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【完結】裏公務員の神様事件簿 弐  作者: 只深
ラストラン

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109/109

109 終わりと始まり


エピローグ

 

 ――ひぐらしが、鳴いている。早朝、陽の昇りきらぬ青の時間。

彼は一人庭の木々に水を遣っていた。


 シャワー状に溢れる水滴は昂る朝日に煌めき、時折虹を描きながら土を潤して行く。

空は快晴、雲ひとつない蒼天は今日も暑くなるだろうと告げている。

 


 季節は夏だが、庭の植物たちはそれを意に介さず咲き誇っていた。


 梔子、針槐、ギンバイカ、ハマナス、バラ、牡丹、金木犀、椿、ハイビスカス、プルメリア、沈丁花、月下美人。桜、梅、蝋梅に杉の木、檜、松、榊、シキミまである。

 

 それはまるで季節の概念そのものを越えたような賑やかさだ。

和風の池を備えた不思議な庭園には蝶が飛び交い、鳥たちが囀り……黄金(まさき)の生垣に囲まれたその光景は、桃源郷そのものだった。



「ふぁ……」

 

 眠そうにあくびをした主人は、目尻にたまった雫を適当に拭う。水やりを終えて、ホースを丁寧にまとめ水道の横にある収納棚へしまう。

 玄関先で腰に手を置き「これでよし」とつぶやいた。




「――――ーーん!白石さあああぁーーーーん!!」

「ウルセェな、近所迷惑だろ」

「近所に人はいませんけどおおおぉ!???えいやっ!」

 

 空の彼方からやってきた黒い影。それは大きな声をあげながらやってきて、翼をはためかせた。

 いつの間にか足元で毛繕いを始めた黒猫、肩に止まる鴉、そして黒長髪に黒い着流しを着た主人。漆黒を纏った彼らは桃源郷の中でも異彩を放っていた。




「まったく、朝っぱらからなんだよ」

「ちょっと!つれないですよ!?偵察に出したのはあなたなんですが?!久しぶりに帰投した私を労わっていただけます!?」 


「アリス……お前、半分はサボってただろ?現地の奴らからフツーに連絡が来てたぞ。

 『導きの八咫烏には、どこまでお酒を献上すべきですか!?酒蔵が空になりそうなのですが』ってな。あんま迷惑かけるなよ」

 

「えへっ。だってあそこの酒造のお酒美味しいんですもの!!お土産があるので、見逃してくださーい」

「ふん。俺はいいけど、アイツは誤魔化せねぇぞ?せいぜい怒られろ」


「し、死刑宣告ー……ヒトガミ様、最近怒る時はきっちり怒るからなぁ……」

「お前はそのほうがいい。前回怒られた時は『大人扱い』してくれたって喜んでただろ。

 ……それで、現地は落ち着いたか?」


「はい。もう心配ありませんよ、わざわざ出向く必要もないでしょう。土地の穢れを祓うには時間が必要ですが、関与出来るのはここまでかと」

「そうだな、俺たちの出番は終わりだ」

 


 二人は動物と人間という垣根を超えて、言語を交わしている。退屈そうにしていた黒猫も同じように理解しているのか『ふん』とつまらなそうに鼻息を吐いた。




 

「結局また人助けか。懲りないな」

「饕餮は飯がいらんのか。なるほど」 

「……いる」

 

「んじゃあ、飯炊の機嫌を損ねるなよ?もう直ぐ星野が来る、準備しとこう」

「あぁ。今日の朝飯は何だ?」

 

「んー、卵かけご飯」

「…………それだけか」


「不満げな顔するなよ、すっかり日本の食事に味を占めたな。和食が好きか」

「あぁ、好きだ。手数を惜しまぬ白石の飯はうまい。

 さすが、ヒトガミ直伝だな」

 

「そうだなぁ、こんな風に料理をするなんて思ってもいなかった」




 2匹と、一人は引き戸の玄関を開けて自宅に入る。玄関口に脱いだ草履をきちんと揃え、直ぐそばに置いてあった一揃えの革靴にピッタリと添える。

靴のサイズは明らかにここにいる誰にも会うものではなく、長い間持ち主が使っていないようだ。だが、綺麗に磨かれ、埃一つついていないそれはとても大切にされている。

 

