107 呼応
白石side
「あ、もしかして!?」
「あぁ……やっとか?」
黄昏のまま時が止まり、現時刻は0時。本当にもう限界だ。声が出ないと言うよりも喉が痛くてどうにもならねぇ。
俺は指先まで呪いに蝕まれて、壊死しかけてる。全身がカサカサと音を立てて、乾いていく感覚しかない。
周辺で眠りこけている神々の中でまだ起きてるのは……天照、月読、芦屋の眷属、それと常世から一足先に戻ってきた伏見と浄真だけ。人間たちはぼんやり立ち尽くしたままだな。大丈夫なのか?アレは。
長時間の祝詞奏上を繰り返しした結果、やっと天空から細い光が一本降りてきた。でも……なんかおかしい。
これだけ天体や風景を動かしてるくせに、現れた奴が地味すぎる。
霞んだ視界を擦りながら、光の中の人影を睨んだ。……デカいな。輪郭がぼやけてるが、あれは筋肉だるまって呼ばれても文句言えねぇ体格だ。颯人さん……じゃないよな。あの人、着痩せするタイプだし。
「おっ!やぁやぁ、君が白石くんか!それから清音ちゃんと、天照さん!どうもどうも!あ、月読さんまだ生きてるね。よしよし」
「……は?誰だよ?何でお前が召喚されたんだ?」
「まぁ事情があるんだよ!……おわっ!?え、なんか……どうしたのその姿。白石くんだよね?黒石くんになってるけど大丈夫?おぉ!!眷属のみなさんもご息災で!」
上下黒ジャージの筋肉だるまが短髪頭を揺らしてズカズカ歩き回り、呆気に取られてる全員に握手をかましてくる。
そして暇を持て余していたアマツミカボシを見つけ、目をぎらりと光らせたと思ったら一直線に向かって行った。
「お前がアマツミカボシだな」
「ああ。お主は〝まぁちゃんの幼馴染〟だろう?まだ魂に名がついているとは不思議だな……黄泉の国で神にでも成ったか」
「そんなようなもんだ。俺は寿命をまっとうして死んだ。そんなことより……その姿はどう言うわけだ?」
「真幸に触れたが故にこう成っている。シゲにとっても懐かしいだろう?あれの小さき姿は愛らしい」
「………………チッ」
おい……舌打ちが聞こえたぞ。明らかに険悪な空気だよな、あれ。
まぁちゃんってまさか芦屋の事か?
幼馴染がいたという話は聞いたことがある。たしか、颯人さんがいないときに芦屋の心の中に入り込んだ、安倍晴明と鉢合わせた相手だ。
芦屋がまだ暴力衝動を断ち切れずにいた頃、その怒りを受け止めていたのがあの幼馴染の男だったらしい。伏見からそう聞いた覚えがある。顔を見るのは初めてだが。
話の流れで告白し、振られたあとストーカーまがいになり。結局誰とも結婚せず、一切連絡を取りあわないまま年老いて亡くなったという。
『害がないから放っておきましょう』『アレは撒けねぇ』と苦い顔した伏見と鬼一が話していたのを思い出す。
隠密を動かすほどの二人を以てしても行方を誤魔化せなかった……ってのは気になってはいたんだが、すっかり忘れてたな。
いや、でもそうだとして。あれから三百年以上経ってるんだぜ?なぜ今ここに居る?それになぜ“光の柱”から現れた?
