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『音魔法はゴミ? いいえ、研究したら文明を揺るがす最強魔法でした』  作者: 白月 鎖
冒険者編

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第72話. 王都への道

王都までは徒歩で五日の行程だった。


 街道は整備されていて、半日ごとに宿場がある。商人の馬車や旅人とすれ違いながら、四人で並んで歩く。


 旅は穏やかだった。戦闘もなく、天候にも恵まれ、春の風が畑の若葉を撫でていく。街道の両側には菜の花が咲いていて、黄色い絨毯が丘の向こうまで続いている。蜜蜂が飛び交う音が、低く柔らかいハーモニーを作っていた。


 アルトは道中ずっと剣を素振りしていた。歩きながら素振りをするので通行人に迷惑をかけ、ノーラに怒られていた。


「あんた道の真ん中で剣振るのやめなさいよ! 子供が泣いてるわ!」


「すまん! でも体が鈍るのが嫌でな!」


「五日くらい鈍らないでしょ!」


「五日あったら感覚が変わるんだよ。傭兵団で叩き込まれた。"一日振らなければ自分が気づく、二日振らなければ敵が気づく"って」


「誰の格言よそれ」


「団長」


「……まあ、いい格言ね。でも道端でやりなさい」


 素振りの場所が道の真ん中から端に移動した。それだけだった。


 セラは沿道の野草を摘んでは薬効を確認していた。聖堂で学んだ薬草学の知識が豊富で、歩きながらも立ち止まっては膝をついて花を観察している。


「この花は切り傷に効きます。葉を揉んで貼ると、止血効果があるんです」


「へえ。ダンジョンで使えそうだな」


「こちらの実は解毒に使えます。ヴァイパーロードの酸には効きませんが、一般的な毒蛇や毒虫の毒なら中和できます」


「セラ、お前は歩く薬局だな」


「薬局ではありません。聖女候補です」


 穏やかな会話。穏やかな足音。穏やかな風。


 俺はその音の全てを聴きながら、少しだけ考え事をしていた。



 二日目の夜。宿場の宿で四人部屋を取り、夕食を食べた後に中庭に出た。


 星が多い夜だった。街の灯りがないから、天の川がくっきりと見える。白い光の帯が空を横切り、数えきれない星粒がその両側に散りばめられている。


「綺麗だな」


 アルトが塀の上に腰を掛けて空を見上げていた。


「モルヴァでも星は見えたけど、街道の宿場は別格だ。灯りが少ないから、こんなに見えるんだな」


「村でもこのくらい見えたわよ。あんた忘れたの?」


「忘れてねぇよ。ただ、あの頃は空を見上げる余裕がなかった。畑仕事と鍛錬で毎日くたくただったからな」


 四人で中庭の石段に並んで座った。焚き木の残り火が微かに温かい。


「ねえセレン」


 ノーラが星を見ながら言った。


「あんたの音魔法って、最初から計画があったわけじゃないのよね。全部、その場その場で考えて、試して、失敗して、また考えて」


「ああ。計画なんて何もなかった。反響定位もゴブリンの森で偶然見つけたし、共鳴探知も盗賊に負けたから必要に迫られて開発した。超音波斬だって——」


 ノーラを守ろうとして偶然放った一撃が始まりだった。だがそこまでは言わなかった。ノーラが照れるだろうから。


「全部、目の前の問題を解くために作った技だ。体系的な理論なんて後付けで、最初はいつも行き当たりばったりだった」


「でもさ」


 アルトが口を挟んだ。


「それって普通じゃねぇよ。普通の魔法使いは、学院で習った技を使うだけだ。新しい技を自分で"発明"する奴なんて聞いたことない」


「俺は学院に通ってないからな。教わる相手がいなかった。自分で見つけるしかなかった」


「それが逆に良かったんじゃない?」


 ノーラが珍しく真剣な顔で言った。


「学院では"正しい使い方"を教わる。雷ならこう撃て、出力はこう制御しろ、暴走しないように常に手綱を引け。全部"正解"が用意されてる。……でもあんたには正解がなかった。だから、誰も思いつかないやり方を見つけられた」


