第2話:四大元素の簡易鑑定
広場の真ん中。
母に抱かれたままの俺は、赤子の身で村中の視線を浴びていた。
木製の台の上に神父オルドが立ち、手にした杖を軽く掲げる。
「今日は“簡易属性判定”を行います」
その声に、集まった村人たちがざわついた。
「おお、セレン坊の番か」
「リーナの三男坊ならきっと火か水だろうな」
「いや、ゲイルの血だ。土の可能性もあるぞ」
期待と好奇心が入り混じった声。
俺はまだ言葉を話せないが、その空気の重みは痛いほど伝わってきた。
胸が締め付けられる。
(みんな、俺に期待してる)
オルド神父が落ち着いた声で説明を添える。
「これは生まれたばかりの子が、四大精霊の属性である火・水・風・土のいずれかに素質を示すかを調べるものです。
生活魔法や初歩的な訓練に役立つため、村では古くから行ってきました。
ただし、これはあくまで簡易なもの。本格的な“鑑定の儀”は十歳になったときに行われます」
父ゲイルが頷き、村人に向かって言った。
「だから、今日で全てが決まるわけじゃない。だが、村の習わしだからな」
「そうだな、本番は十歳だ」
「まぁ簡易でも、多少の目安にはなる」
村人たちは口々に応じる。
俺はごくりと息を呑んだ。赤子なのに、どうしようもなく緊張していた。
「では、火から始めましょう」
神父が燃え盛る松明を近づける。
炎の赤い光が視界いっぱいに広がった。
(来い! 俺も火を灯したい!)
けれど炎は揺れず、俺の体も反応を示さなかった。
「……反応なし」
小さな失望の声が漏れる。
「なんと、、火は出んか」
「リーナの子なら火だと思ったのに」
俺の胸の奥がひやりと冷たくなる。
「次に、水」
神父が清らかな雫を額に落とした。
ひやりとした感触だけが残る。
波紋のように何かが広がることを期待したが、やはり何も起きない。
「……反応なし」
「水も駄目か」
「井戸の水を清められたら助かるのにな」
またため息交じりの声。
母の腕がぎゅっと強くなる。
「風」
俺の小さな手を開き、指と指の間に風を通す。
だが俺の髪すら動かない。
「……これも、駄目か」
「風が吹けば農作業に役立つのにな」
がっかりした声。胸に突き刺さる。
「最後に、土」
神父が砂を宙に散らす。
しかし沈黙のまま、砂は地面に落ちていった。
オルド神父は杖を下ろし、重い息をついた。
「……四大属性のいずれにも反応がない。魔法適性なしの可能性が高い」
ざわめきが広がる。
「そうか、、残念だな」
「リーナの子だから、火くらいは出ると思ったんだが」
「これじゃあ、、ただの子か」
「たいていはどれかの属性がでるものだがな」
中には苦笑交じりの声もあった。
「外れ子かもな」
「まぁ農家なら畑を耕せばいい」
完全に冷笑しているわけではない。
けれど、がっかりとした空気が広場を覆っていた。
(俺は、やっぱり駄目なのか? 前世と同じで、努力しても何も得られない存在なのか?)
オルド神父が補足する。
「四大属性に反応がない場合、可能性は二つあります。
ひとつは、魔法の適性がないこと。
もうひとつは、雷や氷、光や闇など“他の属性”を持っている場合です。
ただし、、そうした属性は血筋の影響が強く、貴族や特別な家にしか現れません。農民の子に現れるのは、正直、考えにくいのです」
俺はその言葉を聞きながら、赤子の身でもはっきり感じた。
(つまり、俺にはほとんど魔法を使える可能性がないってことか、、?)
その時、父ゲイルが声を張り上げた。
「聞け! これはあくまで簡易判定だ! 本当の鑑定は十歳になったときに行う“鑑定の儀”で決まる!
セレンの力はその時、必ず明らかになる!」
村人たちが顔を見合わせ、少しずつ頷く。
「……そうだな、本番は十歳だ」
「なら、もう少し希望を持って見守ろう」
完全な嘲笑ではなく、落胆とわずかな期待を残したまま、人々は散っていった判定のあと、広場は妙な静けさに包まれていた。
誰も笑わない。ただ、がっかりしたため息が風のように流れていく。
父ゲイルは腕を組み、険しい表情のまま黙り込んでいた。
鍬を担ぐ時のように強靭な肩は揺れず、ただ沈黙がその背中を重く覆っている。
苦渋。
それが赤子の俺にも伝わった。
母リーナは俺を抱きしめ、震える声で言った。
「この子は、、特別なの。適性がないなんて嘘よ。
セレンは、、きっと、誰よりも大きな力を持つ子になるわ」
必死だった。
声が裏返り、涙が頬を伝っていた。
(母さん。)
胸の奥がじんわりと熱くなった。
けれど、その横で小さな囁きが広がっていく。
「魔法適性なし、、」
「それじゃあ一生、役立たずだ」
「農家でも魔法は必要だろうに。水も火も起こせないんじゃ、、」
陰口はささやき程度だが、俺の耳には鋭い刃のように突き刺さった。
(またか、前世と同じだ。努力しても報われず、周りに笑われて)
一瞬、心が沈みそうになった。
だが、その時。
「セレンは俺たちの弟だ!」
「大丈夫だよ。俺と兄さんがいる。セレンは守る」
カイルとレオン、二人の兄が、俺の前に立つように声を上げた。
その幼い声はか細いのに、不思議と力強かった。
村人たちは気まずそうに目をそらす。
母は涙を拭き、俺の額に口づけを落とした。
「セレン、、信じてるからね」
赤子の俺はまだ声を持たない。
けれど心の奥で、確かに誓った。
(今度こそ、俺は諦めない。努力を捨てない。
必ず証明する。この世界で、俺の力を)
母の温もりに包まれながら、俺は強く、強く心に刻んだ。