あれは、本来なら神にしか通れないはずの道だ。
「アマツミカボシ。お前には言いたいことがある」
「ほぉ?」
「お前のせいでまぁちゃんが傷ついた。この世界の誰かが悲しめばそうなるって、分かっていたはずだ」
「分かっていた。だが、あれは私の元を離れた」
「それがどうした?彼女と離れていたら寂しくなるのは当然だけど、それで人を傷つけていい理由にはならない」
「真幸を害そうと思ってはいない」
「でも、結果的にそうなった。……立て。おれはお前に一発くれてやるために来たんだ」
「星の神を殴りたいと」
「相手がなんだろうと関係ないね。見ての通り、おれには霊力なんて殆どない。何も知らないまま黄泉に行き、そこから昇仙したんだ。今は黄泉の国をイザナミの代わりにおさめてるけど」
ウソだろ……。信じがたい言葉に全員が息を飲んだ。
魚彦すら目を見開いている。
黄泉を治める――それは、仙人が務まるような役目じゃない。
あそこは本来アマツミカボシのもとへ還る前の命を選別し、魂の穢れを濯ぐ場所。地獄で罰を受けた魂を、次へと送り出す中継点だ。
それを、一介の仙人が管理するだって?いや、その話よりもっと根本的なことだ。そんな場所を、ただのにんげんあがりが治めるなんて無理だ。本人が言うとおり霊力はほとんど感じられないし、動き方も術を心得る者とは思えない。
それが昇仙して、神に並ぶ役目を負っているなんてとても信じられないぞ。
月読に目線を送るとそっぽを向かれた。……お前、知ってたんだな。伏見にも視線を向けてみるが、同じように目を逸らされた。
そういえば、ずいぶん前に似たような話を聞いた気もする。
記憶は曖昧だし、今さら思い出せたところでどうにかなるものでもないけどさ。
「はぁ……殴っても意味がなさそうだな。じゃあ正座して、おれの目を見ろ」
「…………」
「あ?聞こえねぇの?正座がわからんのか?」
「ビクッ……」
怒気を孕んだ声が圧力を発し、アマツミカボシがシゲに従って神楽殿の上で正座した……。あぁ、芦屋の怒ったときの迫力ってこいつ譲りでもあるんだな。
「シゲはな、真幸の特殊な癖を作り上げた張本人だ。人と妙に近しいのもあれのせいだった」
「晴明!?いつの間に」
「先刻から居たのだが、それどころではなかっただろう。気を遣って声をかけずにいたのだが、いい加減其方の姿は見るに絶えぬ」
いつの間にか傍に立っていた安倍晴明が声をかけてくる。俺が首を傾げると、無言で俺の手を取った。さらにその背後から蘆屋道満が現れ、晴明と一緒に俺の手を握った。
「これは時の経過と共に強くなる呪いだ。もっと早く対策すれば良かったものを」
「仕方ねぇだろ、あの子が芦屋の勾玉を持ってっちまったんだ」
「少女はお前に『持たされた』と言っていた。でなければオレ達はここにいない。
全く、我が子のように自己犠牲を常とするでない」
我が子、か。まぁ……そういう関係なのかもしれない。芦屋の実父である道満が少しだけ顔を赤くしているが見なかったことにしたい。
この二人はちゃんと仲良くやってんだな。二人とも同性のままだが……蘆屋道満の子は安倍晴明の子でもあるってか。
そういや、もう一人子孫がいたはずだが。眷属と共に眠っていたアリスの姿がない。
「あの!……直人さんは、治りますか?」
「某どもでは無理だ。長い時間をかけて熟成された呪いで、理由にも矛盾がないから厳しい」
「…………」
「ごめんな、役に立てなくて」
「い、いえ。あのぉ……あなたは蘆屋道満さん、ですよね?真幸さんにそっくりですね」
「あぁ、そうか?それは嬉しいな。真幸は某の子だ」
「ほぁ……そうなんですか」
満面の笑みを浮かべた道満の顔を見て、清音が目を丸くしている。そういえば、ちゃんと会うのは初めてだったか。一応コイツにとっても先祖なんだが機会がなかったしな。
俺も直接話したのは出雲大社の調印式だけだ。神になる前に何度か黄泉の国に邪魔したから。
だからこそ、シゲが言ってたことがいまいち飲み込めない。
俺自身は霊力もそれなりに持ってるし、他のやつらが持ってない力もある。
何てったって師匠が芦屋で、その上に神々がついてるからずいぶんズルしてるよな。
そんな俺でも神になるには本当に命を削って努力した。何度も死にかけてやっとの思いで昇仙したんだぜ?