 小さな靴と、大きな草履はそれがあるべき姿であるかのようだった。




「あれ?星野、もう来てたのか?」

「おはようございます、いやー……伝奇の続きが書けなくてですね。

 白石の話を聞きに参りました」

「伝奇、ねぇ?俺からのまた聞きでいいのか?」


 星野と呼ばれた男は、少しだけ歪んだメガネを指先で直して優しく笑む。人の良さそうな顔をした彼は手に持った紙の束をとん、とテーブルの上で整えた。





「ご本神からお聞きしたいですが、まーだまだ依代たちが未熟なモノで。お会い出来るのは当分先になりますからぁ」

「チッ、悪かったな。星野も飯はいらねぇようだ」


「えっ!?い、要ります!要ります!!お手伝いしましょうか?」



 慌てて立ち上がった星野は、上下黒色に黒紋が入った絹の神職衣装を着ている。少し前から取り入れられた、特級神職と言う階位にのみ着衣を許された特別なものだ。

その衣を着慣れているのか、彼の印象にも馴染んでいた。



  

 一方、先ほどまで3本足の八咫烏……神の遣いとされ、導く者として名高い鳥姿だったアリスもまた、人の姿に変化している。

 薄い栗毛色の髪は背中で一つにまとめられ、金色の飾り紐が結んである。

少女のようで、少年のような無垢な顔つき。彼女は子供のように溌剌とした笑顔を浮かべている。



「手伝わんでもいい、作り置きを出すだけだから」

「えっ、手抜きですか?」

 

「ばーか、昨日収穫した野菜を焼き浸しにしたやつがあるんだよ。それから漬物、ピクルス、甘酢漬け、酢の物、長芋の梅たたきと白米だ」


「……漬物パーティーでもなさるので?」

「清音が酸っぱいもん食いたいっていうから作ったんだ。もう送ったが、量が多すぎてな」

 

「あー、今、何ヶ月でしたっけ?ご懐妊されると酢っぱいものが欲しいんですよね、女性は」

 

「わかんねぇよ。清音が今どの時空にいるかによるから。

 戻って来たら腹が凹んでる時もあるし、子供に影響がないとはいえヒヤヒヤするぜ」

 

「修行で時渡りをしてらっしゃるんですもんね。『赤子の消失はない』と少昊殿は言っていましたが、芦屋さんが受けた影響を見ていると私も心配ですよ」

「芦屋は時を渡って世の中に干渉した代償を受けた。クロノス・カイロスも同じ理由だ。

 渡るだけで干渉せずなら影響はない」



「清音さんなら手を出す心配はありませんね。あの子、本当に白石さん以外どうでもいいんですよ。

 悲惨な歴史を見ても眉ひとつ動かさないんですから」

「肝が座ってるんだろ」

 

「座ってるどころじゃないでしょうに。ヒトガミ様の生んだ御白石のおかげもあるのでしょう?」




 うん、と頷いた白石は冷蔵庫から取り出したさまざまな漬物、夏野菜を焼いて生姜の効いたタレにつけた焼き浸しをテーブルに置く。

 彼がキッチンに戻っていくのと同時に皆が席を立ち、自分のご飯茶碗を持って白米をよそった。


 アリスはどんぶりと言っても過言ではないほどの大きな器に山盛りに米を盛り上げ、得意げにしている。

 星野は控えめに盛り、もう一つの器……饕餮と呼ばれた猫のために小さなボウルに白米を盛り付ける。




「て、いうかですよ?なんでヒトガミ様のお子様が石なんですか?」

 

「お前、話聞いてねーな。ありゃ石じゃなくて、卵と同じなんだよ。

 俺たちが育っていくのを見守ってくれてるんだ」

「あっ、そっか……まぁそうですよね。この星の神であるアマツミカボシが龍を生んだのと同じ原理ですもんね?」


「あぁ、そうだな。ヒトガミは新しい世界の創造神だ。天地開闢神よりももっと上の次元にいる。

 トップオブトップだと自覚をしてるから、隠れ家でひっそり……いや、イチャイチャしてんだろ。

 まったく、ずるいと思わんか?俺は寝る前に清音と話すだけしかできねぇのにさ。アイツらは二人目が欲しいって躍起になってんだぞ」

 

