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『音魔法はゴミ? いいえ、研究したら文明を揺るがす最強魔法でした』  作者: 白月 鎖
魔法学院編

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第83話「剣聖の真実」

タイミングが来た。


 ガルドとの模擬戦から五日。アルトは毎日訓練場で剣を振りながら、壁の「弱い場所」を見つける方法を探していた。だが見つからない。目で見て壁の構造がわかるわけがない。セレンの共鳴探知に頼れと言われているのと同じだ。


 今朝、訓練場から戻ってきたアルトの手のひらは血豆だらけだった。壁を殴って確かめようとしたのだろう。馬鹿な男だ。だが——その馬鹿さが、アルトの強さでもある。


「アルト。放課後、図書館に来い。見せたいものがある」


「図書館? 俺は本を読むより剣を振りたいんだが」


「十分で終わる。来い」



 図書館の奥の閲覧室。人気のない一角。窓から西日が差し込んでいる。


 テーブルの上に、あの古書を広げた。『剣聖ヴァルディスの戦闘記録——王国騎士団史第七巻抜粋』。数日前の夜に見つけて、借りたまま持っていた。


「剣聖ヴァルディスの戦闘記録。——アルト、ここを読んでくれ」


 アルトが椅子に座り、頁を覗き込む。目が動く。唇が微かに動いている。読むのが遅い。ノーラの筆記対策のおかげで読めるようにはなったが、古い文体は苦手だ。


「……“ヴァルディスの剣は大地を震わせた。彼が剣を振るうたび、足元の土が共鳴し”……」


 アルトの手が止まった。


「“実際には大地の力を剣に宿した魔法剣であったと、同時代の学者ルクレール卿は記している”——」


 沈黙。


 図書館の時計がカチカチと鳴っている。西日の角度が変わっていく。


「……嘘だろ」


「嘘じゃない。同時代の学者が戦場を調査した結果だ。ヴァルディスの斬撃には土属性の魔脈が含まれていた」


「剣聖は——剣だけで戦った英雄じゃなかったのか。俺はそう聞いて育った。父の父の、そのまた父の——ずっと伝わってきた話だ。“ヴァルディスは魔法を使わなかった。剣一本で魔王軍を退けた”と」


「家に伝わった話は間違いじゃない。ヴァルディス本人も”俺は剣士だ、魔法使いではない”と生涯言い続けた。本人の自覚では、魔法を使ったつもりはなかったんだ」


「じゃあ何なんだ」


「“剣を極めた結果として、自然に発現した魔法剣”——そう書いてある。剣に全てを込めて振り続けた結果、体に眠っていた土属性の力が剣に流れ込んだ。意識的に魔法を使ったんじゃない。剣を振ることに全身全霊を注いだ末に、体の全てが——魔力も含めて——剣に乗ったんだ」


 アルトが古書を閉じた。手が震えていた。怒りではない。混乱だ。自分の誇りの土台が揺れている。


「俺は……剣への誇りがあった。魔法に頼らず、この腕一本で。それが剣聖の末裔としての——」


「アルト」


 俺はアルトの目を真っ直ぐ見た。


「剣聖は魔法に”頼った”んじゃない。剣に全てを”込めた”んだ。土属性の力も含めて。——お前が剣を振る時、全身の筋肉を使うだろう? 足の指から肩まで、体の全部を使って一振りを作るだろう? 魔力も体の一部なんだよ。筋肉と同じだ。使わないのは、片腕を縛って剣を振ってるのと同じだ」