俺が悩んでいる間にもこんこんと説教を続けるでかい男は、澱みなく言葉を吐き続けている。
あのしつこい喋り方、芦屋は見事に引き継いでるな。
「よし、これで呪いの侵食はこれ以上起こらないだろう。某ができるのはここまで。真幸の神器を返してやりたいが、少女の手のひらに張り付いてしまったのだ」
「うん、わかってる。ありがとう……晴明も、道満も最後までいるんだろ?」
「あぁ、そうする。久しぶりに真幸をひと目だけでも見ておきたい」
「しかし、どうしたものかな……今までの儀式は間違いなくヒトガミを喚ぶものだったはずなのに、なぜアレが来てしまったのか」
一度停滞した祭壇の空気は、困惑に満ちている。
正座したまま叱られ続けているアマツミカボシはと言うと……背を丸めて、瞳に涙をいっぱい溜めていた。
芦屋の小さい姿だから無駄に同情してしまうんだが、それにしても容赦ねぇな。シゲってやつは。
「あ、ついに泣かした……」
アマツミカボシは何度も袖で涙を拭ってるが、シゲの説教は止まらない。気持ちはわかるんだが……さすがに居た堪れなくなって肩を叩く。
「その辺にしてやれ。今さら説教したってしょうがねぇだろ」
「……そうだね。まぁちゃんを喚ぶには国護結界のシステムを変えなきゃダメだし、早速取り掛かろう」
「えっ、お前さんがやれるのか!? 芦屋が設定したパスワードがなけりゃ無理って……」
「うん、パスワードがわかればいいんだろ?おれ設定するの見てたもん」
「「「はぁ!?」」」
俺と晴明、道満が声を上げてハモる。見てた???国護結界を作る、その時を??
「正確に言えば、人柱としてまぁちゃんが自分の分身をここに埋めた時を見たんだけど、親父さんとの対峙から全てを知ってる。
おれはまぁちゃんが辛い思いをしているのを、ただ見ているしかなかった。だから黄泉の国で修行したんだ!」
「……マジか」
「うん。まぁちゃんはさぁ、おれのためを思って縁を切ったつもりかもしれないけどね?おれ、ちゃーんと言ったはずなんだけど。しばらく諦めないよ、って」
「いや、しばらくって年数じゃねぇだろ」
「白石くんだってそうでしょ!ずーっと清音ちゃんのことストーキングしてたじゃん?おれたち仲良くなれるね♪」
「…………」
「あっ!あわわ……直人さん落ち着いてください。拳を握ると肉が削げます」
「俺は……ストーキングなんて……ストーキング………………してるな」
「そうでしょー?清音ちゃんがワンコ拾った時なんか本当に可哀想だったな。タバコ吸いながら泣いてたし、それから」
慌ててシゲの口を塞ぎ、精一杯その顔を睨みつける。微笑みを浮かべたままの彼は大きな手で俺の手を包み、自分の額に当てた。
「ごめんな、これはおれにも解呪できない。黄泉をおさめていても、まだ仙人だからさ。
やさしい人だな、白石は。こんな呪い背負わなくても良かったのに。始まりだって自業自得だろ?自分を責めるのはもうやめなよ、あの坊さんは死んで当然だった」
「…………」
「西東の娘さんはもう天上に登ったよ、まぁちゃんの生んだ勾玉を持って。いつか、白石くんに会いたいって言っていた。
そういうの大好きだよ、まぁちゃんの周りにいる人たちはみんなそうだ……本当の優しさを知っている」
慈愛に満ちた眼差しで見つめられて、思わずたじろぐ。晴明や道満がしかめ面をするような見た目の俺を見ても何とも思わないのか。
芦屋に似てるのもあって、言葉が胸に勝手に染み込んでくる。喋り方がそっくりなんだ。
…………まぁ、いい奴じゃねーか。信じよう。
「国護結界をどうしたらいい?お前に任せちまっていいのか?」
