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第52話: 神託の沈黙

夜の森。

俺たちは街へ戻る前に、焚き火を囲んでいた。

炎の向こうで、セラはずっと祈っていた。

だが、様子がおかしい。

脂汗を流し、何かに縋るように、何度も何度も言葉を繰り返している。

「……答えてください。

神よ、なぜ……なぜ、黙っておられるのですか……?」

静寂。

薪が爆ぜる音だけが響く。

「……私が、復讐を願ったからですか?

ロイルさんの遺体を見て、ディルクを殺したいと願ったから……見捨てられたのですか?」

セラの声が震える。

彼女は振り返り、涙目で俺を見た。

「セレンさん……聞こえないんです。

どれだけ祈っても、神様の声が……完全な無音なんです。

今まで、私のすべてを決めてくれていた指針が、消えてしまった……」

彼女は聖女だ。神の声を聞くことが生きる意味だった。

その糸が切れた今、彼女はただの無力な少女に戻ってしまっていた。

俺はロイルの最期の言葉を思い出した。

『止めてくれてありがとう』。

神様や他人に力を求めた結果が、あれだ。

「セラ。

神様が見捨てたとか、そういうのじゃなくてさ。

……もしかして、神様も『言い返せない』んじゃないか?」

「え……?」

「ディルクのやり方は、ある意味ですごく合理的だ。

少数の犠牲で、強力な兵士を作り、街を守る。

……計算上は『正解』だろう?

だから神様も、それを『間違いだ』とは言えないんじゃないか?」

「そんな……! 人を部品に変えることが、正解だなんて……!」

「ああ。認めたくはないけれど。

だから神様は黙っているんだ。肯定も否定もできないから」

俺は立ち上がり、セラの前に立った。

彼女の冷え切った手を、俺の両手で包み込む。

「でも、俺は否定する」

俺は彼女の目を真っ直ぐに見つめた。

「計算が合っていようが、効率が良かろうが、俺は嫌だ。

友達を道具にする世界なんて、絶対に認めない。

……神様がどう思うかなんて知るか。

俺は、君が笑っていない世界なんて、間違いだと断言できる」

「セレンさん……」

「セラ。神様が答えを出せないなら、君が決めてくれ。

君のその優れた頭脳と、優しい心で。

……君は、どうしたい?」

セラが唇を噛む。

彼女の中で、何かが音を立てて崩れ、そして再構築されていくのを感じた。

「私は……」

彼女の手が、俺の手を強く握り返してくる。

爪が食い込むほどに。

「私は……ディルクを許しません。

たとえ神様が沈黙しても。世界中が彼を支持しても。

……あなたが怒ってくれるなら、私はそっちを選びます」

彼女の瞳から、迷いが消えた。

その代わりに宿ったのは、どこか危ういほどに熱っぽい、俺への執着にも似た光。

「セレンさん。私を導いてください。

神の声はもう聞こえません。だから……あなたが私の声になって」

「……責任重大だな」

俺は小さく笑った。

彼女が神様より俺を選んだなら、俺はその期待に応えるまでだ。

「いいよ。泥船かもしれないけど」

「構いません。あなたと一緒なら、地獄でも」

セラが微笑む。

その笑顔は、清廉潔白な聖女のものではなく、共犯者に向ける妖艶さを含んでいた。

「行きましょう。評議会へ。

……ディルクの完璧な論理を、私たちの『音』で壊しに」

夜が明ける。

俺たちは、英雄としてではなく、秩序の破壊者として、モルヴァの街へ帰還した。

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