 アルトが黙り込んだ。長い沈黙。


 共鳴探知で聴いている。アルトの心拍。速い。怒りでも恐怖でもない。「考えている」時の脈拍パターン。この男は馬鹿だが、考える時は考える。


 一分。二分。三分。


「……すぐには受け入れられない」


「いい。時間をかけろ」


「でも——」


 アルトが立ち上がった。椅子が音を立てた。


「試してみる。お前が反響定位で音を聴くみたいに、俺は土を聴いてみる。地面に手を当てて——何が感じられるか」


「それがいい。ガルドの壁の”弱い場所”を見つける方法も、そこにあるはずだ」


「ガルドか。……あいつに言われた”お前自身の力で見つけろ”。あれは——こういう意味だったのかもしれないな」


 アルトが訓練場に向かって歩き出した。背中が少しだけ——軽く見えた。



 アルトが去った後、俺はエルデの研究室に向かった。


 研究室は相変わらず本の山だが、最近は二人分のカップと干し肉が常備されるようになった。長居する俺のために、エルデが用意してくれたのだ。


「古代羊皮紙の解読が進んだ」


 エルデが眼鏡を押し上げ、テーブルの上に羊皮紙を広げた。


「三十パーセントほど読めた。——セレン君、これは大変なものだ」


 羊皮紙の文字。古代語。学院の古代語の司書に協力を頼み、エルデと三人で数日かけて解読を進めていた。


「転相——第五の相。火、水、土、風の四相の先にある、五番目の相。魔脈の”形”そのものを変換する力」


「形を変換する?」


「火の脈動を水の脈動に”書き換える”。速い脈を遅い脈に変える。あるいはその逆。つまり——属性を変換する力だ」


 俺の背筋が震えた。


「属性を……変える?」


「ああ。だがそれを実行するには、対象の属性の魔脈を”完全に”理解していなければならない。脈の速さ、深さ、向きの三要素を、極限まで正確に把握して初めて”書き換え”が可能になる。古代の音の使い手は数十年をかけて全属性を”聴き尽くした”と書いてある」


「数十年か」


「だが君は共鳴探知を持っている。古代の使い手が耳だけで数十年かけたことを、共鳴探知なら——もっと速くできるかもしれない」


 転相。全属性の魔脈を完全に聴き取り、書き換える力。


 この学院には全属性の使い手が揃っている。火のヴァン、水のリオ、土のガルド、風のミーシャ、闇のフィン、聖のセラ。エルデの講義でリオの水の脈動を聴いた。ヴァンの火の脈動は決闘で聴いた。一つずつ、全属性の「音」を集めていく。


 だがミーシャは——いつまでここにいるだろう。


 嫌な予感が過ぎった。



 その後、逆相障壁リバース・フェイズの開発に取り掛かった。


 きっかけはヴァンとの放課後の議論だった。


「お前のノイズキャンセリングは”音”に逆向きの脈動をぶつける技だろう? なら”魔力の脈動”にも逆向きをぶつけられるんじゃないか」


 ヴァンが何気なく言った一言。だがその一言が、新しい技の設計図になった。


 敵の魔法攻撃の魔脈を共鳴探知で聴き取り、逆向きの脈動を生成してぶつける。脈動同士が打ち消し合い、魔法が消滅する。ノイズキャンセリングの原理を、「音」から「魔力」に拡張したもの。


