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裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
共鳴の熱

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21/29

140 新しい道筋


真幸side

「じゃあ、清音さん。諸々の封印をする前に、思い残すことがないようやりたい事やってくれーい」

「はいっ!」



 俺は砂浜に落ちてた枝で、呪術の紋様を記している。うちの事務所員のみんなは、ぼーっとしたままこの展開について来てない。しゃーなし。


 俺は俺で眷属の神様たちと相談しながら魔法陣を作りあげよう。


 


「真幸、ここもうちっと呪言(じゅごん)増やしたほうがいいんじゃねえか?」

 

暉人(あきと)は単に自分の雷属性をつけたいだけだけじゃろ。そこはほれ、ワシの木属性をだな」

 

「ククノチは何言ってんのさ。呪いなんだよ?闇系といえば月の属性でしょ」

 

月読(つくよみ)の言う通りだ。闇を入れるなら光も入れねば。吾の力も使おう」


 

「だめだよ。天照(たかあき)の力入れたら二度と記憶が戻らんだろ。颯人だけでいいと思うけど。てか月読はもう俺が依代じゃないだろ」

 

「真幸くん酷いよ!」

 

「そうだろう、そうだろう。真幸には我が()れば良いのだ」

 

「そんな事言うなよォ。闇ってんならオイラも使えるんじゃないかァ?茨木童子(いばらきどうじ)様の出番だろォ」

 

「わふ!ヤトも使えル!!」


 

「くそぅ、出番がないんやが!?」

「ふるり、ワシもそうじゃよ。水は呪いが不得意じゃからな」

 

魚彦(なひこ)、ボクは?」

赤黒(あぐろ)は呪力の増幅で役に立てるじゃろう。と言うか、其方は出番がなかった試しがないじゃろ?

 ワシは最近出番がなくて寂しいのう……ハァー」


 俺たちのわちゃわちゃは置いといて。清音さんは真っ直ぐに白石の元へ向かう。白石をガシッと掴み、伏せた顔を無理やり引き上げた。



 

「白石さん、貴方のことしばらく忘れますけど待っててくださいね!修行頑張りますから!」

 

「……うん」

 

「封印前の行動は無効化して下さるそうですから、言いたい事あるんですけど、聞いてくれます?」

 

「……うん」



 

 おー。白石のキャラが崩壊してるな……。多分、いっぱいいっぱいなんだろう。

 清音さんは前世の記憶を夢で見て知ってるし、今までの事もほとんど思い出してて、白石が好きだって言ってたんだもん。


 愛の告白の気配がする。早く魔法陣作っとこ。清音さんの能力が開花してしまったら大変だ。



 

「白石さんは私に対して変な風に遠慮したり、罪悪感を持ったり、前世の私に対して申し訳なく思ったり、私のことが好きなくせに好きって言っていいのか、散々悩んでウジウジしてましたね?」

 

「ぐっ……そ、そうだ」


「今となってはその方が私には都合が良かった訳ですけど。私だって前世で貴方を傷つけてます。それこそ、三百年余りの月日を縛り付けてしまうほどの呪いを、心の傷をあなたに残しました。

 私が想像できないほど苦しくて、辛かったと思います。……ごめんなさい」


  

「別に呪いだなんて思ってねぇ。俺は、勝手に好きになっただけだし、お前自身に前世は関係ねぇだろ。

 前世の業は背負ってても生まれ変わってるんだから。清音は、清音だよ」

 

「はい……。私は成長して貴方にもう一度言いますから、必ず。今度からは『貴方のためになるなら』と遠慮して記憶操作を受け入れるのは、もうしません。悲劇のヒロインは得意じゃないので」

 

「俺の事を全部忘れるかも知れないだろ。そしたら、清音は他の奴を好きになって、幸せになるかもしれん」


 

 

「…………バカですか?」

 

「な、何だよ!?バカって事はねぇだろ!?俺は、清音の幸せを思って……」

 

「バカ確定ですよ。なんですか私の幸せって。白石さんが私の幸せを決めるんですか?ばーかばーか」


「くっ……」



 

 声色は明るいけど、白石も清音さんも震えた声だ。……胸がキュンとする。

二人ともちゃんと気持ちが向き合ってるのに、ハッピーラブラブ生活ができないのは辛いな。


 


「私の幸せは、私が決めますので!

