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『音魔法はゴミ? いいえ、研究したら文明を揺るがす最強魔法でした』  作者: 白月 鎖
冒険者編

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第73話. Cランク昇格試験


 王都は、記憶よりも大きかった。


 鑑定の儀の時は幼すぎて街の全体像を把握できていなかった。今、改めて城門をくぐると、モルヴァの三倍はある巨大な都市が目の前に広がった。


 石造りの大通り。五階建ての建物が左右に連なり、その上に魔導灯が蔓のように張り巡らされている。宮廷の尖塔が五本、空を突いている。行き交う人の数が桁違いで、足音と声と馬車の音が重層的なハーモニーを形成していた。


 反響定位を使わなくても、耳だけで街の規模がわかる。音の奥行きが違う。モルヴァの音は「見渡せる範囲」で完結していたが、王都の音は地平線の向こうまで続いている。どこまでも深く、どこまでも厚い。


「でかいな……」


 アルトが口をぽかんと開けている。


「騒がしいわね。耳が追いつかない」


 ノーラが眉を寄せた。学院の予科時代に王都にいたはずだが、冒険者として歩く王都は印象が違うのだろう。学院の敷地の中は静かだったに違いない。


「聖堂の尖塔が見えます。あれがアルセリア聖堂の王都本部です」


 セラが穏やかに微笑んだ。彼女は聖堂の預かりの身として、王都の聖堂とも繋がりがある。


 王都ギルド本部で受付を済ませ、宿を確保し、翌日の試験に備えた。



 Cランク昇格試験は、王都の冒険者ギルド本部の地下闘技場で行われる。


 モルヴァのギルドが「街の酒場の延長」なら、王都本部は「城」だった。白い石の大扉に、古代共通語で『ここに挑む者、己を知れ』と刻まれている。モルヴァの『人は試される』と対になるような言葉だ。「試される」のは外から。「己を知る」のは内から。


 地下闘技場は半円形の観客席に囲まれた砂の舞台で、天井には巨大な魔導灯が吊られて昼のように明るい。観客席には他のギルド員や学院関係者が散見される。試験は公開で行われるらしい。


 受験者は俺たちの他に三組のパーティがいた。どのパーティもDランクの実力者揃いで、装備も立派だ。だが試験官の説明が始まると、会場の空気が一斉に引き締まった。


「Cランク昇格試験。内容は連続模擬戦」


 試験官は長身の女性で、白い外套を纏い、腰に二本の細剣を帯びている。銀色の髪を短く切り揃え、顔に表情がほとんどない。名はイレーネ。Aランク冒険者。王都ギルド本部の戦闘教官を兼任しているという。


