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【もうすぐ完結】裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
過去と未来の狭間

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75 解消できないジレンマ


 伏見side

 

『真子、真神陰陽寮の部隊は』

『配置完了。任務地から戻ってないのは三つ指以下やから、数に入れんでいい』

 

『伏見家の隠密は……地雷設置を禁止されました。視界不良も甚だしいと言うのに』

『まぁなぁ、こんだけもっこもこの森なんやから。上空からはなんも見えんわ。芦屋さんが木に呼びかけるって言うてたけどほんまなん?』

『そうですよ。言った通りに彼女なら成し遂げます』

 

『伏見さん、真子さんの疑問もしゃーなしやろ。こんな広大な原始林の木の一本一本全部に話しかけて葉っぱを落としてくれって……聞くんか?』

『聞く。鈴村、千古の杜はすでに真幸の支配下だ』



  

 鬼一の声に、念通話の向こう側からため息が複数聴こえる。現在芦屋さんと颯人様、鬼一が春日山原始林の中心部に向かっている。少昊殿も巻き込まれているが、回復した饕餮がついているから問題はないだろう。

 

 今回、木立に紛れて戦争ごっこを始めようとしているのは中務・常世の使者らしい。

 大暴れしてたのは産土神の筈だったのに……何故こうなるんです?本当に予定通りに進みませんね。



 

 春日山原始林は奈良県の東に在する原始林で、一千年以上前から狩猟・伐採が禁止されている神域。大社の(もり)なんですよ。

 人の手が入っていない杜は特別天然記念物、世界文化遺産であり、古都奈良の文化遺産でもある。


 古来から大切にされてきた杜を穢すわけにはいかないと、芦屋さんは250ヘクタールの広大な土地に結界を張り巡らせた。さらに、上空から暴れようとする輩を制圧するため木々に葉を落とし、見通しをよくしてもらおうと現在爆心地を走り回っている。


 ここは曲がりなりにも神域であり、木にも神は宿る。杜自体が神々の集まりと言ってもいいが、それを守るために説得する……なんて。




 幸いにも戦支度をしていた者たちは我々の到着を知り、膠着状態だ。しかし、いつ戦いの火蓋が切って落とされるかわからない。

 伏見の隠密、真神陰陽寮と自衛隊の協力を得て総数は把握している。中務が率いる西軍が八万、常世の国の東軍が七万。

 

 関ヶ原の合戦かってんですよ。馬鹿らしい。


 突っ込ませていただきますけどね、一体どこからそんなに集めたんだ。日本の神々だけでなく、諸外国の神々が軍勢に含まれているのは何故ですか?

 常世側に中国の天帝一家がいるのはわかるが、中務側にイナンナ殿や戦女神がいるのはなんなんです???


 完全な国家侵略状態のため自衛隊が動かざるを得ず、刃を交えれば国際問題に発展しかねないこれは、先ほどの颯人様の憂慮をそのまま形にしたようなものだ。


 常世の国の使者は芦屋さんを『連れて行きたい』が目的のはずで、中務はその意思に沿って動いていたのではないのか。今更仲違いをして一体どうしようと言うのだろう。




『こちら芦屋、もうすぐ準備できるよ。空待機のメンツは葉が落ちて、視界が開けたら術封じの結界を展開してくれ』

『かしこまりました』


 穏やかで、まるで現状を何も知らないかのように涼やかな声が聞こえた。九州でお世話になったイッタンモメンやコカクチョウ、空を飛ぶ妖怪たちの助けを借りて杉風事務所の面々は上空に待機している。

 清音さん一人が空を楽しんでますけど、あの方の精神構造はどうなっているんでしょうかね。

彼女と白石は龍神の代表である難陀竜王の背に乗り、まるで竜騎士のようだ。




『白石さん、質問してもいいですか』

『…………あぁ』

『何故初手で燃やさないんです?これだけの木を説得するなんて手間がかかりますよね。伏見さんがおっしゃる通り爆弾を使えば両軍とも数が減りますし、上手くいけば一網打尽なのでは?』


『お前、結構酷いな』

『これは戦争でしょう。情けなど元から必要ありません。

 燃やした後に復興するほうが楽な筈です。木立が残ればそれを避けながら移動しなければなりませんから。機動力を確保するなら地の利を得たほうが得策です』




 清音さんの容赦ない発言には、芦屋さんも苦笑いしているだろう。僕の考えと同じですが、彼女は古来から伝わる武士の一家ですからね。戦争をよく知っているでしょう。

 木を避けながら走るのは大変ですよ。例えヤトが小回りの効く騎馬だとしても、障害物競走をするようなものです。

 

