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第1話おまけ:母の子守歌と父の不器用な手、赤子転生の新生活

泣いて目を覚ますと、すぐに母リーナの腕がおくるみごと俺を包んでくれた。

布越しに伝わる温もり。背を撫でる手は少しぎこちないけれど、その不器用さがかえって優しかった。

胸に頬を寄せると、トクトクと一定の鼓動が響く。小さな音がまるで子守歌のようで、不思議と呼吸が整い、涙も自然と止まった。


リーナは俺を揺らしながら、声を震わせて歌を口ずさむ。

意味は分からない。けれど、その掠れた声には“生きている響き”があった。


前世で耳にしたのは、配信者や合成音声の「均一な声」ばかりだった。

「おはようございます」「今日も頑張りましょう」

整ってはいたが、心の奥を揺らすものはなかった。


今は違う。

リーナの声は不揃いで、少し掠れていて

それでも真っすぐ俺の胸に染み込んでくる。

俺はその響きに安心を覚え、自然とまぶたを閉じた。




昼。

畑から戻った父ゲイルが、リーナから俺を受け取った。

ごつごつした掌に抱かれると少し痛い。だが、その力強さは安心に変わった。


「セレン、元気に育てよ」

意味はまだ分からない。けれど、声に込められた願いは確かに伝わった。


前世で、俺の未来を願ってくれる人はいなかった。

社会に切り捨てられ、消えても気づかれない存在だった。

だが今は違う。

俺は抱きしめられ、守られ、願われている。

その事実だけで胸がいっぱいになった。




夜。

リーナが囲炉裏をかき立てると、橙の火が壁を揺らし、藁屋根の影が踊った。

ゲイルが大きな欠伸をし、リーナと目を合わせて笑う。

俺は布団に包まれ、火のはぜる匂いと母の歌声に耳を澄ました。


温かい音と匂い。

それだけで心が解けていく。

「これが……人間の温かさか」

赤ん坊の俺でも、胸の奥でそう呟いていた。




翌朝。

ぼやけた視界の中、俺を何度も覗き込む影があった。

次兄レオン六歳。目を輝かせ、俺の小さな手を掴んでくる。


「おーい、起きてるか?」

指をぐいぐい握らせようとする。俺は反射的にぎゅっと握った。

その瞬間、レオンは大げさに笑った。


「ははっ! 握ったぞ! お母さん、セレンが俺の指握った!」


台所のリーナが振り返り、柔らかく微笑む。

「そうなの? よかったわねぇ」


レオンは胸を張り、得意げに俺を見下ろす。

「な、すげぇだろ。こいつ、もう俺のこと分かってるんだ」


(いや、分かってるわけじゃないんだけどな……)

そう突っ込みたいが、口から出るのは「あー」とか「うー」だけ。

それでも心は温かかった。


前世では、俺の存在を見て笑ってくれる人などいなかった。

だが今は、ただ握っただけで兄が笑ってくれる。

「俺がここにいる」

それが誰かの喜びになっている。

胸がじんわり熱くなった。




昼。

レオンが木の枝を持ってきて、俺の前に差し出す。


「ほら、剣だぞ。って、まだ握れないか」


俺の手に枝をあてがいながら、自分で振る真似をする。

「俺がこいつを守ってやるんだ。だから元気に育てよな」


“守る”。

前世では誰も俺を守ろうとしなかった。俺自身も誰かを守れなかった。

その言葉が妙に胸に響いた。




夜。

布団の中で、母の子守歌に合わせてレオンが鼻歌を重ねた。

音程は外れ、リズムもずれている。けれど楽しくて仕方ない。

思わず「ふぇっ」と声が漏れた。


レオンが飛び跳ねるように喜ぶ。

「笑った! 今笑ったよ! な、聞いたか!」

リーナも笑みを浮かべて、「ええ、笑ったわね」と答える。


俺の笑いに、こんなにも喜んでくれる人がいる。

胸の奥に小さな灯りがともった気がした。


人は、人と響き合う。

赤ん坊の俺でも、その当たり前を初めて知ったのだった。


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