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『音魔法はゴミ? いいえ、研究したら文明を揺るがす最強魔法でした』  作者: 白月 鎖
冒険者編

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第64話 Dランク昇格試験

Dランク昇格試験の内容は、Eランクとは格が違った。


「旧坑道ダンジョン・第三層。ボス魔獣”岩蜥蜴王ロックリザード・キング“の討伐。制限時間は日没まで。パーティでの受験を認める」


 ジーダの声が訓練場に響く。前回と同じ試験官だ。灰色の髪、古い傷跡、使い込まれた長槍。


「ロックリザード・キング。以前倒したロックリザードの上位種か」


 俺は呟いた。あの時は低周波威圧で恐怖に陥れ、ノーラの雷で仕留めた。だが「キング」はその個体より二回りは大きく、鱗の防御力も桁違いだとジーダは言う。


「通常の攻撃は鱗に阻まれる。過去にこの試験で命を落としたパーティは三組。舐めてかかるな」


 ジーダの目が四人を順に見る。


「ただし、お前たちにはお前たちのやり方がある。それを見せてみろ」



 旧坑道の第三層への階段を降りる。


 空気が一段と冷たく、重い。第二層までとは明らかに地盤の質が違う。壁面の岩が硬く、反響定位の反射が鋭く返ってくる。情報の密度が濃い。


「ッ」


 反響定位を最大範囲で展開。第三層の全体構造が脳内に広がる。


 複雑だ。通路が網目のように入り組んでいて、大小の広間がいくつも点在している。中央にひときわ大きな空間がある。天井が高く、地面が岩盤むき出し。


 そこに——いた。


 巨大な反応。全長はロックリザードの倍以上。反響定位の反射パターンから推測するに、鱗の密度が異常に高い。共鳴探知を重ねる。固有振動数は——


 低い。極めて低い。通常のロックリザードよりさらに低周波域にある。


「アルトに矢文。中央の広間にいる。でかい。ロックリザードの倍はある」


「ノーラに矢文。鱗の固有振動数が極端に低い。前回の低周波威圧で使った周波数でも届くかわからない」


「セラに矢文。広間までの最短ルートを案内する。途中に小型魔物が三体。先に処理する」


 道中の小型魔物——コウモリ型のブラッドバットを手早く片付ける。連携はもう体に染みついている。矢文を二回送るだけで三体を十五秒で処理。


 広間の入口に到着。


 松明の灯りが及ばないほど広い空間。だが俺には反響定位がある。暗闇の中に、岩蜥蜴王の全身像が音で「見える」。


 巨大だった。


 体高は俺の背丈の三倍。四本の脚は太い柱のようで、尾は通路の幅いっぱいに横たわっている。頭部の鱗は特に分厚く、角のような突起が二本生えている。


 そして——眠っている。鼓動が遅い。呼吸が深い。冬眠に近い休眠状態。


 アルトに矢文。


 ——寝てる。奇襲のチャンスだ。ただし、あの鱗を一撃で貫くのは難しい。まず弱点を探る。


 共鳴探知で岩蜥蜴王の全身をスキャンする。鱗の固有振動数。筋肉の密度。骨格の構造。


 ——見つけた。


 弱点は二箇所。一つは腹の付け根。鱗が薄くなっている部分。もう一つは——口の中。牙の根元にある魔力の集中点。ここが中枢魔孔に繋がっている。


 だが口の中に攻撃を入れるには、口を開かせなければならない。眠っている状態では口は閉じている。


「作戦を伝える」


 四人に個別の矢文を送る。


 ——アルト。腹の付け根に超音波斬を入れたい。だが俺が接近する隙が必要だ。お前が正面から起こして注意を引いてくれ。隕鉄の短剣なら鱗の隙間に刺さるかもしれないが、本命は腹だ。


