第53話: 内部告発と、汚された花
モルヴァ評議会場。
すり鉢状の巨大なホールは、街の有力者と、傍聴に来た市民たちで溢れかえっていた。
壇上では、ディルク・ホロウが優雅に演説を行っている。
「――以上の通り、今期の魔物被害はゼロ。流通は安定し、市民の資産は平均して一割増加しました」
「おお……素晴らしい」
「ホロウ様のおかげだ」
拍手喝采。
誰も疑っていない。この豊かな生活が、誰の血で贖われているのかを。
ドォン!
重い扉が、魔力の衝撃で吹き飛んだ。
轟音と共に、会場が一瞬で静まり返る。
「な、なんだ!?」
「暴漢か!?」
警備兵が槍を構えるが、俺は静かに歩を進めた。
俺の横には、決死の覚悟を決めたリディアさん、そして黄金の魔力を静かに纏うセラがいる。
「暴漢ではありません。……告発者です」
俺の声は、音魔法で増幅され、会場の隅々まで響き渡った。
俺は懐から、あの「黒い帳簿」を取り出し、壇上のディルクへと投げた。
帳簿は放物線を描き、ディルクの足元にバサリと落ちる。
「リディアさん。お願いします」
リディアさんは震える足を叩き、叫んだ。
「ギルドマスター、ディルク・ホロウの報告はすべて虚偽です!
この帳簿を見てください!
ここには……行方不明とされた新人冒険者たちが、ギルドによって『処理』された記録が残っています!」
「な……!?」
会場がざわめく。
「魔物に殺されたのではありません! 彼らは、ディルクの実験材料にされ、資源として搾取されたのです! 私も……私も口止め料を渡されていました!」
リディアさんの悲痛な叫び。
それは決定的な証拠とともに、会場の空気を凍りつかせた。
議員たちが青ざめ、ディルクを見る。
「ほ、ホロウ殿……? これは真実か?」
「説明してくれ!」
追い詰められたはずのディルク。
だが、彼は慌てるどころか、足元の帳簿を拾い上げ、薄く笑った。
「……やれやれ。君たちは、魔法の種明かしをする無粋な客のようですね」
彼はあっさりと認めた。
「事実です。
そこに書かれている通り、能力の低い冒険者を間引き、街の防衛システムの動力源として再利用しました」
「き、貴様……!」
「人殺しじゃないか!」
議員たちが非難の声を上げる。
だが、ディルクは冷徹な瞳で会場全体を見渡し、指を鳴らした。
「パチン」
「論より証拠だ。見てもらったほうが早いでしょう。
……運べ」
壇上の床が開き、せり上がってくるものがあった。
それは、透明な円筒形のカプセルだった。
中には淡いピンク色の培養液が満たされ、そこに――一人の女性が浮いていた。
「……ッ」
俺は息を呑んだ。
ミナだった。
俺たちが助け出し、ギルドの地下で保護されていたはずの彼女が、なぜここに。
(……連れ戻されたのか!)
カプセルの中の彼女は、まるで芸術品のようだった。
薄い布一枚をまとい、その体には無数の植物の蔦が絡みついている。
蔦は彼女の肌を優しく締め上げ、その先端は血管へと繋がり、淡い光を吸い上げている。
彼女は眠っているように見えた。
だが、時折体がビクリと跳ね、恍惚とも苦悶ともつかない表情で、口から泡を漏らしている。
「紹介しましょう。彼女はミナ君。かつてはEランクの、才能なき冒険者でした。
ですが今は違います」
ディルクがカプセルに手を触れると、会場の照明が一斉に明るさを増した。
「彼女の子宮……失礼、魔力生成器官には、特殊な種が植え付けられています。
植物との共生により、彼女は常に高濃度の魔力を生み出し続ける『永久機関』となりました。
見てください、この清浄な姿を。
汚れも、老廃物も、すべて浄化され……彼女は今、ただ魔力を生むためだけの『美しい部品』として完成されたのです」
「……ふざけるな」
俺の声が震えた。
ミナは、人間扱いされていない。
ただの綺麗な電池だ。
尊厳を奪われ、意識を薬で濁され、死ぬまで魔力を搾り取られるだけの存在。
「これを『美しい』だと?
