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第51話: モルヴァ洞窟の真実

洞窟の入り口に立った瞬間、俺は違和感に足を止めた。

「……おかしいな」

「何がですか? セレンさん」

セラが杖を掲げ、周囲を警戒しながら尋ねる。

「音が、死んでいるんだ。俺が足を踏み鳴らしても、反響が返ってこない。……まるで、分厚い布の中にいるみたいだ」

俺の感覚的な言葉に、セラが壁に近づき、手をかざした。

「……なるほど。壁に術式が埋め込まれています。

『遮音』と『隠蔽』のルーン文字……。

セレンさんの感覚は正しいです。ここは自然の洞窟ではありません。内部の魔力漏れを防ぐための、人工的な結界施設です」

「結界施設? 魔物の巣ではなく?」

「ええ。こんな高度な隠蔽工作、野生の魔物には不可能です。……人間が作った場所です」

セラの顔が険しくなる。

俺は短剣の柄を静かに握り直した。嫌な予感がする。

俺の耳が捉える違和感を、セラが知識で裏付ける。

この連携が、今の俺たちの武器だ。

内部へ侵入する。

青白い魔導ランプが照らす通路は、不気味なほど清潔だった。

チリひとつ落ちていない床。規則的に並ぶ配管。

奥から、足音が近づいてくる。

「3人来る。……足音が揃いすぎている。普通の冒険者じゃない」

「魔力の波長が見えます。……ギルドの特殊警備隊ですね。彼らが纏っているのは『対魔法障壁コート』です。魔法使い対策の装備です」

現れたのは、フルフェイスの兜と防魔コートに身を包んだ警備兵たちだった。

彼らは俺たちを見るなり、無言で杖を構えた。

「排除する」

杖から放たれたのは、不可視の衝撃波――「空気弾」だ。

速い。

「セレンさん、右!」

セラの鋭い指示。

俺は考えるより先に体を右へ投げ出した。

風が頬を切り裂く。指示がなければ直撃していた。

「彼ら、警告なしで撃ってきましたね」

「装備に隙間がありません。魔法防御は完璧です……でも、関節部分の装甲が薄い!」

「関節だな。わかった」

俺は地面を蹴った。

真正面から突っ込む。

警備兵が再び杖を振るうが、俺は足音と風切り音でタイミングを測り、ジグザグに潜り込む。

(魔法が効かないなら、物理で通す)

俺は魔力を拳にまとわせた。

細かい計算はいらない。ただ、セラが言った「関節」めがけて、一番響くような音を叩き込む。

「音撃」

ガギンッ!