 木立は影を生み、そこには隠れるものがいる。更地にして仕舞えば丸裸にできるのですから安全ですし。


 でも、それは芦屋さんが許してはくれなかった。




『木には神が宿っている。神力に溢れているここも立派な清庭(さにわ)だ。芦屋は古来から大切にされてきたものを壊す事は許さねぇよ』

『一本一本に全部結界張ってますもんね……全部覆うつもりなんですか?力の根源を脅かしかねないのでは?』

 

『そこは精霊を使うから問題ない。精霊ってのは自然から生まれるモンだろ、破壊を生むならその力を得られない……だから芦屋は愛されてるんだ』

『私は精霊さんとは仲良くできませんね、きっと』

 

『アイツだけだ、こんな風に精霊の力を借りられるなんて。神が宿るなら燃やせば痛いだろうから、そうできないんだよ。自分以外の痛みに敏感なんだ、ヒトガミは』




 白石の苦笑いに大真面目に頷いた清音さんは難しい顔をしている。龍を従えるほどになった彼女は、そろそろ記憶を取り戻しても問題はないはずだけれど……この辺りは清音さん次第になっている。

 さて、いつカップルが増えますかねぇ。




『始まるぞ』


 鬼一の緊迫した一声の後、両軍が動き出した。……さて、どうなるか。

ブロッコリーのようにもこもことした木立の間から砂煙を上げながら走る騎馬たち。何故古来のやり方なのか……皆目見当もつきませんが、どちらも鋼の鎧を纏い、馬や鹿に乗っている。

 人間だけではなく神も交えての戦いなど、普通ならどうにもならない。


 そう、普通ならば……。



 砂煙が中央に集まっていくと、柏手の音が上空にまで響き渡る。女神の発した清浄な気配が空の雲を貫き、大きく輪を広げていく。地上では金色の輝きが生まれ、海の波のように波紋として広がった。


 木々が……はらはらと葉を落としていく。中心部から広がった金の波に乗せて深緑の波濤が生まれ、木立に隠された軍隊が丸裸になった。


「伏見!やるぞ!!」

「応!」


 杉風事務所のメンバーは神を顕現し、一斉に柏手を打つ。口端に載せるのは、国護結界を繋いだ時と同じ……六根清浄祓詞だ。

僕たちの言霊に乗せて、金の波が五芒星を描く。

 

 術を完全に封じると言うよりも、これは清庭の効果を何百倍にも押し上げるためにやっている。この中にいる者たちが穢れを持ち続けるのは難しいだろう。


 光が収まり、五芒星は穏やかにかき消えていく。地上から舞い上がった風に乗せて木の葉が踊り、空に揺蕩う。


 


『聞こえるか?なぁ……こんな事、やめてくれ。もう、誰も傷つけるな』

 

 耳元に囁かれる、悲痛に満ちた声。芦屋さんの切なる願いはこうして術を通し、一人一人の耳元に届けられている。

 空から圧力を加えて仕舞えば楽なのに、術の使い方は以前よりも繊細な心遣いが備わっている。


 相手の心に響くように、相手の心に寄り添うように。彼女の術の殆どはすでに完成して熟練していた。苦労などなくともこの程度のことが容易くできるようになってしまっているんだ。

 春日山原始林にいるすべての命が、これを聞いている。



『――ここは千古の杜、日本の人たちが大切に守ってきた場所だ。何人たりともここを穢す事は許さない。言い訳なら聞いてやるから、代表者だけ来い』

 

「む……停戦させる気ですか」

「どうする、伏見」

「取り敢えず術封じが完成しましたから、主人(あるじ)の元へ参りましょう」


 


 上空を旋回して僕たちは杜の中心地へと向かう。空の上から見える地上は木々の編み出したレース模様に彩られ、登りはじめた朝日の影を地面に刻んでいく。木枝の先まで芦屋さんの神力が染み込んでいるから、誰もこの杜を壊せない。


