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『音魔法はゴミ? いいえ、研究したら文明を揺るがす最強魔法でした』  作者: 白月 鎖
冒険者編

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第65話 銅から銀へ

Dランク昇格の翌日は、依頼を入れなかった。


 体を休める日だ。岩蜥蜴王戦の疲労は想像以上に深く、朝起きた時に右腕がまだ重かった。超音波斬の代償は一晩では抜けきらない。


 ミロと屋台を巡った。昼前の市場は活気があって、果物売りの声と鍛冶の槌の音と子供の笑い声が混ざり合っている。耳に心地いい。


「ミロ。最近、荷運び以外の仕事はしてるのか」


「うん。実は最近、ギルドの倉庫管理も任されるようになったんだ。リディアさんに推薦してもらって。魔石の分類とか、依頼書の整理とか」


「へえ。事務方か」


「うん。戦闘は向いてないけど、こういうのは得意みたいでさ。この街に出入りする商人の名前も顔も全部覚えたし、どの冒険者がどの依頼を受けてるかも把握してる。情報ならけっこう集められるようになったよ」


 ミロの顔に、以前にはなかった自信が見えた。荷運びの少年が、ギルドの情報管理者になりつつある。


「それ、すごく大事な仕事だぞ。情報は冒険者の命に関わる」


「でしょ? 父ちゃんも昔、『情報なしで戦場に出る奴は死ぬ』って言ってたんだ。僕は戦えないけど、情報なら」


「十分だよ。お前の情報が俺たちを助けてくれてる。ゴブリンの出没エリアも、タスクボアの群れの規模も、ミロの情報があったから事前に対策できた」


 ミロが照れくさそうに笑った。


「ありがとう。……セレン、お前ってさ、人に"お前は役に立ってる"って伝えるの上手いよな」


「そうか?」


「うん。僕だけじゃなくて、アルトにもノーラにもセラにも、ちゃんと"お前が必要だ"って言ってる。だからみんなついてくるんだと思う」


 それは——音魔法とは関係ない力だ。でも、もしかしたら一番大事な力かもしれない。


 声が誰かに届くということ。届いた声が、その人の心を動かすということ。


 それは音魔法の原理そのものだ。



 午後。白い梟亭の食堂で、ノーラと向かい合っていた。


「それで、共鳴制御の実験をしたいんだけど」


「……いいわよ。エルデ教官への報告書にも必要だし」


 ノーラの実地研修は半年間。すでに一ヶ月半が経過している。残り四ヶ月半で「共鳴制御」の成果を出さなければならない。


「まず、お前の雷の振動パターンを正確に計測させてくれ。共鳴探知を使う」


「何をするの、具体的には」


「ノーラの体に手を当てて——」


「触るの!?」


「振動を読むには物理的な接触が一番精度が高い。空気越しだとノイズが多すぎる」


 ノーラの顔が耳まで赤くなった。


「……手首。手首ならいいわ」


「わかった」


 ノーラの左手首を軽く握る。共鳴探知を起動する。


 彼女の体内を流れる魔力の振動が、手首の脈動を通じて伝わってくる。


 ——複雑だ。


 ノーラの魔力は「雷」の属性を持っているが、振動パターンは一定ではない。心拍に連動して微妙に揺らぐ。呼吸が変わると振幅が変わる。そして——感情が動くと、周波数そのものが変化する。


「ノーラ。今、何か考えた?」


「べ、別に何も」


「嘘だ。今、振動パターンが急に変わった。周波数が上がった」


「うるさいわね! 手を握られてるんだから心拍が上がるのは当然でしょ!」


「ああ、そういうことか。つまり心拍と連動して——」


「もういい! 離して!」


 ノーラが手を引っ込めた。


 だが、貴重なデータが取れた。


 ノーラの雷の暴走メカニズムが、仮説通りだった。感情が昂ぶると心拍が上がり、心拍の上昇が魔力の振動パターンを変化させ、その変化が雷の出力を押し上げる。出力が閾値を超えると制御不能になる——それが暴走だ。


 学院の「抑制型制御」は、出力の閾値を上げる訓練だ。手綱を強く握る。だが手綱が強くても、暴れ馬が暴走すればいつか振り落とされる。


 俺のアプローチは違う。


 感情の振動と雷の振動を「分離」する。心拍が上がっても、雷の出力に連動しないようにする。そのためには——


「ノーラ。お前の雷には"音"がある」


「音?」


「雷が体内を流れる時の振動。お前には聞こえないかもしれないけど、俺には聞こえる。その音は、お前の心拍のリズムに連動してる。心臓が速く打てば、雷も速くなる」


「……だから暴走するのね。怒ったり怖がったりすると、雷が勝手に」


「そう。だから逆に——自分の雷の"音"を聴けるようになれば、心拍と切り離して操れるようになるはずだ」


「自分の雷の音を聴く……? 私には聞こえないわよ」


「聴こえるようにする。俺の音で」


 ノーラが黙って俺を見つめた。金色の瞳に、期待と不安が混在している。


「具体的にはどうするの」


「まず、お前の雷の振動パターンを俺が共鳴探知で読み取る。それを音に変換して、お前の耳に送る。お前は"自分の雷がどんな音で流れているか"をリアルタイムで聴きながら、出力を上げ下げする練習をする。自分の雷の状態を"耳で監視"できるようになれば、感情に引きずられずに制御できるようになる——はずだ」


「はず?」


「理論段階だ。やってみないとわからない」


 ノーラが腕を組んで、しばらく考えた。


「……やってみる。学院の抑制訓練よりはマシな予感がするから」


「ありがとう。明日から始めよう」


「一つ条件がある」


「何?」


「手首以外は触らないで」


「わかった」



 夜。研究ノート、十七頁目。


 《ノーラの雷・共鳴制御計画》


 現状分析:

 ・ノーラの雷は心拍(=感情)と連動している

 ・感情の昂ぶり→心拍上昇→魔力振動の変化→雷出力の上昇→暴走

 ・学院の抑制訓練:手綱の強化。根本解決にならない


 俺のアプローチ:

 ・雷の振動パターンを音に変換し、ノーラ自身に「聴かせる」

 ・自分の雷の状態を耳で監視できるようになれば、感情と切り離した制御が可能になる

 ・最終目標:ノーラが俺の助けなしで、自分の雷の「音」を聴けるようになること


 手順:

 1. 共鳴探知でノーラの雷の振動を読む(接触計測)

 2. 振動データを音に変換し、音の矢文でノーラの耳に送る

 3. ノーラは「雷の音」を聴きながら出力を調整する訓練

 4. 繰り返すうちに、俺の音なしでも「自分の雷の音」を体感できるようになる(予想)


 リスク:

 ・訓練中に暴走する可能性。俺が逆位相で抑えられるが、準備は必要

 ・ノーラの精神的負担。自分の暴走を「音で聴く」のは怖い体験かもしれない


 報告書のためのデータ取得も兼ねる。エルデ教官への中間報告は来月。


 ペンを置く。


 銀色の木札を月明かりに翳してみた。銅色の時より冷たい。重い。


 Dランク。ここまで来た。


 次はヴァイパーロード。そしてCランク。そして学園。


 だがその前に——ノーラの雷を、音で解放する。


 それが今の俺にできる、一番大切な研究だ。

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