピンクがかわいい。

 颯人が肩からかけてくれるお湯を腕に広げると、感触が違う部分があることに気づいた。しかも結構な広範囲だ。


 背中にいる颯人を振り返ると、目線が逸らされる。しょんぼりしてるぞ。


 


 自分の腕を上げて、色が変わっている部分を見つけた。ウニョウニョとタコの足みたいに波打った線は赤く広がっている。

 よく見ると足にも、お腹にも見えた。特に産土神にやられた左半身は、それにほとんど包まれているようだ。


「これ、なんか刺青みたいだね。もしかして俺の背中真っ赤なの?」

「……我の、炎が刻まれてしまったのだ。ここからこのように、」


 背中に颯人の指先が触れる。肩が勝手に跳ねて、胸がドキドキしてきた。




「……続けてください。どうなってるのか知りたい」

「ん……」

 

 颯人はそのまま火傷の痕をなぞる。肩甲骨から肩、腕、いろんなところをなぞったそれを頭の中で繋げると炎を模った羽根みたいな形をしていた。

――ちょっとかっこいいぞ。しかも颯人の炎って言った?最高なんですけど。


「其方は炎の中で羽根を得た」

「そうなの?かっこいいな……嬉しい」

 

「其方の肌を傷つけたのだぞ。これは、一生消えぬ」

「え?いいよ、前みたいに誰かがつけた傷じゃない。颯人がくれたものなら何でもいいです」

 

「くっ……」


「ねぇ、お風呂入ろうよー。掛け湯したのに冷えちゃうぞ」

「むむ……わかった」



 

 二人で湯船にゆっくり沈むと、ヒラヒラと花びらが降ってくる。体の筋肉があっという間にほぐれて、背中を支える颯人に全体重をかけてのしかかった。ムキムキ筋肉は相変わらず健在だな。寝心地がとてもいい。

 俺は颯人の体つきが好みだ。顔も好みだし、声も好みだ。大変素晴らしい。


「……ま、真幸」

「なぁに?すごく気持ちいいから離れないよ。ここって颯人が作ったの?避難所って感じ?」

「ここに入れるのは、約束した者だけだ。もっと言えば綾乃と綾子に『よし』とされた者しか入れぬ」


「まって……綾乃さんだって!?沖縄のおばあちゃんがいるの?会えるの??」

「あぁ。あれはシャーマンとしての力が強い。亡くなった後にいつの間にかここの管理をしてくれていたのだ」

 

「そうなのか……綾子さんは、どうして?亡くなったってこと?」

「あぁ。其方が我の炎に包まれた時と同じ時刻に世を去った。詳しくは聞いておらぬが、二人とも黄泉の国から追い出されている」

「え?なんで?」


「あの性格で黄泉の国の番人と渡り合い、口車に乗せてここの管理を請け負ったのだ。所在地は海の中に浮かぶ島だが、隠り世として作ったはずが……綾乃のせいで沖縄付近へ実体化されている」

 

「ええぇ……?じゃあ、ここは現実なの?」

「どちらにも近しく、どちらにも属さない。其方を隠すなら隠世では不十分らしい。ここは、常世の使者も見つけることは難しいだろう」

 

「え……それすごくない?」

「うむ。本当は、其方の誕生した日にここへ連れてこようと思っていた。其方のために作った、この花苑へ」



 

 颯人の言葉にハッとしてようやく気づく。鬼一さんが亡くなったあの日は、俺の誕生日だったんだ。閏年の2月29日は四年に一度しかやってこないから、普段は3月1日にお祝いをするんだけど。


「今日は何日?」

「正確にはあの日から数日経ったが、ここから現世に戻る時に好きなだけ巻き戻せる。イナンナが春日山原始林から避難する際、時の神も巻き込んでいるからな」

 

「おおう……そうなのか。じゃあ今日お祝いしてよ」

「そうしよう。未来と過去の狭間で、この清庭(さにわ)を贈る。……ここは、ようやく我の手を離れて真の主人を戴く事ができた」




 颯人のほっとしたような表情に、ふと気づく。もしかして、颯人……好きな気持ちが冷めちゃったのかも。

 長年待たせてたし、マイナス思考に陥っていたのはそれが理由かもしれない。

お庭の面倒を見るのが煩わしかったのかもしれない。


 でも……うん、俺はちゃんと颯人が好きだから。諦めたりしないぞ。




「颯人、ごめん……気づかなくて。もしかして、俺が気持ちを伝えるの迷惑だった?」

「……何を言っている」

 

「お庭の面倒も大変だったろうし、長年ずうっと待たされてればそうなってもおかしくないなって」


「我は変わらず真幸を愛している」




 キッパリと言い切った颯人は眉根を寄せて、体を向き合わせる。そのまま抱きしめられて、颯人は大きなため息をついた。


「そうだった、其方はそういう気性だったのだ。忘れていた」

「……えと、迷惑じゃないってこと?無理しなくていいんだぞ、俺はきっと挽回して見せるし、颯人みたいに待てる。

今度は俺の番だと思えば辛くないよ」

 

「無理などしておらぬ。迷惑であるはずがない。一度たりとて其方に飽いた事も、冷めた事もない。

 上がり続ける熱を持て余していた我に、それを言うてくれるな」


「…………ごめん」


 


 暖かい指先に顎を持ち上げられて、目線が交わる。そこには確かに熱があった。あまりにも鋭い視線を受け止めきれず目を瞑ると、唇に唇が触れる。

 啄むように優しい触れ合いに胸の鼓動が臨界点を超えた気がする。上手く息ができず、思わず颯人の胸を押した。


 