「それはノーラも同じだろ。学院の抑制型の制御じゃなくて、自分の雷の"音を聴く"制御を選んだ。正解の外に出たから見つけられた方法だ」


 ノーラが少し黙って、それから小さく笑った。


「あんたに影響されたのよ。悔しいけど」


「そりゃ光栄だ」


「調子に乗らないで」


 セラが二人のやり取りを微笑ましそうに見ていた。


「お二人とも、似ていますよね」


「「似てない」」


 声が揃った。ノーラとアルトとセラが笑い、俺は頭を掻いた。



 三日目の昼。街道沿いの茶屋で休憩を取った。


 旅の吟遊詩人が隅の席で竪琴を弾いていた。穏やかな旋律。音に耳を傾けていると、詩人がこちらを見て声をかけてきた。


「旅の方ですか。冒険者さんかな。木札が光っていますよ」


「ええ。王都に向かっています」


「王都! それはいい。今、王都では面白い研究が始まっているそうですよ」


「研究?」


「音を使った魔道具の開発だとか。宮廷魔法局が予算をつけたらしい。"音で遠くの人に声を届ける道具"を作ろうとしているとか」


 俺の手が、湯呑を持ったまま止まった。


 音石通信。俺がモルヴァで試作したものと、同じ方向性の研究。


「誰がやっているか、知っていますか」


「さあ、詳しくは。ただ、魔法学院の教授が主導しているという噂です。属性は——確か、風だったかな。音響の研究をしている変わり者だとか」


 風属性で音響の研究。エルデ教官ではない。別の研究者がいるのだ。


 王都には、俺の知らない「音の研究者」がいる。


 リディアが言っていた。「あまり大っぴらにしないほうがいい」と。音の技術を狙う人間がいるかもしれない。だが同時に、音の技術を共有できる仲間がいるかもしれない。


「ありがとうございます。面白い話でした」


「いえいえ。旅のお話をもう少し聞かせてくれたら、今度は私の竪琴を」


 詩人の演奏を聴きながら、茶屋を後にした。



 四日目の夕暮れ。


 丘の上から、王都の城壁が見えた。


 夕日に照らされた巨大な白い壁。その向こうに聳える宮廷の尖塔。街の上空を飛ぶ伝令鳥の群れ。城壁に張り巡らされた魔導灯が、夕闇の中で次々と灯り始めている。


 モルヴァの三倍は大きい。


 四人で丘の上に立ち、しばらくその光景を見つめていた。


「でかいな」


「大きいわね」


「壮観ですね」


 俺は目を閉じて、耳を澄ませた。


 ここからでも聴こえる。王都の音。


 無数の足音が重なり合う低い振動。馬車の車輪。商人の声。鍛冶の槌。子供の笑い声。鐘楼の鐘が鳴る重い響き。全てが混ざり合い、溶け合い、一つの巨大なうねりになって、丘の上まで届いてくる。


 モルヴァの音は「見渡せる範囲」で完結していた。だが王都の音は地平線の向こうまで続いている。音の奥行きが桁違いだ。


 かつて、俺は別の場所で同じような音を聴いたことがある。


 前世の記憶。深夜の公園。ビルの灯り。車の音。サイレン。人工知能が管理する都市の無機質な唸り。あの時、この音は「お前の居場所はない」と告げているように聞こえた。


 だが今、目の前の音は違う。


 同じように巨大で、同じように圧倒的で、同じように個人を呑み込みそうな音の洪水だ。なのに怖くない。


 変わったのは世界ではない。俺だ。


 あの頃の俺には、音に対抗する術がなかった。ただ聴こえるだけで、何もできなかった。声を出しても届かず、耳を塞いでも消えず、世界の音に押し潰された。


 今は違う。


 音を飛ばせる。反射を聴ける。振動で弱点を読める。仲間に声を届けられる。敵を惑わせる。壁を超え、距離を超えて響かせる。


 音は、もう「俺を押し潰すもの」ではない。「俺が使うもの」だ。


「何考えてるの?」


 ノーラが覗き込んできた。


「いや。……この街の音は、俺が知ってるどの音より大きいなと思って」


「怖い?」


「いいや。全然」


 嘘ではなかった。


 丘を降りて、街道を王都に向かって歩き出した。


 城壁が近づくにつれて、音が大きくなる。足音の一つ一つが聞き分けられるようになり、声の一つ一つに個性が見えてくる。


 この街で、俺は何を聴くのだろう。


 学園で。王都で。まだ見ぬ敵と。まだ見ぬ仲間と。


 わからない。わからないから、楽しみだ。


 五日目の朝。城門が目の前に迫っていた。


 かつて鑑定の儀で嘲笑された場所。「ぽよん」と鳴って、「ゴミ属性」と笑われた場所。


 あの場所に、今度は——Cランク冒険者として、音魔法の研究者として、仲間と共に帰る。


 感慨はある。だが恐れはない。


 あの日の俺とは違う。

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