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第41話: 鑑定の儀

王都の朝は、どこか眩しすぎた。

大通りには露店の声が響き、旗が翻り、馬車の車輪が石畳を叩く音が混ざり合っている。

セレンはその喧噪の中、村長ハルドと共に王立魔法学院前の広場に立っていた。


「本当に、ここでやるのか……」


目の前には、古代文字が刻まれた巨柱“鑑定の柱”。

魔力を流し込めば、その者の属性と潜在適性を読み取るといわれる神聖な装置。貴族や学院候補生たちは、いつもこの場所で“祝福”を受ける。だが、農民の子がこの場に立つのは前例がない。

ざわざわと、野次馬の声が広がる。


「聞いたか? 田舎の少年が、王都の鑑定を受けるんだと」

「特務騎士団の推薦? そんなのあり得ねぇ」

「でも噂じゃ“光の高位支援”が出るらしいぜ。奇跡の再来とか」


光。

最も栄誉ある魔法属性。

王国の守護と繁栄を担う“聖女”や“勇者”の系譜に連なるとされる象徴。

セレンは唇を噛んだ。


(光……そんなもん、俺には関係ない。けど)


ふと、あの夜のことが頭をよぎる。

暗殺者との戦い、仲間を救った声。

ノーラが言ってくれた言葉。

“私の雷が暴れなかったのは、あんたの声が届いたから”。

あれが本当に力なら、今日、それを証明したい。


係官が声を張り上げる。


「王立魔法学院・臨時鑑定の儀をこれより執り行う! 推薦者、王国直属特務騎士団・外郭任務部グレン=ハーヴィル! 対象者、セレン=アルディス!」


ざわつきが一層強まる。


「やっぱ本物の推薦だ」

「あの傭兵、王直属だったのか」

「まさか……本当に何か持ってるのか?」


セレンは一歩ずつ、壇上へ上がった。

柱は思ったよりも大きく、白い石が陽光を反射して眩しい。

手を伸ばすと、冷たい。

心臓が早鐘を打つ。


「……いくぞ」


手のひらを柱に当て、魔力を流し込む。 

喉の奥が熱くなり、身体の奥から光が走った。



ぽよん。



間の抜けた音が響いた。

会場が、静まり返る。

次の瞬間


「……ぽ、ぽよん?」

「い、今、鳴ったよな?」

「なんだあれ、泡でも出たのか?」


石柱の中央に、淡い青い文字が浮かんでいた。



【音属性】



一瞬、広場が静まりかえった。

そのあと


「……は?」


誰かが乾いた声でつぶやいたのを皮切りに、ざわめきが波のように広がった。


「音属性だってよ! 聞いたことねぇ!」

「無属性よりマシかと思ったら、もっと使えねぇじゃねぇか!」

「光の高位支援が来るって話はどうした!?」

「大道芸人か? 笛でも吹いてろよ!」

「おい坊主、歌ってみろよ、“魔法”でさぁ!」

「ははははっ! ぽよん魔法の誕生だ!」


それから、爆発するように笑い声が広がった。

嘲笑と失望が渦を巻き、セレンの胸を切り裂くように突き刺さる。誰もが笑っている。貴族も、市民も、兵士も、子供さえも。


係官が困惑したように眉をひそめ、事務的に言った。


「……音属性という分類は、記録にございません。魔力波形の誤検出か、あるいは“無属性の派生”とみなすべきでしょう」


「つまり、無能ってことだな!」

「せっかく騎士団の推薦だってのに、笑わせんな!」

「なんで田舎者が出てきたと思えば、これか!」 

「“声で戦う”だって? そんなの夢物語だ!」


セレンの耳に、笑いが刺さった。

柱の光はすぐに消え、ただ冷たい石だけが残った。

誰もが笑っている。

何も持たない田舎者が、王都で晒し者になる瞬間だった。

群衆の笑いが、もう一度大きく膨らむ。


「なあ見ろよ、柱が光らねぇ! やっぱり偽物だ!」

「特務騎士団も見る目ねぇな!」

「ぽよんの加護だってさ、ははっ、可愛いじゃねぇか!」


そのときだった。


「偽物じゃない!」


鋭く、凛とした声が空気を裂いた。

ノーラだった。

風が止まり、笑い声がピタリと静まる。

彼女の金色の髪が朝の光を弾きながら、まっすぐに壇上へ進んでくる。その眼差しには、貴族の威厳も、少女の迷いもなかった。


「その音属性が、私を救ったの!」


ノーラの叫びが、広場全体に響いた。


「雷に飲まれて死にかけた時、私を止めたのはあの声よ!誰もできなかったことを、あの子はやってのけた!」


その声に、会場のざわめきが一瞬止まった。


貴族たちがざわつく。

「ライヒヴァルト家の娘が……庶民の肩を?」

「帰っていたのか、馬鹿な、あれは落ちこぼれの子では……」


ノーラは一歩も引かず、声を張った。


「光だの闇だの、偉そうな名前ばかり追いかけてるけど、

あの子の力は“人をつなぐ”力よ!雷が、剣が、あの声でひとつになった! それが何よりの証拠!」


「馬鹿にするなら勝手にすればいい! でも、“セレンの声”を聞いた人間は、誰も笑わないはずよ!」


群衆が言葉を失う中、アルトの声が響く。


「そうだ! 俺たちは知ってる!」


彼の後ろには村の仲間たちが立っていた。


「魔物の夜、あの声がなかったら全員死んでた!」

「光でも闇でもねぇ。あの声が俺たちを動かしたんだ!」

「女神の加護なんかより、あいつの声の方がずっと届いた!」


アルトと村の男たちが駆け寄ってきていた。

彼らは村の代表として護衛を兼ねて王都に来ていたのだ。

セレンの目に涙が滲んだ。

ノーラが、アルトが、村の人たちが、自分を信じている。

あの日、声を振り絞って叫んだ自分を。


(……ありがとう)


