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『音魔法はゴミ? いいえ、研究したら文明を揺るがす最強魔法でした』  作者: 白月 鎖
冒険者編

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第58話 兄との再会



 カイル兄がモルヴァに来たのは、秋の穀物商隊の護衛としてだった。


 村の収穫した小麦をモルヴァの市場に卸すための隊列に、土属性の魔法で荷崩れ防止の地固めを施す。それがカイルの仕事だった。地味だが、堅実で、兄らしい仕事だ。


 ギルド前の広場で兄の姿を見つけた時、俺は少しだけ足が止まった。


 カイルは背が高くなっていた。——いや、俺の記憶の中のカイルがまだ少年だっただけで、今の兄は立派な青年の体格をしている。日焼けした腕は太く、手は土仕事で硬くなり、顔つきには二十歳を前にした落ち着きがあった。


「カイル兄」


「——セレン」


 兄が振り返る。一瞬、目が大きくなった。弟の姿を確認するように、上から下まで見つめてから、ぎこちなく笑った。


「元気そうだな」


「兄さんも」


 自然な会話にならない。久しぶりに会う兄弟の間に、妙な隔たりがある。


 兄とは昔から距離があった。仲が悪いわけじゃない。ただ、兄は土属性で農業に秀で、村の人々から信頼され、父の後を継ぐ者として期待されていた。俺は「無属性」で「外れ子」で、兄とは違う道を歩く存在だった。


 その距離は、俺が冒険者になってさらに広がった。


「飯でも食うか。おごるよ」


「いいのか?」


「Eランクの稼ぎがあるからな」


 屋台で串焼きと穀物粥を買い、広場のベンチに並んで座る。兄は粥を黙々と食べた。農夫らしい食べ方だ。残さない。味にこだわらない。だがきちんと味わっている。


「冒険者、やれてるのか」


「ああ。今はパーティを組んでる。アルトとノーラも来た」


「アルト。あの村長の息子か。ノーラは……雷の」


「そう。四人で依頼をこなしてる」


「お前は何を担当してるんだ」


「探索と指揮。音で敵の位置を把握して、仲間に指示を出す」


 カイルは粥を一口すすり、少し黙った。それから、慎重に言葉を選ぶように言った。


「探索と、指揮か」


「ああ」


「……戦うのは」


「戦闘もする。震破っていう振動の攻撃技がある。それと、最近は低周波っていう——」


「いや」


 カイルが俺の言葉を遮った。珍しいことだ。兄は人の話を遮らない性格だった。


「すまん。聞き方が悪かった」


 カイルが粥の椀を膝に置き、正面を向いたまま続けた。


「お前の力は便利なんだろう。探索で敵を見つけて、声で仲間を動かして、相手の弱点を突いて。……冒険者としては有能なんだと思う」


「でも?」


「でも、それは"戦う力"なのか」


 静かな問いだった。


 責めているのではない。兄は本気で聞いている。


「土属性は地味だ。派手な攻撃もできないし、敵を一撃で倒す力もない。でも俺の力は"守る力"だ。畑を耕し、壁を固め、足場を作る。誰かの下で支える力。それは"戦う力"とは違う。でも、必要な力だ」


「……うん」


「お前の音も、聞いてる限りでは"支える力"に近い。探索して、伝えて、指揮して。……だが支える力だけで、本当にやっていけるのか? 仲間が倒れた時、お前は一人で敵を倒せるのか?」


 胸に刺さった。


 兄の言葉は、俺が自分で感じていた不安を、正確に言い当てていた。


 音の矢文は強力だ。反響定位も共鳴探知も、パーティの連携を劇的に変える。だが、もしアルトが倒れ、ノーラが倒れ、セラが倒れたら——俺一人で何ができる?


