第4話:母のぬくもりの中で
母リーナが囲炉裏に灯した小さな炎を見てから、俺の心はすっかり魔法に囚われていた。
赤ん坊の体で何ができるわけでもない。
けれど夜になるたび、布団の中で小さな手を見つめては考える。
「どうしても、俺もやってみたい」
指先に力を込め、「ふぁいや」と声を出す。
もちろん、何も起きない。
ただの赤ん坊の声だ。
今度は両手を合わせ、息を整え、リーナの真似をして掌をかざす。
やはり空気は動かず、光も火も生まれなかった。
それでも俺は繰り返した。
昼間は家族と過ごし、夜になると「挑戦の時間」がやってくる。
「あー」「うー」としか声が出なくても、心の中では必死に命じる。
「灯れ」「光れ」「出ろ」
だが世界は静かなまま。
失敗して、眠りに落ちて、また翌日も挑戦する。
何度やっても成果はなかった。
前世では諦めてしまった。
努力しても報われず、結局は何も残せなかった。
だから今度は違う。
たとえ赤ん坊でも、できるまで試す。
日中は観察の時間だ。
リーナがかまどの前にしゃがみ込み、桶から野菜を取り出すと、薪を並べて手をかざした。
「ファイヤ」
その声とともに、薪の端が赤く灯り、たちまち炎が立ちのぼる。
ぱちぱちと音を立て、かまど全体が温かな光に包まれた。
リーナは鍋を火にかけ、刻んだ野菜を放り込む。
立ちのぼる香りに、家中の空気が一気に変わった。
俺は布団の上からその光景を見つめていた。
やっぱり中から“何か”が流れている。
手を振るだけじゃない。声を出すだけでもない。
もっと根源的なものが、体の内側から滲み出しているのだ。
畑から戻った父ゲイルは、薪を割りながら笑う。
俺は筋肉ではなく、その「呼吸」に注目した。
力を込める瞬間、息が鳴り、それと同時に空気が揺れる。
あれも魔力なのか?
兄たちもまた、面白い観察対象だった。
次兄レオンは、外で棒を振り回しながら叫ぶ。
「火よ、つけー!」
もちろん何も起きない。けれど彼は真剣で、楽しそうで。
長兄カイルは無言で見守り、ただ畑の鍬を振るい続ける。
信じる心や、愚直に積み重ねる姿勢すら、魔法の一部なのかもしれない。俺はそう思った。
そして夜。
布団の中で呼吸を整え、胸の奥に意識を沈める。
母の手の動き。父の息遣い。兄の叫び。
それを心の中で重ね合わせる。
「あー」
その瞬間。
ほんの一拍だけ、胸の奥にざわりと何かが走った。
気がした。
だが霧のように消えてしまった。
掴めなかった。
この感覚が魔力なのか、母に直接触れ確かめたい。
俺は布団の中で目を閉じたまま、胸の奥に意識を沈めていた。
どうしても魔力を感じたい。
けれど、自分の中ではまだ掴めない。
ならば外から学ぶしかない。
俺は小さな喉を震わせ、声をあげた。
「ふ、えぇ」
赤ん坊らしい泣き声。
本当は泣きたいわけじゃない。
母を呼ぶための、俺なりの実験だった。
リーナはすぐに駆けつけて、優しく俺を抱き上げる。
「大丈夫、大丈夫よ、セレン」
かすれた声であやしながら、胸元に抱きしめてくれた。
母の体温が、じんわりと伝わる。
鼓動の音。乳の匂い。
そのすべてが、俺を包み込む。
俺はその温もりの中で、必死に感覚を研ぎ澄ませた。
肌に伝わる鼓動。
母乳の香り、口に含んだときの温かな味。
肌と肌が触れ合うときの、微細な振動。
それらすべてに意識を集中する。
ここから、何かが流れている。
体の奥に満ちる、生きている何か。
胸の奥に、かすかな流れ。
血液とも違う。
呼吸とも違う。
もっと透明で、もっと優しいもの。
それは、リーナの中から滲み出て、俺の中に溶け込んでくるようだった。
「これが、、魔力?」
言葉にならない感覚に、心が震えた。
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、俺は必死にそれを掴もうとした。
けれど、流れはすぐに消えた。
まだ赤ん坊の俺には、その感覚をつなぎ止める力がなかった。
「っ」
悔しくて、また涙があふれた。
それでも、確かに感じた。
母の温もりと重なった、透明な流れ。
あれはまぎれもなく、この世界に満ちる『魔法の源』だった。
「セレン、いい子ね」
リーナの声が耳元で優しく響く。
俺は泣きながらも、その言葉と温もりにしがみついた。
リーナは俺が夜泣きをしたと思っているのだろう。
背を撫でながら、優しく子守歌を口ずさむ。
「大丈夫よ、大丈夫」
その声が胸に響き、涙がにじみそうになる。
ごめん。
本当は甘えたかったんじゃない。
ただ、俺は知りたかったんだ。
母の中を流れるこの温かい力を。
けれど同時に、こうして抱かれているだけで心が安らぐのも事実だった。
まどろみの中で、俺は気づいた。
リーナに抱かれているときに感じた生命の温もり
それは、一瞬だけ掴みかけた『体の奥を流れるざわめき』に、よく似ていた。
安らぎと共に流れ込んでくるこの感覚。
これが「魔力」なのかはまだ分からない。
だが、きっと繋がっている。
俺の中で芽生えかけていた何かと。
その夜、魔力を掴むことはできなかった。
けれど確かに感じた。
リーナと自分の間に流れる、あたたかなエネルギー。
それは俺の探求心を、さらに強く燃やすのに十分だった。
次回予告
母の温もりに包まれたとき、胸の奥に走ったあの流れ
それは確かに「魔力」だった。
だが、まだ俺ひとりでは掴めない。
必死に観察し、真似し、泣いて、叫んで
ようやく届いた、ほんの一瞬の煌めき。
次に訪れるのは、涙と心が重なり合う瞬間。
母の優しさと俺の切実な願いが響き合い、
魔力は初めて「俺自身のもの」として脈を打つ!
次回:「涙の共鳴」
泣いて、抱かれて、初めて掴む魔法の最初の一歩!