「恨みがこもってますねーぇ」

「仕方ありませんよねぇ、白石のために赤ちゃんの可愛い時期の楽しみを待たされてるんですから。

 あとに支えてる方達もいますし」

 

「…………はぁ、そうだけど。咲陽も成仏しちまったから、次はあいつだろ。いや、ナマズのおっさんも来そうだな」

「私のご先祖さまもいますけどー」


「アリスのご先祖さまは当分無理ですよ、咲陽さんとお二人で黄泉の国を運営していくと決まった咲陽さんたちを見捨てられません、きっと」


「散々黄泉の国にいれば良いんだよあいつらは。俺は俺で地道にコツコツやるしかねぇんだから。

 てか、身重の妻を一人で修行に出す夫なんていねぇよな。立場がないったらありゃしねぇ」


 


 全員が苦笑いを浮かべつつ、卓に着く。そして、一斉に手を合わせた。


「「「いただきます」」」

「ありがたく頂こう」

 

 三人と1匹の食卓は他愛もない話で盛り上がり、時折穏やかな笑い声が邸宅に響く。

海辺に佇むこの小さな家は、仲間と共に住んでいたものだ。

 今は遥か天上に座をもつヒトガミ……世の理を創り直した神が、手を尽くして修復した建物。それは女神のかつての棲家だった。


 

 人として生まれた彼女は稀有な経験を経てこの世の全てを従え、全てを支配する存在となったのだ。


 彼女が残した現世の家を大切に使い、白石達はまた、かつての日々を思い返すようにして暮らしていた。


 過ぎ去りし時の輝きはいまだにここに宿り、住人を優しく包み込んでいる。

永遠に遺された強固な結界に守られ、害をなそうという()()全てから守られて……かつて女神を支えた仲間は女神の揺籠で暮らし続けていた。


 ━━━━━━

 



「さて、どこまでだったかな」

「ええと、アマツミカボシのお説教までですね」


「どっちの?」

「シゲではなくヒトガミ様の方ですよ。お説教というよりも、やってきた事を全て完全に自覚させて『罪を認知させる』と言った具合でしたね」


「シゲは叱ってたが、あれは意味がなかったよな。悪い事をしたって思っていなけりゃ響く言葉じゃねぇ。アマツミカボシは『なんか機嫌悪い奴に大きな声出されて怖い』って泣いてたんだ」

 

「情操教育がされてませんから仕方ありませんよ。ヒトガミ様のもとでさぞビシバシと教えていただいてるでしょう」


「カァー……可哀想な気もしますが、あ仕方ありませんねぇー。最年長なのに最年少のようなものですし」

 

「今のフレーズいいですね?使います」

「ふふん」


 


「ったく、だべりに来たんじゃねぇだろ?星野はいつから聖域にいたんだ?」

「ヒトガミ様が戻られた頃です。ちょうどあなたを抱えて天空から……一段、また一段と雲の階段を降りてくるお姿を拝見しました」


「……その話は初めて聞くな?」

「白石さんはポックリ気絶してましたしね?」

「ポックリとかいうな。死にかけてはいたが」

 

「全身真っ黒だったから燃えたのかと思ってましたが、あれはあなたが陰陽師として才能を見出した者の生んだ――〝房主の呪い〟だったんですよね」



「あぁ、そうだよ。俺が罪もない人を埋めまくって、散々呪いを生んで、それを祓って金取ってた奴だった。

 ……あいつが死んで当然の存在でも、小さな呪いは確固たる理由があった。まぁ、成就するよな術が」

 

「チンケな術でも長い時を経て力を得たんですよね?でも、あれが解呪されていく様は大変美しかったですよ」

 

「本当ですねぇー!ヒトガミ様が唇で白石さんに触れるたび、黒焦げが剥がれて桜の花びらが舞って。風に乗って七色の輝きになり、その光が大地に落ちると花々が咲き乱れて……」


