第23話: 雷を抱いた少女
6歳の春。
俺は、ずいぶんと背も伸びていた。
畑の水汲みも一人でこなせるようになり、子供扱いされることも減った。
まだ腕は細いけれど、土の匂いを吸い込みながら走り回るのは心地よかった。
魔法の面でも少しずつ変化があった。
火や水を出すことはまだできない。
魔力量が赤ん坊の頃から変わらないから、形にするだけの力は足りない。
けれど
魔力の流れを感じ取り、身体に巡らすことは、もう呼吸みたいに自然にできるようになっていた。そして「魔孔」が広がったように感じる。
(……小さな力しかない。けど、その分だけ無駄なく扱える。誰よりも効率よく、俺なりに積み重ねてきたんだ)
家の中も村も、あの頃からほとんど変わっていない。
父ゲイルは今日も豪快に鍬を振るい、汗を拭って笑った。
「食えるだけで勝ちだぞ、セレン!」
そうやって大声で笑う姿は、村そのものの強さを映している。
母リーナは実直に家を切り盛りし、生活魔法で小さな火を灯す。
「ほら、焦がさないように」
俺の魔法の才能を誰よりも信じてくれているのが母だった。
長兄カイルは寡黙に働き、余計なことは言わない。
ただ背中で「続ける強さ」を見せてくれる。
村の外れではオルド神父が子供たちに昔話を聞かせ、
マルタ婆は薬草を煎じながら小言を飛ばしていた。
「毒と薬は紙一重、忘れるんじゃないよ!」
そんな声も、今の俺にはどこか安心できる響きだった
◇
そんなある日の夕暮れ、
村の入口に、一台の馬車が止まった。
重厚な木製の車体、刻まれた紋章に村人たちはざわめく。
「領主様の使いか?」
「いや……あれは王都のライヒヴァルト家!」
「こんな辺境に何のようだ?」
扉が開き、少女が降りてきた。
金色の髪が夕日に揺れる。
瞳は琥珀とも紫電ともつかぬ光を帯び、同い年とは思えない大人びた雰囲気。
「エレオノーラ=フォン=ライヒヴァルト様だ」
従者が告げると、村人はざわっと頭を下げた。
だが少女は、つんと顔を背ける。
「……ノーラでいいわ」
その声は冷たいのに、少しだけ噛んでいた。
従者が慌てて「“エレオノーラ様”と、、」と言いかけると、ノーラはぷいっと顔をそむけた。
村人の間ではすぐに噂が広がった。
「病弱で療養に来たらしい」
「いや……魔法の才を王都では制御できなかったと、、」
誰もが憶測を囁いた。
子供たちは彼女を「お嬢様」と呼び、遠巻きに見つめる。
だがその視線には、尊敬と同じくらいの“恐れ”があった。
俺は一歩踏み出し、彼女を見つめた。
「(……すごい魔力だ。まるで空気が震えてるみたいだ)」
ノーラは俺を一瞥し、鼻で笑った。
「あなた……農民の子でしょ? ふぅん。なんだか頼りなさそう」
どこか寂しさを感じるノーラの表情に
「(……この子は、きっと孤独なんだ)」
その直感が、不思議と確信めいて胸に残った。
◇
ノーラが村に来て数日。
子供たちは彼女を遠巻きに見ていたが、やがて我慢できず声をかけた。
「ねえ、一緒に遊ぼうよ!」
「貴族は子供でも魔法が使えるってほんと?」
ノーラは腕を組み、顎を上げて答える。
「ふん、いいわ。ただし……私の力を見ても腰を抜かさないでよ」
その言い方がやけに得意げで、子供たちは思わず笑った。
「腰なんて抜かさないって!」
草地に積み上げられた石。
ノーラは小さく笑い、指を鳴らした。
バチィッ!
紫電が走り、石の山が飛び散る。
「すげえ!」
「ノーラ様、天才だ!」
子供たちの歓声。
ノーラは胸を張る。
「ふふん、当然よ」
……の直後。
指先から小さな放電がピリピリと続き、髪の毛がわずかに逆立った。
「きゃっ……!?」
思わず頭を押さえるノーラ。
髪が爆発したみたいに広がり、金のふわふわが空に逆立った。
ノーラの表情が一瞬だけ強張った。
「(……まだ抑えきれない!)」
「わ、わぁ! お嬢様の髪、サーベルレオみたい!」
「しーっ! 言うな、聞こえるぞ!」
ノーラは顔を真っ赤にして振り向く。
「だ、だれがサーベルレオよっ!」
ノーラは子供たちの歓声を浴びながら、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
その横顔に浮かんだ影を見たのは、多分、俺だけだった。
子供たちは気づかない。
ただ目を輝かせ、ノーラを「天才」と崇める。
「(制御できてない。力に振り回されてる……)」
俺はまだ魔法を形にできない。
けれど、魔力を流し、巡らせ、観察する努力だけは続けている。
子供たちが口々にせがむ。
「もう一回!」
「もっとすごいの!」
ノーラは腕を組み、ため息をつく。
「まったく……物好きな子たちね。仕方ないわ」
内心では(……ちょっと見せすぎたかも)と焦っていたが、引くに引けない。
両手を掲げ、呪文を叫ぶ。
「ライトニング!」
バリバリバリッ!
紫電が地面を裂き、稲が焦げる。
放電は止まらず、暴走した。
子供たちは「うわぁ!」と叫び、最初は歓声を上げた。
だが
稲妻は止まらなかった。
ノーラの腕から、制御できない電撃が次々と迸る。
「っ……だめ、抑えきれない……!」
「きゃああ!」
子供たちは一斉に後ずさる。
火花が畑の稲を焼き、井戸の桶を焦がす。
近くにいた大人たちが血相を変えた。
「危ない! 逃げろ!」
「やっぱり……あの子は危険だ!」
子供たちは泣きながら後ずさり、誰もノーラに近づこうとしなかった。
ノーラの顔が青ざめ、肩が震える。
「ちがうの……私、わざとじゃ、、!」
その声は雷鳴にかき消された。
涙が滲み、髪はまた逆立つ。
その姿は怖ろしいはずなのに、どこか必死で痛々しかった。
俺は見ていた。
ただ一人、逃げずに。
「(……不安定だ。制御できてない。けど、あの流れ、わかる)」
俺の胸の中で魔力がざわつく。
ノーラの中を荒れ狂う雷の流れが“見えた”気がした。
「(……魔孔が乱れてる。レオン兄のときと同じく。
もし俺が働きかけられれば、抑えられるはずだ)」
やがて大人たちが駆け寄り、無理やりノーラを押さえつけた。雷が収まると、村人の目は冷たかった。
「あれが……領主様の娘か」
「恐ろしい……また何か壊すんじゃないか」
ノーラは俯いたまま、唇を噛みしめていた。
誰の歓声もなく、ただ重苦しい沈黙だけが残った。
肩を震わせる少女。
俺はその横顔を見つめながら、考えていた。
「(俺ならきっと証明できる。ノーラは“恐ろしい子”なんかじゃない)」




