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裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
過去と未来の狭間

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62 ド根性妖狐


アリスslde

 

 ほわん、と自分の意識が浮上して色んな音が聞こえる。耳に響いているのは颯人様の声と、鬼一さんの声だ。

 

 ふんわりした柔らかい手が私の頬に触れ、思わずニヤけてしまう。私の大好きな人が触れてくれている……。

長い髪がサラサラ流れて、一緒に頬に触れた。かぎ慣れた涼やかな香りに瞼を開ける。


 目前で心配そうな顔をしていた彼女は、真っ黒な瞳に私を映してほっと息を吐いた。

 

 

「目が覚めたか。真幸、皆無事のようだ」 

『うん、よかった……。でも一体どうしたんだ?もしかしてアリスも何も覚えてないのか?』


「あれ……私、寝てたんですか?わぁ!凄い量の魚ですね!そんなに釣れたんですかー?」

「あぁ、颯人様が釣り針垂らすと入れ食いでな……そうじゃなくて、何があったんだって話が先だ」




 伏見さんをはじめ、机に突っ伏していた面々はぽかんとしている。あれ?清音さんと白石さんだけいませんね??

 みなさん揃っていたはずなんですが……。


『記憶操作の術痕が微かにあるけど、みんな怪我してないし。強化した結界には何もなかったんだよ。なんか術の練習でもしてたのか?』

 

「わかりません……何かしてましたっけ?」

「私にもそんな記憶はありませんね……」


 伏見さんに続いてみんな首を傾げている。不穏な感じではなく、心の中にわずかな何かが引っかかっているけど……ううむ。全然思い出せないんですよね。



 呆然としたままの皆さんを眺め、芦屋さんも首を傾げる。私に触れた手がご自身の耳に下がった金色ピアスに触れ、胸元を触っている。

 いつもの仕草のはずなのに、違和感を感じた。胸元に刺してあるのは神器である扇だけど、いつもはもう少し端っこにあったような。


『何かおかしいんだよ。俺も何かを忘れてる気がする』

「真幸までが術にかかったと言うのか?いや、我も何かを心のうちに感じるような気がしている」


「え……颯人様までですか?鬼一さんは?」

「俺ぁ、うーん。もやっとはしてるが全然わからん」



 真幸さんは胸元を撫でたまま、寂しそうな表情を浮かべた。記憶を封じられたとしたら、何か大切なものを忘れてしまったのかもしれない。

 取り戻してあげたいけれど、何を無くしたのかがわからないと探し物の術は発動しないんです。

つまり、打つ手がありません。




「現状として実被害はわからず、支障がない状態ですから。やる事をやって様子を見ましょう。白石と清音さんがいないのも気になりますし、僕はお二人を探して来ます」

「伏見さんが探索された方が早いですね。狐さんたちを使えばあっという間でしょう。

 では、私は高天原へ。蜜月をお邪魔するのは申し訳ないですが、あそこなら術の余波はないでしょう」


「頼みます。星野、蜜月は叶えられているとは思えません。天照殿も陽向も富士の大社に起きた事件の説明でおおわらわでしょうから。少し手伝ってあげてください」

「そうしましょう」


「ほな、私と飛鳥は真神陰陽寮に行ってくるわ。この件もそやけど、アリスの事件で何が起こるか……ちこっと相談してこなあかんやろ」

「そうね、ついでに山寺の浄真にも相談しておきましょう。アリスの師匠だもの」



 皆さんが散り散りに転移して、取り残された私。鬼一さんがお魚のバケツをキッチンに持って行き、ニッカリと笑んだ。




「心を落ち着けるのは釣りがいい。俺はまだ釣れてねぇから一匹くらい欲しいんだ。アリスも行くか?」

「あ……い、行きます」


 ウィンクをバチっと受け取り、真幸さんを支えて眉を下げている颯人様の姿を見つめる。

 彼はしょんぼりしてしまった真幸さんを椅子に座らせて、静かに語りかけていた。


 

 なるほど、二人にしてあげた方が良さそうですね。だからみんな他の場所へ赴いたのでしょう。ツーカーの仲と言うのは何も言わなくても通じるものですからね!


 私は自分用の釣竿を立てかけた玄関に向かい、もう一度リビングを振り返る。


 颯人様が俯いた真幸さんのお顔を覗き込み、そこから溢れた雫が……きらりと光ったのが見えた。


 


「俺たちは術の解析をやってみようぜ」

「とてもいいアイデアですねっ!真幸さんが何かをなくすのは、嫌ですから」

 

「あぁ、同感だ。今回の事件は敵方のなすがままだからな。そろそろ反撃と行きたいところだ」


「はいっ!」



 私たちは釣竿とバケツを持ち、意気揚々と海に出かけることにした。


 ━━━━━━


 海岸には冬の終わりの、柔らかな風が吹いている。長く感じていた冬も、終わろうとしているんだなぁ。

 

