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【もうすぐ完結】裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
県外遠征@京都文京区

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35新規閑話 月読の永遠


月読side


「――さて、やるか」

「応」

「ドキドキ……」



 現時刻夜中の0時。みんなまだ次の事件のために調べ物をして、自室に籠ってる。鈴村夫婦の部屋は電気が消えてたけど。


 僕は大きさの変わった体をねじって背後に振り返った。暗い海は星と月を写して風に凪ぎ、鏡のように空を写していた。いま、海の沖合にある島に来てるんだけど。ここは真幸くんが見つけた、仲間たちの終の住処を守る社がある。


 これから起こる事件についての占いをするために仲間の神様みんなが祀られた聖域にやってきたんだ。清音ちゃんはお勉強で同行を許された。

 小さな社の階段に座った清音ちゃんが、件と一緒に抱っこしてくれている。

子供って体温が高いから、夜中なのに寒くない。大人は体が大きいから血の巡りが大変なんだろうけど、ちょっと不思議な気持ちだ。


 真幸くんは地面に座り、ポケットからサイコロを取り出した。颯人は蛍のように光を纏ってふわふわ漂う精霊を呼び寄せ、占いのために一枚布のようにまとめて二人の間に敷いてる。

これから易経(えききょう)をやるみたいだ。

  

 


 日本では飛鳥時代から占いはあって、平安時代には陰陽師が主に使っていたけど。八卦(はっけ)を使った六十四卦(ろくじゅうしか)は中国由来のもので、宇宙や世界を構成するとされる、八の要素を陰陽で組み分けたもの。それを2個組み合わせて64パターンの結果、さらに(こう)と言う解釈がついて、対象の出来事について今がどんな感じか、これからどうなって行くかを占うもの。

パターン的にも300以上、それに全部説明文がついてるんだけど、よく覚えられるよねぇ、としか思えない細かい占いだ。


 2人のやり方は、ちょっと斬新だとは思う。精霊の敷き布の上に八卦が書かれたサイコロを転がして、自然の力を借りてるし。その結果を颯人が書き記し、読み取って解釈するみたい。

 普通は筮竹(ぜいちく)という棒でシャカシャカしてやるんだけど。画期的でわかりやすいやり方だねぇ。




「これが、陰陽師の占い……ゴクリ」

「すまぬな、清音。結果が終わるまで解説は待て。きちんとやり方を見ているのだぞ」

「は、はいっ!」


 背筋を伸ばして返事した清音ちゃんは、僕たちの手を握って易占をじっと見つめてる。僕の頭の中だけは元に戻ってるから、本当は教えてあげられるけどさ。もうちょっとだけ真幸くんのそばにいたいから……ごめんね。


山地剥(さんちはく)雷山少過(らいざんしょうか)

「ん……精霊が(さい)を動かしたぞ」

 

「あぁ、そっちになるのか。て事はもう一回やり直し?」

「あぁ、地の利を生かしているのだから、風の方位を加えるべきだと言う事だ」


「わかった」


  

「――すごいですねぇ、何が起きてるのかさっぱりわからないですねぇ」

「……うん」

「月読さん、寒くないですか?」

「うん」


「お二人を抱えていると、私も暖かいです。おっと、よそ見しちゃいけませんね」

「うん……」




 清音ちゃんは何もかもわからないまま占いを見つめているけど、あれをもしかして全部覚えるのかな。やっぱり真幸くんの血が入ってるから、記憶力がいいのだろうか。


 僕も彼女に倣って二人の占いを見ていたけれど、目が勝手に真幸くんだけを追い始めてしまった。


 直人を依代にしてから、僕は海の家を離れた。颯人の魂が散り散りになってからずっと一緒にいた、大好きな人と引き離されたような気になっていたけれど、この300年で分かったことがある。

 それは、僕の心はもう女神となった真幸くん以外に『恋』なんかできないってことだ。



 

 月明かりを背負い、精霊の光に照らされた細い顎から雫が落ちて、キラキラしている。真剣になってやってるから、発汗してるみたいだ。

 長いまつ毛が瞬いて、真っ黒の瞳が右に、左に視線を動かして眉根が寄った。

唇が言葉を紡ぎ、緊張で乾いたそれを舌がなぞる。


 颯人だけがずっとそばにいて、美しいひとを見つめ続け、そして見つめ返されている。二人は最初からお互いしか見ていないし、よそ見なんかしない。

 まっすぐで、柔らかな眼差しはお互いだけに交わされる。その温度はみんなに向けられるものとは明らかに違った。


 

 僕は、何にでも一生懸命で……何にでも心を砕いて、結局なんだかんだ言いながら出会った人の全てを背負って掬い上げてしまう真幸くんが好きなんだ。

仲間内の誰もが同じようにしてきたけれど、みんなが綺麗な心の持ち主で、彼女の背を追い続けていたけれど……誰もが真幸くんにはなり得ない。



 

