第3話:適性なしの烙印
俺の名はセレン=アルディス。
辺境農家の三男坊として生まれ落ち、まだ0歳の赤ん坊だ。
転生し、この世界に再び赤子として産まれたのは良い。
……だが、四大元素の簡易判定で「魔法適性なし」と告げられ、周囲からの落胆の空気と早く人生ハードモードになりそうだと感じている。
泣く、寝る、飲む。
本来できることは、その程度。
だが、俺の心は、前世のまま大人の意識を抱えていた。
資格の勉強ばかりしていた意識高い系オタク気質。
「観察・記録・分析」こそが俺の唯一の武器。
だからこそ、この世界でも周りを観察せずにはいられなかった。
そんなある日。
母リーナは俺をおくるみに包み、村の中央にある広場へと足を運んだ。
赤ん坊が産まれた家は、必ず村長と神父に挨拶をするのが習わしだという。
広場には、村長ハルドと村人たちが集まっていた。
つい先日、簡易属性判定で「反応なし」と言われた噂が広がっていたせいか、村人たちの表情には、期待と同時にどこか影を帯びたものが混じっていた。
ハルドは白いひげを撫でながら、俺を抱いたリーナを見て笑った。
「魔法はともかく、村に新しい命が増えるのは何よりだ」
大きな手で俺の頭をぽんと撫でる。
「しっかり食って、よく寝て、大きく育てばそれで十分よ」
いつも通りのその素朴な言葉に、リーナは微笑んだ。
その場にいた村長の娘ナデルが、布を抱えながら声をかけてきた。
「リーナ、この子の産着、次はもっと丈夫な縫いで仕立ててあげるわ。魔法がなくても、力強く育てばいいもの」
彼女は笑いながら、俺の小さな手をひょいと握らせてくれた。布の感触が妙に心地よかった。
やがて、白い法衣を着たオルド神父がゆっくり歩み寄った。
「セレン、魔法がなくとも、家族と共に歩むその道が、祝福で満たされますように」
村人たちの中には「外れ子かもしれない」という目を向ける者もいた。どこかに混じる冷たい影を、肌で感じ取っていたが、
それでも俺を抱える母の周りには確かに温かな輪が広がっていた。
~
それからの日々、俺は母と父、そして兄たちと過ごす毎日の中で、もっとも強く心を奪われたものはやはり魔法だった。
適性なしと言われても、前世になかった魔法という現象に俺は心の底から美しさを感じていた。
母リーナが火を点ける姿。
父ゲイルが水を浄化する姿。
そのどれもが、神話の奇跡のように見えた。
特に夜。
母が囲炉裏に手をかざし、簡単に唱える。
「ファイア」
ぽっと指先に小さな炎が生まれ、薪へと移って燃え広がる。
俺は息を呑んだ。
喉から出たのは赤ん坊の「あー」だが、心の中では雷に打たれたような衝撃だった。
胸が焼けるほどの衝撃。
前世には存在しなかった、理解を超えた力。
それは人間の可能性そのもの
魔法。
火打石も油も使わず、ただの言葉と仕草で。
炎は赤く揺れ、家を温め、家族を照らす。
兄レオンが「すげぇ!」と歓声をあげ、兄カイルは黙ってうなずいた。
ゲイルは「助かるな」と当たり前のように笑った。
俺は布団の中で、赤ん坊の小さな瞳を目一杯に見開き、見入っていた。
「どうして手をかざしただけで?」
「声に力があるのか? それとも、手のひらから何かが出ている?」
前世で読みあさったファンタジー理論を思い返すが、目の前の魔法はそのどれよりも自然で、美しかった。
父も農作業の合間に、井戸から汲んだ泥水を掌で澄ませる。
透明な水に映る幼い自分の顔を見たとき、思わず息を呑む。
「これが、魔法の力」
胸が熱くなり、体中がうずいた。
俺も火や水を、この手に生み出したい。
布団の中で小さな手を必死に振る。
母の声を真似して「ふぁいぁ」と声を絞り出す。
けれど空気は揺れず、光も火も生まれない。
やはり属性なしの烙印は正しいのだろう。
それでも欲求は消えず、日を追うごとに強くなっていった。
リーナに抱かれるとき、俺は彼女の鼓動や体温に耳を澄ませた。
まだ確かな感覚はつかめなかったが、五感すべてを研ぎ澄まし、観察を続けた。
心臓の鼓動、呼吸のリズム、血の流れ。
必死に探るが、熱もざわめきも流れも感じられない。
ときには涙がにじむ夜もあった。
「どうして俺だけ、、」
「なんで俺は魔法を使えないんだ」
だが諦めはしなかった。
たとえ赤ん坊でも、観察し、感じ取り、考え続けることはできる。
前世で叶えられなかった「自分の力で何かを生み出す」感覚を、今度こそ掴みたい。
火を灯したリーナの姿。
レオンが歓声をあげ、カイルが真剣な瞳で見つめ、ゲイルが安心した表情を見せたあの瞬間。
あれは人を救う力だった。
俺も、あんなふうに誰かを照らしたい。
必ず掴んでみせる。使えるようになるまで諦めない。
瞼を閉じると、リーナの炎の残像が赤く揺れる。
それは恐ろしいほど眩しく、心を焦がす夢だった。




