70 追い詰められた最強
鬼一side
「…………」
現時刻0:00。先程全員がリビングに揃い、一人ずつ真幸に尋問を受けた後だ。
俺たちは誰かの記憶操作術を受け、その結果身近な仲間の誰かを忘れていた。
記憶が戻っているのはアリスと伏見、最初からその術を看破していたのが清音。清音に話されて記憶を強制的に取り戻したのが白石だと真幸にバレたらしい。
もちろん依代として寄り添う神々も全員それを知っていて、真幸本人のためにそれを話さなかった。
三人は記憶操作した本人の行方を探していて……随分前から月読殿は戻ってきていないと聞いた。
尋問と言っても真幸本人は喋れないから、陰陽師の卜占を使って調べを受けた。古来からの方法をアレンジしていて、手作りの短冊に『我不知道』と書かせてそれを燃やし、その嘘を見抜くというやり方で嘘つきを文字通り炙り出すやり方だ。
真実を隠していた奴らは現在審判待ちってとこだな。隠されていた本人がそれどころじゃねぇから、ただ待つしかなくてちっと可哀想だが。言い訳も出来ねぇし、怒られてスッキリも出来ねぇしな。
真幸がどう出るか占うか?なんて冗談でも言えない雰囲気だ。
基本的に占いというものは『確率論』やら『統計学』だなんて言われるが、古来から何万年経ってもこの方法が残っているのはそんな簡単な理屈じゃない。
占いってのは『偶然』を重ねまくって『必然』を導き出す地道なもんだ。吉凶を判断するものから昰否を判断したり、さらに細分化して未来を占うことも出来る。
今やってるのは『失せ物探し』だな。
現代では様々な文化が入り混じり、安倍晴明が行なっていた式神を使ったもの、今でも神社などでやっているが動物の骨を焼いたりして行う占いもある。
平安時代に『陰陽寮』として公務員の陰陽師がやっていた仕事は主にこれだった。
一年の吉凶を書いた暦をつくる事がメインだったんだ。時の帝の不幸や病気の予見、代替わりなんかも当てて……凶を覆すために祓いを行う。それが原初のだったんだよな。
声を失い、力を封じられた現状でできる術を探してこうなったんだろうが……始まりに立ち返るという事はおそらく大きな意味があるんだろう。
この先の未来に関する事なのか、これから先に出てくるだろう強敵に対する術なのかはわからんが。必要な事だからこうなったんだと思う。
俺たちはいつも真幸の運命に寄り添って生きてきた。今回もその流れに乗りつつ子孫である清音の運命の歯車も加わってきている。
この騒ぎから見るに、この世の終わりでも訪れるのか。それは今のところ誰にもわからない。
真幸は仕事の上で、過去の先人が残してきた技術を元々倣っていた。古い書物を学んでは練習を繰り返し、会得し、颯人様と自分だけのやり方を作り上げている。
今回、陰陽師のルーツを平安から持つ俺たちも全然知らん方法で占うのを見て、感心してしまった。
本人は必死でやっているから険しい顔をしているが、原初を知らないはずの真幸は誰よりも基本に忠実で合理性のあるやり方を編み出している。本当の鬼才ってのは作り出す人のことなんだとようやく理解した。
(あのぉ……真幸さんかなり怒ってますよね?)
(清音さん、怒っているでは済まされない感じですよー)
(完全にキレてるぜ。こういう時は説教してくれないんだ)
(謝ったほうがいいのでは?)
(謝ったらさらに不機嫌になるぞ。あいつが怒るのは、いつも自分に対してだから。俺たちに向けられる怒りは『俺たち自身を危険に晒す出来事』を黙っていた時だな)
(え、それもしかして今の話も該当するんじゃ!?)