 ——ノーラ。お前の雷で天井の岩盤を一部崩して、岩蜥蜴王の動きを制限しろ。ただし広間全体を崩すなよ。狙うのは右側の天井だけ。瓦礫で右脚を封じる。


 ——セラ。アルトの体力管理を頼む。あの巨体の尾の一撃を食らったら、骨が折れる。食らう前に俺が警告する。食らった後はセラに任せる。


 三人が頷く。


「行くぞ」


 アルトが広間に駆け込んだ。手に持った石を、岩蜥蜴王の鼻先に投げつける。


 カン、と乾いた音。


 岩蜥蜴王の目が——開いた。


 黄色い瞳が暗闇の中で光る。低い唸り声が広間を震わせた。地面が振動する。四本の脚がゆっくりと体を持ち上げる。


 巨大。近くで見ると、反響定位の情報以上に圧倒的な質量感がある。


 岩蜥蜴王がアルトに向かって吠えた。咆哮の衝撃波で砂埃が舞い上がる。


 ——ノーラ、天井。右側。今。


 矢文。


 ノーラの雷が天井の右側を撃った。岩盤にヒビが走り、巨大な岩塊が崩落する。岩蜥蜴王の右脚に直撃し、瓦礫の下に封じ込めた。


 岩蜥蜴王が怒りの咆哮を上げる。右脚が動かない。体が傾く。


 ——アルト、左に回り込め。尾が来る。


 警告の直後、岩蜥蜴王の尾が横薙ぎに振るわれた。アルトが跳んで避ける。尾が壁を叩き、岩が砕け散る。一撃の重さが尋常ではない。


 だが右脚が封じられている分、旋回速度が落ちている。左側が死角になる。


 俺は左側から接近した。足音を——消す。


 幻惑音響の応用。逆位相の音を自分の足音にぶつけて打ち消す。ノイズキャンセリング。反響定位の研究中に理論として思いついていた技術を、実戦で初めて使う。


 ——完全な無音にはならない。靴底が砂利を踏む微かな音が残る。だが岩蜥蜴王の咆哮と瓦礫の崩れる音の中では、その残音は埋もれて聞こえない。


 腹の付け根。鱗の薄い部分。共鳴探知で正確な位置を捉えている。


 隕鉄の短剣を握る。


 超音波斬を起動。高周波の振動が腕を通じて刃に伝わる。隕鉄が唸る。黒い刃の周囲に陽炎が立つ。


 三秒。三秒以内に決める。


 腹の付け根に、短剣を突き立てた。


 ——抵抗がない。


 超音波斬を纏った隕鉄の刃が、薄い鱗を紙のように裂き、内部の筋肉に沈み込む。


 岩蜥蜴王が絶叫した。今までの咆哮とは質の違う、苦痛の叫び。


 だが致命傷ではない。腹を裂いただけだ。奴はまだ動ける。


 短剣を引き抜いて離脱する。超音波斬の維持限界——三秒はギリギリ。右腕が痺れている。


 岩蜥蜴王が怒り狂って暴れ始めた。右脚の瓦礫を蹴散らし、自由になろうとしている。


「まずい、瓦礫が持たない!」


 アルトの声。


 ——ノーラ、もう一発。今度は左の天井。


「了解!」


 ノーラの雷が再び天井を撃つ。左側の岩盤が崩落し、岩蜥蜴王の左脚も瓦礫に埋まる。


 四本の脚のうち二本が封じられた。岩蜥蜴王は前脚だけで体を支えているが、もう走れない。


 そして——苦痛で口を開いている。


 口の中。牙の根元。中枢魔孔。


 見えた。共鳴探知の反応が、口腔内の魔力集中点を示している。


「アルト! 口の中だ! 牙の根元に魔力の核がある!」


 今度は矢文ではなく声で叫んだ。もう隠密の必要はない。


 アルトが走った。岩蜥蜴王の正面から、開いた口に向かって一直線に。


 岩蜥蜴王が噛みつこうとする。だがアルトの体捌きは傭兵団仕込みだ。牙の間をすり抜け、口腔内に剣を突き入れる。


 鋼の剣が牙の根元を貫いた。


 岩蜥蜴王の動きが止まる。目から光が消えていく。巨体がゆっくりと、山が崩れるように倒れた。


 地鳴り。


 埃が舞い上がり、松明の炎が揺れる。


 静寂。


 四人が荒い息をついている。全身が土埃と汗にまみれている。


「倒した……のか」


 アルトが剣を引き抜きながら、信じられないという顔で呟いた。


「倒したわよ。間違いなく」


 ノーラが膝に手を当てて肩で息をしている。雷の連射で魔力を相当消耗したらしい。


「皆さん、怪我は——」


