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裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
過去と未来の狭間

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76 別れと約束


伏見side

 

――清元、清元目を覚まして……――


 ……ん?この声は、ウカノミタマノオオカミ……いや、寝た覚えはないんですが?でも、実際目の前は真っ暗だ。何も見えない。

 耳鳴りがして、三半規管が揺さぶられている。頭の中が霞がかかったようにぼやけて、思考がまとまらない。


 体の関節が軋んでいるし、どうやら周囲に火があるようで灼熱を吸って息がまともにできない。


「――はっ!?芦屋さんはどうなって……くっ」




 意識が急激に覚醒し、体を起こすと全身に激痛が走る。辺りは黒い焦土が広がり、仲間達が呆然と立ち尽くしているのが見えた。

 僕の顔を覗き込んでいたウカノミタマノオオカミが眉を顰め、小さく頷く。優しい銀の髪がさらりと肩を流れた。

 

「やっと起きたわね」

「ウカノミタマノオオカミ、一体何が起きたんですか!?芦屋さんは無事ですか!?」

 

「自分の目で確かめなさい」


  

 煤をそこら中につけた彼女は白銀の髪を耳にかけ、熱い風にそれを漂わせている。


 ふと、違和感に気づいた……あんなに沢山立ち並んでいた木がなくなって、広大な土地が拓けている。

 一部分にだけ木が集まっているように見えるが……原始林が身を寄せ合い、密集している??

いや、そんなバカな。木は動くはずのないものだ。



 

 だがしかし、僕の常識は瞬時に覆された。大地はそこかしこが盛り上がり、一直線にある地点へと集まっている。木は、確かに動いたのだ。

 原始林の巨木達は誰かを取り囲み、何かを護っている。葉の落ちた枝の合間から、黄金色に輝く光が溢れていた。


 恐る恐るそこに近づくと、黄金色はプリズムのように七色に煌めき……木の壁に守られた人が姿を現す。

 ……芦屋さんだ。彼女はスーツを着たまま横たわる誰かの膝枕をして、密やかに鎮魂歌を謳っていた。




「――あんがとな、もういい」

「……うん。まだ痛い?」

「いや、大丈夫だ。術が効かねえから天災を起こすだなんて……常世の奴らは過激だな」

 

「本当にね。してやられたよ」

「なぁ……お前の体は、五体満足か?」

「うん。鬼一さんが守ってくれたから」

 

「そうか……もうなんも見えねぇし、鼻も効かねぇや。命の最後ってのは、こう言うもんなんだな。お前が無事で本当によかった……」

 

「…………うん」


 

 七色の輝きを乗せた風が舞い、濃い血の匂いがする。

横たわった鬼一は体の左半分を失っていた。芦屋さんも五体満足ではない……片方の手足を失っている。

 

 地面に広がる紅の海は、二人の命を大地に広げて行く。


 思わず巨木の壁に触れると、ガラスの割れるような音がして手が弾かれる。芦屋さんの結界は千古の杜を、まだ守っているのだ。




「因果応報ってなもんだよなぁ……。心臓を奪われても喋れるんなら、神になってよかったと初めて思ったぜ」

「神様になってからずっと、後悔してたの?」

 

「あぁ、俺にはまだ早かった。これでよかったんだよ。……そう、泣くな」


「鬼一さん、どうして俺を庇ったりしたの?俺は、ちゃんとみんなを守れた筈だったのに」

 

「すまん……体が勝手に動いちまった。お前の背中に飛んできたモノは、俺のトラウマそのものだったから。親友を奪ったアイツが……産土神の封じた壺が飛んでくるとは思わなかった」

 

「ん……本当だね、嫌なタイミングだ。相変わらず運が悪いんだな」

「俺たち二人とも運が悪いんだ。昔からそうだっただろ」

 

「ふふ……そうだね」 



  

 乾いた笑いが二つ生まれ、やがて沈黙が舞い降りる。


  常世、中務の両軍と話している最中に地震が起きて……恐らくは天帝側が埋めた地雷が起爆してしまったのだろう。

 

