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第26話: 兄カイルの革新

冬は、この村にとって恐怖と試練の代名詞だった。

霜が畑を覆えば芽は枯れ、凍りついた土は石のように固くなる。

春を待つ間、蓄えを切り詰め、空腹を耐え忍ぶしかない。

それは、祖父の代から語り継がれる「辺境の常識」だった。


だが、その常識がいま揺らごうとしていた。


村の広場に、老いも若きも集まっていた。

干し草の山の影から子供たちが覗き込み、切り株に登った若者が声を潜める。

冬支度に追われる時期に、村全体を巻き込む出来事はそう多くはない。

だが今日は違った。


普段は口数の少ない長男カイルが、自ら人前に立ったからだ。

土色の瞳に決意を宿し、真っ直ぐに父と村人を見回した。


「……父さん。冬でも畑を生かす方法を思いついた。

土の魔力を持つみんなの力を合わせれば、できるはずだ」


その声に、広場は一瞬静まり返った。

そしてすぐにざわめきが広がる。


「冬に畑を?」


「まさか、そんなことが」


父ゲイルは腕を組み、にやりと笑った。


「おう、やってみろ! カイルが考えたなら無駄じゃねぇ!

土属性の奴ら、集まれ! 俺たちの魔力を合わせるんだ!」


豪快な声が広場を揺らし、土属性を持つ村人たちが次々と輪に加わる。

逞しい男たち、皺の深い老人たち、若い娘たちも。

みんなが「もしこれで冬を越せるなら」と目を輝かせていた。


その中心で、カイルは大地に膝をつき、指先で複雑な紋を描く。

土の表面に刻まれた幾何学模様は、やがて円陣のように畑全体を囲み込んでいった。

見ているだけで心臓が早鐘を打つ、不思議な圧迫感があった。


「……地熱を引き上げる。

地の奥底に眠る熱を、畑の根元まで通すんだ」


静かだが確信に満ちた声。

父ゲイルと村人たちはうなずき、掌を大地に向ける。


「―魔力、解放!」


その瞬間、地面が低くうなった。

ごうん、と腹の底を震わせるような音が広場を満たす。

畝の間から白い蒸気が立ちのぼり、凍っていた土がじわじわと柔らかく変わっていった。


「……暖かい!」

「嘘だろ、冬の畑なのに!」

「芽が枯れずに残るかもしれねぇ!」


驚愕の声が上がり、やがて歓声と拍手に変わった。

老いも若きも手を叩き、誰もが笑顔を浮かべる。


「これで冬を越せるぞ!」

「村が飢えなくて済む!」


ゲイルは誇らしげに笑い、息子の肩を力強く叩いた。


「カイル! お前の頭で、この村は救われる!」


その瞬間、さらに重みのある声が広場に響いた。


「……見事だ」


村長ハルドだった。

白髭をたくわえた老いた顔に深い皺を刻み、杖を突きながら人々の前に進み出る。

普段は慎重な彼が、珍しく口元を緩めていた。


「カイル。お前が術式を考え、父や村人がそれを実現した。

これは、この村にとって革新だ。誇っていい」


その言葉に、さらに大きな拍手が広がった。

人々の視線は、光を浴びた兄を中心に一層熱を帯びる。


「……すごいわね」


ノーラが呟いた。

夕陽に照らされた金髪が揺れ、琥珀の瞳が兄を真剣に見つめている。


「地熱を畑に使うなんて、王都の魔導院でも前代未聞よ。

これは、記録に残す価値がある発明だわ」


その隣で、マルタ婆が深くうなずいた。


「ただ力を振るうだけじゃない……知恵で大地を動かした。

やっぱりカイル坊やは、土の神に選ばれた子じゃ」


尊敬と感嘆の声が重なり合い、広場は熱狂に包まれた。

だが俺に聞こえるのは賛辞だけではなかった。


「やっぱりカイルは特別だな」

「弟の方は、あれだろ、属性判定すら出なかった外れ子」

「生まれた時から不吉だって言われてたやつじゃねぇか」

「属性なしなら農家も継げないし、まあ、いいだろう」


くすくすと笑う声が広場に広がる。

悪意ではない。ただ当然の理屈として口にされている。

だからこそ、俺には余計に鋭く突き刺さった。


「兄貴は村を救うが、弟はただの厄介者だ」

「同じ家でも、運命ってのは残酷だな」


ノーラが尊敬の眼差しで兄を見つめている。

マルタが誇らしげに笑っている。

村長ハルドもが兄を讃えている。

その光景すべてが、俺を遠ざけていった。


(……俺だって。必ず、証明してみせる。)


そう心の中で叫んだとき、背中に柔らかな温もりを感じた。

驚いて振り返ると、母リーナがそっと手を当てていた。

その眼差しは、誰よりも優しく、揺るぎなかった。


「兄さんは兄さん。……でも、あなただってすごいこと、母さんは知ってるわ」


静かな囁きは、冷たい冬空の下で陽だまりのように温かかった。

リーナは微笑み、続けた。


「この前の模擬戦ごっこ、見てたのよ。

誰よりも真剣で、誰よりも工夫していた。

……母さんはちゃんと見てる。あなただって胸を張っていいのよ」


その言葉に、胸の奥の張りつめていたものがふっと緩んだ。

涙が滲みそうになり、俺は唇を噛んだ。

冷たい風に吹かれながらも、母の手だけは確かに温かく、俺を支えていた。

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