 セラが回復魔法の準備をしているが、奇跡的に大きな負傷者はいなかった。アルトの腕に擦り傷、俺の右腕が痺れているのと、全員の軽い打撲程度。


「セレンさんの右腕、また痺れていますね」


「超音波斬の代償だ。一時間もすれば戻る」


「無理しないでくださいね」


 セラの回復魔力が右腕に流れ込む。痺れが和らいでいく。



 ギルドに帰還。岩蜥蜴王の魔石を提出する。拳二つ分の大きさの、灰色に輝く巨大な魔石。


 ジーダが魔石を検分し、頷いた。


「合格だ。四人とも」


 それだけ。素っ気ない。だがジーダの目の奥には、微かな光があった。


「セレン。一つ聞く」


「はい」


「お前、足音を消していたな。接近時に」


「……気づいてましたか」


「試験官だからな。足音が消えた瞬間、空気が変わった。——あれはどうやった」


「逆位相の音で打ち消しました。自分の足音と正反対の波形を持つ音をぶつけて、干渉で相殺する。完全には消えないけど、戦闘の騒音の中なら実用レベルまで抑えられます」


 ジーダが長い沈黙の後、低く笑った。


「お前は本当に研究者だな。Eランク試験の時より、確実に強くなっている。——だが」


「だが?」


「右腕の痺れ。あれ、Eランクの時より悪化してないか」


 図星だった。


 超音波斬を使うたびに、腕の痺れが残る時間が長くなっている。Eランク試験の時は頭痛だけだったが、今は腕にも負担がかかっている。使う技が増えた分、体への代償も増えている。


「能力の幅が広がるほど、代償も分散して蓄積する。一つ一つは小さくても、積み重なれば壊れる。わかってるな?」


「わかってます」


「ならいい。——Dランクおめでとう。木札は明日」



 夕方。ギルドの前で、銀色の木札を受け取った。


 Eランクの銅色から、Dランクの銀色に変わる。冷たさが増した。重みも。


 ミロが飛び跳ねて喜んだ。


「Dランクだよ! すごいよセレン! モルヴァでDランクに上がるまでの最短記録、知ってる?」


「知らない」


「三年だよ。お前、何ヶ月でここまで来たの」


「……四ヶ月、くらいか」


「四ヶ月!? ぶっちぎりの新記録じゃん!」


 リディアがカウンターの向こうから声をかけた。


「おめでとう。——次はCランクね。Cランクになれば、王立魔法学院への推薦が出せる」


「あとどれくらいですか」


「Dランクの上位依頼を複数こなすこと。目安としては——そうね、Dランク上位の大型魔獣を一体討伐すれば、実績としては十分」


「大型魔獣」


「具体的に言えば——」


 リディアが掲示板を指差した。そこには、赤い枠で囲まれた一枚の依頼書が貼られている。


 《ヴァイパーロード討伐依頼:モルヴァ北部渓谷に出没する大蛇型魔獣。Dランク上位推奨。報酬:金貨5枚。※複数回の討伐失敗歴あり。要注意》


「ヴァイパーロード。大蛇型の魔獣よ。全長二十歩を超える。過去に三つのパーティが挑んで、二つが撤退、一つが壊滅。生半可な覚悟じゃ受けられない」


 四人で依頼書を見上げた。


「……やるか」


 アルトが拳を握った。


「やるわ」


 ノーラの目に炎が灯る。


「やりましょう」


 セラが静かに頷く。


「やる」


 俺は依頼書に手を伸ばした。


 Cランクへの最後の関門。学園への切符。


 ここを超えれば——次の景色が見える。


 研究ノート、十六頁目。


 《Dランク試験メモ》

 ノイズキャンセリングの実戦初使用。成功。足音の消音で奇襲が成立した。

 ただし完全な無音にはならない。環境騒音に紛れるレベルまでの減衰が限界。静かな環境では使えない。

 超音波斬の腕への蓄積負荷が増加傾向。要注意。

 

 《次の目標》

 ヴァイパーロード討伐→Cランク昇格→王立魔法学院入学。

 全ての道は繋がっている。一歩ずつ。

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