彼女は泣いているじゃないか。体中を弄ばれて、心まで壊されて……!」
「いいえ、喜んでいるはずですよ」
ディルクは冷ややかに言った。
「彼女は生前、誰の役にも立てないことを嘆いていた。
ですが今はどうです? 彼女が生み出すエネルギーだけで、この会場の照明、空調、すべてが賄われています。
彼女は今、何千人もの人々を照らしているのです。……これ以上の幸福がありますか?」
「……ッ!」
あまりの胸糞悪さに、俺の視界が赤く染まる。
だが、恐ろしいことが起きた。
「……確かに、魔力効率はすごいな」
「あんな娘ひとりで、これだけの電力を?」
「死ぬよりは……役に立っているのか?」
「それに……なんだか、幸せそうな顔にも見えるぞ」
市民たちの囁き。
彼らはミナの惨状を見て「可哀想」と思いながらも、同時に「便利だ」「綺麗だ」と思ってしまったのだ。
残酷な見世物は、彼らの倫理観を麻痺させていた。
「見ましたか、セレン君」
ディルクが勝ち誇ったように俺を見下ろす。
「これが人間です。
彼らは『崇高な正義』よりも、『便利な犠牲』を愛する。
君が彼女をカプセルから引きずり出せば、街の明かりは消え、結界も解ける。
……さあ、市民はどちらを選びますか?」
圧倒的な、悪意の選択。
リディアさんが絶望で崩れ落ちる。
セラも、震えながら杖を握りしめている。
俺は、ミナを見た。
カプセル越しに、彼女と目が合った気がした。
虚ろな瞳の奥で、わずかに残った理性が「殺して」と訴えているように見えた。
「……はっ」
俺は、笑った。
乾いた笑い声が、会場に響く。
「な、何がおかしい!」と議員が叫ぶ。
「いえ……ディルク、あなたの言う通りだと思って」
俺は市民たちを冷ややかに見渡した。
「どいつもこいつも、他人の不幸で暖を取るクズばかりだ。
助ける価値なんてない」
「セレンさん……?」リディアさんが不安げに見上げる。
「だからこそ――」
俺は一歩、前に出た。
体中の魔孔を開き、魔力を噴出させる。
その振動だけで、会場の窓ガラスがビリビリと共鳴し始めた。
「俺は、俺のために戦います。
彼らが感謝しようがしまいが、関係ない。
俺が『気に食わない』から、あなたを叩き潰す」
俺はミナを指差した。
「あの子を返してもらいますよ。
たとえ街中の明かりが消えて、全員が暗闇に怯えることになってもね。
知ったことか。あなたたちの都合なんて」
「……野蛮ですね」
「うるさいな。
理屈で武装した変態と、本能で動く冒険者。
どちらが強いか、はっきりさせましょう」
その時。
ズズズズズ……!
地響きと共に、窓の外に見える時計塔――鐘楼が、青白く発光し始めた。
「時間だ」
ディルクが空を仰ぐ。
「交渉は決裂です。これより、『理性の塔』を起動し、全市民の生命力を統合します。
……ミナ君の培養液も、そろそろ限界のようですね」
カプセルの中で、ミナがビクンと大きく跳ねた。
蔦が一斉に締め付けを強め、彼女の口から無声の悲鳴が上がる。
「逃がすか!」
俺が飛び出そうとした瞬間、強烈な重圧が会場を押し潰した。
ep.62 第55話: 聖女の選択
「ぐ、うぅ……!」
会場にいた全員が、床に這いつくばった。
俺でさえ、膝をつきそうになるほどの重力。
これは魔法じゃない。ディルクが起動した塔が、空間そのものの密度を書き換えているのだ。
「あ、あああ……体が、力が……」
市民たちの体から、蛍のような光の粒が抜け出していく。
生命力。
彼らが守ろうとした「安全」の代償として、魂そのものが吸い上げられていく。
「素晴らしい……! 見ろ、このエネルギー効率を!
個人の意思などというノイズを排除すれば、人間はこれほど純粋な資源になる!」
ディルクは重力を無視して宙に浮き上がり、恍惚の表情で光を浴びている。
「セレン君、君も混ざりたまえ。
私の新しい世界の一部になれることを、光栄に思うといい」
俺は歯を食いしばり、顔を上げた。
動けない。
音魔法で対抗しようにも、空気の振動さえも重力に押し潰されている。
これが、Bランク……いや、Aランクに届きうる力か。
「……神は沈黙した」
ディルクが見下ろす。
「救いを求めても無駄です。神が答えない以上、この場の支配者は私だ」
絶望的な状況。
だが、その静寂を破る「音」があった。
カツン。
杖の音。
重圧の中で、一人の少女がゆっくりと立ち上がった。
「……セラ?」
セラは汗ひとつかいていなかった。
彼女の周りだけ、重力が作用していないかのように、聖衣がふわりと揺れている。
「ディルク・ホロウ。あなたは言いましたね。
神は沈黙した、と」
セラは静かに、けれど朗々と告げた。
「ええ、そうです。神様は沈黙されました。
でもそれは、あなたごときに怯えたからではありません」
彼女が杖を掲げる。
その先端に、俺が見たこともないほど高密度の黄金の光が収束していく。
「指揮棒を、私に預けてくださったからです」
「……何?」
「神様が歌わないなら、私が歌います。
神様が裁かないなら、私が裁きます。
――私はもう、ただ祈るだけの聖女ではありません」
【覚醒・聖女の代行者】
セラが開眼する。
その瞳は、黄金に輝いていた。
「私は、私の大切な人が望む世界を肯定する。
そのために……力を貸して!」
ドォォォォン!!
セラを中心にして、黄金の衝撃波が炸裂した。
それはディルクの支配する重力場を内側から食い破り、会場全体を光で満たした。
「な……私の空間支配が、解かれただと!?」
ディルクが初めて焦りの表情を見せる。
体が軽くなる。
いや、違う。
セラの光が、俺の魔力を増幅させているんだ。
「セレンさん!」
セラが俺を見て叫んだ。
その顔は、以前のような守られるだけの少女じゃない。
共に戦場を駆ける、頼もしい相棒の顔だ。
「道は私が作ります!
あの塔を……ふざけた理屈ごと、叩き折ってください!」
「ああ。最高のサポートだ」
俺は床を蹴った。
体中に力がみなぎる。
セラのバフを受けた今の俺なら、音速すら超えられる気がする。
「行くぞディルク!
あなたの『完璧な計算』に、俺たちの『ノイズ』をぶち込んでやる!」
俺は砕けた窓から飛び出し、光の柱が立ち昇る鐘楼へと一直線に翔けた。