 海の色は青く澄み渡り、沿岸に小魚が泳いでいるのが見えた。海水の温度も上がっているようですね。

もうすぐそこまで春が来ていて、この時期は浮き立つような気持ちになっているはずなのに。


 嫌なことばかりが続いている。 



「あれ、鬼一さん……餌つけないんですか?」

「あぁ。さっき真幸に教わってな、霊力で釣るんだ。近づいて来た魚の気配を読んで、引っ掛けりゃ釣れる。いい訓練になるぜ」 


「ぬぁ……全く、彼の方はなんでも訓練にしちゃうんですから。颯人様が入れ食いなのは納得ですねー」

 

「そうだな、困った奴だがそういう気性だから仕様がねぇ。集中するにはもってこいだし、お互いにかけられた術を解析してみよう」

 

「はい」


 


 二人で海へ向かう桟橋に腰を下ろし、鬼一さんはイケハヤワケノミコトを顕現し、私はマガツヒノカミを喚ぶ。二柱も同じように腰掛けた。


「確かに術の痕跡があるな。記憶操作で間違いないが……」

「これは何とも複雑ですぞ。術式としては見たことがありませんな」


「そうか……とりあえず潜ってみるしかねぇな」

「そうしましょう。マガツヒノカミ」

 

「応」




 真っ黒フードのパーカーを下ろし、マガツヒノカミは陽の元に顔を晒した。


 すっかり大きくなりましたねぇ……私が力を暴走させてしまったその日、少年になった彼は私と共に成長を重ねていた。

 背が伸びて、依代の私より頭ひとつ分大きくなった青年姿のマガツヒノカミ。元々真っ黒だったのに瞳が青灰色に変化して、私とお揃いの見た目の色になった。


 まるで、姉弟みたいだなんて思うくらいそっくりの色です。仲良しと言えるかはわからないけど、背中を預けられる仲にはなったと思う。




「どうした?見惚れたか」

「厨二病が治ったのはいいけど、そう言うの合わないからやめてくださーい」

「別に嫌じゃないだろう?依代の神が美丈夫なら、お前の力が育ったと言うことだ」

 

「まぁ、たしかに、そうですね??なんか上手いこと誤魔化された気がします」

「良いから早くやろう。鬼一はすでに潜ったぞ」

「はいはい、わかりましたよ」


 お互い小さく笑い、マガツヒノカミの手が肩に触れる。私は釣竿をしならせて海面に釣り針をおろし、それが沈んでいくとともに集中力を高めていく。




 自分の身の回りからふわふわと妖力を漂わせて、イケハヤワケノミコト、鬼一さん、マガツヒノカミの姿を意識の中に浮かび上がらせる。写真のネガのような暗闇の中に浮かび上がって、ホワホワと青白い光が漂う。

 

 鬼一さんの体をじっと眺めると、ムッキムキの筋肉に絡みついた髪の毛のように細い糸が見えた。

 銀色のそれは複雑に絡み合って巻き付いて、こんがらかった釣り糸みたいだ。


 それを摘むと、胸の中に切ない気持ちが溢れてくる。これは、私も大切な記憶を無くしてしまったと言うことだろう。

 

 であれば、記憶操作した犯人は身内ということになる。術をかけた人は私の知っている人なんだ……何のためにこんなことを?


 

 それを少しずつ紐解いていくと、手の先が冷たくなる。これを作ったのは、妖怪でもない……神でもない、得体の知れないものだ。私、こんな知り合いが居たのだろうか。


 マガツヒノカミが触れた肩から暖かい神力が流し込まれても、冷たさは無くなってくれない。術者は神にも匹敵する強さを持っている……すごいですね。


 


 解いて行った先に見えたのは、今までに見たこともないような術式の言霊たち。文字自体の形成も完璧で、それらは術式の柱である言葉が絡み合っている。

 すごい、こんな術が本当に作れるの?これを自宅にいたみんなの分も……そして今は力が抑えられているとはいえ、真幸さんや颯人様まで影響を及ぼしているなんて。


 どれだけ強い術者なの?背筋が寒くなり、ゾワゾワと鳥肌が立った。



「そこまでにしておけ」

「はっ……あ……」

「これは真幸でも術が解けないな、手出しできねぇ」


 瞼を開くと、ティッシュで鼻を抑えた鬼一さんが目の前にいた。私の肩に置かれた指先は僅かに震えている。マガツヒノカミが怯えてますね。




「何て複雑な術式なんでしょう。あ、鼻血出て来た……」

「俺もこんなものは初めて見た。ほれ、紙で抑えろ。俺も鼻血が止まらん」

 

「鬼一さんもですか?」


「あぁ」




 私にティッシュを渡して桟橋に鬼一さんが寝っ転がる。私もフラフラして起きていられない。彼に倣って横になると、空の青が一面に広がった。

 

 柔らかな雲が流れ、薄い青がどこまでも広がって……のどかな風景なのに、寒気が止まってくれない。


 

