103 黎明の誓い
白石side
「と、言う事で。こちら……天津甕星さんです!よろしくお願いします」
「……」
「ほら、ミカさん。こう言う時は仲を深めるために『宜しく』って言うんですよ」
「よろしくも何も、みな倒れ込んでいるではないか」
「えっ……あら……」
「とりあえず少し待とう。もうすぐ夜明けだ。真子が到着するから」
「はい、じゃあお茶でも飲みますか」
現時刻 5:00。俺と清音はアマツミカボシの巣に行ってきたはずが、記憶がすっぽり抜けている。超時空のエネルギーに曝されたせいで脳がバグっていると思うんだが……清音はシャッキリしてんな。おそらく記憶もあるんだろう。
あいつの巣穴でやってきたことは、何も覚えていない。仲良くなっただけ、と清音が俺の問いに答えているが……何がどうなってそうなったんだよ。
とりあえず夜明けまでは時間がある。真子から『雛鳥村の攻防戦が終了』と報告があったから、人間への傀儡は解いてくれたようだ。
知将が来るまで頭の中を整理するか。
――迷家の事件を皮切りにさまざまな混乱を起こしたのは常世の使者のせいだったが、その後の……日本の中枢を惑わせて滅びをもたらそうとしていた黒幕は、こいつ……アマツミカボシだ。
アマツミカボシは、地球の意思……と言える存在になっているらしい。元々は北極星に例えられる悪行をする神だったんだが、現代では未知の変化が起きている。
古事記には登場せず、日本書紀にのみ記された謎の多い神だ。
曰く鹿島神宮の要石である、金星のことである、世を滅ぼす悪鬼である、など様々な伝説がある。日本書紀では主に悪鬼としてタケミカヅチ、フツヌシノオオカミに退治された記載があった。
これは高天原から地上にやってきた天津神が豊葦原中つ国を平定……要するに人間を下らせるために最初に斃した奴ってことだな。
存在としてどれが正しいのかなんて誰にもわからない。後世に伝わる伝奇がそのままこの世に顕わされる現世では、瑣末事だ。
だがしかし、斃したはずの神はいつしか神性を取り戻しこの星と同化した。その前に誰が地球としての存在だったかなんて分かりゃしない。完全に混じってしまったからアマツミカボシの記憶は地球の始まりから続いているという。
見た感じの印象、話しただけで月読と同じ天星の性があると感じられた。アマテラス・ツクヨミ・スサノオの三柱を合わせてもおそらく敵わないだろう力を持っている。
こいつと対峙した瞬間、形代の盤古は存在ごと喰われた。始まりの龍神は清音の体に宿り、依代契約をすでに完了している。八大龍王が宿ってるってことだ。
俺たちが地球の核へ向かった時、月読が集めてくれた天地の神々は、アマツミカボシが地上に降り立った途端、全員気絶してるな。
俺と、清音が絶さぬまま耐えられているのはアマツミカボシが産んだ龍神が体内にいるから。俺が清音の眷属でなければ同じ羽目になっていただろう。
龍神は、星と繋がっている。天土の全ては自然界を含めて龍神の庇護下にあるんだ。
額の汗を拭い、人の姿として顕現したアマツミカボシを眺めた。頭の先からつま先まで見た目は人の形をしているが、地球という惑星の命そのものであるから、エネルギーがハンパないんだ。
清音から温かいお茶をもらって、両手でカップを抱えている姿は一見普通の子供にしか見えないのが怖い。
地に伏した神々は、見知った顔ばかりだ。芦屋の息子の陽向も天照と共に横たわっている。
……天照はいけると思ったんだがな……何もかもが予測通りにはいかない。不安でしかないが、これはある意味想定通りではある。芦屋と一緒の時は、いつもこうだった。
俺も、いつまで保つかな。
「あ!ヘリが来ましたよ!」
「毎度派手な登場だな……」
「まだるっこしい。転移は使えないのか?」
「ミカさん、ここは畏れ多くも日本一の山、霊山である富士の頂ですよ。転移は失礼に当たります」
「……あのようにやかましい方が富士には迷惑だろう」
確かにな、と頷いた俺は茜に染まる空からやってくる伏見家専用の紫の機体を眺める。榛色の瞳と、柔らかな茶を持つ伏見の顔を思い浮かべて思わず苦い気持ちになった。
『僕の姉をコマ扱いとは。何様のおつもりですか?』
と、あいつの嫌味ったらしくて懐かしい声が耳の奥に聞こえた気がした。
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「はい、ほな自己紹介はここまで。では……ヒトガミさま召喚の儀についての会議に移ります」