「対戦相手は五名。各属性のエキスパートが一人ずつ。火、水、土、風、光。一人でも倒せば合格」


 ざわめきが起きた。


「パーティ戦は認めない。一対一だ」


 一対一。


 パーティ戦ではない。俺の最大の強み——「仲間を繋ぐ力」が使えない。


 アルトが隣で小さく息を吐いた。俺の顔を見て、苦笑する。


「一対一か。お前の音の矢文が使えないな」


「ああ。兄さんの言葉が突き刺さる」


「兄さん?」


「“お前は一人で敵を倒せるのか”って、聞かれたことがあってな」


「答えは?」


「今日、出す」


 アルトが拳を突き出した。合わせる。


「やってこい」


 受験者は個別にくじを引き、対戦順を決める。俺は三番目。アルトが一番目、ノーラが二番目。セラは回復職のため戦闘試験は免除で、別室で実技回復試験を受ける。



 アルトの対戦。


 相手は土属性の中年の男。がっしりとした体格で、両手に鉄拳甲を嵌めている。地面操作型——足場を崩したり、土の壁を作ったり、岩の弾丸を飛ばしたりする戦闘スタイルだ。


 開始の号令と同時に、男が地面に掌を叩きつけた。舞台の砂が隆起し、土の壁がアルトの正面に立ち上がる。


 アルトは止まらなかった。壁に向かって走り、剣を振りかぶってそのまま叩き割った。土の壁が砕け散る。


 男の顔に驚きが浮かんだ。壁を剣で割る冒険者は想定外だったのだろう。


 だがすぐに切り替え、足元の地面を液状化させた。アルトの足が沈む。


 アルトは沈みかけた脚で地面を蹴り、跳んだ。傭兵団仕込みの脚力だ。液状化した地面の上を、踏み石を跳ぶように移動し、男の懐に入る。


 近接戦になれば、アルトの土俵だ。


 剣の腹で男の鉄拳甲を弾き上げ、返す刃の峰で鳩尾を突いた。男が膝をつく。


 所要時間、約三分。力と技術の両方で押し切った。


 観客席から拍手が起きた。


「合格」


 イレーネの声は淡々としていたが、目の奥に「悪くない」という光があった。



 ノーラの対戦。


 相手は風属性の若い女性。細身で、手に扇を持っている。遠距離から風の刃を飛ばし、近づかせない戦法。


 開始と同時に、扇が閃いた。三条の風の刃がノーラに向かって飛ぶ。速い。空気を切り裂く音が甲高く響く。


 ノーラは横に跳んで避けた。だが風使いは間を空けない。二撃目、三撃目が連続して飛んでくる。風の刃は見えにくい。空気の流れが歪む微かな揺らぎだけが手がかりだ。


 ノーラが腕を上げ、雷を放った。


 だが——風の壁に逸らされた。風使いが扇で空気の渦を作り、雷の軌道を曲げたのだ。ヴァン戦で熱による電導率操作を受けたのと似た現象だが、原理が違う。風は空気の流れそのものを操る。雷は空気中を流れる電流だから、風の流れに乗って曲がってしまう。


 ノーラの表情が引き締まった。二発目。角度を変えて放つ。だがこれも風に乗って逸れる。


 観客席がざわめく。「雷が通らない」「風属性は雷の天敵か」


 だがノーラは三発目を撃たなかった。


 代わりに、目を閉じた。


 ——何をしている?


 俺は観客席から息を呑んで見守った。


 ノーラが自分の雷の「音」を聴いている。共鳴制御の訓練で身につけた、体内の雷の振動を聴覚的に認知する技術。


 風使いが隙を見て風の刃を放った。ノーラの腕を掠め、血が滲む。


 だがノーラは動かない。目を閉じたまま、左手を前に突き出した。


 指先に雷が凝縮される。だが今までとは様子が違う。通常の放電のような派手な火花がない。ノーラの指先で、青白い光が静かに、密度を増していく。


 ——出力を上げている。暴走の閾値ギリギリまで。


 俺の耳に、かすかな音が聴こえた。観客席からでも感じ取れるほどの——雷の振動。


 ノーラの雷が「歌っている」。高く、鋭く、だが乱れていない。旋律が保たれている。不協和音の気配がない。


 彼女は自分の雷をコントロールしている。最大出力のまま、暴走させずに。


 風使いが異変に気づいた。扇を構え直し、最大の風の壁を展開する。


 ノーラが目を開けた。金色の瞳が光っていた。


「三発目」


 静かな声で言って——放った。


 青白い光が一条の線となって走った。細い。前の二発よりずっと細い。だが密度が桁違いだ。


 風の壁に突入する。風が雷を逸らそうとする。だが——逸れなかった。


 通常の雷は電流が空気中の「最も通りやすい経路」を流れるから、風に乗って曲がる。だがノーラの三発目は、電流の経路を彼女自身が制御していた。雷の振動パターンを「聴き」ながら、リアルタイムで軌道を修正している。風に流されかけるたびに、振動を微調整して真っ直ぐに戻す。


 共鳴制御の極致。自分の雷の「音」を聴いて、電流を手綱のように操る。


 風の壁を貫通した雷が、風使いの扇を弾き飛ばした。扇が砂の舞台に刺さり、風使いが衝撃で尻餅をつく。


 決着。


「合格」


 イレーネの声。今度は少しだけ——本当に少しだけ——驚きの色があった。


 ノーラが舞台を降りてきた。左腕の傷から血が滴っているが、表情は晴れやかだ。


「やるな、ノーラ。あの三発目——」


「自分の雷の音を聴いたの。あんたが教えてくれた通りに。風が曲げようとする瞬間に、振動を戻した」


「俺がいなくても、自分でやったのか」


「当たり前でしょ。いつまでもあんたの音に頼ってるわけにいかないもの」


 ノーラが少しだけ笑った。誇らしげに。


 ——これだ。これが、共鳴制御の本当のゴールだ。


 俺がいなくても、ノーラが自分の雷を聴いて操れるようになること。自立。


 エルデ教官への報告書に書くべき最高の成果だ。



 俺の番だ。


 砂の舞台に降り立つ。足元の砂が細かく、踏むとキュッと鳴る。この砂の音を覚えておく。舞台の音響特性を、最初の一歩で把握する。


 対戦相手が向かい側から歩いてきた。


 火属性。


 二十代後半の男。がっしりとした体格で、鎖帷子の上に赤い外套を羽織っている。杖ではなく両拳に炎を纏うタイプ——近接火力型。ヴァンとは戦闘スタイルが全く違う。ヴァンが「空間支配型」なら、こちらは「接近殲滅型」だ。


