第74話. Cランクの景色
Cランク昇格の通知は、試験の翌朝に届いた。
王都ギルド本部のカウンターで、金色の縁取りが入った木札を受け取る。Dランクの銀色とは格が違った。表面に細かな紋様が刻まれていて、触れると微かに温かい。魔力反応型の認証札だ。持ち主の魔力波形に反応して、偽造を防ぐ仕組みらしい。
四つの金色の木札が、カウンターの上に並んだ。
「Cランクだ! やったぞ!」
アルトが木札を掲げて叫んだ。朝のギルド本部に声が響き渡り、受付の職員たちが苦笑している。モルヴァのギルドなら誰も気にしないが、王都本部は少しだけ上品な空気がある。
「うるさいわね。本部で叫ばないで」
ノーラが眉をしかめるが、金色の木札を握る指先には確かな力がこもっていた。光に翳して紋様を確認し、自分の名前が刻まれているのを何度も目で追っている。
「セラは?」
「実技回復試験、最高評価だって。試験官に『現場経験が豊富ですね』って言われたらしい」
「そりゃそうだ。ヴァイパーロード戦で毒液浄化して、崩落する渓谷で全員の体力管理して、鼻血垂らした馬鹿の脳の回復までやったんだから」
「馬鹿とは何だ」
「あんたのことよ」
セラが別室から戻ってきた。白い外套に聖堂の紋章を身につけた彼女の手にも、金色の木札がある。
「皆さん、おめでとうございます。四人全員、合格です」
「セラもおめでとう。最高評価だって?」
「はい。……少し照れますが。試験官の方に、『これだけの範囲回復と精密浄化を同時にこなせる回復術者は、Bランクパーティでも稀だ』と」
「だろうな。お前は最高の回復術者だよ、セラ」
セラが頬を染めて、木札を胸に当てた。
◇
Cランクの木札を手に、王都ギルド本部の推薦窓口に向かった。
Cランク冒険者は、王立魔法学院の入学試験を受ける資格を得る。推薦窓口で手続きを済ませると、入学試験の日程と場所が記された書類を渡された。
「入学試験は来月の第二週。場所は学院の本校舎。内容は筆記と実技」
窓口の職員が事務的に説明する。年配の女性で、この手続きを何百回とこなしてきたであろう淡々とした口調だった。
「ただし、Cランク冒険者は実技の一部が免除されます。昇格試験の戦闘記録が実技の代替として認められますから。筆記は魔法理論と基礎教養です。……あなたたちの場合、冒険者ランクから見て実技面の心配はないでしょう。筆記対策をしておくことをお勧めします」
「筆記の範囲は?」
「魔法理論は属性の基礎、魔力循環の原理、魔法史。基礎教養は算術、王国史、地理。予科修了程度の水準です」
アルトの顔が曇った。
予科修了程度。つまり、ノーラが学院の予科で学んだ内容がそのまま試験範囲ということだ。ノーラにとっては復習。セラも聖堂で教養科目を学んでいるから大きな問題はないだろう。
問題は——アルトと俺だ。
アルトは村の寺子屋で基礎的な読み書きと算術を学んだだけで、魔法理論の体系的な教育は受けていない。俺も同様だ。ギルドの図書室で独学した知識はあるが、学院の教科書に沿った体系的な理解とは程度が違う。
「足し算と引き算はできる。掛け算は九の段まで」
アルトが深刻な顔で言った。
「割り算は?」
「……簡単なやつなら」
「王国史は?」
「初代国王の名前くらいは知ってる。あとは建国神話。それ以降は……」
「白紙だな」
「白紙だ」
四人で顔を見合わせた。
「ノーラ」
「何よ」
「頼む。筆記対策を教えてくれ」
「……まあ、予想してたわよ。あんたたちが筆記で詰まるのは」
ノーラが腕を組んだ。学院の予科で学んだ知識を持つ彼女は、この四人の中で唯一の「学問の専門家」だ。
「いいわよ。教えてあげる。ただし条件がある」
「何だ」
「一回の授業につき十五ルン」
「高い」
「学院の予科の授業料は年間金貨二十枚よ。それに比べたら破格でしょう」
「比較対象がおかしい」
「嫌なら独学でどうぞ。王国史の教科書、王都の書店で銀貨三枚。魔法理論の概説書、銀貨五枚。算術の問題集——」
「十五ルンで手を打つ」
アルトが即座に降参した。俺も頷いた。教科書を買い揃えて独学するより、ノーラに教わる方が遥かに効率がいい。彼女の学力は本物だ。
セラが控えめに手を挙げた。
「私もお手伝いしますよ。聖典の中には王国史の記述も多いですし、薬草学は魔法理論と重なる部分があります」
「セラの授業料は?」
「無料ですよ。仲間ですから」
ノーラがじろりとセラを見た。
「……聖女候補は商売っ気がないわね」
「聖女候補ですから」
「私の株が下がるから無料はやめてほしいんだけど」
「では、お菓子をいただければ」
「セラの方が高くついた」
四人で笑った。
◇
それから一ヶ月。王都での日々は、訓練と勉強の繰り返しだった。
午前中はノーラの授業。宿の食堂を借りて、四人——正確にはアルトと俺の二人が生徒で、ノーラが教師、セラが補助——で筆記対策を行う。
ノーラの教え方は厳しかった。
「アルト、初代国王の即位年を答えなさい」
「えーと……建国暦元年?」
「それは建国暦の定義であって即位年ではないわ。即位は旧暦で千二百三十四年。建国暦に換算すると元年になるけど、試験では旧暦も併記が求められる。書き直し」
「鬼か」
「教官よ」