「うん、おれが国護結界の穴に潜って作業してくる。
解除できたらすぐにプログラムを書き換えよう。新しいシステムの提案なんだけど……」
━━━━━━
「シゲは穴に篭ったが、俺たちは何をすりゃいいんだ?」
「祝詞は一旦やめていいって言われてしまいましたが、まだ真幸さんはいらしてませんよね?」
「気配はしてるし匂いはプンプンしてるんだがな……焼け野原が稲だらけで再生済みだし、降臨の場としては不足ないはずなんだ。てか、これやったの芦屋だろ?」
「そうですね、死の再生には私たちは触れられませんから。……焦っても仕方ありませんね、とりあえず休憩しましょう」
「あぁ、流石に疲れたな」
「本当ですね……」
俺たちは国護結界のシステムを変えてくれると言った、シゲの合図を待っている。神楽殿に集合してひしめき合うようにして密着し、それでも数が多くて壇上に登り損ねた神々が沢山いる。
そいつらは柔らかい草の上でゴロゴロして……笑い声まで聞こえてきた。
清音と手を繋ぎ、床に腰を下ろしてその景色を眺める。
芦屋の戻りを待って眠っていた眷属達は、体をならそうと取っ組み合いを始めていた。暉人と魚彦がやり合ってて、魚彦の圧勝なのは意外だな。小さい体でデカい暉人を翻弄し、弄んでいる。
ククノチとラキ、ヤトは花を摘んでのほほんとしてるがふるりに挑発されて……なぜかククノチが駆け出した。
爺さん元気だな。
やれやれと言った様子で首を振ったヤトは長い白毛を風に靡かせ、累を背に乗せてラキと共に歩き回る。その周りでフワフワ飛んでいるのは精霊か。
平和な光景に呆けちまいそうだ。少し状況を整理しておこう。
七柱の眷属……7つって数字は良いもんだ。七福神に、米に宿る神も七柱だと言われている。
中国だと七人じゃなくて八仙だったか。道教に伝わる八仙は全て人間の出身だった。
人間だから、何某かの欠点があって未成熟なんだ。それでも人に福をもたらす象徴とされている。
海外の神……清音は神に足り得ないと月読にはっきり言われたが、これは日本のルールだ。赦しを持つのは日本の神の独特な価値観だからな。
――もしかして、中国のように海外の神なら問題ない可能性はないだろうか。ふと思い付いただけだが、新しい道筋かもしれん。
ギリシア神話でも、インド神話でも神は自分以外を容赦なく殺してたし。
海外留学でもしたら神になれるんじゃないか?
その場合、日本で暮らすにはどうしたら良い?俺は日本の神だからおいそれと国外に出られない。鈴村夫婦のように外国にいけるほど強い分霊は出来ないから。
でも、清音を超常にしないなんてもっと無理だ。もう輪廻の輪に清音を戻してやることはできない。
一瞬たりとも離れたくないんだよ。
芦屋と颯人さんもそうだったな……初めて出会った日から、永く離れたのは道満にやられた時だけ。それ以外は本当にずっと一緒だった。
肩に触れる体温が心地よくて、瞼が下がってくる。俺がやったネックレスを握ったまま清音はすでに寝息を立てていた。
シゲは、国護結界の理屈を変える役割で現世にやってきたようだ。そうできる力を得たのは自分の努力だとしても……理由は芦屋だ。
全てが結局、あいつの元に集約している。
芦屋、お前は本当にどこまで手のひらの上で転がしてるんだ?お前って俺が思っていたよりもずっと凄くて、やべー奴だな。
腹黒いっちゃ腹黒いけどさ、何でこんなふうに何もかもを動かせるんだろう。地球の神にまでその手を伸ばしていたなんて、マジでびっくりした。
お前は何をどうしたいんだ?こんなにたくさんの神々を動かして。ここまでの状況を作り出して何を目指してる?