 杜は芦屋さんを守ろうとしたが、天帝が封じたはずの産土神を封じた壺が割れて彼女を攻撃した。それを防ぎきれず、この現状になってしまったようだ。


 地面には割れた壺と、若草色の勾玉が落ちている。鬼一が斬ったのか、鎮めたのかはわからないが、もう荒神の気配はしていない。


 

 ふいに、土を踏む音が聞こえる。


 フラフラと木立ちの壁に近づいたのは颯人様だ。彼の表情は目に見えない。

全身の肌が黒く染まり、着物の袖から黒い液体が滴っている……これはマズイですよ。




「颯人様」

「…………」

 

「颯人様、落ち着いてください。荒御魂(あらみたま)を鎮めてください。このままでは荒神になります」

「伏見……あれの、音がしない。真幸の鼓動が伝わらないのだ」




 力なく膝をついた颯人様はがっくりと項垂れている。顔貌まで黒く塗りつぶされていて、どんな表情をしているかがわからない。

 

 それに……鼓動が伝わらない、ですって?いや、まさか。だってあんな穏やかな口調で鬼一と話しているじゃないか。

 

 左手を握りしめた彼は体を大きく震わせて、必死で結界を引っ掻き始めた。爪が割れて、血が流れ出している。


「颯人様!おやめください!」

「まさきが、まさきが……ウしわれてしまう」

 

「…………なっ……颯人様、言葉の揺らぎが出ています。心を鎮めて、落ち着いてください」


 


 項垂れる彼を抱き止め、羽交締めにするとおとなしくされるがままになった。こんなに脱力し切った颯人様は初めて見る。

 恐る恐る彼の左手に嵌った指輪に触れると……氷のように冷たい感触が伝わって来た。


 颯人様の震えが自分にも伝染して、背筋がゾッとする。自分の首に触った勾玉もずっと同じように冷たいままだ。今まで、一度もこんなことはなかったのに。

 


 


「俺は、隠し神に会って謝りたい。体が半分こになっちまうとこんなに痛いんだって知らなかったぜ。本当に悪い事をしたな」

「やっぱりまだ痛いんじゃないか」

 

「はは……言っただろ、因果応報だよ。自分のやった事は、自分に返ってくる。

 俺はこの痛みをあの子に与えたんだ。お前にもそうしちまった。だから、俺が同じものを経験するのは当然の事だ」

 

「鬼一さんはずっとあの時を忘れられなかったんだな」

「あぁ……隠し神を傷つけたのと同じく真幸も傷つけた。俺はやり直したかったんだ、最初の出会いから。

 真幸と仲良くして、一緒に成長……して、嫌われたりせずに……俺は……おれ、は」


「鬼一さんはちゃんとやり直してただろ?あれから一生懸命に生きた。誰よりもまっすぐに、嘘をつかずに。

 ……逝かないで欲しいよ、治癒の術なんか意味がないってわかってても止められない。この後にはもう鬼一さんがいないなんて、本当に……」



 女神の瞳からはらはらと溢れる雫は光を弾いて煌めき、鬼一の顔に落ちる。その光の粒を彼は血色のない顔で全て受け止め……見えていないはずが、その美しい色をじっと見つめていた。

 

 呼吸音が浅く、小さくなっていく。残った右手が蘆屋さんの手を握る。ガタガタと震えたままそれは掲げられ、鬼一は恭しく(こうべ)を垂れた。



 

「っし……気合い入れたぞ。

 主殿、御身の……おそばを離れる事、しばしお許しください。俺は生まれ変わったなら、貴女の元へかならず還ります」

  

「……うん。ゆっくり休んでね、また出会ったら毎日忙しくて休む暇なんかないから。覚悟して下さい」

 

「はい。ホノカグツチと、イケハヤワケノミコトをお預けいたします」

「うん……預かるだけだからちゃんと取りに来てくれよ?他の人には渡さないからな」 


 

 鬼一は苦笑いを浮かべて頷き、口から吐き出した勾玉を芦屋さんに手渡す。それを受け取った彼女は神ゴムに勾玉をしまった。


 鬼一の傍に落ちた刀が――漆黒に染まる。

神譲りを終えた一鬼神はゆっくりと目を閉じ、最期の一息を吸った。



 