「…………待て、何で触れたって??」

 

「唇です、キッスですー!聞こえなかったんですか!?耄碌しないで下さ〜い」

 

「アリスさん、今思い出しても胸がときめきますよね!私は、彼の方のお力が吐息で為されると聞いて大変納得したんですよ。

 女神の甘き吐息は全てを清め祓い、復活させる!と、古代神話にも出てくるお話が再現されてました!!」




 興奮するアリスと星野を尻目に、白石は頭を抱えていた。

――だから、依代契約の後清音の機嫌が悪かったのだと今更知らされたのだ。

もちろん、ヒトガミの伴侶である颯人にも睨まれていたのは言うまでもない。


 わけもわからず清音をそのまま中国へ送り出し、しばらく音信不通になって胃が痛くなっていたのは何百年前の事だったか。

二人がようやく仲直りできたのは、数年前だった。




「はぁ、もういい。それで何が聞きたいんだ」

「人柱のパスワードです」

「あぁ、あれか。『愛してる』だよ」


「「…………え?」」

「安直なんだよあいつ。というか、晴明も道満もヒトガミを買い被りすぎだろ。本神も『どうしてわからなかったんだ』って呆れてたぞ」


「いや、だってそれは流石に安直すぎません?」

「やー、星野さんあの方ですよ。清音さんの記憶の蓋を外すキーワードも同じでしたし、流石にわかってくれると思っていたのでしょうねー。期待は外れたわけですけどー」


「白石さんこそ、そのように助言すべきだったのでは?」

「俺はそれどころじゃなかったんだ。桜舞は難解すぎるし、新しい祝詞は一言発するだけでごっそり神力を奪っていくし、丸一日がかりで神降ししたんだぜ?死にかけてまで」


「……あの祝詞は封印されましたね」

「もともとあいつ専用に作ったんだから二度と使わない。この世が滅亡に瀕しでもしない限りはな」

 

「そう願いたいものです」

「この世は今のところ平和ですしねー!」



 

「今のところ、とか言うのはやめろ。フラグを立てるな」

「というか、ヒトガミ様はどうやって常世を下し……支配……ぶちのめし……ううん?」

 

「星野さん、物騒なこと言わないで下さい。絆したんです。たしか、蘆屋道満の残した呪いでしたよね?『ヒトガミ様が狙った相手を惚れさせる』的な」

 

「ああ、結局それを使ったのですか。人間の体が朽ちた時、脳を残すと言ったのはそれですね?蘆屋道満の呪いというか、ギフトを使ったと」


「そうですねー、常世の方達に効くかどうかは賭けだったそうですが」

「え、怖いですね……。でも、彼女がやってきたのはいつもギャンブルのようなものでしたもんね」

 

「ギャンブルとかいうな。天運だろ。

 しかし、あいつはもともと極端な思考に走りがちだったが、あそこまでとは思わなかった。

 清音を瑞獣にするとか、俺を裁定者にするとかはいいとして、全部手に入れて沈黙させるとかどんだけなんだよ」

 

「他に方法がなかったんですよねー!私は大賛成ですけどー!」



 

「……でも、彼女は全てを抱えて苦しむ事もあるはずですよ。身のうちに宿した神はもう、数えられないほどですから」

 

「今度お会いしたら肩を揉んで差し上げましょう!!」

「アハハ、喜んでくれますよきっと」



 

 そんな小さな癒しでどうにかなるものじゃないだろ、とツッコミを入れようとして、裁定者として指名された彼は自分の手の甲を眺めて口をつぐむ。


 女神は、自分と同じ聖痕を白石と清音に刻んだ。まるで『二度と離さないからな、二人も俺のものだ』とでも言うように。


「あいつの所有欲ってのは恐ろしい……何もかもを愛するならば、何もかもを欲するんだろう。強欲で、傲慢で……そして、馬鹿みたいに優しい。

 自分の中に全部かくまって、そばから離さずにいたかったんだろうな」

 

「……私たちは離れ離れですけどね」

 