「解呪したら俺達も相手も死んじまいそうだな。この術にかかった奴は術者を知っているはずだ。だが、全然思い出せねぇ。

 伏見からもメールが来てな、同じ感想だ。星野からの連絡にゃ『高天原でも全く同じことが起きている』ってあった」

 

「そんな……天照さん達もですか!?まさか真神陰陽寮も?」


「あぁ。鈴村も同じ事を言ってる。あいつらはそれを確かめに行ったんだろう。

 術をかけた本人は見知った者の記憶を全て封じているようだ。天照大神までも術中にはめるとは……驚いたぜ」



  

「そんなバカな!どうやって……そんな事ができる人物がいたって事ですよね?」

 

「そうだ。一度だけでも直接会って、術の対象を知らなければ記憶操作は出来ねぇ。そんな大量の人、神、妖怪に会ってるなら、真幸の傍にいた奴が犯人だ。今回の事件の敵じゃねぇ」

「だから、泣いてたんですね。真幸さんは術で封じられたとしても……そんなにずっとそばにいた人を完全に忘れるなんて、できませんよ」

 

「…………そう、だな」


 


 胸の中に残っている痛み。真幸さんのそばにいて、今までの全てを見届けていた人……薄ぼんやりとも浮かばないその方を思うと、私も泣いてしまいそうだ。


 自分のことを忘れさせるような何かが起きたとして、ずっと傍にいたなら真幸さんを好きにならないはずがない。

それなのに……こんなにガッチリと術をかけて、暖かい場所から去ってしまったんだ。





「こんな事するってのは、おそらく真幸のためだろう。そうとしか思えねぇ。真幸自身はすでにそこに行き着いて、泣いてたんじゃねぇか」

「そう、ですよねぇ……真幸さんにわからないわけがないですもんねー」


「この事件は、本当に今までとは違う。真幸の力が奪われるなんて今まで無かったことまで起きて、側近が姿を消した。

 次の事件担当は、アリスだな……」

 

「…………」




 青い空を睨みつけ、私は拳を握って虚空へと勢いよく突き出す。それに気づいたマガツヒノカミがそうっと私の拳を撫で、ポンポンと優しく叩いてくれた。


 そうだね、こんなに悔しいなら……今よりももっと努力して、全部をひっくり返してやろう。負けっぱなしでへこんでるなんて許されないし、許したくない。


 

 私は長年の不遇を耐えて生きて来た。一人で戦って、苦しくて死んでしまいたいほど悲しかった。悪いことをしたから当然だと思っていたけど、それを償うのは私にしか出来ないことだと知っている。


 伏見さんから始まって、真幸さんに出会って、妃菜ちゃんや星野さん、鬼一さんに出会った。

 一人じゃなくなって、何もかもが大切になって、もう諦められないんだとわかったの。

自分を諦めたら、大切な人を傷けてしまう。そんなのは絶対嫌だから、私はその選択肢を選ばない。


 


「ちょっと出かけます!」

「おい、どこへ行くってんだよ。魚が山ほどあるんだぞ?一番食う奴が居なくなってどうする」

 

「夕ご飯食べてからにしますけど!!私には師匠がいますからね!自分の事件の前に修行します。

 記憶操作の術についても助言をいただけるでしょう」




 体を起こし、スマートフォンをタップして妃菜ちゃんにお電話をかける。ワンコールで出てくれた彼女に話すと、浄真さんは既にこちらへ向かっていると言われた。


 

『今私らが離れ離れになるのはあかん。伏見さんが帰ったら、アンタの事件までみんなで修行のやり直しや』

 

「そうしましょう!まだ時間はありそうです」

 

『さすがアリス、私の聞きたいことわかっとるやんか!』

「ふふん。妃菜ちゃんの親友何年やってると思ってるんですか!じゃあ道場を準備しておきますね」


『頼むで!いつまでもやられっぱなしはあかんからな』

「はいっ!」


 


 通話を切って鼻息荒く鬼一さんへと顔を向けると、苦笑いが浮かんでいる。


「お前ら、つえーなぁ」

 

「鬼一さんも修行しましょう!ただで奪われてたまるかってんですよ!」

 

「そうだな、そうしよう。……お?」


「あっ!?魚がかかりました!お、重たい!!!!」

「すげーでっけーのが来てるぞ!?馬鹿、ゆっくり巻け!引っ張られたら逃がして……そう、もう一度糸を巻くんだ」

 

「ひぃ、ひぃ……」



 

 ものすごい勢いで針にかかった魚は糸を引っ張り、逃げようとしている。

私は鬼一さんが言うようにあえて逆らわず逃がし、力が弱まってからもう一度糸を巻く。


 

「いいぞ、体力を削げ。抵抗すると魚の体温が上がって不味くなる」

「は、はい。消耗戦って事ですね!」

 

「そうだ。根性負けしなきゃ勝ちだな」

「よおおぉーし!」


 私は乾いた唇を舐めて、釣り糸が引かれていくのを静かに眺めた。

 

 

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