「颯人様にきちんと伝えるんだぞ。あんな、言い逃げはよくない。

 俺はお前さんが幸せになるのを見守ってる。体はそばに居なくても、魂は……ずっとお前の心にいる。人神様の神器は飲み込んじまったから、貰ってく」

 

「うん」


「俺は本当に幸せだった。生まれてきてよかったと思える人生だった……最期にお前を守れて、自分が誇らしいよ」

 

「うん。守ってくれてありがとう、鬼一さん。ゆっくり休んで……今度は、俺が迎えにいくからね。俺があげた神器がきっと導いてくれる」

 

 鬼一の頭を撫で、女神が唇で額に触れて死出の旅への祝福をし……魂は現世を離れた。

 空を見上げて涙をこぼした彼女はため息を吐き、そのまま鬼一に覆い被さるようにして倒れ込む。




「…………」

「――颯人様……」

「……………………」

「は、颯人様?しっかりなさってください!!」



 颯人様には、僕の声が聞こえている様子がない。どうしたものかと歯噛みしていると、千古の杜に張られた結界が一斉に崩れ落ちる。


 杜が作った護りは解き放たれて……金色の欠片達が地面を覆い尽くした。



 

 鈴村が泣き叫び、それを飛鳥殿が抱き抱えて走り去っていく。呆然としたアリスも同じようにマガツヒノカミが抱えて行った。

 星野、真子は白石と清音さんを八房の背に乗せ、尻を叩いて追い立てる。


 みんな、ここを離れて行く。

 

 ただ一人……漆黒の闇よりも黒く、深い絶望に染まった颯人様だけがのっそりと立ち上がって芦屋さんの元へと歩み寄っていった。



 


「……芦屋さんは無事ですよね?私も治癒術をしに行きます」

 

「ダメよ。ここを離れます。颯人は間も無く荒神になるでしょう」

 

「な、何を言ってるんですか?!芦屋さんの結界が壊れてしまった……こんなのおかしいでしょう。あの方が気絶しただけで、結界が壊れるなんて有り得ません」


「――だから、離れるのよ。父上はもう荒御魂に支配されている。どうにもならないわ」

 

「…………」

「あぁ、もう!」


 


 僕は苛立ったウカノミタマノオオカミに、抱えられてしまった。彼女が地面を蹴った瞬間に赤と黒の炎が生まれて辺り一面を覆い尽くし、立ち上がった灼熱が天を貫く。

 

 太陽まで届いただろう炎は空を焦がし、晴天を漆黒に塗りつぶして行く。


「これは……一体何が起きたんですか?」

「言ったでしょう。颯人は荒御魂に支配されたの」

 

「……だって、それじゃ芦屋さんは」

「…………」 


「芦屋さんは本当に……」

「…………」

 

「ウカノミタマノオオカミ!答えてください!!ウカノミタマノオオカミ!!嘘だ!そんな事……芦屋さん……芦屋さん!!!」




 足の裏から焦燥感が立ち上がり、全身から冷や汗が吹き出す。手も足も自身の理性を覆して震え出した。

 そんな事、あるはずがない。ありえない。あってはいけない!



 天空を貫いた炎は原始林を全て覆い尽くす。その宙空を駆けていく白狐姿のウカノミタマノオオカミ――彼女がこの姿を顕わす時は、緊急事態の時だけだ。

 

 呆然とそれを見るしかない僕のそばに、月読殿に抱えられた白石と八房に跨った清音さんがやってくる。

 


「伏見、颯人を鎮める方法を考えるんだ。まだ、僕たちは諦めてはいけない。真幸くんが死んだ確証はない。

 頼む。希望を捨てないで、諦めないで……伏見だけは……」

「とにかく一旦離れましょう。荒御魂に支配されたら……しばらくはおさまらないわ」


 

 月読殿とウカノミタマノオオカミだけが冷静なままで、その声を聞いても僕はまだ、衝撃から立ち直れずにいた。



 ━━━━━━

真幸side




「……熱い……」

 

 自分の口から出た声は、身を灼く炎に溶けて消えて行く。瞼を開くと、俺は本当に真っ赤な火の中に身を置いていた。

衣服は焼け落ちて、裸ん坊になってしまっているんですけど……どういう事態なんだ。

 