俺にとっては魔法理論が鬼門だった。独学で得た知識は断片的で、体系が欠けている。
「属性の分類を述べなさい」
「四大元素——火、水、土、風。それとその派生属性として雷、氷、光、闇。あと特殊属性として——」
「音は?」
「……公式には特殊属性に分類されてないんだよな。前例がないから」
「試験でそう書いたら減点されるわよ。公式分類に載っていない属性は『未分類』と書くのが正解。個人的見解は求められていないの」
「はい……」
ノーラは容赦なかったが、教え方は理路整然としていて、わかりやすかった。学院の予科で鍛えられた知識の整理力が光る。
午後はCランクの依頼をこなした。王都近郊のダンジョンや、街道の魔物駆除。Cランク向けの依頼はDランクより報酬が高く、金貨単位の収入になる。旅費と宿代と勉強道具代を差し引いても、少しずつ蓄えが増えていった。
夜は研究ノートの整理と、ノーラの共鳴制御の継続訓練。
ノーラの自律制御の成功率は着実に上がっていた。試験でも証明した通り、彼女はもう俺の逆位相なしで自分の雷を制御できる。完璧ではないが、暴走の前兆を「音」として認識し、自分で出力を調整できるようになっている。
エルデ教官への報告書の返信が、学院経由で届いた。
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ノーラへ、そしてセレン=アルディス君へ
報告書を拝読しました。率直に言って、驚いています。
共鳴制御の理論は、私が二十年前に論文として発表した仮説の延長線上にありますが、あなたたちが到達した「雷の振動を音に変換して術者自身に聴かせる」という手法は、私の仮説にはなかった発想です。これは実践から生まれた知恵であり、机上の研究者には辿り着けない領域です。
特筆すべきは、ノーラが自律制御に成功している点です。外部からの共鳴補助なしに、術者自身が自分の魔力振動を聴覚的に認知し、制御する。これは暴走制御の根本的な解決策であり、雷属性に限らず全ての高出力属性に応用可能な理論です。
セレン君。君の音魔法については、まだ私は詳細を把握できていません。報告書に記されたデータから推測するに、相当に特異な能力体系を構築しつつあるようですが、論文としてまとめるには情報が不足しています。
学院でお会いできることを楽しみにしています。直接話を聞きたいことが山ほどあります。
エルデ
追伸:入学試験の筆記、魔法理論の出題者は私です。音属性に関する問題は出しませんのでご安心を。出しても誰も採点できませんから。
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「エルデ教官、冗談を言う人だったのね」
ノーラが手紙を読んで、少し驚いた顔をしていた。
「学院では真面目で無口な教官だと思ってたけど。……手紙だと人柄が出るのね」
「いい人みたいだな」
「いい人よ。変わり者だけど。私が暴走しかけた時、退学を主張した教官たちの中で唯一、共鳴制御の可能性を信じてくれた人。……あの人がいなかったら、私はここにいなかった」
ノーラの声に、珍しく温かい響きがあった。
◇
入学試験の前日の夜。
王都の宿で、四人が集まった。明日に備えて早めに休むべきだが、誰も部屋に戻らなかった。
「緊張する?」
アルトが聞いた。
「少しだけ。筆記が不安だ」
「俺もだ。ノーラの授業のおかげで八割は覚えたと思うけど、残り二割が——」
「残り二割は捨てなさい。八割取れれば合格ラインよ。完璧を目指すから緊張するの」
ノーラの言い方は冷たいようで、実は的確な助言だ。
「セラは?」
「私は……少しだけ不安です。学院に入ったら、聖女候補としての品位が求められます。冒険者としての経験は——学院の基準では異端かもしれません」
「異端で上等だよ。俺たちは全員異端だ。音属性の冒険者、雷暴走の貴族令嬢、聖堂を飛び出した聖女候補、傭兵団上がりの剣士。どれ一つとっても”普通”じゃない」
「普通じゃないことを誇りにできるのは、あんたの美点よ。セレン」
ノーラが小さく笑った。
アルトが窓の外を見た。王都の夜景が広がっている。
「なあ。ここまで来るのに、何ヶ月かかったんだっけ」
「モルヴァに来てから……約半年か」
「半年か。長いような短いような。……でもさ、村にいた頃の自分が見たら、信じないだろうな。お前がCランクで、俺が王都にいて、ノーラが雷を制御できるようになって」
「私だって信じないわよ。学院を休んでまで冒険者になるなんて。しかもそれが正解だったなんて」
「正解かどうかは、まだわかりませんよ」
セラが静かに言った。
「でも——正解に近づいている実感はあります。少なくとも、ここにいる四人は、半年前より強くなった。そして半年前より、笑っている」
「……セラ、お前いいこと言うな」
「聖女候補ですから」
四人で笑った。
明日、学院の門をくぐる。
嘲笑が待っているかもしれない。「ゴミ属性」と呼ばれるかもしれない。予科からの生徒たちに見下されるかもしれない。
でも、もう怖くない。
この四人がいれば、どんな音にも負けない。
俺たち自身が、一番強い音を出せるから。