 空に現れた僕たちに一瞬目線が飛んでくるが、寒気を感じるような冷たい気配だ。人神様は完全にご立腹のようですね。

 こめかみに流れた汗を拭うと彼女は『ごめん』と、苦笑いを浮かべた。




 しばらく待って、両軍から3名ずつ代表者がやってくる。サンタクロースのような髭を蓄えた立派な鎧姿なのは天帝か。そばに控えた黄帝は冷や汗をかいている。もう一人ついてきたのは……巫女服姿の……。


「アイツが咲陽(さや)って巫女か?」


 白石の言葉に奥歯を噛み締めた。僕が姫巫女と対面したのは亡くなる寸前でしたが、確かに覚えている。気品に溢れて最期まで凛と佇んでいたあの時のままの姿だ。


 中務側からは現代の中務代表、あれは真神陰陽寮から不合格で追い出された一橋議員の甥っ子、それからふわふわスケスケ衣装を纏ったイナンナ殿と……えっ。


「……何故浄真殿があそこに……」

「いや、マジで何でだよ!?最初から色々知ってたって事か!?」

「…………」




 浄真殿は住職の正装である袈裟服姿だ。虎の子の武器である『法霊数珠』を手に持っている。これは……あまり良くない状況ですね。


「白石、空は任せます。星野、鈴村は鬼一を守ってください」

「わかった」

「は、はい……」

「こんなんおかしいやん……真子さんも呼んでおくわ」




 鈴村の言葉に頷きを返して、空から飛び降りる。体の中の臓腑が浮き、重力に耐えていると空に舞う木の葉たちが体を支えて芦屋さんの元へ運んでくれる。差し出されたたおやかな手を握り、地面に降り立った。


「危ないよ、伏見さん」

「あなたの方が危ないですよ、人を呼ぶなら右腕を忘れては困ります」

 

「うん。……なんだかよくわからん状況だな。まるで脈絡のない悪夢みたいだ」


 ぼんやりとつぶやいた声は、何も感情を含めていない。彼女の暖かな手のひらが離れ、僕は胸の中が締め付けられるように痛んだ。


 ━━━━━━


「いよーぅ!お疲れ様ー!」

「イナンナ……」

「そう怒んないで!取り敢えずテーブルとー、椅子とー、お茶は必要?」

 

「はぁ……持ってきてるよ。お茶菓子は流石にないけどな」

「マヂ?何茶?」 

「黒茶」

 

「あはは!溜め込んだものを出せってか!?アタシ、プーアル茶苦手なんだけどなぁ」

「贅沢言わないの」


 


 軽快にやってきたイナンナ殿は、指先をクルクル回しながら赤い円卓を虚空から作り出し、人数分の椅子が出される。こうなるとわかっていたように落ち着いてますね?


 芦屋さんと颯人様が席について、僕と鬼一が背後に立つ。少昊殿は芦屋さんの眷属神たちと共に木立に紛れて隠れている。

 イナンナ殿、中務代表、浄真殿が腰掛けて、常世側の使者たちは呆然とそれを眺めていた。




「取り敢えず座って。あったかいお茶飲んでくれ」

「……」

「はじめましての挨拶は、必要ないよ。わかってる」

「あ、あぁ……」

 

 芦屋さんの目的は、傀儡を解く事だろう。天帝と黄帝が椅子に腰掛けた瞬間、巫女服姿の咲陽さんが芦屋さんに近づいた。鬼一が行手を遮って、背の小さな彼女を睨む。




「久しぶりだな、姫巫女殿」

「あぁ、久方ぶりじゃ。妾とは言葉を交わさずだったが、真幸と共に見送ってくれたじゃろう。覚えているよ、鬼一。それから、伏見……空には仲間たちがおるなぁ」


「……」

「何を言ったらいいか、わからんのじゃろ?妾もじゃ、ただ……真幸に触れたい」

「…………むぅ」

「鬼一さん、大丈夫だよ」




 渋い顔をしたまま鬼一が避けると、立ち上がった芦屋さんは咲陽さんを抱きしめた。

 

「……咲陽」

「ああ、真幸じゃ……本物じゃ。何度夢に見たことか。妾の兄……姉になったな?」

「ふふ、うん……俺もだよ。すごく、すごく会いたかった」

「うん……うん」


 しっかり抱きしめ合う二人は、ただの再会ならば本当にどれだけ良かったことだろう。だが、姫巫女殿の体は……動くたびにガチャガチャと木の触れ合う音がする。それを聞くたびに芦屋さんが歯噛みしているのを感じた。