「隠れ家からご覧になってますから、こちらは思い偲ぶしかありませんねー。

 あー早くお会いしたいなー。裁定者と瑞獣さんは後どのくらいでレベルアップしますかー?」



 

「それこそ安直に急かすな。どっちにしても俺たちはみんな死ねないんだから気長に行こうぜ。

 それこそ、この世が滅びる寸前で役にでも立ちゃ間に合う」

「そんなこと言って、事件が起これば手伝っちゃってますよね?」 


「やーれやれ、裁定者殿はお優しい事ですねぇー??」

「チッ。金が必要な時もあるんだよ。清音になんかやりたい時とか、困るだろ」


「えええー?俗物すぎませんカー?」

「しかり」

 

「アホな事言ってねぇで、さっさと続きを書け」




 三人の笑い声を聞き、耳をひくりと動かした饕餮も思わず笑いを浮かべた。

 

――欲望のままに輪廻を手放した神々は、頂点を極めてしまった。

 さて、これから一体どうなるのか。手にした力の本当の意味を知るのは……いつになることやら。


 黒猫の姿で姿を偽った最凶の悪魔とも言える神は、ただ悪戯に欲を満たす美しい神々の言霊を聞きながら、目を閉じる。




 青い空に舞う、薄紅の花びら。それは、やがて虹をもたらし、全てを甦らせる。

 その枕詞で始まる伝奇は、密かに末世まで語り継がれるのだろう。




 あの日、あの時……芦屋真幸という一人の人間に降りた神がもたらした運命。

 颯人と、真幸二人が始めた物語は、ここまでとなる。


 白石という存在に全てを託し、彼が紡ぐ物語はどんなものだろう。

いずれにしても、仲間たちの物語はつづいていく。


 いつまでも、末長く、永遠に。



 ━━━━━━

 ━━━━━

 ━━━

 ━



 芦屋真幸


 全ての超常の依代と成り、万物を左右する真幸人神(マサキノヒトガミ)と成る。

颯人との実子は二柱。長子の陽向は日本の最高神であったアマテラスオオマカミと夫婦である。

 もう一人の子である神は、未だ彼女の依代である審神者であり裁定者・全てを預かる者が成長しきらず、孵っていない。

 

 颯人


 真幸の夫であり、全てを分ける魂の片割れ。スサノオノミコトの名は後世に残したが、その座は手放した。

分霊した魂は精霊によって保たれ、今も様々な名前に変化し、日本全国で祀られている。

 愛妻と隠れ家に住み、かつて愛した国を二人で仲良く眺めていることだろう。


 

 鬼一法正


 奈良の戦により戦死したが、白い石となり真幸の元へ生まれ変わっている。

 本人が言った通り、修行中の身である。数々の困難を裁定者と共にし、その命が姿を表すには相当な時間がかかるだろう。だが、彼は静かにその時を待っている。


 

 伏見清元


 ヒトガミの右腕として永遠の時を共にする。辣腕を振るう時は白石への説教と共にあるとか。

 伏見だけはヒトガミの支配を逃れ、勾玉を持ったまま独立している。これは、現世に残った裁定者のためらしい。なお、本神は大変不服だそう。

 

 

 鈴村妃菜

 飛鳥

 

 二柱はその姿を幾千もに分霊し、世界中を渡る。シュメール神話のイナンナと共に世界の情勢を把握し、ヒトガミの斥候として働く。

 時たま休みを取り、子を成し、人の間で百年ほど暮らしてはまた神の仕事をしているという。


 

 

 星野康晃

 

 白石と共に現世に残り、裁定者の手足となる。亡くした妻と再会できる日もすぐだろう。


  

 安倍在清

 

 最終的には人の姿を取るのをやめ、ヒトガミと裁定者の間を取り持つ。大妖怪としての寿命はいつ尽きるのか、それは誰にもわからない。


  

 累


 精霊の申し子である彼女もまた以前のようにヒトガミの懐に存在している。長き時を経て彼女と一体になれることを夢見ている。


 

  