「は……はふ……」 

「口吸いの仕方を知らぬのか」

 

「そうだよ。俺は、ちゃんと両思いになる事自体が初めてなんだぞ。

 あの人たちとは違うし、祝福以外でそんなにキスした事ないんだからな」

 

「では、我が教える。其方を形作るのものは我が全ての始まりなのだ。とても良い」

「うん……」

 

 颯人の熱とともに、柔らかい感触が何度も触れる。重なるたびに囁くような声で颯人がキスの仕方を教えてくれる。

 でも……だんだん余裕がなくなってあっという間に酸欠になってしまった。

クラクラする頭を彼の肩に預けると、小さな笑いを耳元で感じた。



()い……ようやく我の想いが報われた。愛おしい我の花にもう少し触れたい」

「ちょっと、まって……」

「待てぬ」

「ひゃっ!?」


 


 耳に齧り付いた後、颯人はそこかしこに唇で触れたり、噛みついたり、ちゅーちゅー吸いついてきた。

 そう言うムードなんだってわかってるし、嫌じゃないけどくすぐったくて笑ってしまう。


 笑い転げる俺の表情を確かめながら触られて、身体が浴槽の縁に持ち上げられた。

 ふと、脇腹に触れた熱に記憶が蘇る。そこは毛羽毛現の毛が刺さったところだ。


 腕、腰、太ももと颯人が触れて、胸がぎゅうぎゅうに締め付けられた。頭の中に咲陽とカマイタチの顔をはじめとした今まで出会った人たちが浮かんでくる。

 

 俺が人間の体を持っていた時、傷があった場所にだけ颯人が触れている。

陽向が生まれる前に朽ちた、傷だらけでいろんなものが足りなくなっていた……あの時の体にあった傷の場所に。



「は、颯人」

「うん」

 

「もしかして、全部覚えてるの?」

 

「あぁ、忘れるわけがないだろう。其方との(うけい)の時、我は人の体についた傷を継ぎたいと願った。

 其方は傷ひとつない体になりたいと願い、その願いが是とされた。

 今思えば其方は女子(おなご)なのだから、その方が良かっただろう。だが……我は、傷だらけの真幸も愛していたのだ」

 

「……は、やと……」


 

「全ての傷を、記憶を、我が上書きしてやりたかった。傷口を確かめねば癒す事も叶わぬが、既に失われてしまった。

 だが、瞼を閉じれば全てが浮かんでくる。我だけはそれを忘れたくなかった……ここも、ここも……傷の一つ一つに其方の歩んだ時が刻まれていたのだから」



 

 嗚咽が漏れそうになって、慌てて口を塞ぐ。その手は颯人に掴まれて、声を聞かれてしまった。

 涙を止めようとしても次々に溢れてしまって止められない。

涙を掬った綺麗な唇は、そのまま自分の唇に重ねられた。


 腕を伸ばして颯人に必死でしがみつき、耐えきれない衝動に瞼を瞑る。

 

 ――あんなにたくさんあった傷を、全部覚えていたなんて。

何百年経っても、彼の唇が触れればその時が鮮明に思い出される。相棒と過ごしてきた日々が、出会った人たちが、すべての想いが颯人の愛情として胸を打った。


「颯人……颯人、はやと」

「うん」

「……っ、颯人」


 


 大好きだって、言いたいのに。俺の口は相変わらずその言葉を吐き出してはくれない。颯人が言う『愛してる』って言ってみたいけど何だか怖くて。

 

 これ以上好きになったらどうしよう、自分が壊れてしまいそうだ。お腹の奥から熱が生まれて、吐き出す吐息までもが熱くなる。


「横になろう、ここでは背中が痛い」

「…………そのためにこんな場所があるんだね」

「そうだとも。ここは、其方と過ごすための場所なのだから」




 お風呂の脇にあった謎のソファーにさっさと移動されてしまった。何でここはタオル地なんだ……しかも速乾性のやつだろ、これ。最近の技術が含まれてるのは何故なんだよ。

 

 何だか颯人の手の内で転がされているようで、ちょっと不満だ。じろっと睨んだはずなのに、颯人は幸せそうに笑った。

 濡れたままの体で俺を組み敷いた彼は、キスの合間に囁く。


 

「我の心持ちを知れただろう?愛おしすぎて、胸が苦しくなるのだ」

「むぅ……どうしたらいいのかわからなくて怖いよ。気持ちがいつまでも溢れてきて、破裂しちゃいそう」


「其方にはもう、教えた。我の髪を解いてくれ」

「…………あ。あれって、そう言う意味だったの?」

「そうだ。ここから先は、過去との答え合わせになる」



  

 俺は彼の首に回した手を伸ばし、颯人の簪を抜いて髪を解く。長い黒髪はふわりと広がって帷を下ろし、視界の全てを占める。

 

 もう、目に映るのは颯人だけだ。


「其方の黒髪が恋しい。……我の髪を捧げようか」

「ううん、どうせ伸びるでしょ、俺は颯人の髪がなくなるのは嫌だよ。隠してくれなきゃ恥ずかしいもん」


「ふふ……そうか。真幸、其方は今……何が欲しい?」

「颯人が欲しい」


 迷わず答えると、颯人の瞳から雫が溢れる。それを受け止めて瞬くと、颯人の吐息が降りてくる。



 彼の長いまつ毛が瞼をくすぐって、甘い時間の始まりに二人の鼓動が重なっていった。




 

 


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