俺の拳が、兵士の肘関節を的確に捉えた。

殴打の瞬間に「震動」を流し込む。

コートの上からでも、衝撃は骨に伝わる。

「ぐっ……!?」

兵士が体勢を崩し、杖を取り落とす。

「そこです! 兜の留め具!」

セラの追撃指示。

俺は体勢を崩した兵士の懐に入り込み、兜のアゴ紐の金具を指で弾いた。

魔力を込めたデコピン。

金属同士が共鳴し、金具がパチンと弾け飛ぶ。

「なっ!?」

兜がズレて視界がふさがった瞬間、俺は強烈なアッパーを叩き込んだ。

ドサッ。

兵士が白目を剥いて倒れる。

残りの二人も、セラが光魔法で目くらましをしている間に、俺が関節を破壊して無力化した。

「ふゥ……。硬い連中だったな」

俺は手を振って痛みを散らす。

「ナイスファイトです、セレンさん。……でも、急ぎましょう。奥から……もっと無機質で、冷たい魔力の気配がします」

セラが顔をしかめ、通路の奥を見つめる。

俺たちは頷き合い、先へと進んだ。

最深部、『A-01区画』。

そこで俺たちが目にしたのは、美しいけれど吐き気を催すような**「生産工場」**だった。

広い空洞の中央に、巨大な透明なカプセルが鎮座していた。

中には淡いピンク色の液体が満たされている。

そして、そこに浮いていたのは――。

「……まさか」

俺は絶句し、セラは息を呑んで立ち尽くした。

カプセルの中にいたのは、先日ロイルと一緒にいた女性冒険者、ミナだった。

だが、彼女はまるで「標本」のようだった。

薄い白衣のような布を纏っているが、その体には無数の細いチューブが接続されている。

背骨、手首、足首。

そして胸の中央。

管を通して、彼女の体から青白い光が吸い上げられ、天井のパイプへと送られている。

彼女は眠っているようだった。

だが、その表情は能面のように動かない。

「……きれいすぎる」

セラが震える声で呟く。

「え?」

「見てください、彼女の肌。傷ひとつありません。

汚れも、老廃物も、すべて薬液で浄化されています。

……まるで、精密機器の手入れのようです」

「……部品扱いってことか」

俺はカプセルの計器を見た。

【状態:魔力強制循環 / 生命活動:最低維持レベル】

彼女は生きている。けれど、生きていない。

自分の意思で指一本動かすことも許されず、ただ「魔力を生み出すフィルター」として、機械の一部に組み込まれている。

「ディルク……。

人間を、電池か何かだと思っているのか」

彼女がもし、傷だらけで泣いていたなら、まだ救いがあったかもしれない。

だが、彼女はあまりにも綺麗に「管理」されていた。

それが何より、彼女から人間性を奪っている証拠に見えた。

その時。

培養槽の横から、重々しい足音が響いた。

カツーン、カツーン。

現れたのは、全身を漆黒の鎧に包んだ剣士。

いや、鎧ではない。皮膚そのものが黒い金属質に変質し、筋肉が鋼のように隆起している。

顔半分は黒いバイザーのような骨に覆われているが、露出した口元は人間のままだ。

【試験体No.402:人造魔装兵デモン・ナイト

「……ミナを、見るな……」

掠れた声。

バイザーの下から覗く瞳が、血の涙を流している。

「……俺たちを、終わらせてくれ……」

「ロイル……なのか?」

俺は短剣を抜き、静かに構えた。

あいつは怪物じゃない。

無理やり「強さ」という鎧を着せられ、心を押しつぶされた友人だ。

「セラ。下がっていてくれ。

あいつらは……俺が楽にする」

「セレンさん……ッ! お願いします……!」

「あのふざけた装置も、黒い鎧も。

全部俺が、終わらせる」

「オオオオオッ……!」

黒騎士ロイルが咆哮する。

獣の叫びではない。自分の無力さと、恋人ミナがあんな姿にされた絶望が混じった、悲しい絶叫だ。

黒騎士が剣を構える。

「あの構え……ギルドの訓練所で見たやつだ」

「剣士の基本スキル『スラッシュ』の構えです!

でも……魔力密度が桁違いです! 来ます!」

黒騎士が踏み込む。

速い。

床を砕くほどの脚力で一気に距離を詰め、漆黒の剣を振り下ろす。

ドォォォン!!

俺は横に転がって回避したが、衝撃波だけで吹き飛ばされそうになる。

斬撃の跡が、地面に深々と刻まれている。

「くそっ、Dランクの剣技じゃないぞ!」

「強制的に『魔剣士デモン・ソード』のクラスへ昇格させられているんです!

本来なら何年も修行して得る力を、魔核を埋め込んで無理やり引き出しています!」

黒騎士が追撃に来る。

剣速が速すぎて、目では追いきれない。

だが、俺には聞こえる。

剣を振るう直前、あいつの筋肉が軋む音と、胸の奥にあるコアが鳴らす不協和音が。

(……動きは洗練されている。でも、苦しそうだ)

俺は防戦一方になりながらも、あいつの動きを観察する。

「セレンさん! 胸です!」

セラが叫ぶ。

「胸?」

「彼の心臓部分に埋め込まれた『魔核』が、無理やり体を動かしています!

あれが魔力を供給し続ける限り、彼は止まりません……いえ、止まれません!