 

「咲陽さん、後ほどゆっくりお話ししましょう。今は、この局面を片付けねばなりません」

「うむ、わかっておる。伏見は優秀な秘書じゃな!」

「ありがとうございます」


 涙を滲ませたその瞳は、僕の瞳と同じ色。耳と、声は判別がつかないほど木偶の姿に馴染んでいる。僕たちの内臓を寄せ集めた木偶の核は、奥多摩の姫巫女である咲陽殿で間違いない。

 しかも、自我がある。記憶もある。こんな…………残酷なことがあるだろうか。




「さーてな、お茶飲んだところで話しはじめたいんだけど。アタシが仕切っていい?」

「事情から話してくれるなら」

「うん、オッケー!」



 スケスケヒラヒラ服は誰にも突っ込まれない……彼女の母国では本当にあの服が正装だと知ってしまったから、僕たちも何も言えないんです。

 イナンナ殿は再び指先で空気を混ぜて、そこからホワイトボードを取り出した。はいはい、神様お得意のマジックショーですね。



「えーっとぉ、とりま……常世の国、傀儡ーず&咲陽っち、中務、ヒトガミ大好き女神連合、あと真幸たちね。派閥はこんな感じで別れてまーす」

 

「…………」

「芦屋さん、気持ちはわかりますが後で突っ込みましょう」

「ウン」


「わかり易くしてるんだから静かにしててよね!んでぇ、常世の国から依頼を受けて傀儡ーずは咲陽っちを爆誕させたわけ。

 依頼の内容は『真幸を華胥の夢に避難させる』『身代わりの形代を作る』って感ぢ」 

「はぁ??華胥の夢って、中国の天国じゃないのか?」


「そだよ、まぁまぁ最後まで聞いてよ」

「……ぐぬ」




 芦屋さん……分かりますよ!すごく!!初っ端から様子がおかしいですね!!


 だんだん真面目になって説明していくイナンナ殿は、はじめからもう一度語りはじめた。



 ある日突然常世の国からの使者が天帝の元へやってきて『ヒトガミを連れて行きたいが術が効かず不可能だ。現世に居るとあまりにも不文律を侵してしまうため、一旦中国の極楽浄土、桃源郷と言われる『華胥の夢』に避難させてくれ』……と依頼が来た。


 桜舞を見てからというもの、すっかりファンになっていた天帝は快く承諾して、ヒトガミの拉致を計画した。

 

 ヒトガミを国外に連れ出すには国護結界があるので難しい(不可能)、ならばまず国護結界を騙して形代を身代わりにし、綻びを作って運び出そうと思いつく。

 しかし、事件を起こしてもすぐに解決されてしまう。綻びを直せばより強固に結びつき、警戒したヒトガミは本人の分霊達が日本の大地に国護結界を定着させはじめた。

 

 日本の大地に完全に定着された国護結界は、そのうち意思を持ち、要であるヒトガミを手放さなくなるだろう。

 ならばそうなる前に国護結界の要代替として木偶を使おう、と予定を変更。結界の要になるには代わりになろうとする意思を持つ、命がなければならない。『ヒトガミの元へ生まれたい』と最も願う魂を呼び出したら、姫巫女である咲陽さんが召喚されてしまった。




 進化しつつある国護結界からヒトガミを引き離すために呪術を使い、現在の力の源であるヒトガミの心を弱らせて結界自体を弱くしようと側近たちの寄せ集めで……形代を仮初の()()ではなく()として錬成することを決めた。


 内臓を奪えば木偶はいつしか人間となる。それは確かに昔からある呪術の一つで間違いなく可能だ。

 

 だがしかし、ヒトガミは事件をこなすうちについに天帝側が放った策を打ち破り、仲間を守り抜いた。

しかもその後預言の声まで手に入れて、未来予知まで正確にこなせるようになってしまった。


 このままでは国外に連れ出すことは難しい。常世の国の死者が憂えている『不文律を侵す行為』が更に酷くなってしまう。

 常世の国の使者は『最早殺して魂だけを連れていくしかないのかもしれない』と言い出した。

 ヒトガミを殺したいわけではない天帝達は、いっそ国に攻め入って奪ってくればいいのではないか、と次の事件場所へと()を張った。





「中務は、そもそも『華胥の夢に連れていく』って話を天帝から聞いてないんだよね。橋っち達の目的は『ヒトガミを日本に縛り付けること』だった。中務を作った蘆屋道満の息子であり、国護結界を作った張本人が『常世の国に連れていかれちゃう!助けて!』って聞いてたんだってさ」

