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第50話: 昇格試験の招待

亡霊討伐から三日が過ぎた。

その間、俺たちは街の裏側を探ろうとした。だが、結果は「完璧な白」だった。

消えた新人たちの宿を訪ねれば、「急な借金で夜逃げしたらしい」と家主が証言書を見せてくる。

門番に聞けば、「彼らが早朝に出ていくのを見た」という記録が残っている。

どこを叩いても、埃ひとつ出ない。

あまりに辻褄が合いすぎていることが、逆に不気味だった。

「……見えませんね」

宿の自室で、セラが重い溜息をつく。

「誰も嘘をついているようには見えません。まるで、それが最初から事実だったかのように……記録も、記憶さえも整えられています」

「ああ。ディルクの言う『設計』ってやつだろうな」

俺は窓の外を見る。

街は今日も平和だ。誰も疑わず、誰も怖がらず、与えられた秩序の中で笑っている。

この平穏を壊す俺たちは、果たして正義なのだろうか?

そんな迷いがよぎりかけた時――

コン、コン。

ドアがノックされた。

俺とセラは顔を見合わせ、警戒しながらドアを開ける。

立っていたのは、ギルドの職員だった。

「セレン・バッハ様、セラ様ですね」

職員は礼儀正しく一礼し、懐から一通の封筒を取り出した。

それは、上質な黒い紙で作られており、封蝋にはギルドの紋章ではなく、天秤を象った知らない紋章が押されていた。

「ギルドマスター、ディルク・ホロウ様より親展です」

「……俺たちに?」

「はい。『亡霊討伐の功績を鑑み、特別なお話をしたい』とのことです。……では」

職員は封筒を押し付けるように渡すと、足早に去っていった。

廊下に残された俺たちは、黒い封筒の冷たい感触に、嫌な予感を覚えていた。

ギルドの最上階、マスター室。

再びこの部屋に呼ばれた俺たちは、ディルクと対峙していた。

「やあ。待っていたよ」

ディルクは上機嫌だった。

机の上には、先ほどの黒い封筒と同じものが置かれている。

「君たちの調査活動、熱心だね。消えた彼らの足跡を追っているとか」

俺は心臓が跳ねるのを抑えた。

監視されている。

いや、隠すつもりすらなかったのだろう。「調べても無駄だ」と教えるために、あえて泳がせていたのか。

「……友達でしたから」

「美しい友情だ。だが、過去を追うよりも、未来を見るべきだよ」

ディルクは封筒を指先で滑らせ、俺たちの前に差し出した。

「単刀直入に言おう。君たちに『昇格試験』を受けてもらいたい」

「昇格……?」

「ああ。現在、君たちはDランク相当だ。だが、フォレストドックを単独で狩り、亡霊を祓った実力はC、いやBにも届く可能性がある。

今のランクに留め置くのは、ギルドとしての損失だ」

彼は甘い毒のような言葉を並べる。

「これは『特別試験』だ。

場所はここから北、モルヴァ洞窟の最深部。

そこで指定された物品――『青い鉱石』を持ち帰るだけでいい。

成功すれば、君たちを一気にBランク待遇へ引き上げる。報酬も権限も、今とは比べ物にならないよ」

「……もし、断ったら?」

俺が尋ねると、ディルクは困ったように眉を下げた。

「強制はしないよ。自由意志だ。

ただ……昇格を拒む者は、『向上心がない』とみなされる。

この街のギルドは、努力する者を応援する場所だ。停滞を望むなら、残念ながら依頼の斡旋順位は下がることになるだろうね」

つまり、断れば仕事を干す。

この街に居場所はなくなり、真実を追うこともできなくなる。

「……受けます」

答えたのは、またしてもセラだった。

彼女は俺の顔を見ず、真っ直ぐにディルクを見据えている。

「その試験、受けさせていただきます。……私たちには、上に行く理由がありますから」

「素晴らしい決断だ!」

ディルクは手を叩いた。

「試験は明日だ。準備を怠らないようにね。……ああ、それと」

彼は去り際の俺たちに、楽しげに付け加えた。

「モルヴァ洞窟は『選別の地』とも呼ばれている。

真に価値ある者だけが、生きて帰れる場所だ。

君たちが“本物”であることを祈っているよ」

部屋を出て、階段を降りようとした時だった。

影から腕を引かれた。

リディアさんだ。彼女の顔は蒼白で、唇が震えていた。

「……受けちゃダメ」

小声だった。誰かに聞かれるのを恐れている。

「リディアさん?」

「あの試験は……ただの昇格試験じゃない。

『特別試験』なんて名前の、処分場よ」

彼女は爪が食い込むほど俺の腕を握りしめた。

「戻ってきた人を、私は見たことがないの。

あの茶髪の子たちも……昨日の夜、その黒い封筒を渡されていたわ」

「なっ……」

消えた二人組。彼らもこの試験を受けたのか。

いや、受けさせられたのだ。そして、戻らなかった。

「お願い、逃げて。今ならまだ間に合う。この街を出て……」

「リディアさん」

俺は彼女の手をそっとほどいた。

彼女の手は氷のように冷たかった。

「ありがとうございます。でも、逃げたら何もわからないままだ」

「セレン……死ぬわよ?」

「死なないよ。……俺たちは、選別されに行くんじゃない。あいつの『計算』を壊しに行くんだ」

俺は笑ってみせた。

リディアさんは泣きそうな顔で俺たちを見送った。

その夜、宿の部屋で。

セラは窓際で膝をつき、祈りを捧げていた。

だが、その背中は小さく震えている。

「……聞こえません」

セラがポツリと漏らした。

「どれだけ祈っても、神様の声が聞こえないんです。

『行け』とも『止まれ』とも……ただ、沈黙だけが」

彼女の信仰が揺らいでいる。

神の沈黙。それは彼女にとって、見捨てられたことと同じ意味なのかもしれない。

俺はセラの隣に座り、短剣の手入れをした。

「神様も、迷ってるのかもな」

「……神様が、迷う?」

「ああ。ディルクの言う『秩序』は、一見すると正しいからな。

誰も不幸に見えない。効率的で、平和だ。

神様だって、これを『悪』だと断言するのに勇気がいるんじゃないか?」

セラが顔を上げ、俺を見る。

「……セレンさんは、どう思いますか? あれは、悪ですか?」

「わからない。

でも、俺は嫌いだ」

俺は短剣を鞘に納め、カチリと音をさせた。

「人を数字みたいに扱って、いらないものを『ロス』って呼ぶ。

そんなのが正しいなら、俺は間違いでいい。

……神様が見てないなら、俺たちが自分の目で見に行こう。

その洞窟に何があるのかを」

セラはしばらく俺を見つめ、やがて涙を拭いて立ち上がった。

「……そうですね。

沈黙もまた、答えなのかもしれません。『自分たちで確かめよ』という」

彼女の瞳に、再び光が戻る。

それは縋るような信仰の光ではなく、自ら道を決めようとする意思の光だった。

「行きましょう、セレンさん。

私たちの価値を、あの男に証明するのではなく……叩きつけに行きましょう」

翌朝。

俺たちは黒い封筒を懐に、モルヴァ洞窟へと向かった。

そこが、ディルクの描いたシナリオの終着点になるとは知らずに。

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