 私は前世の私を褒められませんが、唯一お礼したいことがあります。

貴方が神として生きた長い月日の中で、私の前世以外の女を退けてくれたことです」

 

「な……な、何言ってんだ」


「貴方が自分の評価を正しくしていないのは知ってますよ。しかしながら、私にとっては世界一かっこいい人で、意地悪だけど優しくて、偉そうなのに努力家で、臆病だけど強くて、口が悪いけど綺麗な心を持っていると思います。すんごい強くて頭いいですし。

 ……モテたでしょ?神継時代とか。ヒトガミ様の左腕ですし、地位も中身もある人を放置しませんよ?普通は」

 

「………………そう、かもしれん」


 

「でしょうねぇ。だから、私が生まれるまで待って貰えたのは(ただ)しく功績です。私が傷つけたなら癒せばいい。私たちが結ばれて……死ぬかも知れないなら、対策をします。貴方と一緒にいたいので」

 

「清音……」


 

 

「耳かっぽじってよく聞いてください。一度しか言いませんからね。

 ……白石さんのことが好きです。自身が成長して全てを終わらせたら、貴方のこの先の未来は私のものです。浮気は許しませんよ」

 

「…………………」

 

「お返事ください。はよ」

 

「そ、そんな…クソッ。何なんだよその切り替えの早さは!俺はまだ衝撃が受け止めきれてねぇんだぞ!!」



 風に混じって、清音さんの香りが一気に強くなる。……間に合うかな。



「はよ。はよください返事」

「クソっ!!!!!!!!!!!」

「ひゃあっ!?」



 

 白石が清音さんを抱き上げ、こちらにやってくる。……あぁ、清音さんの額に冷や汗が滲んでるな。


「芦屋、頼む」

「応。術の展開まで三十秒だ」

「わかった」


 

 

 魔法陣の真ん中に下ろされた清音さんを抱きしめ、白石が彼女の耳元で囁く。


「次は、俺が先に言うからな。カッコ悪いったらありゃしねぇ。

 お前に俺の全部をやる。いつか……芦屋と颯人さんみたいに勾玉を交わそう。

俺が死ぬときはお前も、お前が死ぬときは俺も死ぬ。

 俺が想うのは今世の、目の前にいる清音だけだ。浮気なんかしない。清音が好きだ。……愛してる」



 二人が顔を真っ赤にして、白石は涙をゴシゴシ拭いながら魔法陣の外に出た。

 俺のときめきリミッターは爆発寸前だ。白石は初めて清音さんに愛してるって言ったんだぞ。ギュンギュンしてしまう。



「嬉しい、です。幸せです」

「うん……」

「だいすきですよ、白石さん。わたしも、愛しています」

「……うん」



 二人の囁きを背に、目を瞑る。

両手をいっぱいに開き、俺は柏手を叩いた。



 ━━━━━━


「やー、ヒトガミさんの血族は強いねぇ。私もああなら、未来が変わっていたかも知れないさぁ」

 

「綾子さん……」



 現時刻 6:00 ……結局徹夜になってしまった。

 

 俺が本気で呪術を施したのは、実は初めてだったんだ。

封印自体の力加減は出来たけど、周囲への余波を考慮できずにみんな呪力に当てられて、神様も妖怪も人間もひっくり返ってしまった。……失敗したな。


 

 一番早く目覚めた眷属達と、綾子さんと炊き出しの後片付けを始めたのはついさっき。

 沖縄の夜明けは日本で一番遅いんだ。ようやく陽の光が空を染め始めている。

 

 綾子さんが口に載せる沖縄言葉はとても優しい。本人は生粋のノロ一族だ。昔はこの仕事をせずに生きていけるか試してみたこともあるらしいけど、やっぱり神官をやって行くしか無かった。

 彼女も様々な物を乗り越えての今がある。



 

「ノロやユタの方は、呪いによって力を持つんでしたね。琉球開闢(かいびゃく)の神も計り知れぬ土地の呪いだから、俺にも手が出せない」

 