 伏見真子


 神を辞め、輪廻の輪に戻る。だが、創世記を共に過ごした元神は人間にはなりきれない。記憶を宿したまま転生を繰り返し、仕方なく白石の元へと呼び寄せられる。

 

 倉橋夫婦


 神のままヒトガミを依代とせず、星野と同じく裁定者の手足となる。妻いわく、ここがこの人の限界です。とのこと。


 

 白石直人


 全てを支配する真幸人神の依代、世の裁定者。本神は成長し切ることに恐怖を覚えつつ、妻である清音が戻るのを待ち続ける。 

 逢瀬のたびに子を拵え、八人どろこではない子沢山となるが……それらは全て妻と共に留学してしまい、永きに渡り一人の時間を過ごすこととなる。

 

 里見清音


 瑞獣になるべく中国へ渡るが、成れるのはいつの事か。『これって週末婚?いえ、終末婚では?』と言いつつも、本人は冷徹に歴史を眺め、いつしか人でないものへ成長するだろう。



━━━━━━

 


 ――ここに、一冊の本がある。表紙には『真幸人神伝奇』と記されていた。


 それは桜の紋様が綺麗に刺繍された背表紙がつき、真新しい和紙に毛筆で文章が綴られている。

 執筆者のくせなのだろう、最初は真面目に書かれていたが……ページを捲るたびにだんだん言葉が崩れていった。


 内容も『伝奇』には似つかわしくないものがたくさん記されている。

涙を誘い、笑いを起こし、胸の奥に沁みいるような愛を感じさせるのは、題名にある『真幸人神』の愛の物語だからだ。


 かつて真幸人神に愛された全ては、この本が朽ちる前に終局を迎えるのか、それとも……穏やかなまま、時を超えて行くのか。


それは遠くない未来に分かる事だろう。



 ただ、これを読み終えた後に残るこの感情は……あたたかなものであってほしい。

戦い、傷ついた戦士たちの伝記が残した想いは、読む人を立ち上がらせる力になってほしい。

 

 力強く末尾に書かれた文字は、そう願いが込められていた。



 ━━━━━━


「何だか伏見さんが書いたものより酷くない?星野さん私情が入りすぎだろ」

「本当ですね。校正チェックされた方が良いのでは?」


「めんどくさいよ。ことあるごとに褒められてる俺の立場にもなってくれ」

「ふふ、仕方ありませんよね、それは」



 二人の少女が愛らしい声で微笑み合う。片方は全てを支配下においた女神。片方はやや歳を重ねた人間。……そのうちに人ではなくなる予定だが。


 

 二人は次元の狭間で惑星に腰を下ろし、宇宙(そら)の果てで青く輝く故郷を眺めている。


 漆黒に浮かぶ星々は常に動き回り、衝突しては死に、そしてその残骸が新しい命となっていく。

人でありながらなんの装備もなしにこれを眺めていられる時点で、人であるはずの片割れはもう超常と成っているのだろう。


 

 わずかに膨れた腹を撫で、夫から送られてきた漬物たちを齧りながら段ボールをゴソゴソ探る。

 そして底の方にあった、白い封筒を手に取った。


「それってラブレター?」

「はい!少昊さんが戻る前に読んでしまいましょう!」

「そうだね、あの人すぐ妬むから」



 密やかな笑い声が宇宙(そら)に響き渡る。天体の中に存在する、不思議な命たちは光を伴って近寄り、手紙を明るく照らした。



 


『ようやく装丁が終わったから、伝記を一冊送っとく。

 ……てか、この本はどこに保存するんだ?誰が読むんだ??マジで意味がわからない。


 ――冗談はここまでだ。清音……体は大丈夫か?つわりとかはあるのか?