(だろうな。今までにない最悪の事態と言えるから、覚悟しておく。
清音とアリスのせいじゃねぇって、ちゃんと説明するから安心しろ。黙ってろって言った俺の責任だ)
(………………)
(今回ばかりは私も口を挟めませんねぇ……)
白石と清音、アリスは念通話で話しているが、顔色が悪い。真幸から『何か隠してるよな?』と聞かれ、問答無用で紙に何か書かされた。その後すぐに卜占を始めて、結果として『隠し事をしている』とはっきり出ちまったんだ。
何を隠しているのかだけを聞き、それ以上何も言われないから……誰も彼もが沈黙して待つしかない。
星野は独特な卜占のやり方をメモしてるし、鈴村は真実の眼で飛鳥殿と手元の動きを見逃すまいとして凝視してる。二人は完全に潔白だからこの件に関しては口を挟むつもりはないらしい。
浄真殿はさっきから伏見と中庭でタバコをずーっと吸ってる。説教されてる気配は感じているから、そのうち戻るだろう。
俺は顔色の悪い奴らと真幸の占いを興味津々で見てる奴らに挟まれて、ものすごく居心地の悪いまま椅子に座ってボーッとしている。
もうすぐ死ぬなら、卜占を見ても仕方ないしなぁ。何かを黙っていた奴らが真幸のためにした事なら責められもしない。要するに、やることがないんだ。
「――――?」
「いや、その読みは浅い。この石の配置からして『水のある場所』ではなく『流れる場所』と読むべきだ」
「――――」
「あぁ、そうだな。根源ではない……揺蕩い止まる、とある」
時々発せられる穏やかな颯人様の声、真幸の吐息は真剣そのものだ。常に学び、進歩し続ける二人はこんな時間を沢山重ねてきたんだろうな。
蝋燭の灯りに照らし出される二人は手作りの木盤、石と宝石、手元にある算木で計算しながら天文盤と照らし合わせて何回も占いを繰り返している。
積み木のような形で真っ黒に塗られた道具を使うんだが、これを使うのは初めて見たぞ。計算が複雑だし、今では使い方を知っている奴も少ない。
導き出されるものは恐ろしい程精密な結果になるが……計算や照らし合わせ、読み取れる情報も量が段違いになるから時間も手間もかかるんだ。
木盤は式神、干支、天文占いを合わせた六壬式占を元にして……更に盤面の文字が増えてもはや真っ黒な塊に見える。晴明が使っていたそれよりも精緻な作りだ。
あれが世の中に出回ったら厄介なことになるだろうな。星野のメモは厳重に保管するよう警告を受けるかもしれん。
真幸の集中は極限まで達し、颯人様以外の声は聞こえていない。こめかみから伝って細い顎先からぽたりと汗が垂れるのが見えた。
全身の力を適度に抜き、泰然としたままの姿を見ると……カッコいいなと思う。横顔は凛として研ぎ澄まされているが、心の波が立っていないからまるで神社の中で儀式をしているように厳かだ。
この顔をしている時には、誰も手出しも口出しもできねぇんだよな。
卜占は精神集中してないと結果が出ないから、疲れるだろう。今のうちに甘い飲み物でも作ってやるか。
俺は音を立てないように席を立ち、蝋燭の火だけが照らすダイニングテーブルを後にした。
━━━━━━
「……鬼一、飲み物が欲しいです。甘いものを作りましょう」
「お、帰ってきたか。お疲れさん」
「はぁ……浄真殿に久しぶりに拳骨されました。頭頂部は割れていませんか?痛みで卒倒しそうです」
音もなくキッチンにやってきて、頭を自分の手で摩っている伏見。やはり気落ちしている様子だが、反省したとは思えない態度だな。
リビングの方に目線をやると、浄真殿は真幸の卜占に見入っているようだった。あの人なら俺たちよりも内容がわかるかも知れんな。
「お前の硬い頭が割れてるワケねぇだろ。浄真殿にゲンコツもらうのはありがたい事だ。あの人が怒るのは見込みのある奴だけだった。俺は貰ったことがない」
「今の鬼一なら貰えますよ」
「道場で金言は頂いたぜ。嬉しかったな……俺に『この先生きることを諦めるな』と言われているようで」
「本来なら口に出してそう言いたかったのでしょう。あの方は真摯に向き合う者には必ず応えて下さいます……回りくどい言い方しかしませんが」
「そうだな、鬼軍曹はいい人だ。自分で結論を出せってことだろ」