「ヒトガミ様に運命を変えてくれなんて望んでないさぁ。私は受け入れるしかできなかった。島に生まれれば島の神人(かみんちゅ)になるって事を。

 それを恨んだこともあるけど、打破しようとは思わなかったよ。清音さんとは、そこが違うんだねぇ」

 

「神の島にある全ては、外に全て持ち出せない。命も、物も。

 遥かな昔からそう言う決まりなんですから、綾子さんが間違っているなんて思いません」



 

 沖縄、そして沖縄周辺の離島は全て神の島と言われている。そこに住まう人々は神に愛され、手放される事は殆どない。 

 神人(かみんちゅ)が島の外に出れば不可解な事件が起こり、実家に呼び戻される。ノロやユタはそれ以外の仕事を選べない決まりがある。先送りできたとしてもその人はいつか必ずシャーマンにならなければいけないんだ。

 

 そう言った悲しい定めがあるとして。避けれない事実を受け止め、自分の成すべきことを成した綾乃さんや、綾子さんには頭が上がらないよ。

 国を守るなんて仕事をしながら、いつまでも未熟な俺は身が引き締まる思いだ。



 

「綾乃さんはもう生まれ変わったかな。たまに人を騙してたけど、根本は優しい人だったから。また、会いたいな……今、あの人が恋しくて仕方ないよ」

「……ヒトガミ様。いえ、真幸さん。おばぁのお節介話を、聞いてくれるかねぇ」


 


 綾子さんがゴミ袋をギュッと縛り、海水で手を清めてから俺の手を握る。

優しく撫でてくれるその手には、ほのかに霊力がこもっていた。



「おばぁは、真幸さんこそ心配よ。あなた、心が亡者に引っ張られてるでしょう。大切だった人たちをずっと、ずっと忘れられないでいる。

 永く生きて、それを全部抱えて……三百年分もよぉ?いつか、潰れてしまいそうさぁ」

 

「……視えちゃった?」


「いんや、おばあに聞いたことがあるさぁ。神様の中には、病気になる者がいると。真幸さんは、それになりかけてるってさぁ。

 私が見たところ、完全に発症しているでしょう。……心の、病よ」

 

「……はい」



 

 真剣な眼差しに、正直に答えた。

 

 俺は、みんなの死を忘れられない。だから、自分の子供を一人しか作れなかった。

 誓で子を成せば体の負担もなく、颯人とも俺が望むままの相棒関係でいられる。陽向が可愛くて、子供をたくさん欲しがっていたのは俺だけじゃない。


 神同士の間に生まれた神子(みこ)は、神になることもあれば人間になることもある。

 仲間や友の死を受け止めきれない俺が、自分の子の死まで受け入れられるなんて無理だった。想像するだけで手先まで痛いような気持ちになる。

陽向は神様で生まれてくれたけど、次の子が人間だったら寿命は短いから、自分よりも先に逝ってしまう。可愛い子が老いて亡くなる様を受け止める自信はない。


 


「人の生死は、その人の運命なんだよぉ?真幸さんのせいじゃないさぁ。

亡くなった人たちも、貴方が苦しむなんてこと望んでないでしょう」


「そうだと、思います……」


「うん……おばあは、あなたの優しさが辛いさぁ。この国で死ぬ人がぜーんぶ真幸さんのせいじゃないのに。

 だから、綾子おばぁは琉球の国護結界を断ったんだよぉ。ただの一人の女として幸せでいてほしいのにさぁ、どうしてよぉ?

 胸が苦しいよ、せつないよぉ……おばあは、あなたを助けられないのが辛いさぁ」


 

 涙を溜めた綺麗な瞳が、俺を優しく見つめてくれる。綾子さんの雫を指先で掬い、年月の刻まれた柔らかい頬を撫でた。

 

 颯人が俺の背中に寄り添って、顔を肩に埋めてきた。……颯人も、俺の病を知っている。時々起こる発作を抑えてくれているのは颯人だから。


 ずっと昔に母の悪夢を抑えてくれていた颯人は、今もずっと変わらず俺を守っている。

 


 

「おばあが、すこしだけ封印してあげるからさぁ。……死に憧れるのはおやめなさい。他に、道があるはずだよぉ。

 清音さんみたいに、本来は真幸さんも前向きな心があるはずだけど、悲しみがそれを蓋してると感じるさぁ」

 