 最近通話時間が短いから、聞きたいことが聞けやしない。寂しいからもう少し時間を作ってくれ……頼む』


 

「ええぇ……こんな事言うの?白石が」

 

「直人さんは割と甘えん坊ですよ?寂しいとか恋しいとかダラダラ書いてきます、毎回」

「清音さん、もう少し優しくしてあげてください。ちょっとかわいそうになって来た」

 

「んふー、気が向いたらそうします。あぁ、事務所を結局立ち上げるんですね」




 手紙の中には、彼が人助けのための事務所……昔々にヒトガミと共に立ち上げたような事務所を作る、と書いてあった。

 杉風事務所はもうないが、俗世の把握のためにも細々と仕事を受けて、人助けをしていくようだ。




「卸は爽さんがいるから問題ないな」

「そうですね。他の機関にも仕事は回さないし、国が関わってないからお金儲けは必要以上にできませんけど」

 

「固定資産税とかは、かからないはずだけど……お金なんて何に使うの?」


「私にお花とか、アクセサリーとか、あと赤ちゃん用に物を買いたいらしいです」

「ふーん?颯人と話してたのはそれか。颯人はついに織物をマスターしたよ」

 

「じ、自給自足……でも仕方ありませんね、お二人は俗世に関われませんから」


「うん。うちの子も二人の腕にかかってるから、早く顔を見せてください」

「は、はい、それはもう。はい」


 


 やがて手紙の文末まで辿り着くと、白石が清音に対して『事務所の名前を考えてくれ』と願っている。

二人は悩み、清音が何か思いついた顔になった。


「『陰陽師探偵白石直人!』」

「…………清音さん、俺でもわかる。ネーミングセンスないな」

 

「良いじゃないですか!幸せの杉風事務所と大して変わりませんよね?!

 前に言ってましたよね、同じようなの知ってますよ?私たちは血縁ですから、仕方ないですよね!?」


「俺のせいにする気だな?」

「はい」

 

「…………まぁ、いいか。わかりやすいし。あぁ、少昊が帰ってきたぞ。さて、修行の続きだ」

 

「ハイ!!」



 二人は立ち上がって遠くから走ってくる中国の神、少昊を迎える。三人は星の影に掻き消え、宇宙(そら)は静まり返った。





 『真幸人神伝奇』は、神々にのみ渡される秘密の文書。これは、人の世に出回ることはない。

 

 悲しい宿命と、優しい心を持った一柱の神がこの世の全てを支配していることなど……それを動かせるのが白石、清音達だけだと知られてはならないから。

 

 ――これとは別に、真幸人神の予言の書が存在する。抽象的な言葉で書かれているそれは、正しく理解するに『真幸人神伝奇』の読了が必須となるだろう。




 

 さて、私が綴る物語は、ここで一旦幕を閉じよう。


 登場人物たちはこれからもずっと生き続け、何度でも読んだ者の心を温めてくれる。きっと、きっと。

 そんな願いを込めて、最後に預言を記し『裏公務員の神様事件簿』を終わる事とする。 



━━━━━━

預言の書

 

白き光陰に沈み、黒き闇陽に昇らむ

秩序は裂け、(ことわり)は沈みゆき人と神との断裂顕れしとき

 天津星と地の祈りは、ふたたび結ばれん

 

人として生まれし御魂人を超え、神を超え常世を御下に従え

 名もなき御主、葦原の地に大神座(おおかみくら)として顕現す

 

人を護り、幾度も災厄を拒みし者

その魂は七彩を持ちて、赫耀し

 空の裏より還り来たる


 

光を失いし時代に星座を繋ぎ、歌が響く地より生まれ 水を齎し 聖木を産み 火を封じ 草原に黄金をもたらす者


 

人の咎を知り、神の誓いを知りひとつの想いを携え、混乱を鎮む

 

自らに課した呪いは、すべて解き放たれ新しき黎明へと時は進む

 

去るが去らず 在るが在らず

喚ぶ声に応えるは、()(ため)

 

宇宙(そら)さえもその手に収めし者は叶えし願いを泡沫の間に預けどもいつまでも焦がれ、命題とする

 

十界を漂う魂を愛で

女神は、ただひとつを得た

 

赦しを覚えずとも、永き時を征けば

命が証明となり

世の理となる


苦しみや悲しみと共にあゆみ

いつしか最果てにたどり着かん



━━━━━━

━━━

━━


 

――語り尽くされたあと、残された頁は時を待つ。


物語はまた、誰かの手で静かに開かれてゆく。――

 

  



 

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