 震破はある。だが鉄の盾にすら効かなかった。低周波は恐怖を与えるだけで致命傷にはならない。


 音魔法の攻撃力は、正直、他の属性に比べて見劣りする。


「……正直に言うと、今の俺は一人じゃ大した敵は倒せない」


「それを自覚してるなら、いい」


「でも」


 俺はカイルの目を見た。


「便利だから使えるのが、今の音魔法だ。でもそれは"今"の話で、研究すればもっと強くなる。一人で倒す力も、守る力も、研究の先にある。俺は止まるつもりはない」


 カイルは黙って俺を見ていた。


 しばらくして、兄は小さく息を吐いた。笑ったのかもしれない。表情の変化が小さすぎてわからなかった。


「お前は昔から研究が好きだったな。布団の中で呼吸法の実験してるのを、何回も見た」


「気づいてたのか」


「弟が毎晩うんうん唸ってたら気づくだろ」


 少しだけ、壁が薄くなった気がした。


「セレン。一つだけ聞いていいか」


「何?」


「音属性が……本当にお前の力だと、思うか」


 不意の問いだった。


「どういう意味だ」


「鑑定の儀の時、村中が笑っただろう。あの時、俺も……正直、がっかりした。弟はもっと立派な属性を持ってるんじゃないかと期待してた」


 兄の声が、わずかに震えていた。


「でも今、お前がこうして冒険者をやって、仲間を率いて、研究して、新しい技を作って……。音属性が"ゴミ"じゃないってことは、見ればわかる。お前が証明してる」


「……兄さん」


「だから聞きたいんだ。あの鑑定の結果を——お前は、受け入れてるのか。恨んでないのか」


 俺は空を見上げた。


 秋のモルヴァの空は高い。雲が薄く流れている。


「最初は恨んだよ。なんで俺だけ、って。火でも水でも、何でもいいから"まっとうな属性"が欲しかった」


「……」


「でも今は違う。音属性じゃなかったら、反響定位も共鳴探知も生まれなかった。仲間に声を届ける技も、敵の弱点を音で読む技も、全部"音だから"できたことだ」


 ペンダントのように胸元に下がっている木札——Eランクの銅色の木札に触れた。


「音属性で良かったと、今は思ってる。……母さんが最初にそう言ってくれたけど、あの時はまだわからなかった。今はわかる」


 カイルが目を閉じた。


 それから静かに言った。


「そうか。……母さんに、手紙を書く。お前が元気でやってるって。それと、音属性が立派な力だって、俺の目で確かめたって」


「頼む。母さん、心配してるだろうから」


「ああ。……父さんにも言っとく」


「父さんにも?」


「あの人はな、お前のこと、気にしてるんだよ。口に出さないだけで。不器用な男だから」


 意外だった。父ダリオが俺を気にかけているなど、考えたこともなかった。鑑定の儀の日、落胆の表情を隠せなかったあの顔しか思い出せない。


 でも——兄がそう言うなら、そうなのかもしれない。


「カイル兄」


「ん」


「今度村に帰ったら、畑見せてくれよ。兄さんの土属性で、どんな風に育ってるか見たい」


 カイルが少しだけ目を見開いて、それから——ようやく、ちゃんと笑った。


「いつでも来い。見せてやる」



 翌朝、カイルは商隊と共にモルヴァを発った。


 門前で見送る。兄は荷馬車の横を歩きながら、一度だけ振り返って手を上げた。


 その背中を見送ってから、俺はギルドに向かった。


 兄の言葉が、まだ耳に残っている。


 「それは"戦う力"なのか」。


 悔しいが、正論だ。


 音魔法の攻撃力は足りていない。探索と支援に偏りすぎている。パーティがあるから戦えているが、一人では倒せない敵が多すぎる。


 もっと「倒す力」が要る。


 研究ノートを開いた。十頁目。


 ページの上部に、太い字で書いた。


 《音魔法で"倒す"力を確立する》


 震破は中周波の振動攻撃だが、威力が足りない。低周波は精神攻撃にはなるが致命傷にならない。


 では——高周波は?


 超高周波。周波数を極限まで上げたらどうなる。


 鍛冶の本に書いてあった。特定の振動で金属の性質が変わると。


 もし、振動の周波数を極端に高くしたら——物質の分子結合を直接断ち切ることが、できるのではないか?


 超音波で物を切る。


 まだ仮説だ。だが、次の研究テーマはこれだ。


 兄に見せたい。


 次に会う時には、「一人でも倒せる力」を持っていたい。


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