「……えぇ、そうです。いつでも僕たちのために言葉をくださるんですよ」
「そうだな」
やかんの湯が沸き立ち、湯気を出し始めたところで火を止め、大人数用のでかい急須へ湯を注ぐ。しばし茶葉に適した温度まで冷ます必要があるから、ゆっくり中身を選ぼう。
棚の上にある缶を順番に眺め、その中から台湾の烏龍茶を取り出す。この前届いたばかりの緑のお茶は爽やかで苦味もなくみずみずしい香りが漂う、日本茶に近い味わいだ。
烏龍茶も日本茶も紅茶も、元々の原料は全部同じで発酵度合いの違いだなんて知らなかったぜ。ここで暮らさなければ知らずにいたことが山ほどあるなぁ。
生きていく上で口にするものは愉しみになり、日々を暮らす幸せが家には沢山ある。それを知れたのは、俺の人生の上でいちばんの収穫だっただろう。
これをくれたのは仲間全員であり、この家に住まわせてくれた真幸だった。
仕事の上でも、生活の上でもあいつは常に師匠だ。本当に……出会えたこと自体が幸せだった。
「そろそろちょうどいい温度ですよ」
「おう」
目を閉じて幸せな心地を反芻していると、伏見に肩を叩かれる。温度の下がった急須の中に茶葉を入れ、蓋をして蒸らしに入った。
足元の棚に入っていた果実の砂糖漬けを取り出して、並べる。
ガラスの中に入っているレモン、ゆず、金柑、りんごとカラフルな瓶を見て伏見が瞳を輝かせた。お前こういうの好きだよな。
「どれにする?」
「台湾緑茶ですからね……レモンかゆずがいいでしょう」
「ゆず茶もある。蜂蜜でつけたヤツだ」
「あぁ、それもいいですね。瓶ごと出せばいいのでは?」
「俺には甘すぎるから砂糖漬けにするかな。……皿に出して好きなようにしてもらえばいいか、真幸はどっちだ?」
「砂糖漬けの方がお好きですよ、今年の冬に作ったものですから。
旬のものがお好きなんです。少しでもご機嫌を直していただかないとなりませんからね」
「怒られる対象の白石にとっては、いつもの事だろ?」
「……鬼一、まさか気づいていないんですか?」
「え、何をだ?」
「我々は、全員『我不知道』と書いています。芦屋さんがわざわざ中国語を書かせたという事は、原初の占いを使うんですよ。燃やされてしまったので取り返す事もできません」
「いや、そりゃ見てればわかるが」
「原初の占いは筆者の文字を使い、複数の占いで転用可能です。日本語は不可ですがね。
私はどちらの件でも犯人ですから構いませんが、今回はキレるだけで済まされるでしょうか」
「…………どういう事だ?」
伏見は深いため息を落とし、俺の左胸を突く。ハッとして背筋に寒気を感じ、冷や汗が額に吹き出す。
マズイ……次の事件では俺の心臓が狙われているとバレるってことか?それを真幸に知られたとしたら。
ちらり、と目線を颯人様と向き合う真幸に向けると……一瞬目が合って、その瞳の色に腰が抜けそうになる。
激しい怒りと悲しみ……それを湛えた瞳に鋭い刃を首に当てられたように感じた。
「誰が一番怒られるのか、予測しませんか?」
「絶対嫌だ」
「つまらないですね、鬼一は。彼の方に怒られる=『大切にされている』と自覚できるとても良い手段なのに。
ちなみに僕は僕が一番怒られるに一票です。最高でしょう?」
「はあああぁ……ほんとにやめろ、そういうの……」
「クックッ、あぁー楽しみですねぇ。ちなみに次点は鬼一ですよ。白石よりも覚悟した方がいい。殴られるよりも、胸の中に突き刺さる言葉が放たれる事でしょうね」
「………………」
伏見の歪んだ笑みはいっそ清々しい。俺はちびりそうになりながら、お茶の道具を丁寧にお盆に乗せるしか無かった。
━━━━━━
「あぁ、よい匂いだな。熱い茶が欲しかったところだ、礼を言おう」
「……ハイ」
「相棒は今星に潜っている、失せ物はじきに見つかるだろう。さて、聞こえぬうちに白状するなら聞いてやろう。勿論、失せ物以外の事柄でだ」
目を瞑った真幸を抱き抱え、颯人様は優雅に茶を啜って湯呑みを静かにテーブルに置く。
誰も彼もが黙り込み、目を逸らしている。もう既にバレてるのかどうかもわからんが、これは先んじて話すべきだろう。俺は小狡い手は使わない……仕事以外には。
俺は颯人様に向き直り、腰を負って頭を下げた。
