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『音魔法はゴミ? いいえ、研究したら文明を揺るがす最強魔法でした』  作者: 白月 鎖
冒険者編

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第62話: 幻惑音響



 敗北から三日後。俺は宿の部屋に籠って、音の屈折に関する実験を続けていた。


 原理は単純だ。


 音は空気中を直進する——と俺は思い込んでいた。だが正確には違う。音は空気の密度差があると曲がる。高温の空気は密度が低く、低温の空気は密度が高い。音は密度の高い方に引き寄せられるように屈折する。


 ヴァン戦で反響定位が狂ったのは、彼の周囲の高温が空気密度を変え、音の経路を歪めたからだ。


 だが、これを逆に考える。


 温度差がなくても、音の「発射角度」と「周波数」を精密にコントロールすれば、空気中の微細な密度の揺らぎを利用して音を「曲げる」ことが——理論上は可能だ。


 さらに。複数の音を異なる角度から同時に発射し、特定の地点で「重ね合わせる」ことができれば、そこに「実在しない音源」が生まれる。


 蜃気楼が光の屈折で「ないはずの景色」を映し出すように、音の屈折で「ないはずの音」を作り出す。


 幻惑音響ファントム・サウンド



 最初の実験は、セラに協力してもらった。


「セラ、目を閉じて。俺がどこにいるか、音だけで当ててくれ」


「わかりました」


 セラが目を閉じる。


 俺はセラの正面に立ったまま、音を二方向に分けて発射した。一つは右斜め前方の壁に向けて、もう一つは天井に向けて。それぞれの音が壁と天井で反射し、セラの左側で合流するように角度を調整する。


 セラの左側で、俺の声が——鳴った。


「右……いえ、左? 左に誰かいます」


「正解。でも俺は正面にいる」


 セラが目を開けて、驚いた顔をした。


「え……? 確かに左から声が聞こえましたのに」


「音を壁と天井で反射させて、セラの左側で合流させたんだ。音の"出どころ"を偽装できる」


「それは……すごい。でも、怖い技でもありますね」


 セラは正直だ。低周波威圧の時と同じ反応。強力な技ほど、使い方を間違える恐怖が付きまとう。


 次にアルトで実験。


「アルト、目を閉じて——」


「いいぞ。どこからでもかかってこい」


 アルトが構える。俺は幻惑音響で「右後方に足音」を生成した。


 アルトが瞬時に振り向いて剣を構える。——俺は左にいる。


「背中がら空きだぞ」


「うおっ!?」


 アルトが慌てて振り返る。


「すげえ……完全に騙された。右後ろから走ってくる音がした。足音まで聞こえた」


「足音は俺が自分の足で踏んだ音を、方向を変えて飛ばしただけだ。実際の俺はここから動いてない」


「マジかよ。これ戦闘で使ったらやばいだろ」


 やばい。俺もそう思う。


 幻惑音響は「音の偽装」だ。敵の空間認識を狂わせ、いない場所から攻撃が来ると誤認させる。剣士は足音で相手の動きを読む。魔法使いは詠唱音で攻撃のタイミングを計る。その「音の情報」が全て嘘になる。


 さらに——逆もできる。


 実在する音を「消す」ことが。


 音は波だ。波には「位相」がある。ある音の正反対の位相を持つ音をぶつければ、二つの音は打ち消し合って——無音になる。


 これは理論としては前から思いついていた。反響定位の研究中に、二つの反射波が重なって「聞こえなくなる」瞬間があったからだ。あの時は邪魔な現象だと思っていたが、逆に利用できる。音を消す技術。逆位相による打ち消し——ノイズキャンセリング。