魂が燃え尽きるまで戦わされます!」

「あそこが動力源か」

黒騎士が大きく剣を振りかぶる。

必殺の『魔剣・暗黒斬』の予備動作だ。

周囲のマナが剣に収束し、黒いオーラが膨れ上がる。

「セレンさん、逃げて! あれは防御不可能です!」

「いや、逃げない」

俺は一歩、前へ出た。

逃げたら、あいつを救えない。

そして後ろのカプセルで眠らされているミナも、救えない。

(タイミングは一回。

あいつが剣を振り下ろす瞬間、胸のガードが空く)

黒騎士が剣を振り下ろす。

死の圧力が迫る。

恐怖で心臓が破裂しそうだ。

でも、俺は信じた。

あいつの中にある、わずかな「人間」の部分を。

(ロイル。君だって、こんなことしたくないはずだ)

俺は剣の軌道をギリギリで見切り、懐へと飛び込んだ。

黒いオーラが俺の頬を焼き、髪を焦がす。

だが、届いた。

「はあああっ!」

俺は短剣を逆手に持ち、黒騎士の胸板――魔核のある一点へ、拳ごと叩き込んだ。

「音魔法――『魔孔・震破』」

ドクン。

掌から放たれた振動が、黒い鎧を透過する。

鎧を壊すんじゃない。

中にある、異物(魔核)だけを狙い撃つ、拒絶の音。

ピキッ……パリーン!

ガラスが割れるような音が響いた。

黒騎士の動きがピタリと止まる。

振り下ろされようとしていた剣が、手から滑り落ちた。

「ガ……ァ……」

黒い鎧が、砂のように崩れていく。

中から現れたのは、痩せ細り、傷だらけになったロイルの姿だった。

彼は俺の腕の中に倒れ込み、薄く目を開けた。

「……セレン……か?」

「ああ。遅くなってすまない」

「……ミナを……頼む……。

あいつを……もう、あのカプセルから出してやってくれ……」

ロイルの目から光が消えていく。

無理な改造の代償だ。もう助からないことは、俺にもわかった。

「……ありがとう……止めて、くれて……」

彼は最後に小さく微笑み、事切れた。

「……ッ!!」

俺は彼をそっと横たえ、立ち上がった。

背後のカプセルでは、ミナがまだ何も知らず、美しい顔で眠らされている。

それが、俺には残酷な死に化粧に見えた。

「……セレンさん」

セラが駆け寄ってくる。彼女も涙を流していた。

「これが……ディルクの言う『進化』ですか。

男は使い捨ての兵器に、女はただの部品に……。

人を人とも思わない、ただの効率主義の成れの果て……!」

俺は無言でカプセルに近づき、短剣でパイプを叩き割った。

液体が溢れ出し、ミナが床に崩れ落ちる。

セラがすぐに駆け寄り、彼女の体に自分の聖衣ローブをかけた。

ミナは目を覚まさない。

衰弱しているが、呼吸はある。

だが、その心はどうだろうか。

「……許さない」

俺は奥の管理室へ向かった。

扉を蹴破ると、研究員たちが慌てふためいていた。

「ひぃっ! 魔装兵がやられた!?」

「ありえん! Bランク相当の出力だぞ!」

俺は無言で近づき、一番偉そうな男を殴り飛ばした。

セラが棚から黒い帳簿を見つけ出す。

「……ありました。これです」

セラが震える声で読み上げる。

そこには、ロイルの名前と『魔装兵への適合実験:成功』の文字。

そしてミナの欄には『魔力母体として稼働中。状態:安定』という記述。

「……下衆が」

セラが顔を上げる。

その瞳には、慈愛の聖女の面影はなかった。

あるのは、敵を滅ぼすと決めた修羅の瞳。

「セレンさん。行きましょう。

この帳簿を、ディルクの喉元に突きつけてやりましょう」

「ああ。

あいつの作った『理性』の城を、俺たちの『感情』で叩き壊す」

俺たちは地獄を後にした。

友の死と、傷ついた仲間を背負い、俺たちは修羅の道へと足を踏み出した。

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