「申し訳ありませんが、何も言えません。伝えて仕舞えば俺たち全員が死にます」
「ほう、死して破らずの誓いか?」
「はい」
「……鬼一は今我らがどこまで見えているか計算せぬのか?馬鹿正直に言いおって。頭を下げる必要はまだない。
我も真幸もまだ其方については占っていない。失せ物は足跡を隠すのがうまく、記憶操作の術は我らに厳重な鍵が掛けられている故未だに破れぬ」
「……そうですか。でも、遅かれ早かれバレますよね」
「あぁ、そのために全員に書かせたのだ。これの勘を侮ってはならぬぞ?術が使えぬ分五感が高まっていてなんでも吸収してしまうし、以前より早く気づく。
まるで……裏公務員になりたての頃のように日々の成長が止まらぬ」
「そう、でしたか。声が戻らなくても戦えていたんだからそうなりますかね」
「あぁ、鬼一の件については我が話しておく。口を噤め」
「いや、流石に聞こえてるんじゃ?」
体を起こして見ると腕の中に抱かれたままの真幸は微動だにしていない。この距離で聴こえないわけないし……。と思っていたら颯人様は徐に腕を絡めて手の中にいる相棒を抱きしめた。
首筋を撫でても、頬を撫でても、噛みついてもびくともしない。
「一つの難術でこのようになる、今はまだ修行中故にな。懐かしいだろう?鬼一」
「……俺は何も見てない、聞いてない」
「ふ、それだ。あれは茨城での出来事だったな。はるか昔の出来事に感じる」
「そうですね」
布団の中で散々颯人様がやってたアレを思い出し、熱くなる自分の頬を叩いた。
星に潜るってのは地脈を巡ってんのかな……地上の浄化しかできなかったのが悔しくて、改善しようとしてたんだろうから得意になってるのかもしれん。
取り敢えず、聞こえてないならひとまずは安心か?
ぬるくなった茶を口にすると、隣に座った伏見がテーブルをトン、と指先で叩いた。
「颯人様、僕には何か言ってもらえないんですか?」
「伏見はまだ何か隠しているだろう?腹の中を晒さぬのなら放っておく」
「何のことでしょう」
「お前が持つ写真を一枚出せば、失せ物はすぐに見つかる。あの時確かに其方は核心を持つと占いに出ていた」
「そんなに詳細な部分までわかるんですね。颯人様は記憶が戻られているんですか?」
「さて、どうだと思う?我は今手一杯だ……そう、真幸の事だけでな。見えていても見えないふりをするしかあるまい、真幸のために。お前達と同胞になる以外ない」
「……でも、鈴村が視えるなら……」
顎に手をやり、鈴村と飛鳥殿に向き直った彼はニヤリと笑みを浮かべる。いつものような余裕はなく力無い笑みだが、それがかえって彼の本心を曝け出しているようだ。
「我の心は真実の眼でも何も視えぬだろう?誰の干渉をも弾く細工しているからな。最初からこのように隠せばよかったのだと、心底後悔している」
「「…………」」
「我とて一応名の知れた神なのだ、それくらいは出来た。あぁ、そうだ……兄上と陽向には高天原から出ぬように命じてある。
二柱とも嘘がつけぬからな、すぐに露見してしまう。後で伏見に遣いを頼もう」
「かしこまりました。現状で颯人様以上の神は居ないはずですね」
「そうだな、兄上よりも強制力が強いのは確かだ。真幸の勾玉を飲んだ故にこうなった。
最高神であった兄上の持っていた全てが、今は全て我の手の内にある。それでも……敵に打って出る手段など見つからない。――絶望とはこの事だ」
さっきよりも数段重い沈黙が落ち、彼の目線が俺に突き刺さる。哀しさと、悔しさの滲んだ瞳はあまりにもまっすぐで目が逸らせない。
「今回ばかりはどうなるか何もわからぬ。我の手にこうして抱いていても、一時でも気を抜けば失いそうで恐ろしい。
すまぬな、鬼一。お前を守る余力はない」
「颯人様が、そこまで……」
「あぁ、追い詰められた。故に様々を黙っていてくれるのは正直ありがたい。
だが、お前を失えば真幸がどうなるかわからぬ。心を痛める事だけは確かだ」
「はい」
「我とも刃を合わせた仲だろう?鬼一をなくす事は大きな傷となる。簡単に諦めてくれるなよ」
「……はい」
「皆も同じだ、失せ物を取り戻した後はこれに触れてくれるな。我に任せよ」
全員が静かに頷き、瞼をぴくりとも動かさない真幸を俺達はただ、見つめた。