胸の奥で、何かが静かに鳴った。それは、痛みでも悔しさでもない。“勇気”だった。


セレンは一歩前に出て、柱にもう一度触れた。


唇を開く。


「……俺は、音魔法使いです」


その言葉は、小さく、けれど確かに広場に響いた


群衆の笑いが、少しずつ止んでいく。

王都の空の青さが、静かに広がる。

セレンは拳を握りしめた。

震える指先が、あの夜のぬくもりを思い出す。

ノーラの雷。アルトの剣。

それは偶然じゃない。


「どんなに笑われても、俺の魔法は、誰かを救えるって、知ってるから」


再び、沈黙。

今度は、誰も笑わなかった。

風が吹き、旗が鳴る音だけが聞こえる。

アルトが笑いながら加わる。


「お前の声、戦いだけじゃなくて心にも響くんだな」


セレンは空を見上げた。

雲の切れ間から、光が差し込む。


(音なんて、聞いたこともないって言われたけど、それなら、俺が最初でいい)


心の奥で、静かな決意が鳴り響く。


「俺の魔法で、誰かを“生かす”」


 ぽよん。

 不意に、またあの音が鳴った。

 柱が微かに反応したのだ。


 それをきっかけに、あちこちから小さな笑いが漏れた。

 嘲笑ではなく、温かい笑いだった。


ノーラが小さく笑う。


「ね、可愛い音じゃない。あんたらしいわ」


セレンは照れくさそうに頬を掻いた。


「やめてくれよ……」


それでも、胸の奥の震えは止まらなかった。

それは恐れでも恥でもない。

“何かが始まる”という確信の音だった。


そこへ、二人の姿が人混みをかき分けて現れた。


母リーナと、マルタ婆だ。

二人とも、セレンの“晴れ舞台”をどうしても見たいと、こっそり来ていたのだ。


リーナは、涙をこらえながら微笑む。


「音魔法……とても素敵な属性ね。

あなたの魔力に、とても相応しい名前だわ。

人と人を“繋ぐ”魔法。きっと、そんな力なのね」


ノーラが壇上に上がり、セレンの肩を軽く叩いた。

ノーラは言葉を探しながら、でも揺らがずに続けた。


「“音魔法”なんて呼ばれてるけど……きっと、この世界にその言葉しかなかっただけ。

もし違う世界があったなら、あなたの魔法は“伝える”とか、“震える”とか、別の名で呼ばれていたはずよ」


少し間を置いて、ノーラは静かに微笑んだ。


「でも、女神様が“音魔法”とした理由は、きっとあるわ。

どんな力にも意味がある。

それはきっと、“どう使ってほしいか”その想いを、あなたに考えてもらいたいからじゃないかしら」


風が吹き抜け、広場の喧噪が嘘のように静まった。

セレンは何も言えず、ただその言葉が胸の奥に落ちていくのを感じていた。

ノーラの瞳には、かつて“災厄の子”と呼ばれた少女だけが知る優しさが宿っていた。


その言葉を聞いた瞬間

マルタ婆の瞳が大きく見開かれた。


「……っ!」


彼女は杖を強く握りしめ、震える声を漏らす。


「“震えが響きとなり、響きが波を生み、そこから光と火と大地が生まれた”……」


古代の伝承が、脳裏をよぎる。

まさに今、目の前の少年が“その始まり”をなぞっているのだと気づいた。


「このマルタとしたことが……なんということじゃ……なんということじゃ……!」


膝をつき、涙がこぼれ落ちる。

「まさか、この老いぼれが、このような奇跡の場に立ち会えようとは……!」


震える手で顔を覆い、彼女は笑いながら泣いた。


「セレン、お主の魔法は、全ての根源じゃ。

このババァにな、この年にしてまだ欲が出おった。

お主が変えてゆくこの世界に……もう少し長く留まりたいとな」


ノーラの瞳が優しく揺れ、母リーナが静かに微笑む。


風が吹き抜け、鐘楼の上で小さな鈴が鳴った。

その音は、確かに“世界の始まりの震え”のように、静かに響いた。


セレンは目を上げる。

王都の空はどこまでも高く、風が音を運んでいく。

その先に何が待つのかはわからない。

けれど、胸の奥で確かに鳴っていた。

誰かを生かすための、自分だけの音が。


王都の鐘がまたひとつ鳴る。

その響きと混ざり合いながら、少年は小さく微笑んだ。

新しい旅の足音が、静かに始まっていた。

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