「……それで?」


「天帝側は『中国に連れて行きたい』中務は『国外逃亡なんて許さない』が腹の(うち)。天帝側が中務に協力して日本国内にとどめるため、ヒトガミを心神喪失の状態にするのが目的としてた……ま、心神喪失目的は一致してるケド腹の中の目標が違ったんだ」

 

「中務はなぜ国外に出したくないんです?恨んでるから人柱として必要って事ですか?世の中の安寧を崩したくないとか?」

「ほら、橋っちは自分でいいな。伏見が激おこになる前に」

「…………」



 イナンナ殿に肩を叩かれた中務代表は、僕たちの知っている姿とはだいぶ違う。顔はしわしわで髪も白く、明らかに老人だ。……年老いてから仙人になった、とは聞いていたが。


「……俺、のこと覚えてるか」

「覚えてるよ。君は真神陰陽寮に俺が初めて行った時、タバコ吸ってたら絡んできた人だろ?白石が追い払った人だ」

 

「そ、そうだ。覚えててくれたんだな……嬉しいよ」




 ぽっと頬を赤らめた彼は、うん、と頷いてまっすぐに芦屋さんへと顔をむける。瞳には一点の曇りもなく、輝いているように見えた。


「お、俺は……蘆屋道満がいなくなった後、毎年1月1日にあんた達が墓参りに来てくれていたのを知ってる。

 中務で死んだ奴らは沢山いたのに、一人ずつちゃんとお参りしていた……正月なのに、颯人様と一緒に花と祈りを捧げてくれた」

 

「…………うん」


「だから、初めて会った時本当はあんたが人神様だってわかってた。あんたが作った学校だから、おじさんに無理言って学校に行かせてもらった。

 ガキだったからあんな絡み方しちゃったんだ、ごめん」

 

 

「えっ、認識阻害術が効いてなかったの?」

 

「いや、姿はぼやけていたよ。でも、その声を間違えるはずもない。毎年必ず祝詞を捧げてくれたあんたの声は、凍えるような寒空の下で白い息を吐きながら祈ってくれたあんたのあったかい心は……親の死をきちんと納得させてくれた」

  

「そうか。俺たちは毎年、一緒にいたんだな」

 

「あぁ、今の中務のメンバーはみんなそうして年を始めるのが恒例になっていた。今でも毎年必ず墓参りをしてくれる……何百年経っても忘れずにいてくれる優しいあんたの事を、子孫全員が知ってる」




 思わぬ言葉に芦屋さんは微笑み、僕は微妙な心地になる。ならば、どうして天帝に協力したのだろうか。


「じゃあどうして、って顔してるけど……俺たちは、あんたがいない年の始まりなんて迎えたくない。清らかな声が紡ぐ至上の詩をいつまでも聞きたくて、俺は仙人になったんだ。手放せるわけ無いだろ」




 なるほど、全く私利私欲で協力したわけですね……。どいつもこいつも芦屋さんが好きになりすぎなんですよ。全く困ったものですね!!


「お前さんも同じだろ」

「鬼一!しっ。話途中ですから」



 たまらずツッコミを入れてきた鬼一の腹を突く。芦屋さんと仲間達の強固な結界に守られた彼の身体は固く、自分の肘の方が痛い。

ジンジンする肘を抑えて、お互い苦笑いになった。



「ほんでさー、中務は天帝が春日山原始林に小細工をしてるの見つけて突っ込んだんだよね。こんな事したら真幸に『この世が嫌だ、常世に行きたい』とか思われちゃうんじゃね?って。そしたら産土神と戦ってヘトヘトになった天帝がぽろっと『そうでなければ困る』って本音を言っちゃって」

「…………ええぇ……ていうか、そうだよ。暴れてたはずの産土神はどうなった?」


「天帝達にボコボコにされて封じられてるよ、あれは問題ないっしょ。ほんでいつもの通り龍の血で魔法陣作って、八犬士の珠おいて……橋っちは魔法陣を見ちゃったんだよね。何が書かれてるか」

「……そうだ。狙われているのは鬼一ではなく、颯人様とあった」



 