 僕の名が彼女に呼ばれるたびに胸が切ない音を立てて、手を差し伸べられるたびに泣きそうな気持ちになって、笑顔を向けられるたびに愛おしさが増して行く。

 悲しい顔をしていれば心配でたまらなくなるし、苦げな顔をしていれば命をかけてでも助けてあげたい。


 真幸くんと離れている月日は僕の思慕をより強固に育て、そして人の心のなんたるかを直人に学んでしまったから余計に自分の恋心を完璧に理解してしまった。


 

 最初から手に入らない人なのに、どうしてこんなに好きになってしまったのかなんて、理由はありすぎて説明ができない。

 僕と天を統べる兄上の孤独に寄り添ってくれる人なんて、今までいなかったんだ。だから、あの子の優しさが全身に回ってそれが毒となり、苦しんでいる。


 それでも……やっぱり好きだな。会えない時に感じていた寂しさは、僕の中の唯一無二を教えるものだった。

愛しさを募らせるたびに感じる痛みは、それ無くしては生きていけないと言う事実を確認させるものだった。




「……月読さん?」

「ひっく……ひっく」

「アワワワ、ど、どうしたんですか?」


 小さい体にこもった熱は、大きな体よりも素直に反応を表してしまう。僕はそばにいた件に抱きついて、涙を黒い毛皮に吸い取ってもらった。

 

 さびしい。せつない。苦しい。

 僕は、あんなにあの人が好きなのに。

 抱きしめたい。キスしたい。ずっとそばにいたい。でも、それは許されない。


「ん、んむぅ?」

「ぐすっ、」

「どうしましょう……よしよし、よしよし」


 件には暖かな舌で涙を舐め取られ、清音ちゃんが立ち上がって体をゆすってくれる。

 誰かの優しさに触れるたび『これは、本当に欲しいものではないと』言う浅ましい気持ちが浮かび、自分にがっかりする。

颯人みたいに、真幸くんの靴と並べて自分の履物をくっつけて……幸せだなって思えるほど、元々大人じゃなかったんだ。


 

 今回の事件で、やっと力になれるんだって思っていたのに失敗したし。時を操る術に関しては、僕しかできないとも言われてる大事な役目なのに。

久しぶりに『頼む』って言われて、本当に頑張ろうって思っていたのに……。何もうまくできなくて、どうにもならなかった。


 後から後から涙が出てきて、お腹の底から衝動が湧き上がってくる。体が震えて、顔が熱い。まるで本当に赤ちゃんになってしまったみたいに、泣き叫びたい。





「――月読、おいで」


 甘い甘い声が聞こえて、ほっそりした手が回された。綺麗に微笑んだ真幸くんの顔が見えた瞬間に我慢ができなくなって、大きな声が漏れてしまう。


 柔らかくて、暖かくて、愛おしい温もりに包まれて何も考えられずに泣き喚く。支離滅裂な言葉を一つ一つ拾った真幸くんは「うん、うん」とうなづいて、時々唇で額やほおに触れた。




「月読さん、どうしたんでしょうか。さっきまでいい子で占いを見ていたんですが」

 

「うん、赤ちゃんは時々こうなるんだよ。自分の中に生まれた感情を処理しきれないとか、お母さんから離れて寂しいとか、ちゃんと頭の中で考えてるから」

「……ふむ、(かん)の虫がついたのではないか?」


「そうかも。月読が時間操作を間違えるわけないもんね」



 颯人の言葉に頷いた彼女は、僕の涙を指先で拭い、瞼にキスしてくれる。

閉じた瞳を開くと、僕をまっすぐに見つめた黒曜の瞳は優しく揺れる。

 


 

「ごめんな、気づかなくて。本当に虫がついてるみたいだ」

「??」

 

「泣き虫になっちゃう『疳の虫』って言うのがいるんだ。多分、件のお母さんが踏んづけた蛇さんだな」


「月と蛇の交わりは変容、進化を表す。件が生まれることに紐づいているゆえ、月の兄は避けられなかったのだろう」

「そうだね」


「あの……本当に疳の虫、っているんですか?」



 首を傾げた清音ちゃんが顔を覗かせて、心配そうに見てくる。少し恥ずかしくなって、真幸くんの胸元に顔を押し付けて隠した。

 頭の後ろを手が支えてくれて、勝手にため息が落ちる。すごく、ほっとするんだ。




「医学的な原因もあるけど、元々は低級霊とか小さな怨霊の仕業なんだよ。追い出してあげたらスッキリする」

「へえぇ……」


「本人が心落ちしていたり、逆に負い目を持っていると憑かれやすいのだ」

「なるほど……大役を任されて緊張したいたんでしょうか?時間の操作がなければ作戦はうまくいかなかったですもんね」


「あぁ、月の兄は久方ぶりに真幸の役に立てると喜んでいた。やはり、未だ我の相棒を狙っているのだろう」

「颯人、そう言う言い方しないの。月読は純粋なんだよ。ずっと忙しいままだったから、白石に任せっきりだったしなぁ」


「ふん……小さいうちは許しても良い。仕方あるまい」

「おぉ、本妻の余裕ですか!?」

「清音さん、本妻とか言わないで」




 苦笑いを浮かべた真幸くんが颯人の集めた精霊を解き放ち、少しだけ手のひらに乗せて差し出す。

 金色に光出したそれらは辺りを漂い、真幸くんが僕を抱き抱えたまま、歌い出した。


――夜風(よるかぜ)に 名を忍ばせる月の声、優しきまなこ 愛おしきかな




「ねぇ月読、寂しかったら俺を呼んでいいんだよ。お仕事してるから、邪魔しないようにしてくれたんだね。優しい子だな」

「…………、っ」


「かわいいかわいい。いいこだね、月読。颯人がいない時に、本当はこんなふうに甘やかしてあげたかったんだ。

 寂しい思いをさせてごめんね」

「……む、其方……」

 