 同じ原理で、味方の足音を消すことができる。アルトが敵に接近する時、アルトの足音を逆位相の音で打ち消す。敵にはアルトの接近が聞こえない。


 足音を消したアルトと、偽の足音を別方向に飛ばす幻惑音響。


 組み合わせれば——「敵は右から来ると思って構えるが、実際には左から無音のアルトが斬りかかる」という状況が作れる。



 ノーラとの合同実験は、さらに面白い結果を生んだ。


 訓練場で。


「ノーラ。雷を撃つ前に、"バチッ"って音がするだろ」


「ええ。放電の前兆音よ。空気が裂ける音」


「それを消せる」


 ノーラの目が丸くなった。


「消す?」


「逆位相の音を放電の瞬間にぶつける。前兆音がなくなれば、敵は雷が来ることに気づけない」


「……無音の雷」


 ノーラの声が震えていた。興奮で。


「やってみる。今すぐ」


 ノーラが空に向かって雷を放つ。俺は放電の瞬間を反響定位で捉え、前兆音の波形を読み、逆位相の音を瞬時に生成してぶつけた。


 ——パチ。


 小さな音は残った。完全な消音ではない。だが通常の「バリバリバリッ」という轟音が、ほとんど消えた。


 訓練場の反対側にいたアルトが首を傾げた。


「今ノーラ撃った? 全然聞こえなかったけど」


「撃ったわよ!」


「マジか。雷が静かだと逆に怖ぇな……」


 ノーラが俺を見た。金色の瞳に、初めて見る種類の光があった。


「セレン。これ——ヴァンに使えるわ」


「ああ。ヴァンは空気の電導率操作で雷を逸らした。だがそれは"雷が来ると分かっている"からできた技だ。雷が来ることに気づかなかったら——」


「逸らす準備ができない」


「そういうことだ」


 ノーラが初めて、心の底から笑った。


「あんた、最高よ」


「え?」


「言わないで。忘れて」


 ノーラは顔を背けて、耳まで赤くなっていた。



 幻惑音響の訓練を一週間続けた。


 できるようになったこと。


 一、実在しない足音や声を任意の地点に生成する。精度は半径一歩程度の誤差。

 二、味方の足音を逆位相で消音する。アルトの足音はほぼ完全に消せる。ノーラは少し漏れる(雷の魔力が音にも干渉するため)。

 三、ノーラの雷の前兆音を消音する。成功率は八割。タイミングが合わないと前兆音が漏れる。


 できないこと。


 一、自分の位置を完全に隠す。幻惑音響を使うには音を発射する必要があり、その発射元は隠せない。(ルーイの隠形術とは根本的に違う。あいつは自分自身の音を消している)

 二、高温環境での精度維持。ヴァンの「熱の領域」の中では、音の屈折率が不安定になり、幻惑音響の精度が落ちる。


 ——つまり、ヴァンの領域の中では使えない。


 だが、領域の「外」からなら使える。


 セラが言っていた。「彼の弱点は、一人であること。四人のうち誰か一人でも熱の領域の外側から攻撃できれば、対処しきれなくなる」


 作戦が見えた。


 前回は四人全員がヴァンの領域に入って、全員の強みを潰された。


 次は——領域の外から仕掛ける。


 幻惑音響で偽の音を領域内に送り込み、ヴァンの意識を分散させる。その隙にアルトが無音で接近する。ノーラの無音雷撃は、ヴァンが「雷が来る」と気づかないタイミングで叩き込む。


 セラの防壁はヴァンの火球を一発は防げる。二発目が来る前に決める。


 俺は「中」に入らない。領域の外から、音だけで戦場を操る。


 研究ノート。十四頁目。


 《幻惑音響ファントム・サウンド

 音の屈折・反射を意図的に操作し、「実在しない音源」を任意の地点に生成する技術。

 応用:

 1. 偽の足音・声で敵の方向感覚を狂わせる

 2. 味方の足音を逆位相で消音する(ステルス支援)

 3. 味方の魔法の前兆音を消音する(無音雷撃コンボ)


 制約:

 1. 発動には音の発射が必要。発射元(=俺自身の位置)は隠せない

 2. 高温環境では精度が低下する(音の屈折率が不安定になるため)

 3. 精密な操作には集中力を要する。反響定位・矢文との並列処理は脳の限界に近い


 《対ヴァン戦・リベンジ戦術》

 基本方針:領域の外から戦う

 フェーズ1:幻惑音響で偽の音を領域内に送り込み、ヴァンの意識を分散

 フェーズ2:アルトが無音で領域の縁まで接近

 フェーズ3:ノーラの無音雷撃をヴァンの背後に叩き込む

 フェーズ4:ヴァンがノーラの雷に対処した瞬間、アルトが斬りかかる

 鍵:ヴァンが「雷が来る」と気づかないこと。前兆音の消音精度が全てを決める。


 ペンを置いて、深呼吸をした。


 勝てるかどうかはわからない。だが、前回とは違う。前回は「何もできなかった」。次は「やること」がある。


 挑戦する価値のある戦いだ。

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