 ノーラに協力を頼んだ。


「小さい雷球を飛ばしてくれ。拳一つ分くらいの。殺さない強さで」


「殺さない強さって何よ。当たったら痛いくらい?」


「そのくらいで」


 ノーラが雷球を放つ。青白い球がゆっくり飛んでくる。


 共鳴探知で雷球の魔脈を聴く。速い脈動。一呼吸に約二百拍。ノーラの雷の「音」。


 逆向きの脈動を生成——ぶつける。


 一回目。タイミングが合わない。雷球が俺の横を通り過ぎ、壁に当たって火花を散らす。


「痛い! ちょっと!」


「すまん、タイミングがズレた。もう一回」


 二回目。逆向きの脈動が雷球に当たったが、出力が足りない。雷球が少し弱まっただけで、そのまま飛んでくる。避ける。


「惜しい。出力を上げる。もう一回」


「何回やるのよ」


 三回目。


 共鳴探知で雷球の脈動を聴く→逆向きの脈動を生成→タイミングを合わせてぶつける。


 雷球が——空中で消滅した。青白い光が揺らめいて、霧のように散った。何も残らない。


「消えた……! 私の雷が消えた……!」


 ノーラが呆然としている。自分が放った魔法が、空中で無に帰った。


「逆相障壁。お前の雷の魔脈に逆向きの脈動をぶつけて打ち消した。理論上は全属性の魔法に有効だ」


「それ——めちゃくちゃ便利じゃない。同時に反則じゃない?」


「制約がある。魔脈を聴いてから逆向きを生成するまでに、ほんの一瞬だけ間がある。速い魔法には間に合わない。一度に一つの魔法しか消せない。そして俺の魔力より出力が大きい魔法は消せない。——完全無敵じゃない」


「でもヴァン戦では使えるでしょ」


「使える。焔槍は速いから厳しいが、領域展開なら消せるかもしれない」


 ノーラが腕を組んだ。


「……あんたの技、本当にどんどん反則になっていくわね。味方の出力を上げて、敵の魔法を消して。自分では殴らないのに、戦場全体を操る」


「俺の火力は低いからな。味方を強くして敵を弱くする方が効率がいい」


「それを”指揮者”って言うのよ。——嫌味じゃないわ。褒めてる」



 夕方。セラとの振動治療の共同研究。


 中庭のベンチで向かい合い、互いの手のひらを重ねる。セラの右手の上に俺の左手。


 セラの回復魔法の脈動を聴く。聖属性。ゆっくりと深く、温かい脈動。他の属性とは質が違う。火の鋭さも水の冷たさもない。包み込むような、穏やかな波。


 その波に、俺の振動を重ねる。同じ速さ、同じ深さ。回復の脈動を増幅する。


「……セレンさん。今、回復の力が深くなっています。いつもの二倍は深くに届いている感じ」


「体の表面だけじゃなく、中まで届いてる?」


「はい。普段の回復魔法は皮膚と筋肉の層までしか浸透しないんです。でも今は——骨の近くまで振動が達している。これなら骨折の治療速度が大幅に上がるはず」


 振動治療。セラの回復魔法に俺の振動を重ねることで、回復の浸透深度と速度を上げる技。セラ単体では届かない深部の傷に、振動が「道」を開く。


 だが制約もある。セラと俺が同時に手を当てなければならない。戦闘中に二人が同じ場所にいることが前提だ。


「セラ。この技は二人でいないと使えない。つまり戦闘中は——」


「私がセレンさんのそばにいる必要がある。前線に」


「……ヴィルマ教官に怒られるな」


「構いません。仲間を守るために必要なら、前に出ます」


 セラの目に、あの炎がある。モルヴァの屋上で見た光。「聖典が追いついてないだけかもしれない」という俺の言葉に応えた時の、決意の光。


 中庭の向こうの訓練場で、ノーラが雷の練習をしている。金色の瞳がこちらをちらりと見た。


「……何あれ。手を重ねてるだけに見えるんだけど」


 独り言のつもりだったのだろうが、俺の耳には聴こえた。


「振動治療の実験だよ」


「聞こえてたの!? ——別に、何とも思ってないわよ」


 ノーラの心拍が微かに速い。怒りのパターンではない。もっと複雑な——名前をつけにくい感情の脈動。


「そう」


 ノーラの声が妙に冷たかった。



 夜。研究ノートに今日の成果を記録する。


 《練武祭前日メモ》

 ・アルトに剣聖の戦闘記録を見せた。衝撃を受けていたが、「試してみる」と言った。地面に手を当てて「聴く」訓練を始めた。

 ・古代羊皮紙の解読30%。「転相」——全属性の魔脈を完全に聴き取り、書き換える力。実現には全属性の魔脈の完全解析が必要。

 ・逆相障壁の原理完成。ノーラの雷球を消すことに成功。制約あり(速度・同時対処・出力限界)。

 ・振動治療の進展。セラの回復の浸透深度が二倍に。ただし二人同時接触が前提。

 ・ノーラが何か怒っている。理由不明。


 最後の一行を書いた後、少し考えて、消した。


 研究ノートに書くことではない。

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