ずっとわかっていたはずのお前の気持ちが見えないんだ。
全ての力を手に入れたお前には、何が見えてる?いつから何もかもが視えていた?
「……っ!?」
「清音……どうした?」
穏やかな寝息を立てていた清音が跳ね起きて、瞼を開く。その顔には怯えが見えた。
「な、何か。何かが揺れてます」
「揺れる……?あ、ああっ!!」
神楽殿に突き立てた天沼矛に結んだ赤い国護結界の糸が、ぶつんと突然切れた。ふわふわとその色を空気に溶かし、消えていく。
その瞬間、地面の下から大きな地鳴りが起こる。慌てた暉人とふるりが地に手をついたが……これは。
「地震だ!デケェのがくる!!」
「あかん……国語結界の護りが消えた!!天災が起こるで!!!!!!!」
二柱の叫びと共に聖域の周囲で大地が揺れ始める。だんだんと大きくなる揺れに悲鳴が上がり、長時間呆けていた人間たちが俄かに動き出す。
飛び立つ飛行機たち、その向こうに見えたのは大きな積乱雲。
それはあっという間に近づき、雲の裾野を衝突させて豪雨を引き起こしている。大量の水をもたらし、あっという間に陸地が海のようになって行く。
波が起こって結界を揺るがし、波濤が生まれる。それは地震と共に隆起し、陥没した地面の裂け目に吸い込まれた。
「……な、何で突然糸が切れた!?」
(ごめーん!再起動が必要だから電源落としたら糸切れちゃった)
「シゲ!?おま……どーすんだよ!!」
(どうしたらいいかなぁ?わかんないなぁ)
「………………」
呑気な声出してんじゃねぇ!てか念通話できるのかよ。今はそれどころじゃねぇから突っ込まねぇぞ!
いつのまにか神楽殿近くまで来ていたらしい倉橋夫婦は一瞬目を合わせたが、大きなため息と共に転移して行く。鈴村、飛鳥、真子も姿を消した。
各地に散らばっている神継からも次々と報告が入り、それを対処する為にと真子が念通話で指示を飛ばしはじめた。
地震、豪雨、クソッタレな台風まで来やがった。日本中の各地で何もかもが災害に飲まれて行くのが……報告のたびに知らされる。
くっそ、どうすりゃ良いんだよ!?
待て……鈴村!!お前聖域の結界維持してたよな!?
「アー、結界が壊れていきますねぇ」
「少昊、日本の神々は意外に抜けているのだな?結界を作った主人が消えれば壊れるのが当たり前だ。災害には慣れているだろうに慌てたのか。
しかし……ううむ、世を見て見ろ。これだけ大きな地震が起きても、建物があまり崩壊せずとは恐れ入る」
「本当ですねぇ、ウチとはだいぶ違いますねぇ」
「し、少昊!饕餮も!お前たちも手伝え!結界の維持をしなきゃ召喚の場が保てないだろ!!て言うか全員働け!!」
寝ぼけたままの神々を叩き起こし、全員で聖域の結界維持に回る。
今度は津波が押し寄せてきて、波濤が黒く染まって行く。ここには召喚陣が展開しっぱなしなんだよ。これが消えたら芦屋は目印を失って戻って来れなくなる!
全員で神楽殿の周りに結界を張り、必死で霊壁を足していく。それでもジリジリとその範囲を狭めていくのを抑えきれない。
まずい、これは非常にまずいぞ!