 だが火属性であることに変わりはない。高温環境で反響定位が歪む問題は共通だ。


 男が拳を構えた。炎が手首から肘にかけて巻き上がり、熱波が舞台全体に広がる。


「始め!」


 イレーネの号令。


 男が踏み込んだ。一歩目から全力の突進。拳に纏った炎が引き伸ばされて尾を引き、赤い流星のように迫ってくる。


 速い。アルトほどではないが、火属性の身体強化で脚力が底上げされている。


 ——反響定位、起動。


 空気の密度変化を計算に入れた補正モード。ヴァン戦の教訓を活かし、高温環境での音速変化を脳内でリアルタイム修正する。完璧ではないが、「使えない」から「使いにくい」に改善されている。


 拳が迫る。右ストレート。


 反響定位で軌道を予測——と同時に、共鳴探知で男の体内の筋肉の動きを聴く。右腕の上腕二頭筋が収縮する音。肩甲骨が回旋する音。軸足が砂を噛む音。


 全ての「音」が、拳の軌道を教えてくれる。


 横に半歩。拳が顔の横を通過した。炎の熱が頬を灼く。髪の先が焦げる匂い。


「避けた? この距離で?」


 男が驚くが、足は止めない。二発目。左フック。


 体の左側の筋肉が収縮する音を聴き取り、右に回避。腕が空を切る。


 三発目。右のアッパー。下から突き上げてくる。


 ——これは避けにくい。下からの攻撃は、重心を後ろに倒さないと避けられない。後ろに倒れれば体勢を崩す。


 避けるのではなく——沈む。


 膝を折り、拳の下を潜るように体を沈めた。拳が頭上を通過する。熱風が髪を逆立てる。


 近い。男の胴体が目の前にある。この距離なら——


 震破。


 共鳴探知で読んだ男の体の固有振動数に合わせた、精密チューニング。掌を男の鳩尾に叩き込む。


 だが——男が腹筋に力を入れて受け止めた。振動が伝わっているが、筋肉の壁で減衰されている。鍛え上げられた体幹は、それ自体が防御だ。


「効かないな。その程度の振動で俺を止められると思うか」


 男が笑いながら膝蹴りを放つ。脇腹に入った。体が吹き飛ぶ。砂の上を転がる。


「がっ——」


 痛い。肋骨にヒビが入ったかもしれない。だが折れてはいない。共鳴探知で自分の体内を聴く。ヒビはない。打撲だけだ。


 立ち上がる。


 男が追撃してくる。炎の拳を振りかぶって突進。


 ——考えろ。震破が効きにくい。体幹が硬すぎる。固有振動数を合わせても、筋肉の質量と密度が高すぎて振動が減衰する。


 なら、筋肉ではなく別の場所を狙う。


 骨? 骨の固有振動数は筋肉より高い。だが骨に届かせるには筋肉の壁を超えなければならない。


 内臓? 低周波威圧なら筋肉の壁を透過できるが、精神力の高い相手には効きにくい。Cランク試験の対戦相手は精鋭だ。低周波だけでは止まらないだろう。


 では——


 幻惑音響。


 考えるより先に体が動いた。偽の足音を男の右後方に生成する。


 男が反射的に視線を動かした。ほんの一瞬、0.5秒にも満たない。だがその0.5秒で、俺は男の左側面に回り込んでいた。


「幻聴——!」


 男が気づいて振り返るが遅い。


 今度は震破ではない。掌ではなく、指先を使う。面ではなく点。震破の振動を指先の一点に集中させ、男の脇腹の筋肉の隙間——肋骨と肋骨の間のわずかな隙間に打ち込む。


 ゴルドが教えてくれた。「面で押したら潰れるだけだが、線で押せば切れる」。


 同じ原理だ。同じ振動でも、面で当てるのと点で当てるのでは浸透力が全く違う。


 指先の震破が、肋骨の間を通り抜け、内部に到達した。


 男の体がびくりと跳ねた。


「なっ——」


 内臓に振動が届いている。筋肉の壁を迂回して、骨の隙間から浸透させた。


 だが致命傷ではない。男はまだ立っている。歯を食いしばり、炎の出力を上げてきた。全身が赤熱し、近づくだけで肌が焼けそうな熱量。


 力押しで来る。


 隕鉄の短剣があれば、超音波斬で——だが、今の俺には隕鉄がない。アルトに預けたまま、返してもらってはいるが、ここに持ち込む前に気づいた。試験は「自分の実力」を見せる場だ。借り物の刃ではなく、自分の力で勝つべきだ。


