第24話: 孤独の雷
雷が暴走した翌日から、村の空気は変わった。
村人たちは火の始末に追われ、空気は重苦しかった。
「ノーラ様とは遊んじゃだめだよ」
大人たちは子供に釘を刺した。
「近づくと危ない。稲や井戸を壊されたらどうする」
「領主様の娘だからって、村を壊されちゃたまらん
子供たちは素直に従った。
昨日まで「すごい!」と叫んでいた瞳が、今は怯えに曇っている。
彼女は相変わらず人目を引いていた。
けれど、それは憧れよりも“恐れ”に近い。
村人たちの囁きは、俺にも向けられていた。
「もともとセレンだって“外れ子”だろ」
「生まれたときから不吉だって言われてたのに」
「不吉な子と、雷の厄災が一緒だなんて、、何が起きるかわからんわ」
ノーラは村外れの木陰に、一人で腰を下ろしていた。
手を握りしめ、視線を落としたまま。
「(……また、嫌われた)」
唇が小さく震える。
~
俺はその様子を物陰から見ていた。
胸の中で魔力を巡らせながら、昨日の雷を思い出す。
「(荒れ狂っていたけど……あれは“流れ”だった。大地の魔力や水の魔力と同じ。
ただ強すぎて、出口を失って暴れている……)」
俺にはノーラの孤独は他人事に思えなかった。
「……」
俺はそっと近づき、ノーラの横に座った。
彼女は驚いたように目を見開き、すぐに顔を背けた。
「何? 近づいたら危ないわよ。私の雷、また暴れるかも」
俺は小さく首を振った。
「知ってる。ノーラは、怖くない」
「また雷が暴れそうになったら、俺が止めるから」
思わず口に出していた。
ノーラは驚いた顔をして、すぐに吹き出した。
「ふふっ、、あなたにできるわけないじゃない」
俺は、ただじっと彼女の瞳を見返した。
ノーラは一瞬たじろぎ、目を逸らした。
「……農民のくせに、変な子」
でもその声は、昨日までの棘だらけの強がりとは違っていた。
かすかに震えて、寂しさを隠すための言葉だった。
雷を恐れる村の中で。
ただ一人、俺だけがノーラの隣に座っていた。
「……ちがうのよ」
ノーラがぽつりと呟いた。
「わざとじゃなかったの。ほんとは、、褒められたら、嬉しかったのに、、仲良くなれたら、嬉しかったのに」
その声はかすれて震えていた。
普段の強気な調子とは違い、年相応の女の子の声。
俺は小さな声で聞いた。
「ねぇ、どうして、、雷なんて出せるの?」
ノーラの瞳がわずかに揺れた。
「……雷魔法のこと?」
少し間を置いてから、彼女は言った。
「私が“雷属性”だからよ」
「雷属性?」
俺は聞き返した。
ノーラは小さな肩をそびやかした。
「人はみんな、生まれつき魔力の“色”を持ってるの。火とか水とか風とか、、そして私は“雷”」
「私は領主の娘だから、三歳で鑑定の儀を受けさせられたの。雷ってわかった瞬間、皆大騒ぎしたわ」
ノーラは小さく笑った。
「貴族にとって属性は“誇り”よ。
雷なら、軍を焼き払う一撃になる」
彼女の声には、確かな誇りが宿っていた。
だが、その誇りの奥に影が見えた。
ノーラの表情が一瞬曇り、小さく呟く。
「……でも、私の雷は“暴走する災厄”って呼ばれた」
俺は言葉を失った。
「誇り」であるはずの力が、彼女自身を縛っている。
「(農民にとっては“暮らしを支える便利な力”。
でも貴族にとっては“家の名誉を背負う象徴”。
……同じ属性なのに、意味がまるで違う)」
ノーラはふっと視線をそらし、小さく呟いた。
「属性がわかったからって、幸せになれるとは限らないのよ」
雷を宿した少女の瞳は、誇らしさと寂しさの間で揺れていた。
「次はあなたが答える番」
ノーラがふいに俺を振り返り、真剣な瞳で言った。
「……ねぇ、あなた。村の人たち、セレンのこと“外れ子”って呼んでるでしょ。なんで?」
胸がつまった。
唐突で、痛いところを突く質問。
俺は一瞬、答えに迷った。
でも、ノーラはまっすぐ見つめてくる。
強がりの奥に、同じ孤独を抱えた者の目で。
「……生まれたときに、俺には何の加護もなかったんだ。だから“外れ子”。しかも、昔から、四大属性以外は不吉だって言われてる」
ノーラが瞬きをして、首をかしげる。
「属性がなかったってこと?」
「ああ。生まれたばかりで簡易判定をやったんだけど、、四大属性のどれにも反応しなかった」
「でもあなた、魔力あるじゃない?」
「……知ってるの?」
ノーラは当然のように肩をすくめる。
「そんなの見ればわかるわよ。魔力の流れ、普通に感じるもの。
魔力があるのなら、何か他の属性なんじゃないの? ……私の雷みたいに」
俺は苦く笑った。
「でも、、農民には他の属性は現れないってさ。貴族や特別な血統じゃなきゃ、だめだって」
「そんなわけないじゃない」
ノーラは即座に否定した。
「だったら私だって、、」
言いかけて、急に口をつぐむ。
唇が震え、目が泳ぐ。俺は思わず見つめた。
(……今、“私だって”って。何を言おうとしたんだ?)
ノーラは慌てて顔をそむけ、ツンと顎を上げた。
「誰にだって与えられた力はあるのよ。ただ」
彼女の口元が皮肉っぽく歪む。
「農民の子はわざわざ調べたりしないの。どうせ畑耕すのにたいした魔法なんて要らないんだから」
「……なんにしろ、あんたも十歳になれば属性が分かるんでしょ?」
「……たぶんな」
「だったら、それまでは―私の魔法の制御、手伝いなさいよ。あなたさっき止めるっていったわ!」
ノーラは顎を上げ、胸を張って言った。
「せっかくいい魔力もってるんだから、役に立ちなさい」
俺は目を瞬かせた。
強がりの声の奥に、確かな“信頼”がにじんでいたから。
「(大丈夫だ。俺がその雷を抑えてみせる。その時は、君も笑えるはずだ)」