「あーあー、目も当てられませんね。白石は少し落ち着きなさい。浄真殿、時間を稼ぎましょう」
「はいはい、人使いが荒いですねぇ。あ、神使い?」
「どっちでも良い!早く手伝え!!」
押し寄せる津波に負けじと歯を食いしばり、ジリジリと俺たちは追い詰められていく。
今になって呪いの痛みが復活して、ろくに力が使えない。あたりの音が遠くなって行く。
「直人さん!!アザがまた広がって……」
「清音……、ごめ、」
「直人さん!!」
全身を覆い尽くした呪いに飲み込まれ、意識が途絶える。
真っ暗闇に堕ちていく感覚の中で手を伸ばし、足でもがいても何もつかめなかった。
死んで、たまるかよ……俺はまだやらなきゃならないことがあるんだ。清音と幸せに暮らすことを夢見て長年耐えてきたんだぞ!?
こんな終わりがあってたまるか!!!
必死で体を動かし続けると、四肢が溶けていく。呪いが染み込んだ体は徐々にその形を失い、俺の体が無くなって行った。
悔しさに涙が溢れて、清音の叫び声だけが耳の奥に響く。
清音……嫌だ、こんな最期なんて。やっと会えたのに、やっと結ばれたのに、芦屋にだってまだ会えてないのに。もう、おしまいなのか……?
――白石はさぁ、いざと言うときに限界を超えると諦めちゃうんだ。
ダメだよ、そんなの。今までの人生で得た諦観なんて捨ててくれる?今後は、俺がそうさせないからな。
――神社を形作る木は、虫に食われないだろ?何でだと思う?
それは、切られた木がまだ生きているからだ。風雨に侵食されても生きた木々が神々の護りを輔けて、大地と繋がってくれる。すごいよねぇ、昔の人って……どうやってこんな事思いついたんだろう?
――日本って不思議だよ。俺は『いただきます』って言葉が好きだ。獣と同じように命を屠って口にするのに、感謝と畏敬の念を忘れないんだよ。
矛盾してるけどさぁ……こう言うところ、結構いいよね。
――白石、衣食住保証、厚生年金免除、給料は今の3倍は出るぞ。
真神陰陽寮の神継になってくれるか?
「芦屋……芦屋!!」
芦屋の、声がする。あたたかく、柔らかく、優しいその声が恋しくて恋しくて胸が潰れてしまいそうだ。
僅かに残ったプライドがかき消えて、自分にはどうしようもない状況を受け入れるしかなくなった。
「芦屋!……た、助けてくれ!!俺だけじゃない、みんな死んじまう……そんなの嫌だ!
――――戻ってきてくれ!!」
「――応」
耳元で待ち焦がれた声が聞こえて、ぞくりと肌が粟立つ。
嗅ぎ慣れた香りに包まれて、散らばった体があるべき場所へと戻ってきた。
「もおおぉ……遅いよ!それを言われなきゃ来れないんだからな!!」
「ふ、白石はプライドが高いのだ。仕方あるまい」
「何のために俺を召喚してるんだって突っ込ませていただきます。助けを求める状況なのに何で素直に言わないんだよ。
俺が必要だって言えば、すぐに繋がれたのに」
「あ、あ……あし、」
「うん……俺はここにいる。俺は白石に喚び戻された。あとは任せてくれ」
小さな手のひらが瞼を覆い、背中から抱きしめてくれる。その上から大きな手が重なり、身体中に力が漲ってくる。
「あしや、」
「うん」
「会いたかった」
「うん……俺もだ」
「おか、えり……」
「うん……ただいま」
瞼の裏に走る白い光、それはやがて脳の中にまで染み込み……俺は完全に意識を失った。
━━━━━━
「だからさ、シゲは考えなしだって言ってるの!何で再起動をかけた!?電源が落ちたら意味ないんだよ!」
「だって、プログラム書き換えたら再起動が普通じゃん……」
「これはパソコンじゃないから!全く……何人死んじゃったと思ってんの!?アリス、状況報告!」
(はーい!偵察隊アリスがご報告申し上げます!)
俺の耳が、意識の外で音を拾う。明るく響くアリスの声は心なしかうわずり、震えているように思えた。