 顔色が変わった芦屋さんの手を握り、颯人様は首を振る。もう、魔法陣は我々が押さえ込んでますからね。大丈夫……の筈です。


「颯人様がいなくなったら、人神様はまた奈落に落ちてしまう。そんなの、常世に本当に行ってしまうだろ?だからぽろっとこぼしたのが本音だってわかった。

 日本に置いておくためにやってたのは嘘か!って問い詰めてたら……」

 

「妾がチクったのじゃ!」

「……そ、そう。姫巫女が『こいつら華胥の夢に連れて行こうとしているぞ』って教えてくれたんだ」


「ツッコミどころが多すぎる」

「全く同意ですが、それでこの戦になったんですか?イナンナ殿はなぜ中務側にいるんです?浄真殿までも」



 

「アタシは真幸に手出ししたら動くって言ったもん。ちょうどいい感じで戦争しようとしてるから、決着つけたるかー、ってんで加勢した」

「私はイナンナ殿に誘われました」


「いやいや、誘われて何で参加してるんですか!?私に言ってください!」

 

「そこはまぁ、知られぬうちにやっつければいいかなぁと思いまして。伏見に知られたら面倒でしょう」

「結局こうして知られてるじゃありませんか!」

 

「いやはや、言い訳できない。困りましたなぁ……まぁ、それより。中務側は少々過激な愛情を持っていますが敵ではありません。この機会に乗じて真に危険な天帝をぶちのめした方が早いでしょう?」

「確かにそうですね、話を聞くと傀儡としての術が解けても意思は変わらなそうに感じます」




 初っ端から沈黙を守っている天帝、黄帝はすでに芦屋さんのいれたお茶を飲み干している。顔色は先ほどよりも青白く、手が震えていた。


「聞きたいことは色々あるけどさ、どうしてそんなに必死になってるんだ?俺が好きだからってわけじゃないだろ?」

「……」

 

「おじいちゃん。俺と話するのは嫌か?」

「わ、ワシは……」

「うん」




 天帝は震える手を握り締め、その上から芦屋さんが手を重ねた。骨ばった指を撫でているうちに白髭に涙の滴がこぼれ落ちる。


「ワシは、お前を守りたかった。大いなる意思、常世の国のやり方は心がない。

 どうしても華胥の夢に来てもらわねばならなかったのじゃ」

「……どう言うこと?」


「ヒトガミは知らぬのじゃ。常世の国に連れていくため、さまざまを動かし続けたあ奴らこそ真の悪と言える。

 ワシは、お前に傷を与えてでもワシの夢に囲わねばならなかった」

 

「…………」

 

「ワシらが囲えば日本国内にいるよりも、確実に守れる。常世の国の住人には、心がない。

 だからこそ宇宙の意思を持ち、遥か彼方からこの星を見下ろしている。

ワシらの手に負えないとなれば……お前は殺されてしまう。肉を割き、魂を取り出して連れ去ってしまうのじゃ」

 

「そんな怖いことするのか……?でも、」


「最初からそうすれば、と思うじゃろう?だが、あれらは洗練された魂を好む。

 お前さんがさらに熟すると知ってワシらを動かし、傷をつけてはそこに新しいものを植え込んで……ヒトガミに預言の声を与えた。不文律そのものを与えた。もう、どうしたらいいのかわからん」

「…………」





 誰も彼もが黙り込み、太陽が登った青い空を眺める。これは、正直手詰まりではありませんか?どうにもならないんですが。常世の国が本気で動いたら芦屋さんの魂だけ無理矢理連れていくってことですよね。

 そうならないためには華胥の夢に行かなければならない。

 

 これは、流石の芦屋さんも厳しいかもしれません……。



 

 誰かが息を吸い、何かを口にしようとした瞬間……足元から『ドン』と言う鈍い音が聞こえる。


「地鳴りだ!!地震が来るぞ!!!」

「ふるり!暉人!」

「「応!」」



 鬼一の叫びに察し、芦屋さんが叫ぶ。ふるり殿と暉人殿が地面に手をつき、青ざめた。


「デカいのが来る。おかしいぞ、ここだけ国護結界が薄くなってる!」

「天帝!まさか地面の中に……」


 ふるり殿の声が――掻き消える。僕の目には、赤い炎と黒鉛、そして……覆い被さってくる芦屋さんの泣きそうな顔が映った。




 




 

 

 


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