第20話: 士官見習いへ! レオン十歳の鑑定
村を出て、隣町の石畳を歩いた。
父ゲイルの背中に揺られながら、俺は人の多さに目を丸くしていた。
馬車が行き交い、行商人の声が飛び交い、家々の窓からは香辛料の匂いが流れてくる。
街に来るのは長男カイルの鑑定の儀以来、2年ぶりだった。
俺は4歳になっていた。
隣で歩く兄レオンは、緊張で唇を固く結んでいた。
今日は―レオンの十歳の誕生日。
そして「鑑定の儀」を受ける日だった。
村の小さな礼拝所ではできない。
魂と魔力を大精霊に繋げる儀式には、正式に任じられた司祭が必要だからだ。
だからこそ、村の子は十歳になると一族に連れられ、こうして街の教会へ赴く。
白い石造りの教会は、空に向かって塔を伸ばしていた。
鐘の音が響き、俺の小さな胸まで震えさせる。
(でっかい!)
俺は入口の扉を見上げた。
重厚な木の扉を押し開けると、中は薄暗く、蝋燭の光がゆらゆらと祭壇を照らしていた。
神像の前には白い衣を纏った司祭が立ち、静かにこちらを迎える。
「……ようこそ。今日は、この子の十歳の鑑定のためですね」
低く響く声に、レオンが一歩前へ進む。
その背中がやけに大きく見えた。
儀式は簡単なものではなかった。
司祭の祝詞に合わせて、レオンは祭壇の前に跪き、手を重ねて祈る。
次の瞬間、淡い光が彼を包んだ。
空気が震え、俺の小さな体にもひんやりとした波が届いてくる。
「……火の属性を持ち、魔力の循環は良好」
司祭の声が響いた。
「さらに、補助能力―《瞬間点火》を備えている」
瞬間点火。
火を扱う者が稀に授かる才能で、通常よりも早く炎を発生させられる能力だ。
戦闘では大きなアドバンテージとなる。
父の背中の上で、俺は思わず小さく息を呑んだ。
(やっぱり……兄ちゃんは戦うために生まれてきたんだ)
鑑定はそれで終わりではない。
司祭は真剣な目でレオンを見下ろした。
「レオン=アルディス。
お前は十歳を迎えた。家業を継ぐかどうかを、ここで問わねばならない」
家業。
つまり農夫としての家を継ぐか、それとも。
俺は固唾を飲んだ。
父ゲイルは黙って腕を組み、母リーナは祈るように手を組んでいる。
レオンは真っ直ぐに顔を上げた。
「俺は……農夫にはならない」
教会の中に静寂が広がった。
「俺は、士官を目指します。兵として剣を振るい、火を使い、人を守りたい」
司祭は深く目を閉じ、やがて頷いた。
「……なるほど。家業を継ぐ道を選ばぬなら、農夫への転職は行わぬ」
「瞬間点火を授かったお前の火は戦いに向いている。街の兵士団に推薦状を用意しよう。訓練を積み、正式に士官を志すとよい」
父ゲイルは短く笑った。
「……やはり、そう言うと思っていた」
母リーナは小さく息をつき、しかし瞳には光るものを宿していた。
「レオン……体だけは大事にしなさい」
レオンは深く頭を下げた。
「はい」
レオンの声が震えていた。
儀式が終わると、外の光がまぶしく差し込んだ。
鐘の音が再び響き、レオンの横顔を照らした。
そこには迷いはなく、ただ炎のように真っ直ぐな眼差しがあった。
俺はその姿を焼き付けた。
(兄ちゃん……もう、俺の知らない世界に歩き出してるんだな)
誇らしさと、寂しさと。
二つの感情が胸の奥で混じり合って、言葉にならない。
でも確かに思った。
「俺も、俺の道を見つける」
兄が火を選んだなら、俺は、
まだ名もなき可能性を、必ず形にしてみせる。
~
その夜、村に戻った我が家は久しぶりに賑やかだった。
父は酒をあおりながら「よく言った!」と笑い、母は涙ぐみながら「立派になったわね」と撫でていた。
カイル兄も無口ながら「……頑張れ」と短く言った。
レオンは照れくさそうに笑いながらも、胸を張っていた。
「俺、やるからな。絶対に士官になってみせる」
その横顔を見ながら、俺は胸の奥で小さな火を感じていた。
それはきっと、兄の旅立ちの灯し、そして俺自身にとっても始まりの灯だった。