 地震が起きた後、鬼一さんが庇ってくれなければ産土神にやられて俺は死んでいただろう。

 彼を見送った後一時的に気絶してしまい、失った左腕と左足を再生するために自分の電源を落とさざるを得なかった。

 

 心臓が鋭い痛みを発して、鬼一さんの笑顔が頭の中に現れる。浮かんでは消えていく思い出。その中の彼が発する、花々に染み入るような慈愛に満ちた声は……もう二度と聞くことはできない。



  

 一生懸命で、優しくて、正直で。口に出す言葉は少なくても、心のうちに沢山の想いを抱えていた。

 何もかもに毅然と立ち向かっていたけど、俺と一番最初の出会いをやりなおしたいだなんて……ずっとそう思ってくれていたんだ。


 本当に寂しい。寂寥の念がいつまでも湧き出てきて止められない。俺の両手からまた、大切な命がこぼれ落ちてしまったんだ。


 でも……今は、彼が遺した言葉を真実にしなければならない。

一緒に泣いてくれる人が、俺にはいるから。


 


 炎は収まることなく燃え続け、木の焼けた匂いがしている。

これは……颯人が勘違いしちゃったのかな。もしかして、俺が死んだと思ってバーサーカーになってる?


 灼熱が容赦なく俺の皮膚を焦がして行く。体の中にいる魚彦が呻きながら必死で治癒の術をかけていると気付いた。

 治しては燃えて、火傷の痛みが蓄積される。それとともに、胸の中にも灯火が燃え上がった。

 

 俺にとってはこの世で最も好きな匂いがずっと、立ち込めている。彼の匂い……これは、颯人の火なんだ。俺が大好きな人が産んだものだから、俺が鎮めなきゃいけない。




「……簪は燃えちゃったか。眷属のみんな、このまま中にいて無事でいられるか?」

 魚彦が――否――と応える。うん、まともに喋れる状況じゃないんだな。


 それなら仕方ない。これは常世の人たちが作り出した未来かもしれんけど、他に方法がない。


 


 火の中に生まれた風が自分の髪を巻き上げる。不思議なことに黒くて長い髪の毛には火が燃え移らない。

爪先で髪を切り、そこにみんなの勾玉を吐き出して、神ゴムと一緒に包む。

 ……うん、大丈夫そうだ。


 耳元の赤黒(あぐろ)が変化したピアスを引きちぎると……一瞬で燃えて消えてしまった。いや、勾玉があるから大丈夫。首元を探っても件の変化したチョーカーは見当たらない。どこかに隠れたにしては声が出てるが、よくわからん。

 

 指輪はなんの問題もなさそうだから、このままでいいか。



  

「ゲホッ……肺が燃えちゃいそうだな。はぁ……ここからは自分でどうにかするしかない。

 魚彦、暉人、天照、ふるり、ククノチさん、赤黒、ラキ、ヤト、眷属の皆んなを一時的に依代から外す。仮の委託先は伏見清元へ。累、お届け物をお願いできるか」

 

「私はここにいる!」

 

「ダメだよ、俺も余裕がないんだ。累は俺の代わりに皆んなを守ってくれ。生き残るためにそうしたいんだ。死ににいくわけじゃない」

 

「……本当?ちゃんとできるの?帰ってくるの?」


 

「あぁ、必ず帰るよ。颯人と話をしなきゃならないんだ。二人の将来について、ちゃんと決めないといけない。

 鬼一さんと約束したからな。伏見さんにもそう伝えてくれるか?」

 

「……うん」



 累の白毛玉と髪の毛で包んだ眷属の皆んなが炎の中に消えて行く。

 魚彦の癒術を失って指先から、足先から、徐々に火傷が広がって来た。切り傷よりも肉の奥からの痛みが生まれて、水疱ができていく。

 

 ――よし、やるぞっ。



 