「うん……」



「でもね、苦しければ、いいと思うよぉ。死ぬのはダメだし、嫌だけどさぁ。少し、休むのよ。今は、それしか言えないさぁ……」 

「綾子さん、ごめんな。俺のせいでそんな顔させて。大好きなおばぁを泣かせちゃった」


 綾子さんが俺の頬を手のひらで挟んでぎゅむっ、と押す。あぁ……綾乃さんにそっくりだ。俺は、あの人に出会った時に全く同じ事をしてもらった。



 

「何でも『自分のせいで』と言うのは本当にやめなさい。おばあが許さないよ!

 ウチは貴方の幸せを代々祈り続けているんだから、そんなのいけないさぁ。

 国護結界だって後継させればいいんだよ。勝手に幸せになる清音さんを見て、ちゃーんとお勉強しなさいね。いい?」

 

「……はい」

 

「颯人様。ご心痛お察ししますが、あなたも元々の気質を思い出して欲しいさぁ。おばあは知ってるよ?あなたが散々真幸さんを甘やかすのが得意だって事」


「えっ、ちょ、綾子さん!?」

「……ふむ」



 

「いっその事ハジメテを奪って仕舞えばいいでしょう!男らしくあれ!とおばあは言いたいさぁ!!」

 

「……そうか。確かにそうだな。白石を見ていて思った。()()()し過ぎてはならぬのではないかと」

「その通りよぉ。本来のスサノオらしく、強引で愛に溢れた所業をされてください。おばあからは以上です」



 

「……あ、綾子さん!俺たちのアレコレをなんで知ってるの!?ていうか、颯人も納得しないで!」

 

「綾子、大変有意義な助言に感謝する。我もしっかりせねばならぬな。少しずつ試してみよう」

 

「えっ!?」

 

「そうしてください。二人目が楽しみさぁ!お祝い用意しておくからねぇ」

「あぁ、期待していてくれ」

 

「えっ!?えっ?……えっ!?」



 

 颯人に抱きしめられて、温かい指先が俺の顎を掴む。……嫌な予感がする。


 

「其方の痛みを分け合う事ばかり考えていた。清音を見習い、綾子の助言に倣おう。

 我は其方に対して臆病になっていたな。愛おしすぎる真幸が、死を望むなら相棒として応えるべきだと考えていた」

 

「は、颯人?」


「死ではなく、休息であればよい。綾子の言う通りだ。それがどのような形であっても其方の傍に居る。

 どんな手段を使っても其方の命を引き留め、手放さぬ。……愛しているからだ」

「はや、と……」



 

 綾子さんが両手で自分の顔を隠す。指の間から見てるの分かってますけど。

颯人が泣きそうな顔をしているから、俺は止められないよ。


 

 首筋に熱い唇が触れて、ぎゅうっと抱きしめられる。颯人はいつでもあったかい……チュー、されるかと思ったけど、ちゃんと遠慮してくれてるじゃん。心配して損した。



「熱いね、颯人」

「其方もだ。朝の修練は休みとしよう。我の夜は、これから始まる」

「ん……颯人?待って、よ、夜???」

 

「待たぬ。綾子、あとは任せてよいか」


「はい!お任せ頂くのは嬉しいさぁ。皆さんに粗方説明しておきましょうね?」

 

「頼む」



  

「颯人、待ってってば。みんな疲れてるから宿に一泊するだろうけど、明日からの計画を立てたりとか……」

 

「後のことなど知らぬ。白石が言ったように、我は今目の前に居る其方を愛している。相棒だとして、それがなんなのだ。其方の()()()()を克服して見せよう。

 我のやり方をようやく思い出した。此度の事も、最初から清音に暴露して仕舞えば良かったのだ。其方に後悔させる位なら」

「……う、は、はい」



 

 お姫様抱っこされて、綾子さんにはとびきりの笑顔で見送られてしまう。


  

 清音さんと白石に当てられたかな。頬の熱と、身体中に痺れるように広がる鼓動を感じて力が抜けた。



 何もかもをすっぱり放り投げて、俺は颯人の体に全部を預けることにした。





 

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