「颯人、早く疳の虫を取ってあげて」

「……………………応」




 真幸くんのうたは、颯人と妻どいの句を交わしてから祝詞のように鎮めの効果を持つようになった。これはきっと、前世に俳聖だったことも由来しているんだろう。

 最初は全然うまくできなかったのに、今では息を吐くように歌を作ってしまうんだ。


 僕が心の中で真幸くんを呼んでいた声が届いたのだと知って、それに応えてくれたのだと知って、言葉にならない気持ちが溢れる。

 大きな手で僕たちを抱きしめた颯人が鼻先で指を合わせ、そこからシュルシュルと出てきた白い煙を巻き取った。




「これが疳の虫だ。真幸の言った通り蛇だな」

「わあぁ!初めて見ました!すごい!」

「清音さん、ちょうどいいから退治してみなよ。颯人が捕まえててかれるから」

「はい!!」



 清音ちゃんと颯人が二人で白蛇を掴んで、つついたり祝詞を浴びせて退治を始めた。思っていたよりもかなりスッキリした僕は、真幸くんとともに社の縁側に腰掛ける。駆け寄ってきた件は、僕の頬をもう一度舐めた。

 頭を撫でてくれた彼女はそっと視線を外している。柔らかい体に抱きつくと、抱きしめ返してくれた。心地よさに瞼を閉じると、耳にくっついた体から声が伝わってくる。

 


「月読、あのね……俺は、その。こんな時に言うのは卑怯かもしれないけどさ」

「んむぅ?」

 

「ふふ、件はいい子にしててね。今お兄ちゃんとお話ししてるから」

「むぅ」


 柔らかい手に僕の手が握られて、頭のてっぺんにキスが落ちる。

頭の上を仰ぎ見ると、ほおを赤く染めた彼女は眉を下げて、口端を上げた。





「白石が依代になってから気づいたんだよ。月読は、毎日色んなことをしてくれてたんだって。

 天照ももちろんそうだったけど、月読は俺が不便にならないように気遣っててくれたって」


「……覚えてる?悪夢にうなされて起きた時、いつも水を飲んでただろ?いつも寝ぼけ眼で階段を降りてキッチンに行ってたけど、いつのまにか枕元に水差しが置いてあって、あったかい布団から出なくても飲めるようにしてくれてた」


「お風呂から上がって寒い思いをしないように、わざわざ火鉢を置いてくれた。春先だからしまってたけど、あの時颯人を失ってしまって、寒がりになってることを知っててくれたんだ」


「いつも杉の葉で清めた水を用意していてくれたから、アリスの代わりに背負った怨霊たちもずっと静かにしてくれてたし。

 それから、颯人の代わりに心臓の音を毎晩聴かせてくれて、安心させてくれてた」




 静かに語られる声は、颯人と清音さんに届かないくらいの小ささだ。件と、僕にしか聞こえない。

優しい優しいその音は、胸の奥に染み込んで空っぽの器を満たしてくれる。


 温かい涙がぽろん、と溢れてさっきまでの涙が冷たかったことに気づいた。僕、本当に緊張して……子供が憑かれるような妖怪もどきにやられていたんだ。


「ねぇ、白石がもし依代を持つような事になったら。多分、清音さんがなるような気がするんだけど。

 そしたら、また俺のところに戻っておいでね。俺は、すごく欲張りだから……月読がいなくなってから寂しかったんだ」

 




 とろりとした妖艶さを含んだ言霊が、彼女の神力とともに体に注がれる。まさしく毒と言ってもいいその甘言は、つま先まで染み込んだ。もう一度瞼を閉じて抱きつくと、梔子の香りが鼻の奥に香ってうっとりとしてしまう。


「まだ、小さいままでいいよ。甘やかしてあげる。あの時のお礼にはならないかもしれないけど……大きくなると颯人がうるさいからね。依代に戻るには、月読の神力に慣れておかなきゃだしさ」


  

 僕は彼女の神力を飲み下す。真幸くんは今、僕に永遠を約束してくれた。

真幸くんの一番になれないまま苦しみ続ける僕を知りながら、この子は手放してくれない。遠くに逃してくれないんだ。


 どこか知らない場所で死ぬくらいなら、君の掌の中で死んでいいってことだよね?


――なんて、素敵で残酷な約束なんだろう。なんて、幸せな束縛なんだろう。

 

 心の中の深い場所に染み込んだその甘い蜜は、チョコレートみたいに苦くて濃厚な味がした。

 

 う

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