「…………」
「ま、真子さんミカさんが大変不服そうなお顔をしています」
「あかんで、外に出したらみんなまたバタンキューしてしまうやろ?ミカさんが自分で抑えられるまではそこに入っててもらいます」
「……だ、そうです」
「ふん、弱き者たちに合わせてやろう。仕方ない」
現時刻6:30 富士の頂からご来光が見られる時間だが、黎明の空は茜のまま。日が登ってこない。
前にもあったな、こんなことが。アマツミカボシが操作しているわけじゃないなら……宇宙の意思とかそんなもんか?超大規模にするのはやめてくれ。
真子が到着したあと、アマツミカボシに結界を施した。最初は結界をバリバリ割って壊してしまっていたが、清音に説得されて力を抑えてくれたらしい。俺の神力で作った透明な箱の中に収まってくれている。
真子は孵化神社で別れた時のまま、綺麗なスーツ姿だ。しかし、やや疲弊しているようだった。雛鳥村は孵化神社を残して壊滅、周辺は焦土と化している。
ニニギノミコトが連れてきた九州勢が、彼女と協力して孵化神社を守り切ってくれた。
正気に戻った人間たちには、政府の中核部に倉橋夫婦が説明を行っているらしい。最近ヘコみっぱなしだった議員の左近も協力してくれている。
「直人、僕がかわるよ」
「……頼む」
「応」
頬に擦り傷を作った月読が力無く微笑み、結界の維持を代わってくれた。
そうだな、俺の状態をお前なら正しく把握できるはずだ。俺が依代を務めるのは後にも先にもこいつだけだな。
「無事で良かったよ。衣も、君たちも」
「おまけみたいに言うなし。ありがとな、助かった」
「うん」
お互いの疲れた顔を間近で確認し、苦笑いが浮かぶ。月読が貸してくれた芦屋の衣がなければ、俺たちは生きていなかっただろう。神々の輔けをもたらしてくれなければ、あのままチリになっていた。
無傷のままの桜の衣は、いまアマツミカボシがその手に抱いている。
時折匂いを嗅いでうっとりしているが、その様子を皆が複雑そうな表情で眺めていた。
「あのー……ヒトガミ様を喚ぶ、なんてそもそも可能なんですか?私にはとてもじゃないけど無理ですよ」
「やるしかないんよ、ウズメ。空を見ればわかるやろ。国護結界の裾野は今や陸地にまで狭まっとる。
領空内に在する他国の偵察機は1000を超えてるわ」
「侵略目的ですか?」
「せやで。世界中から日本に宣戦布告が来とるんや。国際法に基づいた正式な文面でな」
「何のためにそんな事をするんです?」
「そんなの決まっとるやろ。300余年を超えてこの国を守ってきた国護結界の技術・超常が現実にある事自体が奇跡の国なんよここは」
「……そう言っても、神達には隠遁するようにとなったではないか」
「人間がそう決めたのはアマツミカボシのせいや。その傀儡ものうなった今は、私の手に責任綱がある。……都合がええとは思いますけど、ご協力ください。
――芦屋さんを、取り戻すために」
芦屋の名前一つで全員から頷きが返ってくる。集まった奴らの中には泣き出してる神もいた。みんなが帰ってきて欲しいと願うのは、ただ一柱の女神だ。
この国を永く護ってくれた、誰も彼もを慈しんだ優しいヒトガミなんだ。
「して、何をする?」
「……はぁ……アマツミカボシさんは、ちぃとは反省してくれへんの?私ら大変な思いしたんやけど」
「仕方ないだろう?『真幸』がいないのなら生きる意味などない。私が死するなら、生んだ命たちを滅ぼすが責務というものなのだ。
お前たちは等しく私が源である」
「せやかてあんたのこと、何も知らんもん。生んでくださってありがとうとはとても言えへん状況やし。あと……その姿のままで行くんか?」
「だめなのか?」
アマツミカボシは首を傾げ、真子を見上げる。その姿に『うぐ』と声を漏らした者が複数居た。
そう……こいつ、芦屋の姿でいるんだよ。チビは国護結界の人柱として長年星の中にいたんだからそうなるんだろうが。素盞嗚神社で初めて会った、小さな頃の芦屋の姿を模っている。
正直、可愛いんだよな。
「……だめやないけど」
「良いだろう?実に愛い姿だ。『真幸』の原初の形である。
ほおはふくふくとし、瞳は澄んで黒く、髪も柔らかい。なぜこのような姿であるのに愛されなかったのか……私には理解できない」
アマツミカボシの視線は陽向に注がれる。そうだな、コイツがあいつの前世を知っているのは間違いない。だが、現在の陽向には何も関係ないことだ。
