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第23話: 雷を抱いた少女

6歳の春。

俺は、ずいぶんと背も伸びていた。

畑の水汲みも一人でこなせるようになり、子供扱いされることも減った。

まだ腕は細いけれど、土の匂いを吸い込みながら走り回るのは心地よかった。


魔法の面でも少しずつ変化があった。

火や水を出すことはまだできない。

魔力量が赤ん坊の頃から変わらないから、形にするだけの力は足りない。


けれど

魔力の流れを感じ取り、身体に巡らすことは、もう呼吸みたいに自然にできるようになっていた。そして「魔孔」が広がったように感じる。


(……小さな力しかない。けど、その分だけ無駄なく扱える。誰よりも効率よく、俺なりに積み重ねてきたんだ)


家の中も村も、あの頃からほとんど変わっていない。

父ゲイルは今日も豪快に鍬を振るい、汗を拭って笑った。


「食えるだけで勝ちだぞ、セレン!」


そうやって大声で笑う姿は、村そのものの強さを映している。

母リーナは実直に家を切り盛りし、生活魔法で小さな火を灯す。


「ほら、焦がさないように」


俺の魔法の才能を誰よりも信じてくれているのが母だった。

長兄カイルは寡黙に働き、余計なことは言わない。

ただ背中で「続ける強さ」を見せてくれる。

村の外れではオルド神父が子供たちに昔話を聞かせ、

マルタ婆は薬草を煎じながら小言を飛ばしていた。


「毒と薬は紙一重、忘れるんじゃないよ!」


そんな声も、今の俺にはどこか安心できる響きだった


そんなある日の夕暮れ、

村の入口に、一台の馬車が止まった。

重厚な木製の車体、刻まれた紋章に村人たちはざわめく。


「領主様の使いか?」


「いや……あれは王都のライヒヴァルト家!」


「こんな辺境に何のようだ?」


扉が開き、少女が降りてきた。

金色の髪が夕日に揺れる。

瞳は琥珀とも紫電ともつかぬ光を帯び、同い年とは思えない大人びた雰囲気。


「エレオノーラ=フォン=ライヒヴァルト様だ」


従者が告げると、村人はざわっと頭を下げた。

だが少女は、つんと顔を背ける。


「……ノーラでいいわ」


その声は冷たいのに、少しだけ噛んでいた。

従者が慌てて「“エレオノーラ様”と、、」と言いかけると、ノーラはぷいっと顔をそむけた。


村人の間ではすぐに噂が広がった。


「病弱で療養に来たらしい」


「いや……魔法の才を王都では制御できなかったと、、」


誰もが憶測を囁いた。

子供たちは彼女を「お嬢様」と呼び、遠巻きに見つめる。

だがその視線には、尊敬と同じくらいの“恐れ”があった。

俺は一歩踏み出し、彼女を見つめた。


「(……すごい魔力だ。まるで空気が震えてるみたいだ)」


ノーラは俺を一瞥し、鼻で笑った。


「あなた……農民の子でしょ? ふぅん。なんだか頼りなさそう」


どこか寂しさを感じるノーラの表情に


「(……この子は、きっと孤独なんだ)」


その直感が、不思議と確信めいて胸に残った。



ノーラが村に来て数日。

子供たちは彼女を遠巻きに見ていたが、やがて我慢できず声をかけた。


「ねえ、一緒に遊ぼうよ!」


「貴族は子供でも魔法が使えるってほんと?」


ノーラは腕を組み、顎を上げて答える。


「ふん、いいわ。ただし……私の力を見ても腰を抜かさないでよ」


その言い方がやけに得意げで、子供たちは思わず笑った。


「腰なんて抜かさないって!」


草地に積み上げられた石。

ノーラは小さく笑い、指を鳴らした。

バチィッ!

紫電が走り、石の山が飛び散る。


「すげえ!」


「ノーラ様、天才だ!」


子供たちの歓声。


ノーラは胸を張る。


「ふふん、当然よ」


……の直後。

指先から小さな放電がピリピリと続き、髪の毛がわずかに逆立った。


「きゃっ……!?」


思わず頭を押さえるノーラ。

髪が爆発したみたいに広がり、金のふわふわが空に逆立った。

ノーラの表情が一瞬だけ強張った。


「(……まだ抑えきれない!)」


「わ、わぁ! お嬢様の髪、サーベルレオみたい!」


「しーっ! 言うな、聞こえるぞ!」


ノーラは顔を真っ赤にして振り向く。


「だ、だれがサーベルレオよっ!」


ノーラは子供たちの歓声を浴びながら、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

その横顔に浮かんだ影を見たのは、多分、俺だけだった。

子供たちは気づかない。

ただ目を輝かせ、ノーラを「天才」と崇める。


「(制御できてない。力に振り回されてる……)」


俺はまだ魔法を形にできない。

けれど、魔力を流し、巡らせ、観察する努力だけは続けている。


子供たちが口々にせがむ。


「もう一回!」


「もっとすごいの!」


ノーラは腕を組み、ため息をつく。

「まったく……物好きな子たちね。仕方ないわ」


内心では(……ちょっと見せすぎたかも)と焦っていたが、引くに引けない。

両手を掲げ、呪文を叫ぶ。


「ライトニング!」


バリバリバリッ!

紫電が地面を裂き、稲が焦げる。

放電は止まらず、暴走した。

子供たちは「うわぁ!」と叫び、最初は歓声を上げた。

だが


稲妻は止まらなかった。

ノーラの腕から、制御できない電撃が次々と迸る。


「っ……だめ、抑えきれない……!」


「きゃああ!」


子供たちは一斉に後ずさる。

火花が畑の稲を焼き、井戸の桶を焦がす。

近くにいた大人たちが血相を変えた。


「危ない! 逃げろ!」


「やっぱり……あの子は危険だ!」


子供たちは泣きながら後ずさり、誰もノーラに近づこうとしなかった。

ノーラの顔が青ざめ、肩が震える。


「ちがうの……私、わざとじゃ、、!」


その声は雷鳴にかき消された。

涙が滲み、髪はまた逆立つ。

その姿は怖ろしいはずなのに、どこか必死で痛々しかった。


俺は見ていた。

ただ一人、逃げずに。


「(……不安定だ。制御できてない。けど、あの流れ、わかる)」


俺の胸の中で魔力がざわつく。

ノーラの中を荒れ狂う雷の流れが“見えた”気がした。


「(……魔孔が乱れてる。レオン兄のときと同じく。

もし俺が働きかけられれば、抑えられるはずだ)」


やがて大人たちが駆け寄り、無理やりノーラを押さえつけた。雷が収まると、村人の目は冷たかった。


「あれが……領主様の娘か」


「恐ろしい……また何か壊すんじゃないか」


ノーラは俯いたまま、唇を噛みしめていた。

誰の歓声もなく、ただ重苦しい沈黙だけが残った。

肩を震わせる少女。

俺はその横顔を見つめながら、考えていた。


「(俺ならきっと証明できる。ノーラは“恐ろしい子”なんかじゃない)」

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