 炎に体を燃やされながら歩いて行くと、やがて風が強くなる。

颯人は風も、火も、海も司る神様だからそうだろうなぁ。風に煽られた火は勢いが増した。

 こんなに熱いものを中に持っているなんて……いや、俺はよく知っているはずだ。


 目が合った時に燃える、俺を想う熱。泣いた時に揺らぐ海のような深い優しさ。抱きしめた時に伝わる、風が踊るような鼓動。

 それらは全て芦屋真幸という一人の人間に向けられていた。


 俺は、それをちゃんと貰えずにいたんだ。いつでも、どこでも颯人は惜しみなく俺にくれていたのに。

 ……今、ちゃんと受け止めるからね。


 


「颯人、どこにいるの?」


「俺は生きてるよ、死んでない。二度と離れないって言っただろ?顔が見たい」


「颯人……颯人…………はやと…………」




 全ての気持ちを、絶えず溢れる愛しい想いを込めて名前を呼ぶ。大好きな颯人な顔を思い浮かべ、歩いて行くうちに体の肉は焼け落ちて炭になった。


 全ての痛みが感じられなくなった頃、目の前に真っ黒な大きい塊がぬっと姿を顕わす。漆黒が炎を打ち消して、俺を包み込んだそれは揺れて波打ち際の飛沫を上げた。


 


「颯人……?」

「――――」

 

「もぉ、わかんないよ。ちゃんと姿を見せて。抱きしめたいんだけど」

「――――」

 

「……もしかして、黒いのが全部颯人なの?君は俺の相棒さんか?」


 揺蕩う墨色が一塊になり、胸元にゴスッと音を立ててぶつかってくる。それを受け止めて手を伸ばすと、骨になった自分の手が見えた。


 仕方ない、お肉がなくても颯人なら許してくれるだろう。胸元にある黒い黒い塊を抱きしめて、頬擦りする。


 間違いない、これは颯人だ。よく見るとヤトみたいに鼻先があって、鹿のような膨らんだほおがある。真っ黒けだからどこがなんなのかわからない。

 うーん……キス、したいんだけどな。どこが口なんだ?


 


「颯人、バーサーカーでも俺がわかるだろ?どうしたら元に戻れる?祝詞が欲しいか、それとも癒しの術がいいか……何が欲しい?」

 

「――が、ホシイ」

「うん?」

 


 完全に荒神落ちしてるな。言葉の揺らぎもあるし、これは原始林を燃やしてしまったかもしれない。

 でも、うん。ごめんだけど今は颯人のことしか考えられない。今伝えなきゃ、骨ももうすぐ灰になってしまうだろう。

 

 崩れ落ちる前に、言わなきゃ。




「何が欲しいの?」

「真幸……ガ、欲しイ」

 

「ん、わかった。颯人に全部あげるよ。俺は……颯人の事が……す、す……すすす……」

「………………」




 『好き』のたった一言が言えずに、躊躇う俺の口に黒が噛みつく。

そこから彼が何もかもを侵食させて、痺れるような甘い感触がお腹の一番奥を貫き、中で弾けた。

今まで感じていた炎の熱よりも熱く、柔らかいモノが頭の中まで染み込んでくる。



 

「真幸が欲しい。誰にもやらぬ。其方は我のものだ」


 まるで……依代になったばかりの頃みたいな。風邪の熱に浮かされた、甘えん坊の颯人の声が耳の中に響く。

 彼に求められたことが嬉しくて、幸せな気持ちになって、真っ黒な塊を抱きしめ心の底から叫んだ。


「俺は、もうずっと颯人だけのものだよ。今はもう、誰も中にいない。颯人だけだ」


 

 自分の口から甘すぎる音が聞こえて、恥ずかしくなって目を閉じる。打ち寄せる波間に揺蕩い、重なる吐息の中で体も心も溶けて行く。


 自分の頬に温かいものが落ちてくる。颯人がもたらした涙が火を収めて、体を冷たい海水が癒してくれる。



  

 瞼が閉じたままの闇の中で、彼の長い黒髪が頬に触れる感触がした。必死で持ち上げた瞼の隙間から、綺麗な形の唇が見える。両手を差し伸べるとそのまま唇が落ちた。


 やっと……ちゃんとしたキスができた。よかった。

 

 俺はようやく熱から醒めて、瞬く。

 

 触れ合う素肌の感触があんまり気持ちよくて、そのまま意識を手放す事にした。 


  





 





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