「ヒトガミは陽向を愛した。それは事実だぞ?お前さんがそうやって睨んだらアイツはきっと悲しむ」
「……そうか、ならばやめよう。あの子の意思は私の意思だ。あれを慈しむならば私も愛そう」
「それを言うなら世界中から集まってる小蝿も払ってくれんか?」
「あれらの傀儡はすでに解いた。こうして小国を欲するのは自分の意思だよ。
人はげに愚かしいのが常だ」
「……反論の余地がねぇな」
上空に、轟音を立てながら飛んでいく偵察機がある。日本の機体じゃないな。自衛隊の戦闘機がその後を追い『領空侵犯である』と警告しているが、気にしている雰囲気はない。
そうか、天に届く国護結界は空の支配を手放したな。時間がいよいよなくなったってわけだ。
「真子、時間がない。国護結界は保ってあと数時間だ。朝焼けがやってこないと言うのは万理の意思だな。
あいつを望んでいるのはアマツミカボシだけじゃない……太陽を司る天照も、月を司る月読もそれを望んでいる」
「これは宇宙の意思だよ。あの子は私と繋がった時、微笑みをくれた。手を繋ぎ、頬をすり寄せてくれた。その瞬間に宇宙の星々も、幾星霜に広がる次元も全てがあの子に〝惚れた〟んだ。
……愛おしいあの子を戻す前に、確認したい事がある。最後の審判だ」
アマツミカボシが立ち上がり、結界の中で瞳を見開く。虹色のそれが清音を見つめ、やがて俺に視線を寄越した。
結界の中から放つ眼光に捉えられて、身体中から汗が一斉に吹き出す。
畏怖などという陳腐な言葉ではなく、地に伏して命乞いをしたくなるほどの絶望的な力を感じ、足が震え出した。
「『真幸』を喚ぶ審神者は?」
「俺と、清音だ」
「力はどうする?龍神を喰らい、犬士の珠を揃え、八房を生贄にしたとてもまだ足りない」
「……八房は生贄にならない。清音も、芦屋もそんなの認めないぜ」
「ふぅん?ならばどうする?ここに居る神たちの力を以っても喚ぶことが叶うのだろうか?甚だ疑問だ。
それから、現世に喚ぶなら二度と苦難には遭わせたくない。ならば、この世を守るヒトガミの代わりが必要だ」
「国護結界の話じゃねぇな?」
「ああ、『真幸』は二度と使わせない。そうするのなら私はもう一度あれを常世に送り出そう。
この世を護る者は、誰だ?」
「そんなもの必要ない。人間は人間が、神は神が自分自身を守るべきだ。そこで戦が起きようが、誰が死のうが自然の摂理だからな。
芦屋は、護りすぎた。誰かを犠牲にする平和なんてクソ喰らえだろ。自分の命は自分でどうにかするべきなんだよ」
ふん、と鼻で嗤ったアマツミカボシは眉間に皺を寄せ、怒りを露わにする。
俺の呪われた腹が痛みが増して、汗が顎から落ちるのを感じた。
「この世を保つために必要なのは、何だと思う?今までそれを代替してきた『真幸の根源』は何だと思う?
それを……この世に生きとし生けるものが全て持ち得るのなら、その答えとしようか」
「俺は人間が嫌いだ。でもな、誰しもが必ず持つものがある。
それは……『魂』と『愛』。それが芦屋の根源で全ての力の源だ。
宇宙のねじれから生まれたアマツミカボシも、俺も、みんなが等しく持っている」
「――それが確かに『在る』ならば。『答え』とするならば。この先、何十、何百、何千、何万、何億年とお前たちは証明しなければならない。
『魂』『愛』を持ち続けることができるのだと。
たとえ戦乱の世になろうとも、たった一人きりになろうとも……」
清音が駆け寄ってくる。軽い足音すら愛おしく聞こえて、涙が出そうになった。
「私たちは一人になりません。二人で一つですから。
それから、私の愛は彼だけに捧げるものです。彼もまた、そうですよ。だからなくなったりしません」
「……俺たちが証明になれるか?どんなに長い時を経ても、お前の前に証明しよう」
清音の小さな手を握り、二人で硬く結び合う。陽向と天照、夫婦の契りを交わした神々が同じように立ち、アマツミカボシを見つめていた。……ニニギ、サクヤと仲直りしたんだな。
「ふふ、お前たちの縁さえ『真幸』が結んだものだ。それを自己の内で、果たして保ち続けられるのか?」
「そうして見せる。お前が……アマツミカボシが見たいと望む前に、俺たちは芦屋にそう願ってもらった。いきなりぽっと出てきたお前さんよりも芦屋に誓ってるんだから、約束は破れない」
「………………わかった。ではゆこうか。人神召喚の儀へ。私たちの愛する女神を迎えに行こう。
この争いを鎮め、彼女が自らに課した呪いを解こう。全ての自由は、あの子が一番欲しかったもののはずだ」