 ——だから持ってきた。試験用に。


 腰の後ろに差してあった、もう一本の短剣を抜く。


 普通の鋼の短剣。モルヴァのギルドで支給された、何の変哲もない刃。隕鉄ではない。超音波斬を乗せれば数回で壊れる。


 だが、数回あれば十分だ。


 ——一回だけ。一回の超音波斬で決める。


 右手に短剣を握り、左手で幻惑音響を展開する。


 偽の足音を三方向に同時生成。男の前、右、左から同時に走り寄る足音。


「また幻聴か——! だが三方向同時なら、どれが本物か——」


 正解は「全部偽物」だ。


 俺は足音を立てていない。ノイズキャンセリングで自分の足音を消している。偽の足音だけが鳴り響く中、本物の俺は——真後ろにいる。


 男の背中。


 超音波斬、起動。


 喉の魔孔から超高周波を生成し、腕を通じて鋼の短剣に流す。刃が唸る。振動が刃の分子構造を蝕んでいくのがわかる。三秒が限界。いや、鋼の刃なら二秒かもしれない。


 一秒目。


 短剣の背で、男の太腿の外側を撫でるように走らせた。峰打ち。殺傷ではなく、戦闘不能を狙う。


 超音波の振動が筋繊維に伝わり、一瞬で機能を奪う。


 二秒目。


 刃にヒビが入った。限界が近い。


 引く。短剣を離脱させる。


 男の右脚が崩れた。太腿の筋肉が痙攣し、体重を支えられなくなって片膝をつく。


「何を——脚が動かない——」


「超音波で筋繊維を一時的に麻痺させた。半日で戻る。後遺症はない」


 男が立ち上がろうとして——立てなかった。右脚が完全に力を失っている。


 炎の拳を振り上げようとするが、片膝立ちでは十分な打撃力が出ない。振りかぶった拳が空を切る。


 俺は距離を取って立った。


「まだやるか」


 男が俺を見上げた。炎がゆっくりと消えていく。


「…………参った」


 拳を下ろした。


 静寂。


 そして——


「戦闘終了。勝者、セレン=アルディス」


 イレーネの声。


 観客席がざわめいた。


「音で拳の軌道を読んだぞ。聴いてたのか全部」


「幻聴で三方向から攻めたと見せかけて、本体は無音で背後に。あれ反則だろ」


「最後の——脚が動かなくなったの何だ?」


「超音波で筋肉を麻痺させたらしい。殺さずに止めるのか。あんな使い方があるのか」


「あいつ、武器を壊してまで一発に賭けたぞ。見ろ、短剣にヒビが入ってる」


 俺は手の中の短剣を見た。刃に無数のヒビが走っている。もう一度使ったら砕ける。鋼の限界だ。


 だが、勝った。隕鉄なしで。自分の実力で。


 舞台を降りると、アルトが待っていた。


「やるじゃねぇか。一人で倒したな」


「ああ。——兄さんへの答えが出た」


「何て?」


「“一人でも倒せる。でも四人の方がもっと強い”」


 アルトが笑った。


 ノーラが腕を組んで近づいてきた。


「あんたの幻惑音響、ずるいわよね。敵からしたら何が起きてるかわからないもの」


「音魔法の真骨頂は”わからなさ”だよ。火や雷は目に見える。でも音は見えない。見えないものには対処しにくい」


「対人最強、ってヴァンが言ってたのはそういう意味ね」


 観客席の上段から、聞き覚えのある声が降ってきた。


「やるじゃないか。——でも、俺の時よりは楽だったろう?」


 ヴァン=エルフィードが腕を組んで座っていた。赤い髪。退屈そうな目——だが口元が笑っている。


「ヴァン。来てたのか」


「来年の学院入学前に、Cランク試験の雰囲気を見ておこうと思ってな。——良い見世物だった」


 目が合う。ヴァンが片手を上げて、ニヤリと笑った。


「学園で待ってるぞ。今度は——一対一でやろう。パーティの力を借りずに」


「受けて立つ」


「期待している。——音属性」


 ヴァンは立ち上がり、観客席の階段を上って去っていった。赤い髪が闘技場の灯りに映えて、まるで炎のように揺れていた。


 Cランク昇格試験。


 四人全員、合格。


 アルトは土属性を力で突破。ノーラは風属性を共鳴制御で貫通。俺は火属性を幻惑と超音波で制圧。セラは別室の実技回復試験を最高評価で通過した。


 金色の木札が、四つ並んだ。


 Cランク。冒険者として、一人前と認められるランク。


 そして——王立魔法学院への、入学切符。

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